そろそろペースが落ちるかも…。
では本編をどうぞ↓
「フゥゥゥ、シャオッ!!」
狭い路地の中で南美の特徴的な声が響く。
それと同時に振り下ろされるのは鋭い手刀である。それを雛子はこともなげに正面から受け止め、前進する。
鍛え上げられた下半身による前進の勢いは生半可な妨害では止まらない。
「えいっ!!」
「ちぃっ!?」
間合いを完全に詰めた雛子が繰り出したのはなんの変哲もない突っ張り。がしかしその細腕からは想像もつかないほど重い一撃を南美は右腕を盾代わりにして受け止め後ろに跳ぶ。
しかし雛子は逃がさない。すかさず前に走り、南美が跳んで開いた距離を一瞬でゼロにした。
「逃がしません!」
「逃がしてよ!!」
距離を詰めた雛子は再度突っ張りを繰り出す。南美は腕を使っていなしながら覚悟を決めて懐に潜り込む。
「フゥゥゥ・・・シャオッ!!」
南美は雛子の懐に潜り込むと体のバネを極限まで使った裏拳を雛子の腹に打ち込んだ。強力無比な一撃にさすがの雛子も後ろに下がる。
勝機は今だとばかりに今度は南美が攻勢に移る。
「ショオ、シャオッ!ショオォォッ!!」
体勢を崩した雛子の膝に追撃のローキック、そのまま逆の膝にももう一撃、そして両足に一撃を加えた後、胸元に正拳突きを打ち込んで突き飛ばす。
「ハァ・・・ハァ・・・。」
「ふぅ・・・、ハァ・・・。本当にお強いのですねぇ。」
お互い向かい合って呼吸を整えていると突然雛子が南美に微笑む。
そんな雛子の行動に南美は意図を掴めずに眉をしかめる。
「最近はあまり強い方と戦えず、少し退屈しておりました。なぜか上位ランカーとも当ててもらえず…。」
つらつらと言葉を漏らす雛子ははぁと息を漏らすと右足を高々と掲げコンクリートの床に叩きつけた。
「ですが、今日は違います。貴女のような強い人と戦えて楽しいですわ。」
そう言って笑顔で構えを取る雛子を見て、南美は納得した。この育ちの良いお嬢様然としたこの少女もまた“こちら側”の人間なのだと。
そう解った瞬間南美からも自然と笑みが溢れた。
「あぁそうだね…。私も嬉しいよ、こんなに強い人がまだまだ沢山いるんだもん。」
二人は距離を保ったままニィと笑い合う。
お互いがお互いの本性を理解したようで、その笑顔は相手を認めた合図であった。
「さぁて、行くよ!」
「えぇ! 勿論ですわ!」
雛子はいつもの低い姿勢を維持し、南美はそんな雛子の牙城を崩さんと勢い勇んで突撃する。
「フゥゥゥシャオッ! ショォオォッ!!」
「はっ! それっ!」
ノーガード戦法。二人が取ったのはそんな戦い方であった。
南美の鋭く急所を狙っていく一撃と雛子の豪腕から繰り出される一撃。どちらが先に倒れるかのチキンレースが始まった。
「シャオッ!!ショオッ!!」
「とりゃあ! それ!!」
南美の手刀は雛子の肩や腹を捉え、雛子の突っ張りは箇所を問わず南美の身体に重く響く。
「おーおー…。派手な殴り合いだなぁ、ありゃ…。」
「まぁ…そうなるのかしらねぇ…。」
待機部屋の窓からもうかれこれ十数分は続いている雛子と南美の試合を眺めている社とグーヤンは静かに笑う。
上位ランカーである二人はこの試合を見て確信したのだ。このMs.マスクを名乗る少女がこの裏ストリートファイトの新しいランカーになると。
「フゥゥゥ……シャオッ!!」
「っ!?」
南美の放った渾身の裏拳、それは雛子の肩に食い込み雛子は膝から崩れる。
しかし完全に膝を着く前に雛子は顔を歪めながらも踏ん張り持ち直す。だがそこで手を止めるような南美ではない。雛子が完全に体勢を建て直す前に追撃に移る。
「フゥゥ・・・───」
体を低く、その姿勢を保ったまま南美は右腕をいつも手刀を振り回す時のように左肩の後ろまで引き絞る。
そして間合いに入った瞬間限界まで引き絞った右手を解放し、思い切り手刀を振り切る。
「───シャオッ!!」
「とぉりゃあぁあっ!!」
しかし雛子もここで終わるようなファイターではない。南美が手刀を振ると同時に足を一歩前に踏み出して腰の入ったしっかりとした突っ張りを打ち出す。
肉と肉のぶつかり合う音が盛大に路地裏に響き渡った。
雛子の打った突っ張りは南美の左胸を、南美の振った手刀は雛子の首の側面を捉える。
二人はクロスカウンターのような形でお互いの渾身の一撃を受ける。そしてしばらくの沈黙から二人は同時に一歩二歩と後ろに下がる。
