西住家の少年   作:カミカゼバロン

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 一週間後とか思ってましたが、益体のない話は思ったよりスラスラ書けました。
 でも全く内容がないような会話もあります。

 エアグルーヴのやる気が下がった。


少年、ロミオとなる

「宮古先輩って、戦車そのものの知識はあっても戦車道の戦術とかには疎いですよね。 いっそ、宮古先輩の意見とか聞いてみるのはどうでしょうか? 宮古先輩で理解できれば―――という感じの基準で」

 

 全国大会2回戦が終わり、3回戦を控えていた頃。黒森峰女学園の戦車道チームのガレージにて、エリカが不意にまほに問いかけた。

 全く脈絡がない話というわけではない。夕刻のガレージにて飾り気皆無の鉄板テーブルに向かい合う形で座っている彼女たち。その目の前にある資料絡みだ。

 

 まほが凛とした表情で戦車とともに並んでいる写真が表紙であり、『黒森峰女学園戦車道について』という文字が、やや丸っこい書体でまほの頭上辺りにプリントされている。加えていうなら、漢字全てにしっかり大きめのフリガナが付けられている。

 10ページほどの厚みを持つカラー小冊子であり、中身は子供でもわかりやすいように戦車道を説明するものである。全体的に字が大きく、丸っこく、そして漢字にはほぼフリガナ付きのもの。明らかに小学生以下の低年齢層向けの資料群であった。

 

「修景に? ……戦車道の理念や車両そのものの来歴やスペックについては詳しいから、あまり参考意見は出ないと思うけど」

「うーん、たしかにこの資料は殆どが、戦車道を全く知らない子に向けたものですか。煮詰まってきましたし、いい案だと思ったんですけど」

 

 小さく首を傾げながら、エリカが1部手にとって開いたもの。それは小学生以下の児童向けに作られた、子供向けの戦車道紹介の冊子だ。九州にある小学校に対して、黒森峰女学園が進学資料を配布する時に添付するためのものである。

 中学生からは親元を離れて学園艦に通うのが常識であるが故に、小学生は5年生や6年生になると、中等部のあるどの学園艦に進学するべきか、将来について考え始める。それに対して学園艦側も、説明会や資料配布を欠かさない。

 この辺りはどんな名門でも同じである。ネームバリューがあったとしても、宣伝や紹介を怠っていいという事にはならないだろう。事実、整備・維持に莫大な費用がかかる『学園艦』というシステムに対して、統廃合の話も出ているという噂があるのだ。営業努力は必須である。

 

 そして、黒森峰女学園は戦車道の名門ではあるが、戦車道だけ(・・)の学園艦ではない。必然、戦車道以外のスポーツ、競技、選択科目などとの宣伝競争・学生の取り合いが発生する。学園艦紹介パンフレットに戦車道紹介の小冊子を同封するのは、十数年前の西住しほの代から続く営業努力だ。

 それに関しては少々裏話があるのだが―――ともあれ。

 

「でも、私やエリカだと、どうしても専門用語とかを知っている前提で話してしまうかもしれないし……。修景にも意見を聞いてみようか」

「お願いします。どうにもこういう事を考えるのは苦手で……」

「来年はエリカ主導でやって貰う仕事でもあるんだから、覚えて貰わないと」

「……はい、すいません」

 

 あくまで戦車や戦車道が好きなのであり、こういった事務仕事や雑務は好きではないエリカである。しかし、隊長や副隊長といった立場になると、これらの業務と無関係ではいられないのだ。

 誰かに頼むにしても、指示する側はその仕事の意味と役目を理解していなくてはいけない。出来上がってきた物に対する決済も必要だ。隊長や副隊長は、全体の責任者でもある。最低限、事務方に対するある程度の理解は必要だろう。

 

 ちなみに各学園艦の隊長格で見ていくと、こういった業務が最も得意で好きなのが、アンチョビこと安斎千代美だ。盛り上げ上手かつ自分でも積極的に動くため、多少予算をオーバーする傾向が強いが、上手い形で周囲を巻き込んで良い結果を作り上げる。

 ケイやダージリンは、仕事を割り振るのが上手い。そのうえで、責任を持ってしっかりと決定を行う、いい上司といったタイプである。

 逆に苦手なのはミカ。そもそも結構な個人主義というか、単独でふらっと動く人物であるため、事務方や内務の権限がもはや隊長職と分離してしまっている。大洗も継続に近く、事務方や内務は生徒会長である杏が掌握している状態であるが、ここは成立の経緯を考えると已む無しだろう。

