IS世界に世紀末を持ち込む少女   作:地雷一等兵

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全盛期の早さに並ぶ勢い。
今回は色々と大きな動きがあります。ご注意下さい。

では本編をどうぞ↓


第99話 更識のやり方

 

───フランスのIS産業メーカーのトップ、デュノア社社長のジャック・デュノアは愛深き男である。

彼には心から愛する一人の女性がいた。その女性こそがシャルロット・デュノアの母親なのだ。

 

しかしその女性は表向きには彼の愛人である。つまりシャルロットは愛人の娘ということになる。

彼は、ジャック・デュノアは本妻よりも愛人である女性の事を本気で愛し、そしてその娘であるシャルロットのことも大事に想っていたのである。

 

こう言うと、少しばかり疑問と誤解が生まれてしまうかもしれない。

その疑問と誤解を解決するために説明するならばこうなるだろう───

 

ジャック・デュノアの立ち上げたデュノア社はフランスを代表するIS企業である。

IS第2世代を代表する傑作量産機を生み出した世に知られる大企業、それこそがデュノア社だ。

そうそこまでは良かったのだ。

第2世代機ラファールを生み出したものの、続く第3世代機の開発に難航し、フランス政府からは第3世代機の開発に成功しなければ支援を打ち切るとまで言われてしまったのだ。むしろ、ラファール開発の実績があったからこそ、ここまで支援を粘れたのである。

 

 

ここで彼の本妻が絡んで来るのである。

ラファール開発の際に完成へと漕ぎ着けるための資金の援助がどうしても必要であり、本妻の実家の財力を頼らざるを得なかったのだ。

会社の命運を握る新型機の開発の為に彼は已む無く愛する女性を手放したのである。

心の底から愛した女性と、今まで自分を信じて着いてきてくれた数多くの社員達、それら2つを天秤に掛けた彼は断腸の思いで会社を取ったのである。

 

彼は自分を慕い、着いてきた社員達のことも自分の家族と思い、そう接してきていた。

 

それ故に彼は泣いた。

より多くの家族を救うために、二人の家族を犠牲にしてしまった自分の弱さに。

 

 

話はこれだけではなかった。

それでもなお、彼は彼女のことを、愛人と呼ばれる彼女の事を本気で愛していた。

 

 

生活面だけを切り取れば、本妻と愛人の差とは斯くあるべきと見えるだろう。

しかし実態は違ったのだ。

本妻とその子供達は一流の使用人が管理する豪華な邸宅に住み、有名なブレンド物で身を飾る

子供が通うのは学費も格式も高いフランスの名門校。

万人が万人、勝ち組の生活と言うそれである。

 

 

一方愛人とシャルロットの方は、不便な人里離れた山の麓に家を構え、身の回りのことは全て自分達で賄う。

生活は当然質素なものだ。通う学校もそこら辺にある普通の進学校。

 

シャルロットの母親が引っ越す前に、彼は都心の一等地の物件を抑えていた。それは二人で住むには十分すぎるほどの優良物件であった。

一般人からすれば手の出ないような高価な物件であるが、大企業の社長という彼の立場と財力からすればなんともない。

しかし愛人とシャルロットは不便な山の麓に移り住んだ。

これだけなら周りも孕ませた女性への義理や責任だと取ることも出来ただろう。

しかし、その後彼女達が移り住んだ場所で起きた変化を見ていけば彼が彼女をどれだけ愛していたのかが分かる。

 

 

毎年寄付という名目で多額の資金を、その地域の警察に渡し、治安そのものを向上させる事で彼女らの安全を護るという、財力に物を言わせた力業を行ったのだ。

彼女達がそこに引っ越す前と後とで、犯罪発生率が大きく下がっているのがその証拠である。

それだけではない。

彼女達が不便しないように、店を出したいという人間のスポンサー・パトロンになり、出店を後押しし遠くに買い物に行かなくても済むようにさせたり、娘のシャルロットが通う学校にも裏から手を回し、彼女が転校してからは優秀な教師が揃うようになっていた。

 

いったい幾らの金を注ぎ込んだのか。やりすぎの域を通り越した彼の所業を鑑みれば、本妻と愛人のどちらを彼が愛していたのか、どんなに鈍感な人間でも分かるだろう。

 

 

 

しかし、数年後彼を追い討つ出来事がおこった。

シャルロットの母親、彼の愛した女性がこの世を去ったのだ。

その報せを受けた彼はショックの余り、その日1日口も聞けなくなったという。彼の右腕でもある幹部の一人がそう証言していた。

 

母親を亡くし、独りになったシャルロットを彼は家に迎えれた。

彼からすれば愛した女性の遺した娘を引き取ることが出来たのは不幸中の幸いだろう。

 

 

これがジャック・デュノアの調査結果である。

ここまで深く愛した女性の娘に犯罪まがいの事をさせるとは思えない。

故に私はこれはジャック・デュノア以外の誰かによる仕業であると推察する。

 

───調査報告書はここでおわっている。

 

 

 

 

「ふむ…。まぁ、やらかしたのは十中八九、社長夫人なのよね、証拠的にも…。」

 

