はいどうも地雷一等兵です。
またまた間が開いてしまいましたね。
その分今回は少し長めなのでご容赦ください。
では本編をどうぞ↓
「ん…、朝か…?」
時差ボケでまだ重い瞼を開き、体を起こすと清々しい晴れ模様が窓越しに映る。客室の上等なベッドから降りようと掛け布団を捲ると、そこにはいつものように下着姿のラウラが寝ていた。
もはや慣れてしまっている一夏は、健全な男子であれば動揺が止まらないであろうこのシチュエーションをスルーし、何事も無かったようにラウラに布団を掛けて着替え始めた。
「無視は酷くないかっ!?」
そんな一夏にラウラはガバッと起き上がって抗議する。
一夏はラウラの抗議を背中に受けながら振り抜くことなく着替えを続ける。
「もう何回目だっていう話だ。嫁入り前の女子がそんな真似をするなよ。」
「ぐぬぬ…。」
ラウラは悔しそうに一夏を見つめ、その視線を背中に受けながら着替え終えた一夏はラウラに服を着るように促して部屋から出た。
そしてその数秒後、昨日と同じ軍服に着替えたラウラが出てきた。
「いただきます。」
昨日の夕飯を摂った食堂にまた全員が集まり、食事を開始する。その時のラウラはいつもより表情が暗く見える。しかしそれでも身に付いた癖なのか、パクパクとパンを飲み込み、食事を終える。
「…この後はいつものように10時より組手の訓練を行う。各員用意はしっかりとな。」
そう言い残してラウラは食堂を後にした。
「アーイッ!」
「イィィヤッ!」
「シュテルベンッ!」
「シャイセッ!?」
「ウゥー!」
「フッ!アーイ!」
「ワレラニエイコウアレェー!」
「ナイン!」
10時も過ぎた頃、シュヴァルツェアハーゼ隊の所有する訓練所には隊員達の声が響き渡っている。
独特な発声の声と、軍隊仕込みの体術は見ていて興味深いものである。一夏はそんな彼女達の訓練をじっと眺めていた。
「……。」
「いかがです? シュヴァルツェアハーゼ隊の練度は。」
「凄いの一言ですね。あんなに動いているのに息一つ切らしてない。」
隣にいたクラリッサに尋ねられた一夏は思っていたことを素直にそのまま述べた。一夏の返答に軽く頷いたクラリッサは良いことを思い付いたとばかりに足元の箱を漁る。
そしてその箱から取り出したのは普通の竹刀であった。クラリッサはそれを一夏に渡すと満面の笑みで一夏の肩に手を置いた。
「私と一勝負いかがです?」
「…え? あ…。」
突拍子のないクラリッサの一言に一夏は反応がワンテンポ遅れるものの、そこはIS学園で培った経験ですぐに持ち直す。
クラリッサが差し出した竹刀の柄を掴んで受けとると、すぐさま重心を確認するように手首だけで竹刀を振る。そして確認し終えた一夏はフゥと息を吐くと、クラリッサに向き直った。
「そうでないと、ですね。」
「よろしくお願いします。」
ニッと口の端を吊り上げて笑ったクラリッサは訓練場の中央に足を進める。一夏はその後ろを着いていき、クラリッサに向かい合うと竹刀を構えた。
対するクラリッサは両手を腰ほどの高さで構え、開いたり閉じたりを繰り返している。
(……投げ…か? それとも立ち関節? どっちだ…。…何にせよ、楽しみだ。)
構えを取りながら一夏は正面のクラリッサについて考察する。
しかしクラリッサは考える時間などほぼ与えず、体勢を低くしながら一夏に突撃する。
それを見た一夏は取り合えずその突撃の勢いを削ぐためにクラリッサの顔の高さに突きを放つ。鋭い踏み込みから放たれた突きをクラリッサは事も無げに腕で払い肉薄する。
しかし一夏もそれを読んでいたのか、竹刀を払われた体勢からさらに前に踏み込んで、低い位置にあるクラリッサの顔面目掛けて膝蹴りを打つ。
「止まれ!」
「このっ!?」
その膝蹴りをクラリッサは額で受け止め、勢いを多少殺されながらも一夏の懐に潜り込んだ。そして潜り込んだ勢いそのままにクラリッサは一夏の右襟と袖を掴む。
「貰ったっ!!」
襟と袖を掴んだクラリッサはそのまま一夏を背負い投げる。しかし一夏は投げられた体勢から空中で反動をつけ、足から着地する。そして着地した瞬間身を翻しクラリッサの襟と肩を掴む。
「ふんっ!」
「なっ!? ふっ!?」
