もー書きたくない
霊夢には、親がいない。
代々、博麗の巫女は八雲紫が連れてくる。幻想郷の内か、それとも外かは分からないが、毎回決まってそうだった。幼いころから博麗の巫女として鍛え上げ、前の代の巫女が引退すると同時に、新しい巫女として任じてきた。
八雲紫も鬼ではない。親と子の仲を切り裂いてまで、素質のある子を連れてこない。何らかの理由で親を失ったか、捨てられたか。そんな子の中で選ばれたのが霊夢だった。
幼いころから、霊夢は博麗の巫女として育てられた。学問を学ばせ教養を養い、厳しい修行を経て、強くする。そこに育てるための愛はなかった。紫を責めるものでもない、彼女も次代の巫女を探しだし、鍛えるのに精いっぱいだったのだから。
だからか、霊夢には感情が不足していた。面倒と思うことや、今日は修業がないから楽だな、と精々思うばかりだった。
霊夢が小間使いの男と会って、一緒に生活を始めて三年だが、当然最初は上手くいかなかった。
朝まだ寝ていたいのに、規則正しく起こされ、規則正しく生活させられる。それまで自由だった霊夢からしたら、いきなり束縛されて窮屈だっただろう。それに人里の皆のために御札を作れとまで言ってくる。そんなことしなくても何かあれば自分が助ければいい、と食ってかかったが、何か起きてからでは遅い、と怒られた。当然、不貞腐れた。
御札を作ったり、言う通りに生活していれば文句は言われなかったので、仕方なくそうしていた。
いつだったか、人里に妖怪が現れ人間を襲った。幸いそこまで強くはなく、才能ある霊夢の前にあっけなく倒された。さっさと帰ろうとした霊夢に、感謝の言葉がかけられた。
『ありがとう、おかげで怪我人がでなかった』
一瞬何のことかわからなかったが、皆が御札をだして納得した。自作の札が、守ったのだと。
霊夢が博麗神社から人里に着くまで、少し時間がかかるのは仕方ないことだ。その間に人間が襲われることも、怪我をするのも、最悪死んでしまうのも、仕方のないことだった。しかし今回、死傷者及び負傷者はでなかった。それを霊夢は厚く感謝された。
その時霊夢は心が空っぽになった。今までも妖怪から助けたことはあるし、感謝されたこともある。しかしそれは、博麗の巫女として当然のこと、と思われた上辺だけのものだったのかもしれない。だが今回、心の篭った言葉をかけられ困惑してしまった。
博麗神社に戻った霊夢を、男は労った。
「お疲れ様。怪我はない?」
「ない」
「良かった」
なぜ笑顔なんだろう。純粋にそう思った。さっきの人間も、この鬱陶しいと思っていた男も。なんで笑ってるの、と聞いてみた。
「それは霊夢が皆に感謝されて、嬉しいからさ」
「何でアンタが嬉しいのよ」
「霊夢は最近、ちゃんと頑張っていたからね。皆にもその頑張っていたのが伝わって、それが嬉しいのさ」
よく頑張ったね、偉いじゃないか。そう言って頭を撫でてきた。
霊夢には、そうやって頭を撫でてもらった記憶はない。初めての経験に、どうしたらいいかわからず、浮足立ってしまった。空っぽだった心が、満たされていく気がした。
「じゃあ今日は頑張った霊夢のために、霊夢の好きなものを作ろう。霊夢、何が食べたい?」
「じゃあ、テンプラ?」
その日の夕食は霊夢のリクエスト通り、テンプラとなった。しかし嬉しいといった感情はなく、自分の心湧きたつこの感じはなんなのか、それが知りたくて、味も何もなかった。多分、何か言われても適当に相槌を打っていただけだと思う。
夜、床についても霊夢は眠れなかった。激しく鼓動する旨の音が身体に響き、とても眠れなかった。気が付いたら朝になっていて、あの小間使いが起こしに来る時間になった。
「おはよう霊夢、起きるじか……もう起きてたのかい?」
「うん」
「大丈夫かい? 目の下、隈ができてるけど」
そりゃ寝ていないのだから当然である。寝ていないのだから疲れも盗れてなく、霊夢の身体はひどく重かった。
「いいよ、寝ていて」
「え?」
