いつもの季節特別編です。
では本編をどうぞ↓
時期は10月末、世間ではハロウィーンのイベントなどでカボチャ関連のお菓子やハロウィーン仕様の商品が至るところで出回る頃だ。
そんな10月31日の朝、ほんわ君の家のチャイムを鳴らす人物がいた。
チャイムを聞いて玄関のドアを開けたほんわ君の視界にホッケーマスクを被った大柄な男が飛び込む。
「trick or DIE!!」
「……朝からなんですか? ジョンス先輩……。」
朝一番から物騒な言葉で迎えたほんわ君はやや不機嫌そうな顔でホッケーマスクの男を睨むと、男は笑いながらそのマスクを外した。
その人物はほんわ君の予想通り、特別課外活動部のジョンス・リーだ。
「やっぱりバレるか~。」
「そりゃ僕の周りでこんなことするのはジョンスさんくらいのもんですよ?」
「ハッハッハッ! 違いねぇ。」
ジョンスは屈託なく笑うと不機嫌な顔つきのほんわ君の頭に手を置いた。
「すまんすまん、ハロウィンでついついはしゃいじまった。詫びに今度飯奢ってやるよ。」
「御食事処衛宮の定食で手を打ちましょう。」
「オーケー、いいだろう。」
そうして取引を終えると、ほんわ君は家のなかに戻っていきたった数分で身支度を整えて学校に向かう。
やはりハロウィーン当日ということもあってか街中には朝から仮装して歩く人の姿もあり、いつもとは違った華やかさが夢弦の街を包んでいる。
体中に包帯を巻く者や、羽や牙をつけて吸血鬼に成りきる者、スーツ姿に馬の被り物をした者など、様々な格好をした者たちが行き交ってそれぞれの時間を過ごしている。
「これを見ると、夢弦もやっぱ他の所と変わらねぇんだな。」
「……そうですね。“闘争の街”夢弦、そんなここでもこう言うイベントの時は平穏ですよ。」
ジョンスもほんわ君もいつものノリから外れて流れる平穏な時間をゆったりと味わいながら夢弦高校に向かう。
「死ぃねぇ!!京ぉおおおお!!」
「ふん! 喰らいやがれぇえ!!」
学校に着くなり2人の耳に聞こえてきたのは耳つんざくような大きな怒声だった。
その声の発生源と思われる方向に目を向けると夢弦高校の生徒同士による殴り合いだ。その人物は料理部の草薙と音楽部の八神の2人。いつもの2人の私闘に周りの生徒たちは何でも無いかのように通り過ぎていく。
「これもまた日常ってやつだな。」
「そうですね~。」
ジョンスとほんわ君の2人も周りと同じように何も声を掛けるような事もせずに校舎に歩いていった。
校内にはちらほらと仮装している生徒たちが歩いている。普段から仮装しているような服装の生徒──着物やチャイナ服は序の口である──が大勢いるため、今更1人や2人仮装する者が増えた所であまり目立つことはない。
一応ハロウィーンっぽくゾンビや吸血鬼、包帯男といった定番の姿をしている者も居る。
「お、清姫!」
「あ、ジョンス様!」
廊下で出会った清姫はなんといつもの着物姿ではなく、ハロウィーンに合わせた黒い魔法使い風の衣装を着ていた。
黒いマントや衣装は彼女の決め細かな白い肌を一層際立たせており、恥じらう顔や仕草は可愛らしさを演出している。
「と、友達に勧められたので着てみたのですが、どうでしょうか……?」
「めちゃくちゃ可愛い。」
「ふぇ……?!」
「いつも可愛いが、今の格好の清姫もめちゃくちゃ可愛い。」
ふざけた様子など微塵もなく、真面目な顔つきで正面から清姫と目を合わせながらそう言うジョンスの言葉に清姫は恥ずかしそうにうっすらと赤かった顔を真っ赤に染めて目線を逸らす。
はっきりと褒められて嬉しいやら恥ずかしいやら、真っ赤な顔を隠すように彼女はジョンスに抱き付いた。
そんな彼女をジョンスはしっかりと受け止め、優しく頭を撫でる。
「ジョンス様はズルいです。いつもこうやって私を幸せな気分にしてくださるんだもの。」
「そんなオレは嫌いか?」
「いいえ、大好きです!」
清姫はジョンスの体にぎゅっと腕を回してそのまま強く抱きついている。ジョンスもジョンスで、そんな彼女の事をしっかりと抱き止めていた。
「……やれやれ……。」
そんな2人の様子を見たほんわ君は首を横に振るとその場から離れていった。