クラリッサと組んだ一夏はすかさず頭突きをかまし、ショルダータックルで突き飛ばす。クラリッサは襟と袖から手を離し、自分から跳ぶ形でショルダータックルの衝撃を逃がす。しかし一夏に掴まれ十分に跳ぶことが出来なかったクラリッサの鳩尾に一夏の鍛えられた肩が食い込んだ。
しっかり掴まれ簡単にはふりほどけないことを確信したクラリッサはもう一度一夏の襟と袖を掴み直す。そしてお互いがお互いの襟を引き合い、額をゴリゴリと押し付け合う。
「いい感じについて来れてますね…。驚きです。」
「これでも鍛えてますから。」
汗を浮かべながらもまだ余裕のある表情を浮かべる一夏を見てクラリッサは小さく笑う。その顔は単純に目の前にいる少年との仕合いが楽しくて仕方がないという顔である。
首相撲の体勢になってから場は硬直した。お互い襟を掴んだ手を小さく引いたり、足を動かすなどの小さな駆け引きを始める。
純粋な筋力という面ではまだ一夏の方がやや上ではあるものの、経験から来る技量という面ではクラリッサの方が何枚も上を行っている。一夏が強引にポジションを取りに行くものの、クラリッサはそれを上手くいなして取らせない。
そしてそんな状態が続いて数分が過ぎようかという所で二人の均衡が崩れる。
「隙有り!!」
「うぉ!?」
一瞬、ほんの一瞬のことであった。長い間続いた首相撲、一夏の疲労が集中力として現れたそんな瞬間を見逃さずクラリッサは一夏の体を巻き込むように軸足を中心に体を回し背負い投げる。そして同じ轍は踏まないとばかりに放るのではなく、落とすように叩きつけた。
ただの投げであれば最初の時のように足から着地することも出来たであろうが、今回のように投げられてから衝撃までが短ければそうもいかない。
「まだまだぁ!!」
クラリッサは投げた体勢から身を翻し、一夏の体に馬乗りになってマウントポジションを取る。
「タップしても良いんですよ?」
「冗談…、まだ降参なんてしませんよ。」
「そうですか、それはよかった。」
マウントを取られながらも一夏は不敵に笑って見せる。そんな余裕綽々といった様子の一夏にクラリッサは満面の笑顔を浮かべ、そして拳を一閃振り下ろした。
しかしそれを一夏は見てから寸での所で顔を背けることで直撃を避ける。
「良いですね、この距離で、この体勢で避けますか。面白いですね!!」
笑顔であったクラリッサの表情は一夏の歳不相応な技量を見て更に喜色満面の顔になる。そして左右の腕で交互に何発も拳を打ち下ろす。決して遅くはないクラリッサの拳を一夏は首を動かして避け、それが無理な時は額で受け、時おり打ち付けられる拳を取ろうと手を伸ばす。クラリッサも一夏の狙いを分かってか、自身の腕を掴もうとする一夏の手を払って追撃する。
「何、あの攻防…。」
「副隊長、凄く楽しそう…。」
傍から見れば一方的な、しかし実際は互角の攻防に周囲で見ていた隊員達は息を呑む。本来であれば軍人と民間人、一対一で戦えばどちらが勝つかは明白である。
だが一夏は食らい付いて見せている。
それだけで彼が積んできた研鑽の程が見えるだろう。
「やられっぱなしですか?!」
「そんな、訳、ない!」
打ち付けられる拳を左手で払った一夏は無理矢理胸から上を持ち上げて右拳をクラリッサの顎目掛けて突き上げる。クラリッサはそれを上体を持ち上げることでなんなく逃れる。
「流石にそれは届きません。」
「最初から届くとも思ってませんよ。」
拳が届かなかったことを見た一夏は起こした状態を腹筋で無理矢理持ち上げ、クラリッサをひっくり返す。
一夏の拳を避けるために体をのけぞらせて重心を後方に寄せたことが災いした形である。
マウントポジションを返した一夏は直ぐ様竹刀を拾い距離を取って構える。
(…まさかマウントからあんな形で抜け出されるなんて…。)
マウントポジションを返された瞬間、反射的に受け身を取って立ち上がったクラリッサは一夏を正面に捉えてまた構えを取る。
(予想以上に寝技、いや格闘戦が上手い。…が、まだまだ投げへの反応と対応が苦手と見える。崩すならそこからか…。先ずは肩…、次に足首…。)
構えを取るクラリッサの手にも力が入っているのか、彼女の瞳に明確な殺意が宿り、手の甲に血管が浮き出る。