「ハ、ァ…、ハァ…。ァ───」
「ふぅ・・・、・・・ぁ・・・。」
そしてお互い何も出来ずににらみ合う構図が数秒続いた後のことである。
二人がほぼ同時に崩れ落ちたのだ。
コンクリートの路面に少女が二人崩れ落ち、音を立てる。そして倒れ込んだ二人はそのまま動かない。
「マジか!?」
「同時にダウン!? いや、それよりも・・・。」
全く動かない二人を見て窓から顔を覗かせていた社とグーヤンは待機部屋から出て急いで路地に向かう。
「おいマスク! ヒナ!」
「あんた達、しっかりなさい!」
路地に入って倒れた二人に駆け寄った社達は二人をに仰向けにし気道を確保する。呼吸は止まっていないことを確認した二人はほっと胸を撫で下ろす。
しかし強い衝撃で気を失ってしまった事は確かである。そこで二人はヴァネッサを通してこの場所に救急車を呼び、病院に緊急搬送させた。
南美が緊急搬送されているのと同日、南美のライバルで中国国家代表候補生の凰鈴音はというと───
「あ~、飛行機はやっぱダルいわね…。時代は船よ、うん。てか、なんでこんな時に呼び出すのよ。夏休みは母さんの手伝いしようと思ってたのに…。」
飛行機から降りて中国の国際空港に降り立った鈴音はコキコキと首を鳴らす。
本国からの要請により、一時的に中国に来た鈴音はダルそうにぼやきながら周辺を見渡した。
「さて、と…。迎えがいるんでしょ? どこよ…。」
鈴音に送られてきたメールには迎えがいるとだけしか書かれておらず、誰が何処にいるかなど全く触れられていない。
どこか似たような事を数ヵ月前に味わった鈴音は少しだけイラつきながら空港を歩く。
いつものように荷物はボストンバックただ一つで、それを片手にずんずんと進んでいく。
そんな鈴音に近寄る人物がいた。
「鈴センパーイ!!」
嬉しそうな声を上げて鈴音に抱きつくのは、腰ほどまである長い一本の三つ編みを伸ばした少女であった。
その少女の突撃を鈴音は正面から受け止める。
「お久しぶりです鈴センパイ!」
「久しぶりっても半年もたってないでしょ? もう、春はいつまでも甘えん坊なんだから。」
鈴音に抱きついて来た少女の名前は王春花、鈴音の一つ下で、中国国家代表候補生の一人である。彼女も鈴音と同じように専用機を与えられている実力者だ。
そんな春花は鈴音に抱きつき、スンスンと軽く匂いを嗅ぐとキョロキョロと周囲を見渡した。
「どうしたの春?」
「え、や、その…。鈴センパイ、呂さんと一緒に来ました?」
「お師さん? お師さんは一緒じゃないけど、なんで?」
「いえ、鈴センパイから呂さんの匂いがしたので…。」
鈴音は春花の返答に若干背筋が寒くなった。
そう、この王春花は鈴音の師匠呂虎龍のことが大好きなのである。彼女と虎龍の出会いは虎龍が仕事で中国を訪れた時に出会ったのだ。
仕事で護衛したVIPの孫が春花だったのだ。春花は祖父の護衛に来た虎龍に一目惚れし、以来会うたびに求婚している。
それだけであれば鈴音も恋する乙女の暴走として片付けられたのだろうが、それが徐々にエスカレートしていると感じたのは鈴音がIS学園に転入する僅か1週間ほど前のこと。
虎龍の縫いぐるみを手作りし鞄に提げるのは勿論のこと、虎龍のいらなくなった私物をどうにか手に入れられないかと鈴音に相談まで持ちかけていたのだ。
「そ、そうなの…。でもお師さんに会ったのは2日前なんだけどなぁ…。」
「え? 呂さんと会ってたんですか? というより会えてるんですかっ!? もしかして呂さん日本にいるんですか?! どうして教えてくれなかったんですか!?」
早口で捲し立てる春花に鈴音は気圧されたじたじと後ずさる。がそこは百戦錬磨の国家代表候補生、“教えれば押し掛けてくるでしょ?”という言葉を飲み込んで鈴音はまぁまぁと春花を宥める。
「う~、鈴センパイの意地悪~。」
「これくらいで涙目にならないでよ、あたしが悪いことしてるみたいじゃない。」
「はーい。それじゃあ役割を果たします。鈴センパイ、こっちに車を待たせてますから、ついてきてください。」
頭を切り替えた春花は鈴音の手を引いて空港の外に向かったのだった。
記念すべき本編100話目で緊急搬送される主人公…。
はてさて、どうなるのでしょうか。
そしてかなり前から出すと決めていた愛が重い系少女。
まぁ、本格的な出番はまだまだ先なんですけどね。
では次回でお会いしましょうノシ