「昨日は頑張ったからね、一日くらい休んでもいいさ。元気になったら起きておいで、ご飯を作るから」
男の優しさに触れた時、また、心が満たされた気がした。ゆっくりさせようと、男は襖を閉めようとしたが、それを霊夢は制した。
「どうした?」
「あの」
「いいよ、何でも言ってごらん」
「あ……い、一緒に、ね、寝てほしい、なんて」
「それはまた、どうして?」
アンタと一緒だと心が満たされるから、とは言えなかった。なぜか言うのが恥ずかしいと思ってしまった。
訝しげにしていた男だったが、いいよ、と部屋に入り襖を閉めた。
「…………」
一緒に布団に入った霊夢だが、男に背を向けて丸くなった。何をしているんだろうと自問自答した。あれこれ変なことを考えてしまって思考が纏まらない。余計に眠れなくなっていた。それでも、男から感じる熱が温かいのはわかった。
誰かと一緒に寝るなど、初めての経験だった。誰かと一緒に寝るのは温かいんだ、と知った。背中を優しく叩かれた。ゆっくり間を置いて何度も。不思議と心地よかった。
なんでこいつといるとこうなるんだろう。霊夢は考えた。
初めて会った時、便利な奴だと思った。
朝起こされたとき、鬱陶しいと思った。
怒られたとき、ムカついた。
褒められたとき、気分はよかった。
一緒に寝て、暖かかった。
撫でられたとき、嬉しかった?
こうして近くにいると、安心する?
全部が全部、初めての経験だった。
人里で見たことがあった。帰ってきた子供が親に出迎えられ、嬉しそうに笑ったこと。怒られて泣いてたこと。褒められて得意げになってたこと。それを見て、少し羨ましい、と思ったこと。親がいるって、家族がいるって、どんな感じなんだろう。
「こんな感じ、なのね、きっと」
「うん? どうしたの霊夢」
「なんでもない」
そう、なんでもない。これが普通なんだから。自分はちょっと特殊な立ち位置にいるけど、こいつは関係なく私と接するのだから。だから私も、こいつといる時だけは、普通の、女の子みたいに────
その為には
「アイツに生きててもらわないといけないんだけど、そこんとこどう思う?」
「どう、と言われても、私はあなたの敵ですから。ここを通すわけにはいきません」
紅魔館前で対峙するのは、博麗の巫女博麗霊夢と、門番で気を操る程度の能力を持つ妖怪紅美鈴。お互いが目的のためには、一歩も引くことはできない。ぶつかり合うのは必至。しかしこの幻想郷は人間と妖怪の共存を目的に作られた世界。血を血で洗うような争いはご法度である。そこで新たに戦い方が選定された。
「アンタ、スペルカードルールって知ってる?」
「一応は。私は肉弾戦派で、そこまで得意ではないですが」
「なら丁度いいわ。こっちとしても早く終わらせたいし、被弾一、スペカ一でどう」
「短期決戦ですか。面白い」
そこで新たに選定されたルール。殺傷力のない気や霊力、魔力で構成された弾幕をぶつけ合う。ただしそこに美しさがなければ認められない。早い話が、その弾幕で相手を見とれさせれば勝ちである。
そしてそのスペルカードルールでの戦いで先陣を切っているのは、何を隠そう博麗霊夢だった。
「霊符『無想封印』!」
「え、ちょ、待っ──」
「悪いけど、アンタに構ってる余裕、ないから」
霊夢の一番の得意技、と言えようか。色とりどりの光弾が美鈴へ向かって飛んでいく。その光弾は、妖怪を文字通り封印する能力がある。美鈴も迫りくる弾幕を打ち落とすが、次々に襲い掛かる光弾に追いつけず被弾。ルールにより、霊夢の勝利となる。
普段ならば、もっと時間をかけて相手のスペルカードの時間切れを狙うか、隙をついて一撃を見舞うかするのだが今回に限って、霊夢の攻撃は苛烈と言えた。
まるで、スペルカードルールがなかった頃の、霊夢よりも何代も前の巫女たちが戦っていたように、有無を言わせず、力でねじ伏せるような。
「…………」
倒れた美鈴に目もくれず、紅魔館へと侵入する姿は、先代の博麗の巫女の如く。