そんなクラリッサの変化に気が付いたのか、竹刀を握る一夏の手にも自然と力が入った。両者の睨み合いが続き、緊張がマックスに到達した頃、ある声が訓練所に鳴り響いた。
「そこまでだ!」
膨らんだ風船に針を刺したようにその場の緊張は弾けた。そしてクラリッサと一夏を含めたその場にいる全員がその声の主へと視線を向ける。
「隊長…?」
「ラウラ…。」
そしてこれからと言う所で水を差された二人は複雑な顔で声の主であるラウラを見つめる。ラウラはそんな二人を厳しい眼光で睨み付けていた。
彼女はツカツカと二人の近くに詰め寄り、それぞれに一瞥をくれてやると深々と溜め息を吐いた。
「おい、クラリッサ…。」
「は、はいっ!」
「お前…今、本気で壊そうとしてたよな?」
「ハッ! 申し訳ありませんでした!」
お前の考えなどお見通しと言わんばかりに鋭い眼光でクラリッサを睨む。睨まれたクラリッサは先程までの殺意が完全に鳴りを潜めた。
クラリッサがいつもの様子に戻ったことを確認したラウラは今度は一夏の方に向き直る。
「お前もだ一夏!」
「……!」
「いくらクラリッサがフィンガーグローブを着けていなかったとはいえ、あんなリスクの高い戦い方をするな戯け!」
ずずいとラウラは一夏に詰め寄り、指を突きつける。そんなラウラの迫力に気圧されて一夏はつい1歩後ろに下がる。
「それにお前、わざと懐に誘い込んだだろ!? 最初のやり取りでももっとやりようがあった筈だ!! 何でだ!!」
「……試したかったんだ…。自分の技術がどこまで通用するか。」
「お前という奴は…、いや、それでこそ…か。」
ラウラは小さく息を吐くとポンと一夏の胸に手を当てる。
「高みを目指すのも良いが、実験台は選べ。じゃないと体が幾つあっても足りなくなるぞ。」
「そうだな。次からは気を付けるよ。」
小さく苦笑いを浮かべる一夏を見て、反省の意思を感じ取ったラウラは二人に背を向けて訓練所の隊員たちの方を向く。
「もうじき昼の時間だ。朝の訓練はこれで終わる。各自片付けをしてから解散だ。」
「「「はーい!」」」
ラウラの指示を受けて隊員達はそれぞれの得物を持って更衣室へと足を向ける。クラリッサもこれ以上ラウラに何かを言われない内にとその場をそそくさと後にした。
「ほら、お前はあっちの部屋を使え。」
「お、おう。」
ラウラは白いタオルを一夏の頭に乗せて背中を押す。
それに押されて一夏はタオルを受け取ってラウラに指示された部屋に向かう。
その部屋で着替えた一夏は外で待っていたラウラと一緒に食堂へと足を運ぶのだった。
「さて、今日の午後は前から言ってたように自由時間とする。それぞれ有意義にな。」
「「「はーい!!」」」
「では解散!」
ラウラの号令と共に隊員たちは席を立ち、それぞれがこの後の予定などを話し合いながら食堂から出ていく。女3人寄れば姦しいとはまさにこの事かとでも言うように、隊員達はとてもはしゃいでいる。
そんな隊員達が後にして、静かになった食堂に残されたのはラウラと一夏だけである。
「一夏、この後に予定はあるか?」
「いや、特にはないよ。ラウラは?」
「む? いや、特にこれと言った用事はない。強いて言えば街に出ようかと考えていたところだ。どうだ? 一緒に行くか?」
「そう…だな。ドイツの事とかよく知らないし、案内してくれると助かる。」
「いいだろう。車を回してくるから正門で待っていてくれ。すぐに行くから。」
そう言ってラウラは一時その場を後にした。そして一夏もまた部屋に戻って着替えてから正門へと向かう。
「……。」
シュヴァルツェアハーゼ隊専用施設の正門でラウラを待っている一夏は腕時計と正門とを交互に見ながら門の脇にもたれ掛かる。
すると一人の小さな女の子が門に寄り掛かる一夏に近寄ってきた。
「ねぇね、おにーさんだれ?」
純粋無垢という言葉が一番似合うその少女は小首を傾げて一夏に尋ねる。
一夏はそんな少女の視線に合わせるようにしゃがんだ。
ドイツという異国の地で現地の少女に日本語で尋ねられるという事態であっても一夏は冷静である。
「オレは織斑一夏。ここの隊長さんの知り合いだよ。」
