西住家の少年   作:カミカゼバロン

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 感想で教えて頂きましたが、関連書類で戦車道全国大会の全試合については情報が出ているそうです。無知を晒してしまい、申し訳ありませんでした。
 手元にあるのはBD各種と漫画版数冊であり、関連書籍全てには手が回っておらず……。

 今回のこの試合は、宮古少年の存在によって乱数とかそういう要素がなんやかんや崩れた結果起きたものだとお考えください。完全に原作にない捏造です。
 あと、私が試合を書こうとするとスペックや来歴などの解説含めてアホほど長くなると気付きました。10000文字超えて前半で、後半がこれから待っています。


少女、ノロノロと風を切る

「言うまでもないだろうけど、狙撃と奇襲には気をつけて! T‐34の85mmは言うに及ばず、4号や3突の長砲身75mmでも、距離と角度次第ではパンターの正面装甲ですら貫かれ得るわよ! 丘に登る時が一番危ないから、狙撃ポイントから射線が通りにくい角度を選んで登りなさい!」

 

 叫ぶエリカは、不整地をカッ飛ばしている反動で猛烈に揺れるティーガーIIの車長席である。キューポラを開けて顔を出し、周囲の地形の確認も忘れない。地図くらいは事前に配布されているが、やはり現場で見ないと分からない要素も多い。地形とはそういうものだ。

 なお、全速力で進んでいるという表現からは、副隊長であるエリカが先陣で風を切っているかのような印象を受けるが、いかんせんティーガーIIはマウスを除けば黒森峰女学園最重クラスの戦車であるため、最後尾を『ノロノロ』という感じで進んでいる。敢えてエリカの空気に合わせて疾走感を出すとするならば、『ノロノロ―――ッ!!』だろうか。

 一応、マウス以外の黒森峰女学園保有車両では、ヤークトティーガーやエレファント辺りの重駆逐戦車はティーガーIIと同等、或いはそれよりも鈍足である。しかし、今回の対戦相手と戦場を鑑みて、それらの車両はお留守番だ。火力と正面装甲に優れた重駆逐の系統は、敵の進軍ルートが絞りやすい市街地や、そもそも機動より装甲に重きをおいた相手との試合では切り札になり得るが、軽量級から中量級に偏った継続高校相手ならば無駄が多いともいえるのである。

 プラウダ辺りを相手にするならば、重戦車IS‐2の正面装甲を遠距離からでも撃ち抜けるヤークトティーガーの128mm砲が持つ火力は、戦力としても敵を自由にさせないための抑止力としても、非常に重宝するだろう。しかし、プラウダから拝借して(借りて)きた車両を含めても、継続高校の車両には重装甲車両が少ないため、そこまで大火力を必要としないのだ。

 

 そして、試合開始と同時。黒森峰女学園の全車両は事前に地図で目星をつけていた地点に向けて、一目散に走り込んだ。最低限の警戒しかしていない全速力であるが、見通しが悪く起伏に富んだ地形であるゆえに、継続高校の要注意人物である『白い魔女』ことヨウコといえども狙撃はできない。

 どれほど技量が高い狙撃手であろうと、戦車砲を自由自在に曲げられるわけではない。自分の狙撃位置を確保し、相手の位置を確認し、狙って、撃つ。そのための射線・視界が必要である。それが不可能なこの試合条件では、スタート直後の僅かな時間は『安全時間』と言っていいだろう。

 

 勿論、視界の悪さを活かした奇襲の可能性もある。エリカが叱って頭を下げさせた元凶(まほ)下手人(ミッコ)の反省した様子に、なんとか溜飲を下げた様子だったミカ。彼女が車長を務めるBT‐42などは、まさにそれを得意としている。和解もさせたことであるし、ウクレレ起因の内ゲバで戦術精度が下がることを期待できる相手ではないだろう。

 しかし、BT‐42の装輪駆動―――即ち、履帯を使わずタイヤで走行する駆動手段が持つ機動力に対して追従できるのは、同じ装輪駆動が可能なBTシリーズくらいだ。そしてそれらBTシリーズの車両は、速力の代わりに火力と装甲が脆弱である。

 もし継続高校側がそれらの車両だけで奇襲に来たならば、むしろ単なる自殺行為となるだろう。全速力で目的地に移動しつつも、フラッグ車である西住まほのティーガーはしっかり陣形の中央に隠している黒森峰だ。それを突破し、ティーガーの装甲を貫通しうる距離まで接近し、貫通しうる側面か後方から一撃を撃ち込む。それは流石のミカとても、不可能な絵空事と言える。

 

