西住家の少年   作:カミカゼバロン

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 区切りどころが分からなくて若干長め。
 約一名好き勝手な言動してるオリキャラが居ますが故人なので(適当な言い訳)。

 ちなみに、しほは『黒森峰黄金期の礎を築いた』というポジションらしいので、こういう解釈です。
 菊代さんとの当時との付き合いは少なくともアニメ本編+劇場版+ドラマCD幾つか+もっとらぶらぶ作戦しか揃えてない筆者では、調べても分かりませんでしたので、当時の副隊長というポジションに(最初に書き始めた頃に)なって頂きました。

 リアル事情からの長期の休載を経て再開しますが、実際そこら辺明らかになったのか。割と謎。


少年、夕飯を食す

「何事だ」

「俺が聞きたい」

 

 先の騒動から1時間後、学力テストを終えてある者は解放された笑顔で、ある者は死んだ顔で、ある者は死んだを通り越して埋葬後のアルカイックな顔でぞろぞろとガレージにやってきた黒森峰の3年生を待っていたのは、ガレージの中に設えられた椅子に座らされ、目の前のテーブルに黒森峰の学園艦名産のノンアルコールビールとソーセージの盛り合わせを置かれて歓待されている修景の姿だった。

 表題を付けるならば『なんだこれ』とでも言うべき表情で、困惑を通り越して硬直する他の3年を他所に、まほは我動じずと言わんばかりの鉄面皮でツカツカと修景に近付いて声をかけた。その結果が先のやり取りである。

 もっとも、その鉄面皮の中にはこの場に居るはずの無い相手を見た驚きと驚愕も、良く見なければ分からない程度には含まれているのだが。

 

 そしてそもそもこの状況を招いたのは、修景の説明の悪さもある。

 周囲の空気の色めき立ちようから、自分とまほの関係が誤解されかけているのを察した修景が、『西住師範に頼まれた用件で相談があって』と口走ったのだ。

 

 頼まれたというよりは修景が提案し、しほが承諾した用件―――みほの様子を見に行く件について、まほにも一声かけておくべきだろうという判断で来たのだが、みほの件についてはしほからも『よろしく頼む』とは言われているので、まるきりの嘘というわけではない。

 しかし、この黒森峰女学園において、西住師範=西住しほの名前がどういう意味を持つか。その点については、修景の予習と理解が足りていなかったと言えるだろう。

 

 西住しほとは、どういう人物か? それは黒森峰女学園が黄金期を迎え、戦車道の名門となる礎を作り上げた女傑であり、同校における戦車道女子にとっての生きた伝説。

 圧倒的なカリスマを持つ西住まほ隊長の実母でもあり、講演や指導などで幾度か黒森峰に顔を出したこともある。

 その西住しほの世代において、独立遊撃手ポジションを与えられたパンターの車長が修景の実母なのだが、それはさておき。

 

 結果、『もしや隊長のボーイフレンド!?』という空前の大スクープが出来上がりかけた場の空気は、『やべぇ、これ師範から隊長への使者だ!』という空気へ変貌。

 黒森峰戦車道履修者達の空気は『浮ついた』→『気が抜けた』→『大混乱』の三段変形から、「まだ私は変身をあと1回残しています」と言わんばかりに背筋の伸びたキビキビとした物に変わり、『師範の使者(暫定)』を立たせたままにはできないと、エリカが1年生に命じてガレージに置いてあった椅子とテーブルを用意させた結果がご覧の有様だ。

 

「つーかまほ、学力テストだったんだろ。どうだった?」

「文武両道が黒森峰の旨だ。私が低得点では格好が付かないだろう。お前の方は、今日は平日だろうに何がどうしてここに居る」

「自主休講」

「サボりだ、それは。お母様に知られたらどうなるか知らんぞ?」

「しほおばさ―――師範のとこにはさっき顔出してきたよ。んで、それ関係で話があったんだが、お前電話してもLINEしても出ないから待ちぼうけて。履修者の子に何やってんのか聞かれて、お前待ってて師範絡みの用事だって言ったら何故かこんな下にも置かない扱いを受け始めた」

「ああ……」

 