「イ、チ、カ~?」
「うん、一夏。」
「イチカ! ヒルダ覚えた。あ、ヒルダはね、ヒルダって言うの!!」
ヒルダと名乗る少女は両手を挙げながらピョンピョンと跳ねる。
容姿相応の仕草に一夏はついつい小さく笑みを溢す。
そんな時に車から降りてきたラウラがその少女を見て、驚きの声を漏らした。
「ヒ、ヒルデガルト・ワーグナー!?」
「あ~、ラウラお姉ちゃんだ~!」
声に気付いたヒルダはニパっと笑うと両手を広げてラウラに突撃する。驚愕していたラウラはそのままヒルダに抱きつかれた。ラウラに抱きついたヒルダの顔はとても嬉しそうに緩んでいる。
「な、なんでお前がここにいるんだ!?」
「えっとね、うんとね、遊びに来たの!」
慌ててしゃがみヒルダを抱えたラウラは焦ったように尋ねると、ヒルダは抱えられたまま純真な笑顔で答えた。
そんなヒルダの態度にラウラはハァと小さく溜め息を吐いた。
「その様子だと世話係のゾル達は・・・。」
「うん、一人で来たの!」
「なぁ、その子ラウラの知り合いか?」
満面の笑みを浮かべ続けるヒルダと呆れたように溜め息を吐くラウラに一夏は尋ねる。
「知り合いというか、なんと言うべきか・・・。一応言っておくか、こいつはヒルデガルト・ワーグナー。今期のドイツ国家代表だ。」
「国家代表って、こんな小さな子が!?」
ラウラの言葉に一夏はぎょっとした表情でヒルダを見た。すると、ヒルダはラウラに抱えられたままエッヘンと胸を張る。
「えへへ、すごいでしょ? ヒルダね、いっっぱい頑張ったんだよ!」
どこか誇らしげな表情で胸を張るヒルダを一夏は未だ信じられないというような顔で見下ろす。
が、そんな少女を抱えるラウラの顔が真実であることを雄弁に物語っており、その表情から一夏はその事実を半信半疑ながら認めることにした。
「それで、なんで急にここに来たんだ?」
「ん~とね~、ラウラお姉ちゃんと遊びたかったの。」
「遊ぶって、何をするつもりだったんだ?」
「えっとね、アイエス勝負!!」
そう言ってヒルダは首から提げている黒いペンダントをラウラに見せる。するとラウラは合点がいったと言うように頷き一夏に目配せする。
その視線に気がついた一夏はコクリと頷く。
「ヒルデガルト、なら私よりもいい遊び相手がいるぞ。」
「ほんと!?どこにいるの?」
ヒルダは顔をぱぁっと輝かせてラウラに尋ねる。
期待に満ちた視線を向けられたラウラはすっと一夏を指差した。
「イチカ? でもでも、イチカは男の人だからアイエスに乗れないよ?」
「いや、それがだな、一夏は世界で唯一ISに乗れる男なんだ。」
「えぇ!? すごいすごい!!」
はじめは小首を傾げていたヒルダであったが、ラウラの説明を聞いてきらきらと目を輝かせてぴょんぴょんと跳びはねる。
「そういうわけだ。どうだヒルダ、やってみないか? 一夏の腕は私が保証する。」
「うん! やる!やってみたい!!」
ラウラの提案にヒルダはぶんぶんと首を縦に振る。
それを受けてラウラは一夏とヒルダをつれて専用施設のとある一角へと向かった。
「えへへ、楽しみ~!!」
シュヴァルツェアハーゼ隊の所有するIS戦闘用のアリーナでISスーツを纏ったヒルダと一夏が向かい合う。
そのアリーナのギャラリーでラウラは二人の戦いを見守ることにした。
「さて、それじゃあ始めるとするか。」
「うん! 負けないよ!」
一夏とヒルダはお互い言葉を交わすとそれぞれ専用機を身に纏う。
ヒルダの専用機は全体的に白色とくすんだ銀によってカラーリングされた流線型のデザインで、一言で言うならば“美しい”だろう。
それは、ヒルダの幼さの中にある美しさとも相まって絵画に描かれた妖精のような雰囲気である。
『システム戦闘モードを起動』
「!?」
突然ヒルダの専用機から流れた機械的な音声に一夏は不審に思い雪片を構える。
その機械的な音声と同時に目を瞑っていたヒルダであったが、その音声が止まるともう一度目を開く。
そこにいたのは先程までのあどけない笑みを浮かべる少女ではなく、紛れもなく一人の戦士であった。
流石に1話に2回も戦闘描写を挟むのはくどいので、今回はここまでです。
次回をお楽しみに‼