西住家の少年   作:カミカゼバロン

36 / 44
 試合構築はWOTやウォーサンダーなどの経験を存分に活かしたとかいうとそれっぽく見えなくもない気がしますが、ぶっちゃけ捏造です。
 普段ゲームやってる時に考えてる事を文章化してそれっぽく再構築しようとすると、思ったより長くかかる事実に愕然としています。これ、まだ続きます。終わんねぇ。

 でも、惑星WOTや惑星ウォーサンダーの物理法則は時々アテになりません。寛容の精神が肝要です。
 エアグルーヴのやる気が下がった。


少女、奇襲を受ける

 地図を見て地形を読み解くというのは、戦車道の―――特に指揮官級の立場では基本にして必須となる技能である。

 具体的にどういうことか。例えば地図を見て以下のようなことが分かるか分からないかの差は、作戦指揮・戦術構築に与える影響が絶大になる事は、なんとなくでもイメージして頂けるだろう。

 

『この場所は傾斜が強いから、戦車では通れないだろう』

『このルートは狭いから、車体の大きい車両は通れない』

『この辺りからなら、この辺にまで射線が通る』

 

 もし、指揮官にこれらの理解がなければどうなるか。このルートを進めと指示されたならば崖だった。あれれ、狭くて通れない。指示されたポイントで狙撃準備しようとしたら、そもそも戦場が見えなかった。そんな事が頻発していては、そもそも試合になりはしない。

 

 試合範囲の地形を読み解き、行軍可能なルートや射線・射界を理解する事。そして、その上で相手の考えも読み解いて、戦術を構築すること。知識、理論、本能、直感、どれによるものでも構わないが、それをこなせる事が指揮官クラス以上の必須条件だ。

 勿論、黒森峰女学園の副隊長である逸見エリカのその能力は、戦車道女子の基準に照らし合わせても十分以上。故に、事前の作戦会議における地図確認で大筋は、そして現地で実際に地形を見たことでほぼ完璧に、継続高校相手に『危険な』地形を見抜く事が出来ていた。

 

「予想より見通しが悪いわ。狙撃は予想より利き難い―――……いえ、『白い魔女』の腕前も考慮すると、十分に“利く”と考える。……全員、警戒を密に。この狭さなら1両ずつしか通れないから、予定通りにまず私。次に2号車、1号車はラスト」

「2号車は右、1号車は左を重点警戒ですよね? エリカさん」

「……試合中は副隊長って呼んでくれないかしら、赤星さん」

「気をつけます!」

 

 山林の中であれば、平地は少ない。段差・斜面・悪路の走破性に長けた履帯車両ではあるが、あまりに急斜面であれば滑落するし、そもそも狭すぎれば通れない。そうである以上、『難所』と呼ぶべき地形が試合範囲のマップには幾つもあり、更にはその中の数個は位置的に無視し得ない場所にあった。

 左側に高さ3mほどの崖が切り立っており、右側は酷い軟泥地。その間の数mの幅はなんとか通れるという、エリカ達が今まさに踏み入ろうとしている地形もそうだ。マトモに通行できるのは1度に1両。

 右側の軟泥は履帯車両ならば頑張れば通れない事もないが、機動性は著しく落ちるし、酷く泥濘になっている土壌ゆえか、樹がまばらになっていて視界が通りやすい。全学園艦でも恐らく随一の狙撃手が居る継続高校相手ならば、いい的になりかねないだろう。

 

 パンターのキューポラから顔を覗かせ、垂れ目を精一杯に『キリッ!』と引き締めながら、左方を重点警戒している赤星小梅。彼女が警戒している崖側も危ない。

 パンターもティーガーIIも、車両の全高は3m程度。ちょうど崖の高さと同じくらいだ。戦車砲には仰角・俯角(どれだけ砲が上・下を向けるか)という限界があるため、そう簡単・単純な話ではないが、崖上を取られたならば脆い天板(上面装甲)を貫通される危険がある。

 故に崖上を取られても待機している車両が応戦出来るように、列を作って一気に渡るのではなく、1両ずつ順番に、狭い通路を渡っていく。これは時間もかかるし、その間は警戒を緩められない。精神をすり減らす作業だ。

