西住家の少年   作:カミカゼバロン

39 / 44
 色々考えましたが、休止期間に溜め込んだ分含めての全返信はキッツいので、今日以降に書かれた感想に対しては順次返信という形にさせて頂きます。

 全て見させていただいております。本当にありがとうございます。
 今回5000文字ほど。次の更新に続きます。


少年、駄文を書く

 上知と下愚とは移らず。『論語』の一節であり、逸見エリカの座右の銘だ。

 わざわざ自分の座右の銘を用意しておく高校生は多くはないが、エリカの場合は黒森峰女学園の副隊長として雑誌インタビューに答える際に必要だったので、色々調べて選んだやつである。

 論語とは孔子の著作―――ではなく、孔子の没後に門人が語る孔子の言行録を儒家の一派が編纂したものとされている。つまり、「ウチの先生が生前にこんなこと言ってましたよ」という話を纏めたものなので、それが本当に孔子の言葉かは判断に悩むところもあるが、結構良いことを書いているので引用上の問題はない。

 

 この言葉の意味合いとしては、大雑把に『最も素晴らしい賢者は劣悪な環境でも堕落しないし、最も愚かな者は環境を整えてやってもダメ』という意味合いである。

 エリカの解釈としては、『環境に甘えるのは言い訳であり、自身の知恵と努力が重要』という意味合いで捉えている。ストイックな彼女らしい解釈だと言えるだろう。

 

 しかし、今現在。黒森峰女学園のガレージにて、彼女は『賢』と『愚』が単純なプラスマイナスで評価できるものではないと思い知っていた。

 隊長(まほ)が学生会館の印刷機でプリントアウトしてきた資料群が、猛烈な賢さと猛烈なアホさを同時進行で伝えてきているのである。世に言う『頭の良い馬鹿』というやつだ。

 

『2番か4番のデザインならば問題ないと思います。ただ、文字の大きさが画一的なのが気になります。重要だと思われる単語を2段階大きく、そうではない箇所は1段階小さくしてみると、読む側としてもメリハリが付きます。私は今、彼女募集中です』

 

『デザインに使われている色合いの不統一が、少々気にかかります。暖色からは活発さや暖かみという印象を、寒色からは落ち着きや知的という印象を受けるものです。どちらをアピールしたいかによりますが、とっ散らかるよりはどちらかに色合いを合わせたほうが良いでしょう。参考資料として合コンの企画書を添付します。ご参加お待ちしております』

 

『来年の4月に入学してくるであろう相手へのアピールになるので、その時期には卒業しているだろう隊長さんだけではなく、他の方も写っている写真を使うのも手だと思います。入学して、冊子に写っていた人が居れば、声もかけやすく話題の切っ掛けにもなるでしょう。出来れば私をお兄ちゃんと呼んでくれるロリである事が望ましいです』

 

 僅か半日でよくぞここまでというレベルで送られてきた、小冊子デザインの修正案。各々、案の長所や短所、その理由などが分かりやすく纏まった上で、最後に男子高校生の欲望溢れるアピールが掲載されている。

 勿論、まほが修景に頼んだ、黒森峰の戦車道について紹介する小冊子についてである。修景は『そっち系専攻してる奴らに声を掛けてみる』と言っていたが、ざっと見た限りで5,6案は送られてきている。見るだに有能な企画書が多いのだが、全て平等に最後で台無しにしている辺りが潔い。

 

『最後については俺の判断で削除せずに、しっかり名門女子校のご令嬢にアピールしてくれと言われてたんで、俺に対する文句は聞かんぞ』

「宮古先輩、これ多分削除して送られてきたほうが、作った人たちに対する好感度高かったですよ……」

『いやー、それを説明するのもなんか手間で。飯でも奢るからと言ったんだが、良いから名門女子校のご令嬢に送ってくれというイキの良い馬鹿が、ピンで、或いは群れをなして集まってきた』

「弟、お前の周りホント楽しそうだな」

『全く、馬鹿が多くて困る。俺の担当部分の最後にも、思わず馬鹿な事を書いて送ってしまったわ。あいつらに遅れを取るわけにはいかないからな。俺が居なけりゃ、始まらないだろ?』

「馬鹿はお前だ。ある意味では間違いなくお前が最大の馬鹿だ」

 

 そして、スピーカーモードで三者通話が可能としている電話越しに、送り主(修景)の言葉。眉間に手を当てて頭痛を堪えるエリカに比べて、まほはこのノリに多少耐性があるのだろう。それが男子校耐性か宮古耐性かは人によって意見が分かれる。