 全国大会の敗戦を経て次代の知波単学園隊長就任が内定している西絹代も、あまり得意とはいえない。内勤や事務仕事も勢い任せでやって、問題にぶつかってから頭を抱えるタイプだ。

 

 ちなみに、西住まほ自身は『なんとか水準』といったところである。決して得意ではないが、真面目に取り組んでそれなりの結果を出すタイプだ。

 これは本人の性格もあるが、西住しほが少々渋い顔をしながら行った薫陶の賜物でもあった。

 

「私もこういうのは、あまり得意ではないんだけど……。隊長就任にあたって、お母様が『こういった業務は疎かにするべきではない』と薫陶をくれたんだ」

「西住師範が、ですか。申し訳ないですが、少々意外です。内務・事務は戦車道とは少し離れている印象を受けますから」

「うん、私もそう思った。私の内心に気付いていたかは分からないけど、お母様はこうも補足してくれたよ。『私は在学時は出来なかったけど、今は重要な事だと理解しているから』って」

「西住流の師範として、卒業後に色々経験した結果……という感じでしょうか?」

「そうかな? そうかも」

 

 他愛のない会話を交わしながらも、意見交換が煮詰まっていた少女たちは、目の前のパンフレットを宮古少年に対してどう伝えるべきか、相談を交わす。

 とはいえ、少し考えた末に出した結論は、『面倒なんで写真に撮って添付してしまえ』だ。今日び、スマホというものは実に便利なものであるのだった。

 

 

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「懐かしいですね」

「ええ、そうね」

 

 そして同刻。そういったものが無い時代に育った母世代―――西住しほと井手上菊代が、西住流本家にあるしほの執務室にて穏やかな微笑とともに会話を交わしていた。

 世界に名だたる西住流、その師範となれば業務も多い。夕刻になっても、師範の決裁を必要とする書類が次々と持ち込まれる。

 とはいえ、今しほの前にある書類は、本来であればもっと下の立場である師範代や、或いは雇っている事務方で済んでしまうものだ。この書類をわざわざ持ってこさせているのは、西住しほの珍しい稚気であり、感傷である。

 

「私は結果で語れば良いなんて言っていたけど……。あの子が猛反発したのよね」

「ええ、そりゃもう。売り言葉に買い言葉で、間に挟まる私は大変苦労しました」

「……ごめんなさい」

「昔のことです。笑い話ですよ。私にとっても、師範にとっても―――たぶん、宮古さんにとっても」

 

 彼女たちの目の前に置かれているのは、黒森峰女学園のパンフレットに添付する戦車道の資料に対して、西住流・西住家から何らかのコメントを貰いたい旨の事前申請と、その決済書類。

 既に彼女らの在学中から二十年ほど。その間に蓄積されたノウハウもあり、既にほぼ定型文化しているので、別段しほにまであげる必要がない書類だ。しかし、彼女たちの世代で始めたこの業務には、しほも菊代も少なからず思い入れがあった。

 

「増えましたものね。冊子を見て、戦車道に興味を持ったっていう子」

「そういう子にキラキラした目を向けられるのは、物凄く気まずかったのよ?」

「『紹介冊子を見て、西住隊長に憧れました!』って子が来た時、返答に困ってましたよね。それを遠くから見ながら、宮古さんは声を殺して大爆笑してましたよ」

「あのやろう」

 

 しほは口を尖らせて小さく鼻を鳴らし、彼女らしからぬ崩れた言葉遣いで毒づいた。しかし言葉とは裏腹に、彼女は慈しむような目で一冊の小冊子を見る。パソコンソフトで制作されてカラー印刷された、申請書類添付の小冊子―――ではない。その横に置かれた、色あせた手書きの白黒小冊子だ。

 僅か4ページ。製作者がコンビニのコピー機を駆使して作ったそれは、スマホが影も形も存在せず、パソコンもまだまだ今のような形になっていなかった時代のものである。完全手書き、コンビニ印刷の手作業作成だ。

 表紙には『黒森峰女学園の戦車道について!』とポップ調に書かれた手書き文字と、コピー時に元の原稿と写真を重ねる事で実現した手動合成によるティーガーの写真が、なんとか上手いこと収まっている。