 まずエリカのティーガーII、次にパンター2号車、最後に小梅の1号車が危険な通路を渡り終えて、再度の合流が完了。各々の車長のみならず、乗員全てが大きく息を吐いた。

 

「……相手の性格からして、こんな序盤からは仕掛けてこないとは思っていたけど。それでも神経をすり減らすわね」

「これと似たような難地形って、あと2箇所くらいあるんでしたっけ。やだなぁ……」

「ボヤかないの。無線手、隊長に報告。βルート、最初の危険地帯を抜けた事を伝えて。陣形組み直して、進むわよ」

「はぁい」「はい」「了解」「わかりました」

 

 エリカの声に対して、ティーガーIIの車両内から口々に返事が戻ってくる。最も警戒していた難所は抜けた。この先にも難所は幾つかあるが、第一関門は超えたと言っていいだろう。3両編成の索敵チームは再度陣形を組んで、ティーガーIIを先頭に進み始める。

 ―――この露骨な“釣り出し”に、相手が食いつくのは次か、それともその次か。

 

 意図せず全員がそう考えた直後、近くにあった樹が轟音とともにティーガーIIとパンター2両の間に倒れ込んできた。

 樹齢ン百年の大木というわけではない。しかし、よく繁った広葉樹だ。ティーガーIIとパンター2両の間は、その枝葉で視界が塞がれる。

 

「な……ッ!? 全周警戒!」

 

 それでも即応してエリカが叫ぶと同時、ティーガーの砲塔左側面に着弾音。甲高い音とともに弾かれるのは、75mm口径の徹甲弾。3号突撃砲、或いは後期型4号戦車が保有する長砲身砲による狙撃である。

 流石にそこまでは車内からは分からないが、音と衝撃から45mmの豆鉄砲ではないというのは伺い知れた。つまり、当たりどころ次第ではこちらを撃破しうる可能性がある攻撃だ。

 

「着弾、砲塔左側面! 撃破判定は出てない、大丈夫! でも弱点を狙われたら不味いから、細かく動いて狙いを絞らせないで!」

 

 恐らく『白い魔女』ことヨウコによる狙撃であるというところまでは予想できる。出来るが、故にこそエリカの明晰な頭脳は混乱する。それでも指示を出しながら、疑問が次々と頭に浮かぶ。

 そもそも難所を抜けたという事は、即ち奇襲や狙撃が有効な地形を脱したという意味だ。まさか見落としていただけで、こここそが奇襲向きの地形だったのだろうか?

 

(この地点、左側の崖は低くなって障害にならなくなったけど、有効射程圏に良さげな狙撃位置があるわけじゃない! どこから狙ってきたの!?)

 

 情報が足りない。被弾状況を確認すべく、エリカはキューポラから大きく身を乗り出す。『危ないですよ!』という声が車内から聞こえるが、お構いなしだ。そうして砲塔側面に刻まれた弾痕を目視して、愕然とする。

 

(―――浅い)

 

 傷が浅い、という意味ではない。それならば驚きはない。ティーガーIIの砲塔側面装甲は80mmかつ傾斜装甲。75mmや85mmであろうとも、それなりに近い距離から、なるべく装甲に対して垂直に当てねば貫通はしない。

 そんな事は相手も重々分かっているだろうに、()()()浅い。装甲に対して斜めに当てれば当てるほど、見た目の装甲厚は増えていくのは戦車の常識だ。『ギリギリ見えたから撃ってみました』で貫通するのは、砲の貫通力と装甲の防御力で、前者にかなりの優位がある場合のみ。

 当然ながら継続高校は、それが分からない相手ではない。

 

(撃破を狙った狙撃じゃない? でも、狙撃するということは自分の位置をバラすこと。なにかしらの大きな理由がなければ、狙撃手は撃たない。逆にいえば、理由があった)

 

 エリカは直情径行こそあるが、切れ者だ。切れ者ではあるが、直情径行である。言い方を変えるならば、頭は良いが柔軟性にやや乏しい。このタイプは想定しうる正攻法に対しては覿面に強いが、想定外の手法に対する対応力はやや劣る。