「おはよう、ほんわ。」
「おはようシオン。珍しいね、シオンがこういうイベントに乗り気なんてさ。」
ジョンスと清姫の世界から離れて教室に入ると、吸血鬼のコスプレをしたシオンが彼を出迎えた。
彼女の格好は黒いマントを羽織り、目の下には血のペイント、そして鋭い牙を着けている。
「父さんが折角だからって、断りきれなかったのよ。」
「あぁ、ズェピア先生……。」
シオンの言葉を聞いてほんわ君の頭にいつもマントを着ている化学教師の姿が思い浮かんだ。
いつも糸目で丁寧に話す彼のいつもの姿と、今のシオンの姿を見比べてほんわ君はクスッと笑う。
「それでその格好なんだ。」
「……癪ですが、一番用意しやすかったので。」
ハァと小さく溜め息を吐いて首を振る彼女の姿はどこか父親のズェピアと被って見えた。
「うーし、授業始めるぞ。席に着けー。」
怠そうに声を張りながら古典担当の藤原妹紅が教材片手に教室に入ってくる。
それを受けて生徒たちは一斉に自分の席に座った。
「あ~、ハロウィンってことで街中にゃ変な格好の連中が大勢いたし、校舎の中にもいるが気にしないで授業してくぞ。」
「妹紅先生はコスプレしないんですかっ!?」
「するわけねぇだろ。」
一人の男子生徒が手を挙げて質問すると彼女は怠そうに言葉を言葉を返す。
するとその男子生徒はショックを受けたように静かに席に座り突っ伏した。
「馬鹿が一人ダウンしたが、これも気にせず授業を進めるぞ。教科書開け~、この前の続きな。」
妹紅の指示で生徒たちはペラペラと教科書を捲り、ノートを開く。
「さて、前回の復習だが、光源氏はシャアだったって言う話だったな。」
「センセー、その略し方は大丈夫なんですか?」
「間違ってねぇから大丈夫だ。」
淡々と授業を進めていく妹紅の格好はいつものもんぺ姿。いつもとは変わらないこともこの夢弦高校では大事な事なのだ。
世間がハロウィンだろうと学校で行われることに変化などない。
授業が始まり時間が流れ、また授業が始まると言うサイクルを繰り返し、その日を締めくくるホームルームが終わる。
「はい、これで今日はおしまい。さっさと帰るなり部活行くなりしなさい。」
担任の教師が終わりを宣言すると部活や用事のある生徒たちが一斉に教室から出ていった。
「あぁ、今日は変な格好の連中がうろついてるから気を付けなさいよー。」
担任の教師も思い出したように付け足すが既に出ていった生徒たちには聞こえていない。
そんな生徒たちを見送りながら教師は職員室へと戻っていった。
「お疲れさまでーす。」
「おう、お疲れさん。」
ホームルームが終わり、それなりに急いで部室に到着したほんわ君を出迎えたのは山本だ。
彼はスパーリングの手を止めるとグラブを外してロープに掛ける。
「あれ? ジョンスさん達は?」
「ジョンスは遅れる。小町は教師に呼び出されてる。」
「あ、はい。」
他の面々の動向をある程度把握した彼らは今日の予定を確認する。
特別課外活動部として夢弦高校に通う大勢の生徒たちから何か依頼を受けている彼らは毎日投書がないかを確認するのだ。
そんな時、部室の戸をがらりと開けてシオンが入ってきた。
「今日の依頼は技術部からの協力要請です。」
「技術部か。了解した、行くぞほんわ。」
「はい。」
今はいないメンバーは捨て置いて山本、ほんわ君、シオンは技術部の部室へと向かった。
「ふん、よく来たな。」
「おう、大道寺。相変わらず態度がデカいな。」
「それが私だからな。」
ガレージとも言える部室、その部室に取り付けられた技術部と書かれたドアを開けた山本らを出迎えたのはスライムに下半身を漬けたスクール水着姿の幼女だった。
歳の割に落ち着き払った物腰の幼女を見て山本はハァと溜め息を吐く。
「依頼だって話ですが、用件は?」
「あぁ、簡単だよ。うちのロボのデータを取りたい。手合わせしてくれ。」
「そうですか……。無頼さん。」
「任せろ。」
シオンの言葉に無頼は赤いボクシンググローブを嵌めてニヤリと笑う。その笑顔を見てシオンは着ているマントを脱ぎ捨てた。
「カモーン! メカヒスイさんver.