 

「……まったく、もう」

 

 しほは苦笑しながら、指先で写真の輪郭をなぞるようにして冊子を捲る。

 それは技術的にも資材的にも未熟な冊子であるが、それでも熱意が籠もった紹介が書かれており、『見学からでも!』と少女たちに熱く訴えかけるものだった。

 黒森峰女学園の戦車道全国大会優勝だけならば、多くの少女たちにとって『戦車道』とは遠い世界の事だっただろう。しかし、熱意の籠もった紹介がパンフレットに同梱されてきたことで、戦車道というものに触れたことがない少女たちが一歩を踏み込む後押しになった。

 ネット環境というものが今ほど整ってなかった以上、こういった地道な広報こそが重要な時代だったのだ。

 

『大会はテレビで見たけど、この冊子で見学からでもと書かれていたから』

『冊子を見て調べてみたら、戦車に乗った西住隊長の写真が出てきて、格好良かったから』

 

 例年に比べて大きく増えた戦車道履修希望者の中に、少なからぬ割合でこういった声があった。興味本位だけで来て、長続きしなかった子も何人も居た。しかし、次代の主力を担う立場に成長した子も何人も居た。乗るのは怖いと言いながら、内勤として支えてくれた子も何人も居た。

 全国大会優勝の盛り上がりを追い風にして学園艦の経営側に対して働きかけ、学園紹介パンフレットへの小冊子同封を認めさせた癖毛の遊撃隊長(宮古母)の慧眼であった。裾野を広げるという事と地道な広報活動の重要性を、その一件から学んだ西住しほである。

 

 もっとも、当時はそういったやり方を『小賢しい』と断じていた西住しほは、先の会話の通りに宮古母とそりゃもう揉めた。

 あくまで『結果で語ればいい』というスタンスに対し、『語っても耳に届かなければ意味がない』と宮古母が反発。しほがキレ気味に言い放った『好きにしろ』を錦の御旗に、戦車道全国大会での実績を元にして各所に交渉し、しほが気付いた時には宮古母が既成事実を完成させていたというのが、今や伝統といえる小冊子の隠された真実だ。

 

 既に九州のあちこちの小学校に配られた冊子を今更回収しろとは言えず、西住流の名を汚すような小賢しい真似をしてしまったと思ったしほであったが、程なくして届き始めた問い合わせの電話の多さと、電話越しに聞いた少女たちの熱意に愕然としたのを覚えている。

 自分のやり方であれば、彼女たちの声を拾うことは出来なかった。彼女たちを導くことは出来なかった。これは、戦車道の旗手となるべき西住家の跡取りとして恥ずべきことだ。そう感じたしほは、『小賢しい』と非難してしまった癖毛の友人に対し、自身の見識が狭かったと頭を下げに行った。

 まさか鉄血隊長(西住しほ)がそこまでするとは思っておらず、頭を下げられた宮古母の方が大慌てした事件であった。こっそり宮古母の小冊子折り込み作業なども手伝っていた菊代だけが、その両者の対応と反応をほぼ正確に予想しており、ほっとしたように笑っていた。

 

「まほにはこういった活動の重要性を伝えています。私みたいな、こういったことを軽んじる隊長にはなってほしくはないもの」

「そうですね、大変でした」

「ねぇ、もうちょっと歯に衣……いえ、いいわ。本当に迷惑をかけましたね。貴方にも、あの子にも」

 

 なお、経済的に裕福ではないどころか貧乏だった宮古母にとって、コピー印刷の料金は相当な負担だった。見かねた菊代が声をあげ、賛同してくれそうな子達に声をかけ、コピー料金のカンパを集めたりしたものである。勿論、しほには内緒で、こっそりと。

 そうやって時に対立し、時に協力し、作り上げてきた黒森峰女学園戦車道チームの黄金期、その黎明。それは同じ時期を過ごした間柄でしか分からない輝きがあった、未熟であったが誇らしい青春だ。

 

「まほは、ちゃんとやれているみたいですね」

 

 しほは申請書類の内容をチェックし、満足げに頷いた。申請内容にも不備はなし。去年もやっているので当然ではあるが、娘の仕事ぶりを確認できて、少し上機嫌な母親である。

 

 加えて、この時期に申請が出されているという事は、作成を忘れているという事は当然ながら無いだろう。数年に1度くらい、大会にばかり目が行って、小冊子の存在を忘れる隊長が出たりするのだ。