 『撃てば必中、守りは固く、進む姿に乱れなし』の西住流。その宗家にして跡取りであるまほから指導を受けているエリカからすれば、『とりあえず撃っとけ』の感覚で放たれた狙撃という西住流で下の下とされる行動の意図を汲むには、段階を組んで思考を進める必要があった。

 

(この狙撃によって、なにが変わった? 着弾方向が割れれば、狙撃手の居場所がわかる。だから私たちはその位置を割り出そうと―――)

 

 ―――警戒を、左方に集中した。

 先程は『誰がどの方向を警戒する』などの決め事をしていたのだが、危険地帯を既に抜けていたが故に、恐らくパンター2両の方も、全員で。

 

「無線手、パンター2両に! 右を警戒―――」

 

 慄然としたエリカが叫ぶと同時。倒木の向こう―――倒木の枝葉によって視界が通らなくなったが、索敵チームのパンター2両が居る場所で轟音。それと同時に、立ち上る黒煙と撃破判定の白旗が枝葉の上に見えた。

 直前に右側から、数両の戦車が飛び込んでいくような音が聞こえた。間違いなく継続高校の奇襲だ。狙撃で意識を左側に集めて、逆方向の右側から本命が仕掛ける。単純であるが、効果は絶大。最初の1手でパンターG型が1両潰されたのだ。

 

 ―――判断が遅かった。エリカは自責の念に駆られて唇を小さく噛みながらも、矢継ぎ早に指示を出し始める。

 

「―――右から奇襲! 隊長にも現在のポイントを連絡して! 砲手、敵は見える!?」

「む、無理ですよ! 枝葉は砲弾に対しては障害物にもなりませんが、視界が通りません! 最悪、パンターに当たります!」

「……ええい、こんな場所で仕掛けてくるなんて! 操縦手! 倒木を迂回するか踏み越えて、パンターと合流するわ!」

 

 しかし、指示を出すと同時に着弾音。同じく砲塔左側面。やはり貫通してきておらず、恐らく『白い魔女』が乗る車両の位置からは、ティーガーIIが狙いにくいのだろうという事は推測できた。そもそもこの地点をあまり警戒していなかったのは、狙撃が利くような射線の通り方をしていないからだ。ここならば、遠距離からの狙撃は利き難い。

 恐らくこれは、牽制だ。ティーガーIIがパンターと合流しないよう、少しでもそれを遅らせるよう、完全に頭を抑えに来ている。

 

(構わず背面を狙撃手に対して向ける形で合流を急ぐ? 流石に背面は弱点が固まってる。装甲があって無いような部分もあるし、そこを狙われたら角度が浅くても一発で終わりかねない。そして、相手は『白い魔女』。無理だろうなんて楽観出来る相手じゃない……!)

 

 では、『白い魔女』に背面を晒さないように、バック走行で倒木を乗り越えるのはどうか。一瞬考えたが、奇襲から一手でパンターがやられたということは、倒木の向こう側には恐らく最重要警戒対象であるBT‐42が居る事は疑いない。

 そこに弱点丸出しの背面から突っ込んでいくのは、鴨がネギを背負って、調味料を身体にまぶして下拵えを終えた状態で鍋に突っ込むようなものだろう。或いは意表は突けるかもしれないが、意表だけ突いてそのまま終わる。

 

「―――狙撃方向に対して背面を晒さないように迂回して、パンターと合流するわよ!」

 

 故にエリカは堅実手を選ぶが、後手に回って『選ばされている』という感覚は拭い去れない。

 後手に回りながらも、この時点でエリカはミカの狙いに気付いていた。奇襲に向いた地形を選ばず、そこを抜けたこのタイミングで仕掛てきたという事は―――

 

 

□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□

 

 

「ベストのタイミングを敢えて外すことで、ベスト以上を取りに来たわね」

 

 試合会場近くに設けられた関係者用観戦席。大モニターに映し出される光景―――継続高校側の奇襲に見事に嵌った黒森峰索敵チームを見ながら、ダージリンは優雅な動きで紅茶のカップをテーブルに置いた。そうしながら口に出された内容は、まさしくエリカも気付いたミカの狙いだ。

