西住家の少年   作:カミカゼバロン

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 時系列を考えると、そういや誕生日ここに挟まるよな程度の小話です。
 あまり本筋に関係ないので、閑話に近いかも。


少女、トライフォースを語る

▼逸見エリカさんの質問

 世話になっている先輩の誕生日に、なにかプレゼントを贈りたいのです。どのようなものが良いでしょうか?

 

▼赤星小梅さんの回答

 お世話になっている方への気持ちならば、心を込めた手作りの品など如何でしょうか? あまり高価なものならお相手も気兼ねするでしょうし。

 

▼逸見エリカさんの質問②

 宮古先輩が貰って嬉しそうなものって何かありますか?

 

▼西住まほさんの回答

 ……現金?

 

▼最終問題

 以上の2つの質問・回答から、適切なプレゼントを導き出しなさい。

 

 

 

 

「……心の籠もった、手作りの現金……?」

「逸見さん!?」

 

 7月上旬、練習終了後に夜の黒森峰女学園戦車道ガレージにて。気心の知れた友人と、贋金の贈与計画について話し合う逸見エリカである。語弊しか無い。

 参考までに、通貨偽造の罪は懲役3年以上又は無期懲役の重罪である。

 

「いや、違うのよ赤星さん。隊長にLINEで良さげな物を聞いたら、現金って……」

「どういう聞き方をしたんですか?」

「宮古先輩が貰って嬉しいだろうもの」

「……確かに現代社会においては、誰が貰っても嬉しいとは思いますけども。この場合、趣旨が違いますよね」

 

 尊敬すべき隊長殿こと、西住まほの誕生日は7月1日。然るに、12日差を事あるごとに主張していたまほの言動からして、その弟の誕生日は7月13日で確定だろう。

 日頃世話になっていると考えている身としては、その機に何かお返しをしたいとエリカとしては考えている。

 

 しかし、先の誕生日に賛同者を集めてちょっとしたお祝いをやった西住まほ隊長殿に聞いても、いまいち趣旨のズレた回答が返ってきた今日このごろ。

 直接聞かずにLINEで聞いた理由は単純。3年生は翌日に学力テストが控えていることもあり、今日は西住隊長含めた3年生は既に上がって寮に帰っているからだ。そのため、普段は隊長であるまほがやっている事務業務をエリカが代行していたところである。

 この辺りはテスト前日の相手に対する気遣いもあるが、エリカが『次期隊長』という立場を自覚して、積極的に仕事を覚えようとしているのもあるだろう。

 

 その際に副隊長になるのは人望が厚い赤星小梅か、はたまた最高学年に隊長・副隊長を固めずに、2年の誰かから抜擢するか―――。

 その辺りはまだまだ未定ではあるが、本日は声をかけやすい小梅も誘っての居残り業務だ。この辺り、他人に仕事を振るという意味では、エリカのほうがみほより上手くやるというまほの見立ても正鵠を射ているといえた。

 

 とはいえ、本日の業務は学園艦に対して提出する日報の作成程度。たいした時間もかからず終わったそれを一旦横に置き、エリカが小梅に振った雑談が、先述の『お世話になっている先輩への御礼』という件だ。

 小梅に関して言えば、修景がテスト前の徹夜テンションで壊れて怪文書を送ってきた際に居合わせたり、小冊子作成の詰めの部分を手伝ってもらったりで、逸見エリカと宮古修景という2名の交友についても知っている。

 故にエリカからすれば赤星小梅は、恋愛脳(武部沙織)英国面(ダージリン)のような最近交友が出来はじめた学外の友人よりは相談しやすい相手だ。女子学生らしい好奇心は見え隠れしているが、まだ可愛らしい反応といえるだろう。

 

 というか、学外の友人2名にこの案件を相談した場合は、前者は予測可能な、後者は予測不可能な厄介事を引き起こす予感しかしない。そして相談してしまえば、双方ともに厄介事は回避不可能の誘導弾と化して着弾するだろう事は疑いない。着弾地点と被害面積は、双方ともに予測不可能だ。

 パンジャンじゃん。予想される挙動、特に英国面(ダージリン)のそれについて、エリカは内心でそう結論づけた。

 

「うーん……誕生日プレゼントって、もうバラしちゃおうかしら。宮古先輩には言わないように頼んだ上で……」

「そうですね。それが良いかと思います」

 