 そういう時は、しほの方から声掛けをする事にしている。勿論、こういった活動の重要性を伝え、叱る形でだ。『自分の当時を棚上げするようで気まずい説教になるので、やめてほしい』とは、菊代にだけ漏らしたしほの本音である。

 だが、戦車道の裾野を広げるという意味では必要な努力であるし、亡き友人が作った伝統を終わらせてほしくないという感傷もある。それゆえ、気まずさを鉄面皮に押し込めての容赦ない説教が、過去に2度ほど小冊子を忘れていた隊長に飛んでいた。

 

 幸い、今の隊長である西住まほは、こういった活動に積極的だ。自分なりに考えて、戦車道の裾野をもっと広げて、戦車道を志す少女を増やしたいと思っている。抽選会の夜に宿の風呂でエリカに語った通り、彼女なりの『西住家』を背負う者としてのスタンスだった。

 加えて、こういった業務で手詰まりに陥ったならば、宮古修景()に対して気安く相談する事もできる。いずれ事務方として西住家を支えたいと言っている修景に対してならば、相談する内容としては適切だ。

 戦車に直接的に関わらない範囲でならば、しほとしても掣肘するつもりはない。むしろ、幼少期の教育は少々神経質になりすぎていたかと、今では思っている。盤上演習や座学くらいならば認めていれば、ローアングラーを見せつけられる事もなかっただろう。

 

「……さて、懐かしんでばかりもいられないわ。決裁印は押したから、他の書類と一緒に持っていって頂戴」

「はい。それでは失礼します」

 

 決裁印を押した申請書類を、他の決済済み書類と合わせて菊代に渡すしほ。色がくすんだコピー用紙の小冊子を、クリアファイルに入れて机に仕舞う。

 娘が頑張っているというのに、昔話ばかりもしていられない。気合を入れて夕刻の業務に取り掛かる、西住流師範の姿がそこにあった。

 

 

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『これらが現在出ている候補案なんだけど、どう思う?』

『表紙をお前じゃなくてもっと愛嬌ある女の子にして欲しい。あと、出来ればアングルはもっと下から』

『このLINE、横でエリカも見てるぞ』

 

 そしてこちら、西住家宗家の跡取りと弟のLINE会話がここにあった。まほ個人からの相談と思って冗談を返した修景が、素晴らしい反応速度でメッセージを削除した。

 残念ながら時既に遅し。まほのスマートフォンの画面を横から覗き込みながら、ジト目でエリカが小さく呟く。

 

「男子校以外に進学してても、多分デリカシーの致命的不足でモテませんよあの人」

「いや、エリカ。あいつは一昨年の文化祭で、ロミオとジュリエットのロミオ役に選ばれていたぞ?」

「男子校の出し物ですから、ロミオもジュリエットももれなく男じゃないですか」

「バレたか」

 

 なにやらメッセージを入力し直している様子の修景から返信が来るまで、まほは目を閉じて2年前の様子を回想する。

 

『おお、ロミオよ! うぬはどうしてロミオなのか!!』

 

 身長2mに達さんというレスリング部主将が、そのムキムキパツパツの身体でドレスを纏い、世紀末に覇を唱えんばかりの威圧感でそう叫んでいた印象が強い。ロミオに会いに行くジュリエットが巨馬(ハリボテエレジー)を駆って駆けていく光景は、もはや完全に確信犯の悪ノリだった。

 ラオウじゃん。まほは率直にそう思った。

 

 そしてクライマックス。墓地でジュリエットが死んでいると勘違いして、早合点からの服毒自殺をカマしたロミオ(修景)を抱きしめて、ジュリエットの男泣き。迫真の演技に伴う腕力に対し、死んでいるのも忘れて必死にタップしてくるロミオ(癖毛)に気付かないフリをしながら、ジュリエット(覇王)は叫んだ。

 

『おお、ロミオよ! 出会ったばかりのあの頃のように、あの世で共に語ろうぞ!』

 

 ぐったりした(力尽きた)ロミオをお姫様抱っこし、ジュリエットは墓地に仕掛けられた罠を起動して、ロミオと共に溶岩の中に沈んでいったところでエンディング。ナレーションでは溶岩と言っていたが、単なる赤絵の具を溶かした水を左右からぶちまけられたところで緞帳が降りてきただけであった。