 特に頭を抱えるでもなく、関係ない部分を淡々と読み飛ばして候補を吟味していく西住隊長。その切れ長の目が、横目で副隊長を捉えた。

 

「エリカ、幾つかの案はこのまま使えそうだけど、あまり多くても意見が散らかるだろう。デザイン案は3つくらいに絞る。その上で、ガレージに掲示してアンケートという形で取り纏めるのはどう?」

「それでいいと思いますが、掲示する場合は最後の方の駄文は削除してから掲示してあげましょうね。武士の情けで」

『情けをかけているようで駄文と切り捨てている逸見さんもスゲェよ。情けと言いながら思い切り介錯して首飛ばしてるよその武士』

 

 逸見エリカ女史の方も、4月に比べれば段々と宮古耐性が付き始めていた。駄目な時の修景については、『なんか言ってる』くらいで聞き流して雑な対応を取るくらいで丁度いいと覚え始めている。

 修景が大洗に行った時のまほの対応など、まさにそんな感じである。辛く苦しい自業自得のバイクの旅に絡む近況報告について、中盤以降のまほの相槌は、『ああ』『うん』『聞いてる聞いてる』の3パターンの組み合わせだった。

 この手の対応を覚え始めることを人間的な意味で成長と捉えるか、はたまた劣化と捉えるかは、やっぱり人によるだろう。上知も下愚も、割と相対的な概念である。

 

「じゃあ宮古先輩の首を飛ばしに掛かりますけど、どんな駄文を書いたんですか?」

『ビキニ水着にパレオを合わせることの空力学的なマイナス』

「駄文ですね。あとセクハラです」

 

 敢えて言うなれば、『パレオは空力学的に損だから脱げ』と800文字に渡って書き綴られている内容は、相対的ではなく絶対的な評価で下愚かもしれない。

 

 逸見エリカ、ここで『宮古先輩はビキニが好きなのか』と考えてビキニを着ることを検討するような、男に都合のいい感性は持ち合わせていない。この先輩は女子高生の生足であれば基本なんでも良いのだろうという、正確な見切りをしていた。

 大洗の第一回戦のときに、ケイの、そして麻子の生足に等しく反応を示していた人種である。そしてこの両者は体型・雰囲気ともに共通点が薄い。つまり生足に貴賤なく反応していた可能性が非常に高い。そんな男子校の学生の多くに備わった基本性質に、いちいち一喜一憂しても仕方ないだろう。

 

「……こっちは上手く纏まってるんですけど。宮古先輩が手掛けてくれた、駄文じゃない方の仕事。文章整理です」

 

 なので、パレオと生足に関する部分は完全に無視して、エリカは修景が手掛けた仕事の前半部分に目を落とす。

 小冊子の文面を現状・現況に合わせて整理し、纏め直して来たものである。文章表現の重複などについても添削し、『どの点を優先的にアピールしたいかで選んでくれ』と、メリット・デメリットが併記された文章案が3つほど並んでいる至れり尽くせりだ。

 よくぞ半日でこの仕事をした上で、パレオの空力がどうこうという駄文まで仕上げてきたものである。

 

『ああ、そっち? 案は3つあるけど、どれにするんだ?』

「んー……隊長はどうお考えですか? 伝統と実績をアピールするものもありますし、初心者でもしっかり指導するということをアピールするものもありますし、戦車道の楽しさをアピールするものもありますが」

「エリカが決めてくれないか?」

「え、隊長の仕事では」

「エリカの仕事だ」

 

 そして、その文章案を前にして。さして意識せずに話題を振ったエリカに対し、まほは戦車道の試合中のような凛とした声で返した。

 エリカから西住まほという相手への感情が、崇拝や憧れに近いものだけではなくなってきていたが故に、逆に彼女に対する理解度は上がってきている。

 これは“本気”の時の声だと瞬間的に察し、エリカは椅子に座ったまま背筋を伸ばして、居住まいを正した。

 

「……私の、ですか。私が選ぶと、私の意見が色濃く反映されてしまいます。自らの戦車道をしっかり持っている隊長が選んだほうが、黒森峰女学園の戦車道紹介としては良いと考えますが」

「私も先程の指摘を見るまでは、そう考えていた。だけど、この冊子を見た子達が中等部に入学してきた時には、もう私は高等部を卒業してしまっている。中等部に入ってきた子達が、この学園艦の戦車道を見に来たとして。その時の隊長は、きっとエリカだ」

「あっ……」

 

