皆様、明けましておめでとうございます。
本年も「IS世界に世紀末を持ち込む少女」をよろしくお願いいたします。
では本編をどうぞ↓
IS学園の夏休みは標準的な長さである。
もちろん課題の量も標準的なもので、この学園に入ることが出来た者ならば負担にもならないものである。
そんな夏休みの過ごし方は人それぞれである。
海外からIS学園に来ている者にとっては故郷に帰れる貴重な時期でもあるのだ。
イギリス出身のセシリアやドイツ軍に身を置くラウラは夏休みに入ると荷物を纏めて実家や部隊に帰っていった。
そんな夏休みの初め、南美はというと──
side 南美
目が覚めて、いつもの天井が見えて安堵する。
夢に見るのは福音事件の夢、何も出来なくて、皆が撃墜されていく夢。
あの時からもう1週間は過ぎているのに、一向に消え去らない悪夢…。
その度に見せられる最悪の結末。
…寝汗のせいでパジャマが張り付いて気持ち悪い。
肌に張り付く服を脱ぎ捨てて、カゴに投げ入れる。
無様にも程がある。クソがっ!!
こんなにも自分が無力だったなんて思わなかった。
情けない、あれだけ大口叩いておいて、あの様だ…。
…もっと、もっと圧倒的な実力が欲しい。今までの競技内で通用するようなんじゃない、問答無用で相手を叩きのめすような、そんな強さが欲しい…。
どんどん沈んでいく思考を覚ますように、私のスマートフォンが鳴った。掛けてきた相手は鷲頭社長だった。
side out...
「こうして会うのは久しぶりだね、南美くん。」
「はい、お久しぶりです。」
電話で呼び出されて、実家からすぐ近くに店を構えている甘味処六文銭に来た。
鷲頭はすでに注文をしていたのか、わらび餅が置かれている。
「好きなものを注文してくれ、支払いは私がするからね。」
「はぁ…。」
鷲頭の言葉に気のない返事をして対面に座る。
以前までの彼女に比べ、明らかに覇気のないその姿に鷲頭は頭を掻いた。
「らしくないねぇ南美くん、我が社のテストパイロットとしての名が泣くぞ?」
「あ、いや、その…。」
何もかも見透かしたような鷲頭の表情に南美は一瞬目を逸らすが、暫くして胸のうちを打ち明け始めた。
自分の力が足りないことを思ったこと、圧倒的な実力が欲しいこと、その他にも色々なことを吐き出した。
「なるほどねぇ…。」
一頻り聞いた鷲頭は椅子の背もたれに寄りかかって腕を組む。
彼の表情はどこか楽しそうで、冒険の予定を立てる子供のように思える。
「…どうにか、できますか?」
「出来ないことはないよ?」
「えっ!?」
さらりと言ってのけた鷲頭に南美は驚愕の目を向ける。
それに対して鷲頭の表情はいたって普通だった。
「…夢弦市の裏ストリートファイトって知っているかい?」
「裏ストリートファイト…ですか…? その、都市伝説としてなら聞いたことはあります。」
「まぁ、そうだろうねぇ。でも、その都市伝説が事実だとしたら?」
鷲頭は懐を漁ってタバコを取り出したが、店内だということを思い出してもう一度懐にしまう。
「そこだと、ストリートファイトの勝敗を賭けて大金が動く。もちろん、参加者もその額に見合った実力者ばかりだ。」
タバコをしまった鷲頭は手持ち無沙汰を、誤魔化すためにコーヒーカップを口に運ぶ。
鷲頭の話を聞いた南美は息を呑んで、鷲頭の話を頭の中で反芻していた。
(裏ストリートファイト…、確かにそれなら…。)
「…無理にとは言わない。けれどもあそこなら君の求めるものも手に入るだろう。」
本当に南美の内心を見透かしているのか、的確にそう囁いた鷲頭の言葉に南美の心は簡単に傾いた。
「鷲頭さん、お願いします。私をそこに連れていってください。」
「オーケー、さて行こうじゃないか。強者達の戦場に。」
鷲頭はグッと笑って席を立った。
鷲頭が南美を連れてきたのは夢弦の外れ、由江、板鹿棚との境近くに位置する寂れた場所。
閑散とした場所は静かで、しかしどこか普通ではない雰囲気を持っていた。
「ここは…。」
「あぁ、うん。裏ストリートファイトの会場がある場所なんだ。あ、これ着けて。」
何かを思い出したように手を叩いた鷲頭は懐から新品のマスクを取り出すと南美に渡す。
それを受け取った南美は疑問に思って首を傾げたが、素直に従うことにしてパッケージを開けてマスクを着けた。
「まぁ、無くてもいいけど、用心の為にね。」
それだけ言って鷲頭はポツリと建っている古ぼけた2階建ての事務所に歩いていく。
その事務所の前には一人の女性がパイプ椅子に腰掛けている。その女性に鷲頭は気軽に声を掛けた。
「やぁ、ヴァネッサちゃん。久しぶりだね。」
「鷲頭さんか、珍しいね。直接こっちに来るなんて。」