 ちなみにテーブルの周囲には、先日の大洗とサンダースの試合を見た時にはダージリンもオレンジペコもほとんど黒森峰の観戦スペースで過ごしていたため、実質的にリストラされていた優雅な衝立と草色カーペットも再就職済みである。

 ただ、気温が上がってきて虫が増えてくる時期になってきたため、周囲5mを切り取ればそのまま英国風の優雅な応接間になりそうな観戦セットの中に、ブタさん型の蚊取り線香の器が新たな同僚として紛れ込んでいる。

 ブタさんから放出される煙は少々匂いが気になるし、そもそも見た目の段階で明らかな異物感を煙とともに放出しているミスマッチだが、虫刺されやら茶菓子に飛びつく虫やらの対策として必要というのがダージリンの主張である。優雅さと利便性の境界線上を攻めていくスタイルだ。

 

「ベストを外すことでベスト以上の……ですか?」

 

 そして、各々が一人がけの優美なソファに座りながら、ダージリンの横のオレンジペコがオウム返しに言葉を繰り返した。謎掛けか論理パズルのような物言いだ。格言というわけではないようだと記憶を漁りながら首を傾げる後輩に対し、ダージリンは柔らかな笑みを浮かべて言葉を続ける。

 

「ボンクラーズというものを知ってる?」

「ダージリン様のような人、その複数形のことですか?」

「……あの、それって本当の意味を知っていて、『それくらい賢い』という意味で言ってくれたのよね? 語感とニュアンスだけで『ぼんくらの複数系』とか思ったわけじゃないわよね!?」

「先日のお茶会で、いつぞのエスプレッソソーダに着想を得たとか言いながらロイヤルティーソーダとかいう劇物を作って、挙句の果てに自分は飲まずに私たちで試したのは一生忘れません」

 

 優秀ではあるが癖が強い人物が多いといわれる同世代の戦車道女子。その中でも特に、『物凄く優秀』と『物凄く奇人』という乖離が突出していると、一部で話題のダージリンである。先代隊長のアールグレイが居た頃は、映画に影響されてコスプレをしたり教導ついでにスカート捲りを嗜む隊長の世話役として、一方的に振り回されていたダージリンはむしろ常識人側だったと言われているが……。

 

(―――あれ? もしかして私の辿っているルートって……)

 

 世話役だった常識人が、奇人である隊長に影響されて、立派な奇人へ成長する。先代と今代の間で発生した化学反応と、今の自分とダージリンの立ち位置を思い出して戦慄するオレンジペコ。

 そのオレンジペコに対して、流石にその内心で発生している戦慄などは露知らず。言われた件については本気で反省している様子で、頭をペコペコと下げるダージリン。力関係のよく分からない先輩後輩である。

 

「……あー、と……ダージリン様、謝ってくれるなら良いです。次は絶対にやらないか、自分がまず犠牲―――味見をしてください」

「ペコ。今、犠牲って」

「味見と言おうとしたら、ちょっと噛みました」

「いや、ちょっと噛んだ程度で出てくる違いでは……ま、まぁ良いわ。ボンクラーズというのは、将棋用コンピューターの名前なのよ。そして2012年に行われた電王戦という試合において、人間側が取った手段が、まさに『ベストを外す』ということ。対人戦ならあまり有効とはいえない手を指すことで、理詰めのコンピューターの読みやデータ蓄積を狂わせたの」

 

 2012年1月14日、第一回将棋電王戦。将棋用コンピューター『ボンクラーズ』に対する米長邦雄永世棋聖は、メディアからは『奇策』とも評される、定石外の手を打った。もっとも、米長永世棋聖自身はボンクラーズに対するこの手筋の有効性を確信しており、奇策と呼ばれるのを嫌がったというが―――ともあれ。

 この手は対人ではなく対コンピューターを前提として研究された手筋であり、ボンクラーズが持つ序盤データの無効化・陳腐化を目論んだものだった。事実、混乱して一時は飛車を往復させるだけになったコンピューターに、すわ千日手かと周囲は色めき立ったものだ。