 なんとなく自分が来る前の生徒たちの反応を理解したまほは、納得したように頷きを返す。

 しかし、歓待されている事情はわかったが、修景が来た事情は未だに細部は明らかではない。まほは修景が言った内容を吟味する。

 

「お母様から私に話か?」

「いや、俺が師範に承諾貰った用件について、お前にも一応話を通しておいたほうが良いだろうってだけ。悪いけどこの後、時間あるか? 練習何時くらいに終わるか教えてくれりゃ、それまでどっかで時間潰してるけど」

「2,30分なら、今からでも時間は取れるが」

「んー、それで終わるかわかんねぇし。というのも内容が―――」

 

 すっ、と椅子から立ち上がり。

 まほの耳元に顔を寄せるようにして何事かを囁いた修景の姿に、周囲で見ていた黒森峰の生徒たちから『おお!?』と声が上がる。

 しかしまほはその反応を不思議そうに一瞥したものの、すぐさま意識から追い出すのみ。むしろ、修景の囁いた内容に対して眉根をひそめ、何事か考え込む気配を見せた。

 

「……確かに長くなるな。それなら、終わるまでどこかで待っていてくれ。終わったらこちらから連絡を入れる。携帯は持っているな?」

「当然。充電バッチリ」

「ならば良い。今日は―――学力テストもあったし、1年も入ったばかりだ。そこまでキツくはしないで、軽めに7時程度には上がりになるだろう」

「軽めで7時かー………バイトと両立はぜってー出来ねぇな戦車道」

 

 げっそりした顔で修景が言うが、ともあれ話はそれで終わり。

 これ以上邪魔になるわけにはいかないし、出されたものを残すのは勿体無いと、ノンアルコールビールとソーセージを手早く平らげた修景は席を立つ。そしてポケットから財布を取り出し、眼前のまほに対して財布の中から千円札を2枚ほど差し出した。

 

「店員さん、お会計」

「誰が店員さんだ。しかも何だ、この金は」

「いや、今のノンアルコールビールとソーセージの分。色白でちょっと西洋風の子が持ってきてくれたんだけど、今あの子居ないみたいだから渡しといてくんね?」

「ああ、エリカか。分かった、渡しておく。釣りは要らんな?」

「当然。ご馳走様でしたって伝えといてくれ。美味かったとも」

「分かった。ただ―――」

 

 数秒、迷うような―――戦車道の際は滅多に見せないような表情を見せてから。

 

「―――そのエリカに、もしかしたら同席を頼むかもしれない。お前が言っていた件、彼女にも事情は知っておいてもらった方が良いと思うんだ」

「分かった。黒森峰の中の人間関係やら事情やらは知らないけど、お前がそうだって思うんならそうなんだろ。10人も連れてこられりゃ困るけど、1人2人なら何も言わねぇよ」

 

 そういった修景は、ひらひらと手を振ってまほに手を振り、立ち去―――らずに。

 

「この椅子とテーブル、どこに片付ければいいんだ?」

「……こっちでやっておくから早く行って。見知らぬ人間がガレージに居ると、こっちだってやりにくいんだから」

 

 椅子とテーブルの片付け先を近くの女子に聞こうとして、まほに追い出されるようにして、ガレージから放り出されたのだった。

 

 

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 時刻は夜の7時過ぎ。場所は黒森峰学園艦内にあるファミリーレストラン。

 

「カレーライス」

「えーと……おろしハンバーグと、ライス小で」

「日替わりセット。ライス大で」

 

 まほと―――遠慮がちにエリカがその横に並んで座り。

 その向かいに座ったこの時間までネット喫茶で時間を潰していた修景という並びで、三者は注文を聞きに来た店員に各々の注文を告げる。

 一息、エリカは落ち着かなさげに水を飲み、懐から高そうだがセンスがいいシック財布を取り出し、更にそこから千円札を2枚出して、修景の前に差し出した。

 