 ちなみに、BT‐42がどれだけ速いのかというと、装輪形態では73km/hという数字は戦車道使用可能車両の中でトップクラスのスピードである。参考程度に、快速で名高いクロムウェル巡航戦車が60km/hと少し。速度で見れば『快速車両より更に上』というのがBT‐42という車両だ。一応、同時代でもスピードでいえばおよそ80km/hというM18ヘルキャットがあるが、残念ながらオープントップであるために戦車道では使えない。

 加えて言うなら、ミカが車長を務めるBT‐42は、そのスピードでカッ飛んできて、移動しながら射撃をブチ当て、通り魔よろしく敵車両を撃破して走り去るのだ。主砲は口径こそ大きいが短砲身であり、遠距離射撃には全く向かないものなのだが、戦車道規定内での改造によってパーシングすら撃破できる威力の火砲である。他校視点では中々に性質が悪い存在であった。

 

 なお、そのBT‐42であるが、ミカたちが乗っているものは本来のスペックに比べて動きのキレが大分おかしい。元々あの車両、砲の仰俯角と旋回のハンドルが違う場所にあり、別の搭乗員が各々動かすという構造になっていることから、そもそも対戦車戦闘に必要な素早い照準が、車両構造レベルで向いていないはずなのだ。

 斯様に素早い照準に不向きな構造である筈なのに、装輪駆動の超スピードで辻斬りか通り魔めいた奇襲をカマし、動き回りながら射撃をブチ当てて逃げていくBT‐42。もはや未確認走行物体(unidentified driving object)である。

 機動面に関しても、装輪車両は速度や燃費こそ履帯車両に勝るが、不整地踏破能力や安定性で大きく劣る筈である。なぜ断定しないのかというと、継続高校のBT‐42を見ていると、『そんな欠点あったっけ?』と思うほどに、どんな地形でも素早くカッ飛ばして行くからだ。

 改修元のBT‐7に比べると、大きな砲を無理に乗せた、見るからにトップヘビーな形状の車両であるのだが。ミッコのドライビングテクニックの前では重心の高さというマイナス要素も関係ないらしい。大洗のアヒルさんチームもそうであるが、継続トリオのBT‐42も搭乗員のスペックで戦車のスペックを塗り替えてしまっている極端な例だろう。

 

 とはいえ、単騎であるならば流石のミカ・アキ・ミッコの継続トリオとはいえど、奇襲の有利があったとしても10両揃った黒森峰女学園の布陣は突破し得ない。数両のBTシリーズが追従してきたところで同様だ。主砲が45mm砲であるBT‐5やBT‐7では、重装甲車両が多い黒森峰の車両―――特にほぼ全面が分厚いティーガー、ティーガーIIを撃破する事は物理的に厳しい。

 故にマップと車両相性含めた各種条件から発生した、最初の僅かな安全時間。その間に、黒森峰女学院は試合区画の中央近くにある高台とその周囲に布陣する事に成功した。古来より、高所の確保は戦の定石だ。たまに補給を忘れて高所で窮地に陥る登山家(馬謖)とかも居るが、全国大会の試合時間ではそこまで心配する必要はないだろう。

 

 特に旋回砲塔を持つ戦車の場合、一番装甲が厚く頑強なのは、基本的には砲塔正面。『防盾』と呼ばれる最も頑強な装甲が砲身の周りに配置されている。或いは、見た目的には防盾から砲が生えているというべきか。

 その防盾に守られた一番頑丈な砲塔正面だけを晒し、稜線や丘などの地形や障害物を利用して、車体を隠す。この射撃姿勢、或いは戦術を、俗に『ハルダウン』と呼ぶ。こうなってくると、相手方は面積が小さい上に装甲が一番分厚い砲塔正面しか狙えないため、相当辛くなるのである。

 そして、高所を取った戦車が適切な角度で丘の上から下を睨むと、それだけでハルダウンが完成だ。テーブルの中央に乗せたフィギュアをテーブルより低い位置から覗き込むと、見えるのはスカートの中ではなく蔑んだ目で見てくる頭部だけであるのと同じことである。それを実際にやってみると良く分かるだろうが、フィギュアをローアングルで覗き込んでいる光景を他人に見られた場合の社会的ダメージについては一切の責任を負うものではない。

 ……フィギュアとスカートはともかく、事程左様に高所を取るという事は、『戦車同士の撃ち合い』ならば大きな優位だ。現代戦ならば丘に布陣された場合、攻め込む側は物凄く嫌そうな顔で空爆を要請するやつである。当然ながら、戦車道に空爆支援は無い。後に大学選抜との試合でカール自走臼砲が持ち出されて支援砲撃が行われたのが近いが、アレは割とルール的には黒寄りである。

 