 カイオウだったか。まほは何故か感心したのを今でもよく覚えている。墓地にどうして溶岩罠がなどと、突っ込むことすら野暮であろう。

 感慨深げに頷きながら、まほは小さく呟いた。

 

「ラオウと思わせてカイオウだったのは、中々のミスリードだったな」

「ロミオとジュリエットの話ですよね?」

「うん、ジュリエットがラオウと思ったら実はカイオウだった」

「逆に気になってきました。映像残ってません?」

「ラストシーン周りはスマホに入っていたと思うけど……」

 

 スマホを操作して動画を探す前に、LINEに返信。修景(ロミオ)からだ。

 

『真面目に考えると、文面とかは結構直す箇所があるかもしれん。言い難いが、連覇が去年で止まったから、その辺を上手くやった方がいい』

『ああ、基本はデザイン案を決めるための段階だから、文面はまだ去年のフォーマットから弄ってない』

『その辺り、事務方の誰かが既に仕事を進めてたりは? そうだった場合は揉めるから、俺は手を付けない方が良いな』

『いや、誰かに声をかけているわけでもない』

『じゃあ、俺が手を付けても仕事がかぶる事はなし、と。草案を3つくらい用意してパソコンから送る。デザインに関しては俺よりも、そういった分野を専攻している奴に聞いたほうが実りがあると思う。これ、他人に見せても大丈夫な資料か?』

『問題ない』

『分かった。明日の今頃までに、そっちも固めて意見として纏めておくわ』

 

 打てば響く。必要事項を確認し、テキパキと段取りを組み上げていく修景の様子に、エリカが今度は感嘆の声を小さく呟く。

 

「先程までローアングルを要求してきた人と同一人物とは思えませんね」

「そう? 大洗までエリカにヘリを飛ばしてもらった時にも―――……いや、その時はエリカがヘリを取りに行っている間の事か。あのときもこんな調子で、事情を聞いて適切な場所に連絡して段取りを組んだりしてたのだけれど」

「……確かにあの時、宮古先輩に段取りを頼みましたけど。そういえば、病院の受け入れ準備もされてましたし、発着場所とかもしっかり指定されてましたね」

 

 エリカとしては『誰がヘリに乗るか決めておいてくれ』くらいのつもりで叫んだ事だったが、言われてみれば大洗でのヘリの受け入れが非常にスムーズだった。

 どういう事をしていたのか、少し気になる。武部さんに聞いてみようかと、『史実』とは違って連絡先を交換している大洗の友人を思い浮かべるが、聞いたら聞いたであの恋愛脳相手だと確実に面倒になる予感しかしない。

 気になる内心を抑えて、エリカは小さく肩を竦めて呟いた。

 

「いつもこうなら、それこそモテそうな気もしますが―――」

 

 言っておいてなんだが、それはそれで落ち着かない。

 宮古母から修景へ、小冊子というバトンが世代を超えて繋がった事など、この場の誰も知る由もなく。エリカは理由不明の落ち着かない内心に困惑する。

 

 恋というには未分化で、志を同じくする相手への連帯感や気安い友情、年上の異性への憧れなどが混ざりあった感情を、男女関係という意味では新兵同然の箱入り娘(ご令嬢)であるエリカは上手く客観視する事が出来ず。

 それらの感情を総じて、一つの言葉として吐き出した。

 

「―――モテる宮古先輩って、それもう宮古先輩じゃないですよね」

「ひどくない?」

 

 『あまりモテてほしくない』という意図を含んだ言葉は、当人も上手く理解できていないが故に、中々ファンキーな暴言の形状を取って口から飛び出た。普段から弟と言葉のデッドボール、もしくは言葉のドッジボールをしている西住まほが、思わず同情の混ざった声をあげる。

 意図せず呟いたが故に内容をあまり意識しておらず、小さく首を傾げるエリカ。どこからどう突っ込んでいいのか分からず困惑するまほ。その両名の間に、モテたらアイデンティティが崩壊すると後輩から評されている男から、『一旦作業に集中する』という旨のLINEが返信されてきた電子音が小さく響く。

 そんな夕刻の黒森峰のガレージだった。

 




 今度こそたぶん1週間後くらいになるでしょうか。わからぬ。
 書くことを優先して個別の返信などは出来ていませんが、感想いつもありがとうございます。励みになっております。

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