「あの、先程のお金、お返しします。そんなつもりでお出ししたわけでは……」

「ああいや、お構いなく」

「うん。受け取っておけ、エリカ。こいつは私達より金がある。戦車道をしている私達と違って、バイトして自費で免許取ってバイクも買うくらいだ」

「バイクったって大分妥協してんだけどな。スズキよりハーレーが欲しかった……いや、ハーレーって中型バイクの免許じゃ乗れねぇんだけど」

「私はバイクのメーカーなど分からない」

「そりゃお前、ガキの頃から排気量やら何やらバイクとは文字通り桁違うもん乗り回してるから興味も沸かんか。少しでも興味持ってもらうために、今度後ろに乗せてやろうか?」

「命が惜しいからな。やめておく」

「人の運転を事故前提みたいに言うんじゃねぇよ」

 

 立て板に水、もしくは打てば響く。

 西住まほは元々遠慮した物言いをするタイプの人物ではないが、今は輪をかけて遠慮がない―――というより、普段の彼女ならばやらないような失礼な、冗談交じりの物言いが飛び出している。

 対する修景もそれを気にするでもなく、言われた内容に楽しそうにからからと笑う。

 

 しほの前で見せた姿とも違う、エリカ相手に最初に対応した時の外向きの対応とも違う、これが宮古修景という少年の素の姿だ。

 先ほどとは違う対応の少年と、尊敬する隊長のいつもよりも随分と砕けた―――というよりも副隊長である彼女をして初見の姿に目を白黒させていたエリカが、2人の会話の合間を縫うようにおずおずと手を挙げた。

 

「あの、それで……そちらの方は結局どういう……?」

 

 逸見エリカという少女らしからぬ、おずおずとした様子で言われた言葉。

 それに対して、「ああ」と頷き、彼女にとって信頼と尊敬に値する敬愛する隊長は告げた。

 

「弟だ」

「ああ、なるほ―――ぉどうとぉ!?」

「私のほうが12日早く生まれた」

「10日程度の差で姉面すんじゃねぇよまほ」

「12日だ」

「少しでも姉面する為にガチだこいつ……」

 

 思わず変な声を出したエリカ、弟扱いに渋面を作る修景、自分の方が修景より早く生まれたのだと、しほによく似た鉄面皮で―――しかし心なしか自慢げに胸を張って根拠を告げるまほ。

 しかし、その言葉は更にエリカの混乱を助長するだけだったようで、

 

「え、え、12日差? 12日差で弟?」

「あー……すいません、逸見さんで合ってますよね?」

「あ、はい。逸見エリカ……です」

「宮古修景です。そういや自己紹介してませんでしたね」

 

 混乱しきりという様子のエリカに対し、助け舟を出したのはまほではなく修景の方だ。

 ついでに未だに名乗りもしていなかった事実を思い出しつつ、名前を告げる。しかし、告げられた名前にエリカが首を傾げた。

 

「宮古―――……西住ではないのですか?」

「まほが弟とか言うからややこしくなっただけで、俺のポジションは正式にはまほの幼馴染です。俺の母親が、黒森峰時代の師範の友人で。んで、母親が俺が子供の時に亡くなって、身内が誰も居ない状態だったんで西住家に引き取られたって感じで」

「それは……」

 

 口に出すと中々に重い修景の事情を聞いたエリカは、眉根を寄せてどう言うべきかと頭を悩ませる。

 数秒。しかし、出てきた言葉は彼女ながらに陳腐と感じる物で、

 

「大変でしたね……」

「子供の時分過ぎて、逆に大変さは良く分かりませんでしたけどね。友人の子というだけで俺を引き取って、家族同然に育ててくれた西住ご夫婦には頭が上がりませんけど」

 

 冷水で喉を潤し、一息。

 エリカの隣に座るまほをじろりと睨み、

 

「で、まほの奴は自分が姉だと言って憚らないわけですよ。12日差だぞ誕生日12日差! 学年一緒! それで威張るかフツー!!」

「……た、隊長も子供の頃はヤンチャだったんです、ね?」

「いや、今でも姉弟扱いは継続中というか―――っと失礼。気が緩んで敬語が取れてました」

「あ、構いませんよ。隊長と同学年ということは先輩ですから、敬語とかはお気になさらず」

「……んじゃ、そこんとこはありがたく」

 