 そして、同じく居住まいを正して、エリカに向かい合うまほ。その口から発された言葉は、エリカの意表を突くものだった。

 西住まほは、3年生だ。来年の3月には卒業し、学園艦を出て別の道へ進むことになる。しかし、そんな基本的な事実すら見落とすほどに、エリカが黒森峰女学園の中等部に入学した時からずっと、西住まほという人物はそこに居た。

 

「……私の跡を継ぐのは、エリカだ。全国大会が終わったら、次はエリカの世代なんだ」

「……隊、長……」

 

 その相手から、次代を託すという宣言。それを聞き、しかしエリカの脳裏に浮かぶのは、一人の少女だ。“元”副隊長、“元”親友、“元”ルームメイト。―――西住みほ。

 

「みほが居れば……」

「居たとしても、今のお前なら私はお前を選ぶ。“黒森峰女学園の”隊長なら、西住みほより逸見エリカの方が適格だ」

「―――っ、そんなワケ無いでしょう!? あの子の凄さを、なんで姉である隊長が分からないんですか!!」

 

 そして、その上でもエリカを推すというまほの言葉に対し、エリカは瞬間的に激昂。西住みほという少女に対する感情の整理はある程度ついてきているが、彼女を貶めるような物言いは、未だに逸見エリカにとって特大の地雷だ。ある意味では世界で最も、逸見エリカこそが西住みほを高く買っている。

 

 とはいえ、立ち上がりながら叫んでから、すぐにハッとして頭を下げる程度の冷静さを取り戻せる程度には、地雷の炸薬量は減っていた。

 ついでに怯えた様子で左右を見回すが、ここはファミレスではないので『斬新な命乞いだな。よほど苦しんで死にたいとみえる』という副音声付きの笑顔でやってくる店員さんは、当然ながらどこにも居ない。

 

「……すいません」

「私と修景くらいしか居ない場だから良いけど、もう少し落ち着いて。他の場所でそういう対応をされたら……うん、酷いことになったな」

「……ファミレスとかですね」

「あと戦車喫茶も」

「本当にごめんなさい」

 

 そして、みほ絡みの激昂で、既にツーアウトを出している逸見エリカ。まほの言葉に対して、深々と頭を下げる。

 大洗で戦車道を始めた元親友(みほ)に対する怒りは、あの頃とは若干形を変えて未だに在る。しかし、彼女とて公共の場で騒いではいけないという点については、全く返す言葉がないと思っているため、その点については平謝りである。

 

『……戦車道に関わる話なら、俺は席を外すっていうか、電話切るか?』

「電話代は?」

『まほのスマホにかけてるから、コレ家族間の通話無料プラン』

「じゃあ、一緒に聞いてくれ。みほとエリカに関する私の所見で―――そして、エリカに次代を任せる意思表明だ。……多分、お前にも聞いてもらったほうが良い」

 

 スピーカー通話状態のスマホを、改めてエリカと自分の中間となるテーブル上に横置きするまほ。

 その様子を見て、先程の発言がおためごかしや誤魔化しではない、西住まほという少女なりの熟考を重ねものであろうというのは、エリカとしても感じ取れた。

 

 しかし、それ故にエリカは悩む。気後れしていると言い換えてもいい。

 西住みほという少女の才能と能力を信じるが故に、西住まほという少女の隊長としての実力を信じるが故に、自分が彼女たちの代わりになるとは考えもつかなかったのだろう。

 副隊長という立場でありながら、次代で自分が隊長になるという事に対する意識が完全に抜けていたのは、そういった部分が大きい。基本的には聡明なのだが、西住姉妹が絡むと視野狭窄がしばしば発生するのは、逸見エリカの悪癖である。

 

 そして、眼前で交わされる西住家の長女と長男のやり取りを見て、彼女はふと思ったことを口にした。

 

「……あっ。隊長に留年して頂いて、来年も隊長やってもらえば良いのでは……?」 

「…………」

『…………』

 

 生真面目な副隊長が明らかに混乱した、デフォルメしたら目がグルグルしてそうな雰囲気で言い出したこの発想。これが姉と弟どちらの悪影響によるものか。

 姉と弟の醜い責任追及・押し付けあいは、この後30分の長きに渡った。




 次の更新は大雑把に来週の見込みです。ガレージでの話だけで大分長くなりそうだったので、ここで切りました。

 長期の豪快なサボりから復帰したという経過があるのに、評価をつけてくださった方々、ありがとうございます。
 お気に入り登録も増えてきたと思ったら、操作ミスで自分で自分の小説をお気に入り登録していたと気付いてそっと解除したのは私です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。