 とはいえ、有利地点を取ったところで、それで全てが決まるわけではない。むしろ、ここからが本番だ。敵も味方も、この程度は織り込み済みであろう。故に隊長である西住まほは、丘上での待ち伏せ等の奇策を警戒して先行偵察していた3号戦車の乗員と会話を交わしながら、ここからの作戦を高速で組み立てていた。

 フラッグ車でもあるティーガーのキューポラから顔を出して周囲に鋭い目線を向けているまほ。その横に、速度の問題でやっと到着した副隊長車(ティーガーII)も横付けする。ここからが忙しいのが戦車道の試合だ。

 

「上はどう? 何両までなら無理なく配備できる?」

「はい、隊長! 3両……少し頑張れば4両というところかと」

「なら、3両ね」

 

 まず、黒森峰の保有車両は、重装甲重火力の大型車両が多い。主力となるティーガー系、パンター系などは典型的だ。大戦後期の大型車両が多い黒森峰女学園は、火力や装甲含めた総合性能が高い車両が多い代わりに、速力ではそこまででもない。加えて、物理的に大きい車両が多いことから、とかく『嵩張る』のである。

 これは進軍ルートを少ない車両で塞ぐ事ができるという利点になる事もあるし、いざという時に無理なく動ける程度の距離を保って布陣するのに必要な面積が大きくなってしまうという欠点もある。今回出たのは、その表裏一体の特徴のうちの欠点側だ。

 丘の上という絶好のポイントであるが、密集しすぎたりはみ出したりしては逆に危険。それを避けて配備できるのは3両というところだった。その辺りの詳細部分は、地図だけではなく現地で地形を見なければならず、事前には判断がつかなかった要素だろう。3両を上に配置し、残りは丘の下での警戒態勢という形になる。

 

「上は私のティーガーとヤークトパンター、あとは仮に奇策や奇襲でBT‐42含む軽車両に肉薄された時の対応用に、速力のある3号J型で固めるとするわ」

 

 部下からの報告を聞いたまほは、一先ず丘上と丘下に配備する車両を指示していく。事前のミーティングである程度は考えてきているが、地形や状況に合わせての現場判断はやはり必要である。上には最も守るべきフラッグ車、高火力を持つと同時にそこそこの機動力・装甲を持つヤークトパンターを上からの支援砲撃用に、そして火力と装甲は低いが速度のある3号戦車を奇襲対応用にというのが、まほが下した判断だ。

 装甲や火力という意味ではそこまででもない3号戦車。それを上限10両の第二回戦の枠に組み込んだ理由は、重車両のみであれば軽車両の高機動力に翻弄される危険があるからだ。そういう意味で、まほはこういう『起伏に富んだ地形』での継続高校を、全く甘く見ていない。

 寒冷地・山岳地・夜間などなど。とにかく悪条件が増えた不安定な状況を好み、不安定な状況に強い。それがミカという隊長であり、継続高校だ。夜間の寒冷地山岳地帯とかいう条件で継続と戦えと言われたならば、まほのみならず同時代の全ての隊長が嫌そうな顔をするに違いない。

 

 そして、継続高校とミカの得意分野が前述の通りであるだけに、周辺から狙撃され得るような地形ではない高台に布陣しただけでは意味が薄い。日が落ちて視界が悪くなってきたならば、ゲリラ戦重視の継続高校が有利になるからだ。加えて、人間は生き物だ。長期戦になれば心身の疲労は出てきて、付け入る隙も増えてくるだろう。囲みを破られ丘上に強襲。悪条件が増えれば、有り得ないわけではなく、ミカという少女はそういう事がやたらと上手い。

 故に必要なのは、待ちではなく攻め。事前に黒森峰内部で行われた作戦会議・ミーティングも確認されていた方針であるため、まほのみならず他の戦車道女子達の動き・思考にも淀みはない。

 

「エリカ。パンター1号車と2号車を率いて、予定通りに索敵を」

「はい。ルートはαですか?」

「地図で見たのと比べると、今は木々の生育で視界が狭い印象を受けるわ。βに変更」

「了解です。パンター1号、2号! ルートβで動くわ! 各車長、地図を確認しなさい!」

 

 周囲の警戒を他の車輌に任せた上で、エリカとまほは互いにキューポラから顔を出した状態で短く相談を交わす。

 ここまでは予定通り。そしてそうである以上、これ以降も予定通り。黒森峰は継続学園の動きを引き出すか、隠れ場所をあぶり出す必要がある。守っていてばかりでも当然勝てないし、ただただ待って時間を経過させるだけでは、継続側の有利条件が増えていくというのは前述の通りだからだ。

 

 黒森峰の主力であるティーガー系・パンター系は大戦後期の車両であり、前述のとおり基礎的な総合性能が高い。戦車道規定内での改修・改造が認められている事で車両性能の絶対性は第二次大戦のそれより薄いとはいえ、元の性能の高さはやはり大きい。そして、それらが固めた防御陣形は、西住流の基礎に則った堅固なものだ。同数程度ならば、『行けば死にます』が結論として待っているだろう。