 我関せずと両手で持って冷水を啜るまほの横で、エリカと修景の会話は一段落。

 それを待っていたように―――と言うより実際待っていたのだろうまほが、エリカへと言葉を向ける。

 

「ちなみに、修景の母上については黒森峰の戦車記念館で確認できるぞ。お母様の時代の黒森峰女学園の戦車道大会初優勝写真で、謎のカンフーのようなポーズで写真に写っていた人物がそれだ」

「おい俺の母親ァ!?」

「ああ、あの各人から一言ずつ入ってる優勝コメントが『これぞ殺人拳。人種の行き着く技の結晶よ!』だった人ですね……」

「有名人かよ!? というかヤンチャ過ぎだろ学生時代の母さん!?」

 

 思い返す修景の母親は、女手一つで修景を育てる為に働きすぎて身体を壊し、枯れ木のような手で頭を撫でてくれた穏やかな人だった。

 思い出ブレイクなんてレベルじゃない学生時代の母の所業に、思わず叫びも出るというものである。

 

「当時の黒森峰は、今ほど戦車道の名門というわけではなかったからな。その中でリーダーシップを取り、西住流の戦い方を浸透・徹底させて、黒森峰の黄金期を作り上げたのがお母様だ」

 

 そうして誇らしげに呟いたまほが、対面に座る修景に淡く微笑む。

 

「だが、当時は黒森峰の戦車道はまだまだ未熟だったらしい。まぁ、戦車道の名門になったのはお母様の時代からだから当然だけど。入学した当初から“使い物になる”レベルの技量があったのは、お母様自身と修景の母上くらいだったそうだ。ただし、修景の母上のやり方は西住流とは随分違ったらしくてな。当初は対立甚だしかったらしいぞ?」

「そりゃ謎のカンフーで優勝写真に写りたがるような精神性の持ち主じゃ、しほおばさ―――西住師範とは合わんだろうよ……」

「だが、練習試合で島田流の今の家元―――島田千代さんだな。彼女に散々にやられて、このままじゃダメだという事で、お母様と修景の母上の意見は一致したそうだ。互いに相当、負けず嫌いだったとお母様は言っていたな。だから負けないチーム作りということで、隊長向きのお母様が隊長。単独行動・単独判断で動くのが得意な修景の母上は遊撃手として指揮系統から少し距離を置いた特殊なポジションの一車長という事でやろうと、徹底して話し合った結果として取り決めたらしい」

 

 まほの言葉に対し、今の話は初耳だった修景とエリカは互いに「へぇー」と声を上げて、興味深そうに身を乗り出した。

 しかしエリカは、ふと気付いたように首を傾げる。

 

「独自判断の遊撃手―――そういうポジションは今の黒森峰にはありませんよね? いつから無くなったんですか」

「お母様らが引退する頃だな。撃てば必中、守りは固く、進む姿は乱れ無し。お母様らが引退する頃には既に人員が育ってきていて、西住流のやり方に部隊を統一する為には、“独自判断の遊撃手”というものは異物でもあった。中途半端な力量の持ち主がその座を継ぐと、かえって混乱をきたす元になる。お母様と修景の母上、それに当時の副隊長で話し合って撤廃を決めたそうだ」

 

 その言葉に、「はぁー」と感嘆したような声を上げたエリカ。

 自分の横に座るまほから、斜め向かいに座る修景へと視線を向け直す。

 

「黒森峰戦車道が名門となる黄金時代、その黎明期。最初にして最後の独自遊撃手。凄い人だったんですね、宮古先輩のお母様は」

「……初めて知った事実だ」

 

 愕然とした様子の修景は、手元で弄んでいたコップ入りの冷水を、氷ごとぐいっと飲み干した。ガリガリと氷を噛み砕くのは、さて、照れ隠しか単純に行儀が悪いだけか。

 ともあれ、そうして行儀悪く会話に間を持たせたところで―――修景は“本題”を切り出した。

 

「そういうポジションなら―――それこそ、みほ辺りならやれそうだったんだろうけどな」

「―――っ!!」

 

 その言葉にまほが表情を固くし、エリカがビクリと身を竦めた。

 