 

 エリカは別にコンピューター人間やデータ人間と呼ばれるような性格ではないが、生真面目な直情型であり、基本に忠実。そして思考は早いが柔軟なタイプではない。故にこのタイプにも、『敢えてベストを外すことで混乱させる』という手は有効だ。

 エリカのような生真面目なタイプならば、最高の奇襲ポイントで奇襲を仕掛けても、そうなったときの対策は十分に用意してシミュレートして来ているだろう。しかし、敢えてベストを外した地形―――それも難所を抜けて安堵したタイミングというところで仕掛ければ、結果はご覧のとおりである。

 

 切り込みを入れた樹に対して、牽引用のワイヤーを引っ掛けていたT‐26が1両、しっかりカモフラージュネットを被ってエンジンも切った状態で、物陰にて待機しておく。ミカの無線指示に合わせたタイミングでT‐26がワイヤーを引くと、木が倒れてティーガーIIとパンターを分断する。

 そうやって分断したところで、ヨウコが砲手を務める3号突撃砲が狙撃で意識を左に引きつけてから、本命であるBTシリーズが隊長車(BT‐42)を筆頭に6両一気に飛び込んで、側背の装甲が薄いパンターを仕留める。ここまでは完璧に、継続側の仕掛けた策に黒森峰が嵌っていた。

 

「今回のミカさんの動きの意図は、敢えて有利な地点で仕掛けない事で、相手の意表を完全に突くこと。加えて、ミカさんにしては仕掛けが早く攻撃的。そこまで含めて、敢えて黒森峰の計算や予測を外していたならば……恐ろしい人ね」

 

 攻撃性の発露は単純なウクレレの傷跡であり、別に誰の計算も混ざっていない。

 

「では、このまま継続高校による金星が有り得ますか? そうなれば私たちの次の相手は、黒森峰女学園ではなく継続高校ですが」

「―――いえ」

 

 トーナメント表からすれば、この試合は聖グロリアーナの次の対戦相手を決める重要なものだ。故に少々結論を急いだオレンジペコに対して、ダージリンは愉快そうに口角を上げながら、大モニターを注視している。

 映っているのは、追い詰められたパンターG型1号車。車長は赤星小梅。既に撃破された味方パンターに身を寄せるように縮こまって、反撃も出来ずに砲を左右に動かしているように見える。BT‐5やBT‐7からは撃たれ放題。名門黒森峰女学園の主力車両にしては情けないとすら、オレンジペコは一瞬思った。

 だが、そこまで考えてから、彼女は自らの考えを否定する。右往左往しているだけ、反撃ができないだけなら、この2両目のパンターもBT‐42の前にとっくに撃破されていなくてはおかしいのだ。

 

「『奇策ではない。今後の評価を待ちたい』―――それこそ、ボンクラーズ相手に件の指し方をした、米長永世棋聖の発言ね。ペコ、少々せっかちだわ」

 

 継続高校ならばミカ、ヨウコ。サンダースならケイ、ナオミ。各々のチームにはだいたいエースといっていい要注意人物がいる。黒森峰女学園であるならば、西住まほは言うに及ばず、他に特記すべきは逸見エリカだろうとダージリンは考えていた。

 しかし、実際に試合を見てみれば、どうだろう。中々どうして、良い判断をする車長が埋もれていたものだ。ああいうタイプは、派手さはないが粘り強く、簡単には崩れない。

 

「ボンクラーズと米長永世棋聖の勝負も、あわや千日手かと思われたけど。今度は継続さんが攻めあぐねているわね」

 

 撃破された味方に身を寄せて―――つまり、脆い側面をパンターの車体と同じ大きさの遮蔽物(撃破されたパンター)でカバーし、警戒が必要な角度を大きく減らす。

 反撃もできずに砲を右往左往させている―――というより、火力がないBT‐5やBT‐7を完全に無視して、砲身は決して振り切られないようにとBT‐42だけを追い続けている。

 