アイビーグリーンのフレアパンツに腹部を露出したノースリーブの白シャツに赤ネクタイと、多少派手で露出の多い服装の女性は顔を上げて鷲頭を見ると驚いたような表情を浮かべる。
「今日は試合を見に来た訳じゃないんだ。ちょっとファイターを連れてきてね。」
「…そのマスクの子がそうですか?」
その女性、ヴァネッサは鷲頭の後ろにいる南美を品定めするようにじろりと見る。
全身をくまなく見定めたヴァネッサはふぅんと唸って、もう一度鷲頭に視線を移す。
「…悪くない。鷲頭さんが連れてきただけあって実力はしっかりしてる。でも、まだ甘いですね。」
「だろうねぇ。」
「その子くらいの実力者はうちに大勢います。彼女をファイターにしても鷲頭さんの得になるとは思えません。」
はっきりと告げるヴァネッサの口調に南美はむすっとするも、次の瞬間に自身の頬を掠めた何かによってその感情はなりを潜めた。
その何かとは、ヴァネッサの拳だった。
「っ!?」
「反応出来なかったでしょ? つまりそういうこと。私も以前はここのファイターだった。その時でもこれに初見で反応出来た奴は少ないけど、ここで長年やるにはこれに反応して尚且つカウンターかまして来る化け物とやり合うってことさ。」
何ともないように言うヴァネッサの態度に南美は息を呑んだ。
予想していたものより遥かに上の実力者。それがまだまだいるということに南美は震えた。恐怖かもしれないし、はたまた武者震いかもしれない。
ただ一つ、はっきりしているのはこの時南美が笑っていたということだ。
「…なるほどね。こりゃ歴としたこっち側の人間だ。鷲頭さんが連れてきたのも頷けるね。」
「はは、本当はもう少し後に連れてくるつもりだったんだけどね。いや、ホントにどうして、わからないものだね。」
笑う南美を見て、ヴァネッサは呆れたように鷲頭に目を向ける。すると鷲頭は小さく微笑みを浮かべながら肩をすくませた。
「チョーシに乗ってんじゃねぇぞオラァ!!」
「調子に乗るんじゃないわよ!!」
ヴァネッサが座っている事務所横の路地から男女の怒声が響き渡ったかと思うと、続いて何かが固いものに叩きつけられたような音が鳴り響く。
「…そう言えば、今日は彼らの試合の日だったね。」
心当たりのある鷲頭がニッと笑うとヴァネッサがコクリと頷く。
そんなやり取りの後、ぬっと路地から二人の人物が姿を現した。
一人は腰まで伸ばした艶のある黒髪をストレートに下ろし、一見和服にも見える服を着た絶世の美少女。
もう一人は日本人の平均身長を優に越える背丈にがっしりとした体つきをした銀髪の厳つい男だった。
「お疲れさん、やっぱりアンタらの勝ちなのね。」
ヴァネッサが路地から出てきた二人を見て、ファイルに何かを書き込んでいく。
一方で、ヴァネッサに声を掛けられた二人はニヤリと笑う。
「今日の相手は一段と張り合いがなかったわ。私が近づけば勝手に下がってくんだもの。」
「同じく…。どいつもこいつも1発掴んで叩きつけたらギブアップ、つまんねぇよ。」
髪先を指で弄びながら少女は愚痴をこぼし、男の方は退屈そうにあくびをする。
そんな二人の言い分にヴァネッサは手元のファイルにちらりと目を落とす。
「我慢なさい。アンタらはうちのトップランカー…。そうそう勝負になる奴もいないの。」
「分かってるわよ。じゃ、私は休んでるから。」
そう言って少女は事務所の中に入っていき、男の方も事務所の中に姿を消した。
「…あの二人は…?」
二人が完全に姿を消したのを確認した南美がヴァネッサに尋ねる。
するとヴァネッサはクスリと小さく笑って答えた。
「うちのトップランカーよ。男の方は七枷社(ナナカセ ヤシロ)、五指に入る実力者。で、女の方はラウンドネームをグーヤン、あんな華奢なナリして圧倒的な実力を誇る裏ストリートファイトのクイーンさ。」
「七枷社、グーヤン…。」
「そ、アンタが一番戦いたい連中なんじゃない?」
ヴァネッサの問いに南美は黙って頷いた。
どこまでも楽しそうに、明日の遠足を待つ子供のような顔をヴァネッサは黙って眺めつづけた。。
その日南美は裏ストリートファイトのファイターとして、ラウンドネーム「Ms.マスク」と名乗り登録した。
本格的にここから「裏ストリートファイト編」に突入します。
途中途中で「ドキドキ!? 一夏くんの国外旅行日記」編も挟んで行きたいと思います。
では恒例のMUGENストーリー紹介のコーナー!
「~Restaurant Dolls~」(にせぽに~ 氏)
前回で紹介しました「Dr.えーりん診療所」のにせぽに~氏による2作目のストーリー動画。
デュオロンとアリス(東方project)が二人で営むレストランとその周囲で繰り広げられるほのぼの日常系の動画です。
前作を知っている人はもちろん、知らない人でも楽しめる作品となっています。
ぜひご覧になってみてはいかがでしょうか。