「あの、彼女は」

「フラッグ車を任せられながら、その役目を放棄し、黒森峰の10連覇失敗の最大の要因となった副隊長。さぞ、あの間抜けと―――」

「―――っ!!」

 

 『思ってらっしゃるでしょうけど、まずは話を聞いて下さい』と続けようとした修景の言葉は、眼差しを強くし、額に青筋を浮かべたエリカが無言で拳をテーブルに叩きつける音で中断させられた。掌ではない。グーで行った。

 バン、などという生ぬるい音ではなく、擬音で表現するならば『ゴガン!』とでも言うべき轟音に、周囲全ての客と店員から驚きの眼差しが飛んでくる。

 

 しかし、それにも気付かぬ様子で席から半ば以上立ち上がったエリカが、斜め向かいに座る修景に掴みかからんばかりの勢いで吼え立てる。

 或いは、間にテーブルが無ければ掴みかかっていたかもしれない。

 

「あの子の何が分かるのよ!!」

「……えぇと」

「ええ負けたわ。ミスをしたのはあの子よ! でもおかしいじゃない! まだあの子、1年生で! それが全部悪いって押し付けて!! 10連覇!? ええ、ええ、今はもう卒業した当時の3年のお歴々には悲願だったのでしょうね! 私達当時の1年生がそんなの知るか!!」

 

 再度、鉄拳。叩きつけられたテーブルが気の毒な轟音を挙げる。

 まほが「あの、テーブル……」と心配した声をあげているが、彼女をして思わずエリカの手よりもテーブルを心配する勢いの鉄拳であった。

 

「……あの子、きっと私が思ってるよりずっと悩んでて。相談もしてくれなくて、勝手に出てって……っ!! 間抜けは私よ、全ッ然それに気付いてなくて、2年に進級して空気も変わればきっと大丈夫とか根拠もなしに思ってた!! 罵るなら私にしろ、馬鹿ッ!!」

「………」

 

 ぜぇはぁと肩を怒らせて、彼女にとって精神的な地雷であった西住みほを馬鹿にした―――ように見える修景に、見知らぬ男性と喋るというハードルなんぞ思い切り跳ね飛ばし、全力で言い切ったエリカ。

 良くも悪くも直線的で短気な彼女らしさが、ここに来てようやく出てきたとでも言ったところか。

 そして、いつの間にやら要領よく彼女と自分のコップを手に持って、テーブルが叩かれた衝撃で溢れたり倒れたりしないようにしていたまほが、横合いからそんな彼女に声をかけた。

 

「落ち着け、エリカ。……修景、そんな事を聞かせるために私はエリカを連れてきたんじゃないぞ」

「……いや、黒森峰の人からすれば、あの間抜けと思ってるかもしれませんけど、まずは話を聞いて下さい―――と切り出そうとしたんだけど」

「……え?」

 

 三者三様、気まずい沈黙。

 とりあえず修景はのそのそと立ち上がり、周囲の客や店員にペコペコと頭を下げる。『どーもすいません、大丈夫です』などと、あまり中身があるとは言い難い発言と共にされる謝罪に、徐々に周囲の人々の注意も外れ始める。

 それでも何事かと好奇の視線を向けてくる輩もいるが、現状でこれ以上どうこう仕様もないし、そもそも頼んだ食事も来ていないのに帰れないので、未だに向けられる好奇の視線はまずは無視だ。

 

 ともあれ、それら周辺への対応を終えた辺りで、修景はゴホンと咳払い。

 斜め向かいで顔を真っ赤にして座っているエリカへと声をかける。

 

「……ウチの妹分の事を、そこまで大事に思って頂けてありがとうございます」

「……いえ」

 

 互いにぺこり、ぺこりと頭を下げる。

 その様子を見て一息ついたまほが、手に持ちっぱなしだったコップをテーブルに戻し、ついでにエリカの鉄拳でテーブルが揺れた衝撃で倒れていた修景のコップを、手を伸ばして立て直す。幸い、こちらは氷までガリガリ食べていたので、溢れる中身がそもそも無かった。

 