 反撃しないのは、リロードの隙を嫌ったから。撃ったならばその隙にBT‐42が接近してきて、脆い側背面を114mmで撃ち抜いて来るのは目に見えている。だから、撃たない。側面・背面であろうとそうそう貫通できない豆鉄砲しか無いBT‐5やBT‐7には目もくれず、ただただ自分を一撃で撃破しうる相手が踏み込んでくる事だけを警戒し、牽制し続ける。

 BT‐42が如何に凄まじい速度を持っていても、それはあくまで車両としてはの話だ。初速1000m/sに近い砲弾より速いというわけではない。既に奇襲の有利が消え、機動戦に付き合うのではなくじっくりと待つ形で、砲塔回転・車体旋回ともにそこそこ小回りが利くパンターが、更には半身を残骸でカバーして構えている。

 そうなると、流石に一撃を回避して接近戦に持ち込むのは、継続トリオでもリスクが高い。

 

 赤星小梅とそのパンターが極端に強いというわけではない。車長や乗員の力量ならば、当然ながら西住まほはおろか、逸見エリカにも大きく劣るだろう。動きの正確性や素早さなどの単純な総合力ならば、黒森峰の乗員の中では中の上から上の下。その点は、観戦しているダージリンもそう感じている。

 だが、『中堅どころ』である赤星小梅のパンターと、『最大戦力かつ隊長かつフラッグ車』であるミカのBT‐42では、前提条件と立場があまりにも違うのだ。

 ミカが撃破されたならばその場で敗北。そこまでいかずとも、何か戦力が落ちる被害を受けただけでも、『最終的にまほとミカの一騎討ちの構図に持ち込む』という勝ち筋が実質的に潰される。継続トリオであろうとも、不利を背負いながら勝てるほど、西住まほは甘くない。

 というか、試合中に修理可能な程度の損耗であっても、BT‐42の戦力が低下したとわかれば黒森峰女学園は全力で攻めに来るだろう。この状況、小梅としては『撃破されるのと引き換えにして、僅かな手傷でも与えれば勝利』なのである。

 

 であれば、フラッグ車を他の車両に任せて、自身は攻めの駒としての動きに徹するべきだったか? 否、それはそれで都合が悪いのだ。生存能力の高さという意味でも、指揮能力の高さという意味でも、ミカ・アキ・ミッコのBT‐42以上のチームは継続高校に存在していないのである。

 脱落後も無線で指示を出し続けられるならば別だろうが、それが出来ない以上は他の相手にフラッグ車を任せるというのは、現状では却って勝利から身を遠ざける判断だろう。

 

「……いろいろな条件を考えると、こうして時間を稼ぐのは確かに最適解。でも、この状況で混乱せずに、即座に一人はみんなの為に(ワン・フォー・オール)の精神で動けるというのは、中々に得難いわ。腕というよりメンタル、考え方、精神性が」

「はあ」

「赤星小梅さんね。覚えておかないと」

 

 ただでさえ優勝候補の最有力校に、目立たないが手強い車長が居る。その事実に気付きながらも、ダージリンの口角は楽しそうに楽しそうに上がっている。

 それに気付いて、オレンジペコは小さく溜息を吐いた。

 

 『とびきりの優秀』で『とびきりの奇人』。それらはダージリンを示すのに相応しい形容ではある。だが、より正確にいうならば、それに加えてダージリンという少女は『とびきりの勝負好き』で『とびきりの負けず嫌い』だ。

 強敵に対して抱く興味と好意を隠そうともしない、優雅でありながらも闘争心溢れるダージリンの目線の先。大モニターに映されている光景は、早くも試合が大きく動こうとしていることを示していた。

 




※メシマズダージリン
 公式としていいのかどうなのか。一応スピンオフ漫画の『もっとらぶらぶ作戦です!』では、オレンジペコ、アッサム、あんこうチームらを壊滅させる腕前を披露していた。

※アールグレイ
 スピンオフ『プラウダ戦記』の登場人物。クロムウェル巡航戦車を使用していた。割と変人。


追記:連続で更新しましたので、少なくとも10/29は更新を休みます。

追記2:そういや主人公は影も形も名前すらも出てきませんね今回。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。