一通り部下から送られて来た報告書に目を通した楯無は報告書を封筒にしまうと目を閉じた。

 

「如何致しますか、お嬢…。」

 

「そうねぇ…。」

 

楯無の傍に控えていた一人の男性の問いに楯無は小さく唸る。

 

「……悲恋と悲劇は人の心を動かすのよね…。」

 

「は…?」

 

「フランスの国防を一手に担ってきた傑作機ラファール開発の裏側に隠されたエピソード…。資金難に漬け込んで社長を支えてきた恋人を追い落とした悪女…──」

 

何かシナリオを思い付いた劇作家のように楯無は立ち上がり部屋の中央に立つ。

 

「──そしてその悪女は社長夫人として豪遊、一方で追い落とされた愛人とその娘は片田舎で寂しく暮らす…。ジャック・デュノアは国防という大義のために涙ながらに愛を捨てねばならなかった…。これはそんな悲劇の物語…。」

 

すらすらと言葉を繋いでいく楯無はどこか遠くを見る目で視線を巡らせる。

そして暫くすると小さく頷き、パンと手を叩く。

 

「うん、それで行きましょうか…。ロジャーに連絡を取って。」

 

楯無は部屋の隅に控えていた男性に指示を出すと、その男性は音もなく部屋から出ていった。

そして自身以外誰もいなくなった部屋の中で楯無は小さく微笑んだ。

 

 

 

そこからは暗部を司ってきた更識家の本領発揮であった。

徹底的に調べあげられた社長夫人の乱れた生活はいつの間にかフランス国内の数々のマスコミにリークされ、同時に十数年前のデュノア社社長ジャック・デュノアの本当の恋人の存在が明るみに出たのである。

そして次に流れたのは、ジャック・デュノアの苦悩。愛と大義の狭間に揺れ動いた人間の悲恋の物語。

これにより現社長夫人は世間から完全な悪女として認識された。

 

そしてここで注目を浴びたのはジャック・デュノアの行いであった。

恋人と娘を陰ながら支援し続けたという事実が彼の愛が本物であったことを世間に強く印象付けたのである。

これで世論は完全に彼の味方となった。

さらにここで社長夫人への追い討ちが発動した。

 

愛人の子、シャルロット・デュノアを、IS適性が高いというたったそれだけの理由で危険なテストパイロットの仕事に従事させ、その身体を酷使させた。それだけに留まらず、織斑一夏という存在が公になったときは男装までさせてフランス政府を欺き、情報を浚ってくるように命令し、まだ未熟な少女の精神を酷く傷付けたことをフリーのライターにスッパ抜かれたのである。

 

これが完全な止めとなった。

社長夫人はチェスや将棋でいう所の“詰み”の状態に陥ったのだ。

 

 

そこからもまた早かった。

どこからともなく不正の証拠がごろごろと発見。彼女自身はもちろん、彼女に取り入ろうとしていた派閥の人間全員がお縄となったのである。

 

 

 

 

「…という訳なんですが、さてどうしますか?」

 

「確かに…、男装を見抜けなんだこちらにも落ち度はある。がしかし…。」

 

「そんなことで援助打ち切りの話が無くなる訳がないと?」

 

ある高級ホテルの一室で全身黒い衣服で固めた男となぜか学ラン姿の青年。その向かいの席にはどこか疲れた印象の壮年の男性が座っている。

 

「それは少し違うでしょう? 貴方達のせいで、貴方達が止められなかったせいで未来ある少女の心は深く傷付いた…。その責任は取るべきだ。そもそもそうなったのは貴方達が長い目で見てやれなかったからではないですか。」

 

「しかし、しかしだよロジャー=スミス…。」

 

「しかしも何もないでしょう?」

 

1対2、正確にはサシの交渉であるが、場は黒ずくめの男、ロジャー=スミス優勢である。

なぜならまだロジャーには切り札があるからだ。

 

「…貴方達、フランスIS委員会が、あの社長夫人から多額の賄賂を貰っていたのはとっくに調べがついています。」

 

ロジャーがポンととある資料をテーブルの上に置いた瞬間、男の顔が一気に青ざめた。

 

「貴方達は知っていたんだ、シャルル・デュノアが本当はシャルロット・デュノアで女の子だって事を…。」

 

ロジャーは席を立ち、向かいの男の後ろまでゆっくりと歩み寄るとその肩に軽く手を置いた。

 

「我々は別に揺するつもりはありません。ただ協力してほしいのです。」

 

「な、何が目的だ?」

 

「いえ、未来のための投資を・・・。そのための協力をしてほしいのですよ。」

 

 

 

・・・交渉は順調に進んだらしい。詳しい内容を当事者の三名は何も語らないため、すべては闇の中である。

 

 

その後、デュノア社では社長のジャック・デュノアに実権が戻り、シャルロットの居場所ができあがったのだという。

 

 

 

 





はい、こうなりました。
え? 学ランの青年は誰かって?
暗部で学ランとくれば、ねぇ…。

次でいよいよ本編が100話を迎えます。
まさかここまで続くとは…。この海の(ry

ではまた次回でお会いしましょうノシ

誰か南美の絵とか書いてくれる人いないかなぁ(チラ


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