 趣旨を良く分かっていない答えを返してきたテスト前の隊長殿に対し、エリカと小梅は合議の上で情報開示を決定。修景への誕生日プレゼントの相談である旨を伝えると、電子音と共にLINEで返ってきたのは―――

 

『私には無かったのに……』

 

 ―――意外なことに拗ねた恨み節だった。エリカ、そして横からスマホ画面を見ている小梅の双方の口から、『えぇ……?』と困惑の声が漏れる。

 

『隊長には誕生会の時に、みんなで選んだプレゼントをあげたじゃないですか……』

『エリカ個人からは?』

『個人からのプレゼントを許可していたら、たぶん数十人から貰うことになってますよ。プレゼントの被りも酷いでしょうし。それならいっそとみんなで相談してお金出し合って買ったんです』

『だってー』

『……あの、隊長。このLINE、横で赤星さんも見ていますよ』

 

 まほが素晴らしい反応速度でLINEのメッセージ(『だってー』)を削除した。つい先日、修景相手に見たような光景だ。その際は今のエリカの立場に居たのがまほ当人であり、小梅の立場に居たのはエリカであった。

 変なところで似る姉弟だと溜息を吐くエリカに対して、横の小梅は口元に手をやって小さく、ただし上品に笑い声を零す。

 

「隊長もLINEのやりとりとかだと、意外と可愛らしい一面が見えるんですね」

「他人の大抵の行動・言動に対しても『アバタもエクボ』の精神で肯定して見れる心構えって、すごい美点だと思うわ私」

「えっと、ありがとうございます……?」

 

 こてんと小首を傾げるタレ目の友人に、エリカは思わず苦笑する。エリカ自身が他者から親しまれるというタイプではないため、まほの引退後に副隊長をやって貰うにしろ貰わないにしろ、この穏やかな友人には隊内部のクッションや潤滑油としての役割を期待する事になるだろう。

 その事について先に話しておくべきか否か。エリカは頭の中で思考を纏めようとしたが、その前にスマホから電子音。まほからの返信だ。

 

『修景はあまり物欲が強いというタイプではない。正確に言えば、お母様やお父様の手前、それなりに何かを欲しがる振る舞いをする事はあるが、何割かはポーズだろう』

『バイクがどうこうと言ってましたし、免許取り立てで大洗まで走る蛮勇を見せていましたが』

『お父様は整備士で、戦車のみならず車や二輪車についても詳しいし、そもそも車両と名の付くものは基本的に好きだ。修景のバイクは去年の夏だか冬だかの長期休暇に、そのお父様から薦められていたものだからな……』

『殊更に好きというわけではないと?』

『それなりに好きではあるだろうが、休日にバイクに乗ったりはしていないようだ。そもそも元から好きで知識もあったなら、あんな蛮行はしていないだろう。最近は放置してたらサビ浮いてきたとか嘆いて、対策を求めてLINEが来ていた。安い中古だから、塗装のサビ止めも落ちていたのだろう』

 

 まほの返答に対して、エリカは口を『へ』の字にして小さく唸る。愛車にサビが浮いたら嘆く程度には『好き』ではあるが、そもそもの手入れの仕方を学んだり、常日頃から乗り回すほど熱心な『好き』ではない。実に微妙な水準の『好き』である。

 次代の西住家―――西住まほを裏方として支えるという方向性で、既に自分の人生でやりたいことを見つけている感がある修景は、逆に何かのめり込んだ趣味があるという様子には確かに見えない。

 色々なことに広く浅く興味を向けているのか、話題の幅と知識量はなかなか広いのだが、『これは』という趣味が傍目からは思いつかないのである。

 

「エリカさんから見て、宮古さんが興味を示していたものとかは思いつかないのですか?」

「んー……」

 

 悩むエリカの様子を見て、横から小梅が提案。その言葉を聞いて、エリカが宙を睨みながら、4月以降の宮古少年とのやり取りを反芻する。

 彼が興味を示していたもの。戦車道と西住家関係を省くとすると、なかなか対象が限られる。なるほど、趣味らしい趣味を持っていないというまほの言葉は間違いではないらしい。

 それでも敢えて強い興味を示していたものを思い出そうとし、エリカは『ああ』と小さく声をあげて手を叩いた。

 

「女子高生の生足は好きそうだったわ。正確には、女の子であれば部位はどこでも良いんだろうけど」

「……け、健全なご趣味だと思います……」

 