パチンと大道寺きらが指を鳴らすと格納庫のドアを開けてメカメカしい顔つきのメイド服を着たロボットが現れた。
明らかにメカっぽい顔つきと球体関節にメイド服という組み合わせはどこかちぐはぐながらも絶妙にマッチしていて、愛嬌を感じる。
「この前見つかった設計図を基にして作ったロボだ。設計者の銘を見るにOGの琥珀さんだろう。」
「あぁ、あの伝説の……。」
「一応スペック通りに仕上がっているとは思うが、念のために確認したい。」
スライムに座ったまま大道寺はメカヒスイさんver.0の体を撫でる。
その顔は愛娘を愛でる母親のように見える。
「オーケー、そう言うことなら──」
「──遠慮はしませんよ。」
山本はグローブを2度叩き合わせ、シオンは糸を構えた。
そしてメカヒスイさんver.0はドリルを取り出すと右手に嵌める。ギュリギュリと音を立てて回るドリルに心なしかメカヒスイさんの気分が高揚しているように見える。
「それじゃあ、戦闘開始!!」
ほんわ君の掛け声と共に広いマットの上で二人と一体が動き出す。
山本はグローブを顔の前に構えたまま小刻みなステップを踏み距離を詰め、シオンはその背後から銃口を向ける。
それに対してメカヒスイさんはドリルを眼前に突き出したまま山本に突進する。そしてお互いが射程に入った瞬間にメカヒスイさんがドリルを一気に突き出す。
「甘いぜ!」
「───ッ!?」
頭だけを動かしギリギリの範囲でそれを避けた山本は鋭いジャブをメカヒスイさんの頭に打ち込む。
衝撃で頭部が後ろに傾いたメカヒスイに山本は更に追撃を仕掛ける。
「シッ!シッ!シッ! フリーダムッ──パンチッ!!」
コンパクトなフォームから連続して正中線にパンチを打ち込み、完全にメカヒスイさんの体勢を崩した山本は大きく右腕を引き絞って最大の一撃、右ストレートを顔面に叩き付けた。
その衝撃は重いはずのメカヒスイさんの体を浮かせ、数メートルほど飛ばした。
「む……、やり過ぎたか?」
「……油断はしないでください。」
吹っ飛んだ先で倒れたまま動かなくなったメカヒスイさんにシオンは銃口を向けたまま、警戒する。
すると何やら関節の稼働部からガシャガシャと大きな駆動音を立てながらメカヒスイさんが立ち上がる。そんな彼女?の頭部からは白い煙がうっすらと立ち上っていた。
「…………、何だ、仕掛けてこない?」
「煙……、オーバーヒート?」
「な、何が始まるんです?」
立ち上がったまま一切動かなくなったメカヒスイさんに活動部の3人は不審な目を向ける。
そして沈黙のまま時が過ぎ、もうじき1分が経とうかと言うときにそれは起こった。
「ピーガガガ……、ダメージ甚大、回路熱量規定値オーバー……、秘密保持ノ為二、自爆シマス……。」
「「「「は……?!」」」」
機械的な合成音声で作られた声。そんな声から聞こえてきた言葉にその場の四人は目を点にした。
「おいおいおいおいオイィ!?」
「い、今自爆って?!」
「こ、これは計算外です……!!」
「ま、待てメカヒスイさんver.0!」
「カウント開始、3……2……1……──」
あわてふためく面々を他所にメカヒスイさんは淡々とカウントダウンを開始した。
そして“ゼロ”という声と共にメカヒスイさんのボディが光を放つ。
「ば、爆発オチなんて最低だー!!」
そして光と轟音が鳴り響き、技術部の部室でそれなりの規模の爆発が起こった。