「先程ガレージで言われたのだが、修景のやつはみほの様子を見に行くそうでな。それに関して、行く前に私に報告・相談したいとの事だったんだ。ただ、みほと仲が良かったエリカにも、一応伝えておいた方が良いかと思って誘わせて貰ったんだがな」

「……先走って申し訳ありません」

「……正直、みほの転校もあって黒森峰の戦車道履修者相手だから、引き気味というか予防線引いた対応しちゃって申し訳ありません」

 

 そして今度は、エリカと修景がまほに頭を下げる。

 ただ、これについては両者の間に立つポジションであるまほが、エリカと修景の双方に対して今回の用件についての事前説明を怠った為とも言えるのだが。

 修景もエリカもそれには気づかず、まほも『うむ』と心なしか満足げな表情で謝罪を受けるのみである。

 

「正直、エリカがそこまでみほのことを考えてくれていたのは嬉しいよ。私も隊長の職責と、来年の優勝を目指す動きでみほを庇ってやれず―――いや、言い訳だな」

「いえ、そんな……!! 隊長は立派に務めを果たしてました! 黒森峰の戦車道履修者の人数は膨大なんですから……!」

「まぁお前、しほおばさんの単性生殖で増えたみたいなツラしてても、俺と同い年なわけだしな。なんでもかんでも出来るわけじゃないってのは分かってるよ。むしろ良くやってると思う」

 

 心なしか目を伏せて呟かれたまほの言葉に、エリカが慌ててフォローを入れる。

 重ねるように、言われた修景の言葉に、どこか安堵したようにまほは頷き、

 

「ありがとう、エリカ。弟。……そう言ってくれると、少しだけ救われる」

「だからその弟推しやめろや姉」

「あ、あはは……」

 

 持ちネタなのかなんなのか。穏やかな表情で、しかし断固として修景を弟扱いするまほに対して、エリカはどう反応するべきかという苦笑を浮かべる。

 エリカが心から尊敬し、友人からは遠回しにレズ疑惑を心配されるレベルで敬愛する隊長である西住まほだが、私服のセンスと笑いのセンスだけは同意し難いエリカだった。

 

 そうしてエリカが苦笑しているところで、ガラガラと音を立ててレストランの台車が席の横までやって来る。

 押しているのはエリカやまほらとほぼ同年代と思しき女性、というより少女である。恐らくは学生アルバイトだろう。

 

「失礼します。こちら、ご注文の品になります。カレーライスのお客様は―――」

「私だ」

「日替わりとライス大のお客様」

「俺です」

「いつもハンバーグばかり頼むお客様はこちらですねハンバーグ殿」

「よく見たら同級生じゃないアンタ!?」

 

 否、『だろう』という推測は必要なく、キッパリと詳細なプロフィールが判明した。エリカの同級生であろうバイトの少女が、エリカの言葉を適度に無視しながら、手際よく料理をテーブルに並べていく。

 挙句にお子様ランチ用の旗がエリカのハンバーグに立っているのを見て、エリカが額に青筋を浮かべるが、

 

「テーブル叩いて叫んだ事への意趣返し。あんなの今度やられたら、店から追い出すからね」

「……すいません」

 

 顔の赤みの原因が怒りから羞恥へ秒単位で切り替わり、ペコペコと頭を下げるエリカ。公共の場でテーブルぶっ叩いて叫んだことに関しては、10:0で自分に非があると分かっているが故の反応である。

 それを尻目に、店員さんは台車をガラガラ押しながら去っていった。

 

「……何はともあれ食べちまうか。話し込んだら冷めちまうだろうし」

「……そうだな」

「……そうですね」

 

 エリカを叫ばせた原因である修景が、心なしか居心地悪そうに提案した内容にまほとエリカが乗る形で。

 ともあれ、西住みほの転校先へと修景が向かうという話は一旦棚上げされ、少年少女らは夕飯の摂取に勤しむのだった。

 




 こんなにみほ大好きなエリカが、どうすればTV版のような言動になるのかって?
 すんごい心配していた友人が、他の学校でああも活き活きと戦車道をしていればそうもなろう。つまり嫉妬心とか、納得できない心とか。
 でも、みほが黒森峰に久々に行くドラマCDだと、公式でも当時から仲は良かった様子なのですよね。

 

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