 あっけらかんと場に出された性癖情報に、小梅のフォローも少々苦しい。人間関係の潤滑油として評価が高い彼女でも、出来ることと出来ないことがあるようだ。

 その時にどういうやり取り・会話があったのか。何がどうなってそんな情報を知ることになったのか。小梅からすれば興味を誘うような聞きたくないような、絶妙に境界線上の話題である。

 

 どうしたものかと小梅が悩むが、なにか言わねばと焦りを覚えるほどには沈黙は続かない。このタイミングでまほから返信が届いたのだ。

 

『そういえば昨日、米が残り少ないとか嘆いていたか。先日特売の時に買っておけば良かったと。味噌もだったか……?』

『お米と味噌。他に何も出なかった場合の候補に入れておきましょう』

「エリカさん、それは入れないでください。誕生日のプレゼントじゃないんですか!? なんかお母さんからの仕送りみたいになってますよ!?」

「……食べ物とか消耗品系の『消え物』って、相手が貰っても困らないプレゼントの鉄板じゃないの?」

「そこに米と味噌が入ると、途端に田舎からの仕送りじみてきます。ドラマとか漫画とかを参考にしてください。もう少し雰囲気のあるプレゼントがあるでしょう!?」

 

 慌てた様子で横から挟まれる小梅のストップに、エリカは再び宙を睨むようにして沈思黙考。確かに誕生日のプレゼントに、米10kgと味噌1kgは風情に欠ける。

 だが、エリカとしても言い分はあるのだ。

 

「……そういうのを参考にして気合が入ったものを贈ったら、なんか宮古先輩の事を意識してるみたいじゃない」

「…………」

 

 小梅、ノーコメント。先んじて似たような会話をエリカと交わしていた沙織や優花里同様に、空気を読んでのスルーを決め込んだ。優花里はそろそろロマリアに到達した頃だろうか。

 おそらく『プレゼントを贈る段階で既に意識しているのでは?』という指摘を入れたならば、確実にややこしいことになるだろう。その予想はおそらく正解ではあるが、

 

「でも、風情がないっていうなら……さっきのアドバイスを参考にして、心の籠もった手作りの米と味噌?」

「完全に田舎の農家のおっかさんからの仕送りメニューです!! っていうか今から作って間に合うんですか!? どこで作るんですか、特に米!」

「米作るゲームが流行って、ネット上では農林水産省のホームページが攻略サイトとして持て囃されたわね」

「何の話ですか……」

「トライフォース農法は罠よ。宮古先輩経由で初めて見た時には思わず大笑いしたけど」

 

 指摘しなくても別方向に面倒くさくなる逸見エリカである。先の小梅のアドバイスと組み合わせた回答は、もはや歴戦の農婦の貫禄を出していた。

 なお、ネットサーフィンが趣味の逸見女史。流石に昨年の全国大会後からなにかと忙しくなっていたため実際にプレイこそしていないようだが、流行ゲームのネットミーム程度は把握している。

 ライトゲーマーな修景とはそれなりに話が合うし、互いに『こんなネタがあった』と送りあって笑う事もあった。先の武部殿との会話で、『イカが縄張り争いするゲーム』を即座に理解した所以でもある。

 

 そして話題に出た『トライフォース農法』とは、天穂のサクナヒメというアクションゲームにおいて、初心者がよくやる失敗農法だ。

 稲作のリアリティがガチ過ぎて、『土づくり』『苗の疎密』『降雨や日照に影響される水量や水温の加減』『肥料の質・量とそれ由来の益と害』などの要素が稲の育成にかかってくるという作り込みよう。そのガチさと再現度の高さから、アクションゲームなのに農林水産省が攻略サイト扱いされたり農家が『ゲームでまで仕事したくねぇ』と拒否反応を示したりの逸話が残る神ゲー、サクナヒメ。

 このゲームにおいて、土作りの際に『とりあえず栄養素3種類全部マックスになるまで肥料入れたれ』とやってしまい、栄養過多からくる雑草や害虫の大量発生によって滅茶苦茶になるのが『トライフォース農法』である。由来としては、栄養価のパラメータ表示が某ゼルダのトライフォースに形状的に似ている事から来るらしい。

 

「トライフォース……ああ、北条家の家紋みたいなやつですか?」

「ゲームやってる人からすると、逆に北条家の家紋がトライフォースみたいに見えるみたいだけどね。なんかの海外ゲームで北条家の人に対するプレイヤーからの愛称が、『ゼルダファンボーイ』になってるとか」

「もう北条さんが単なるゼルダ好きな人みたいな扱いですね」

 

 更に話が飛ぶと、サクナヒメよりもう少しコアな海外ゲームである『電子ドラッグ』『遊べる麻薬』ことシヴィライゼーションシリーズ。驚異的な中毒性を誇る国家経営・文明創設シミュレーションゲームの第6作目において、日本国の指導者はなぜか『北条時宗』であった。

 4作目・5作目の徳川家康や織田信長より知名度が低く、日本国内でも『いつの人だろう……?』と言われる鎌倉時代の執政。当然ながら日本国内でもすぐさま答えられる人が限られる知名度なのだから、海外の方々からは余計に『誰そいつ』という反応であった。だが、北条家の家紋である『三つ鱗』の家紋入りの服を身に着けている北条時宗のムービーを見た海外のゲーマーはこう理解した。

 

『ああ、この人はゼルダの伝説が好きなんだな』

 

 それはトライフォースではなく家紋であると誰か止めなかったのか、或いは止めたけどこうなったのか、むしろ煽った結果がこうなのか。その辺りは定かではないが、今やシヴィライゼーションシリーズのコミュニティにおいては、北条時宗は『ゼルダファンボーイ』の愛称で通じる様子である。

 海外ゲームとなってくると少々コアなので、この部分についてはスプラトゥーンの話同様、やはりアリクイさんチームの面々が居れば語ってくれるだろう。或いは効率的な文化侵略やカタパラッシュなどによるコスパの良い屠殺を見せてくれるかもしれない。優花里同様、エリカが話すことになったら話が合いそうな大洗メンバーの上位に入る面々だ。

 

「話が逸れたけど……米と味噌とトライフォースは無し、と」

「最後の混入させたのエリカさんですよね。というかゲームの話で盛り上がってるなら、好きなゲームでもお送りすればいいのでは?」

「んー、私も見る専だし、宮古先輩は今年受験なのにゲーム贈るっていうのも……」

「言われてみればそうですか。貰ったらプレイしないととか思ってしまいそうですし……」

 

 案が煮詰まりかけて2人で『むむむ』と唸り始めたところで、見計らったかのようにスマホから軽い電子音。まほからのLINEが通知され、少女2人は唸るのをやめてそちらを覗き込んだ。

 

『もうエリカの自撮りでも送ったら喜ぶんじゃないか? 露出が高いとなお良いだろう』

『絶対喜ぶでしょうけど、それ黒森峰女学園の生徒のであれば誰のでも喜びそうですよね』

『間違いない。じゃあ誰かの水着姿でも撮って送ってやれば……となると肖像権の問題があるか』

『でも、率先して見せたくはないので、私以外で行きましょう。肖像権も許可さえ取れば……』

 

 横で見ている小梅のタレ目が徐々にジト目になり始める水準のLINE会話。それを交わしながら、エリカは何かを思いついたかのように、『あっ』と小さく声をあげた。

 

「赤星さん。水着持ってる?」

「お断りします」

 

 赤星小梅。ノーと言える戦車道女子であった。柔和な雰囲気と違って、非常に芯が強い少女である。勢いで押しても駄目なタイプだ。

 

 ―――結局。

 『意識してないからあんまり重いもの贈ると恥ずかしい』と強硬に抵抗して、田舎の農家のおっかさんラインナップに逃げようとする箱入り娘(エリカ)を小梅がなんとか宥めすかし。

 広義で見れば消え物(消耗品)の一種である、シックなデザインの革張りメモ帳とペンのセットが、エリカから修景への誕生日プレゼントとして贈られるのは、この少し後の話であった。

 




 逸見さんの日課がネットサーフィンなのは、『好物:ハンバーグ』のインパクトによって忘れ去られ気味ですが、公式です。
 とはいえ、ここまでサブカル系のネタに詳しいかは謎。

 でも、結構そのへんで修景とも話が合ってそうです。電車で話してたヒルドルブのくだりとか。
 次は準決勝でございます。


 ところで、一切の余談ですが戦車ゲーのボイロ実況動画作ろうかと目論んでいます。

https://twitter.com/Baron_Kamikaz/status/1497820797729402881

 『これぞ殺人拳』ができた辺りだけお試しで作りましたが、こんな正面衝突は流石にガルパン世界でも危険だと思いますので、真似をしないようにしましょう。

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