 学園艦ごとの経済格差・戦力格差を埋めて公平性を出すためのフラッグ戦ルールが採用されている全国大会ではあるが、逆に言えばフラッグ車を一点狙いする奇襲以外では格上喰いは難しい。だからこそ黒森峰側は継続得意の奇襲と狙撃を徹底して警戒している。故にこそ、初手での丘上確保と防御陣形の構築を優先した西住まほである。これで不意打ち一点突破の危険性はかなり減る。

 

 勿論、『行けば死にます』と書いているレベルの防御布陣に対して素直に突っ込んできてくれるのは知波単魂が溢れている知波単学園くらいである。そしてフラッグ車を守る陣を固めつつも、膠着と長期戦を望まない黒森峰側は、10両のうち3両によって索敵チームを組み、副隊長であるエリカを中心としての敵捜索・あぶり出しを狙っていた。

 索敵チームは黒森峰にとって攻めの駒であり、相手の動きを引き出すための囮であり、相手が隠れられる場所を徐々に狭めていく時間制限の役割もあるものだった。狙われた場合は敵を漸減しつつ、味方の来援まで耐えるのが役割である。そこで耐え切り、主力同士の戦闘になったならば、黒森峰の勝利。そうならず取り逃がしたとしても、一度姿を見せたならば潜伏箇所や方角はかなり絞れる。履帯の跡を辿る事も可能になるだろう。

 この場合の索敵チーム3両は、危険が高く、身を切る役目である。だが、索敵側にあまりに多くを割き過ぎると、いくら車両性能差があるとはいっても、本陣に全車両で攻め込まれた場合に数の差で押し負けるリスクが増え始める。索敵と本陣の3:7のバランスは、まほとエリカが何度も盤上演習や討論を重ねて導き出した数字であった。

 

「危険と思われる地点は頭に入ってるわね? ―――行くわよ!」

「「はい!!」」

 

 そして、エリカのティーガーII、そして赤星小梅のパンターG型を含む索敵チームが、丘の上に布陣する為に斜面を登り始めたフラッグ車を背景としながら、丘の麓から出発する。颯爽と―――などという前置詞を付けたいところだが、やっぱり不整地かつティーガーIIが居るので『ノロノロ』だ。幾ら頑張っても、『ノロノロ―――ッ!』でしかない。勿論、パンター2両はティーガーIIの速力に合わせている。

 

 一方、継続高校側の視線に立つと、この索敵チームは無視し得ない存在である。正面戦力に劣るゲリラ戦は、相手に居場所を悟られない事が肝要。逆説的に、試合区画という限られたフィールドの中で、隠れられる場所を虱潰しされていけば、継続が取れる選択肢は徐々に削られていく形となる。継続側が黒森峰の索敵をすり抜けて、既に索敵チームが調べた場所に潜り込もうにも、複数台の戦車がそんな動きをすれば相応に目立つし、痕跡も残る。

 そもそも、人間の目は『動いているもの』を捉えるのは得意であるが、『動いていないもの』を捉えるのは意外と苦手である。カモフラージュを被せてじっとしているという隠密作戦が有効な理由だ。相手が動かざるを得ない状況に追い込められれば、それは索敵チームの役割を十分に果たしているといえる。

 

 つまり、索敵チームが動いている限り、継続高校の選択肢は少しずつではあるが削られ続ける。正面決戦では勝てない以上、実質的な継続高校にとっての制限時間だ。どこかで誘いに乗り、火中の栗を拾わねばならない。しかし、そうして首尾よく索敵チームを撃破し得たならば、黒森峰の取り得る選択肢は大きく減って継続高校が勝利に近づくことになるというリターンもある。

 というより、リターンが見込めないならばミカほどの切れ者はそうそう食いつかない。切れ者を食いつかせるには、仕掛ける側にもリスクが必要だ。

 

 ―――いつ(When)どこで(Where)どのように(how)、継続高校が黒森峰の索敵チームに仕掛けるか。結局、この試合の最初のターニングポイントはそこに収斂する。まほが組み上げ、ミカが応ずる事になるこの試合の絵図は、玄人好みのジリジリとした読み合いの戦場となった。

 果たして、リスク・リターンを鑑みて、どのタイミングで継続が動くか。

 それでも相手の性格・特性上、黒森峰側が焦れてくるまで待つ長期戦になるだろうと踏んでいた黒森峰。しかし、その予想はあっさりと裏切られることになる。

 

 

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「―――さすが西住流、さすがおっかない」

 

 偵察に散った仲間たちからの無線報告を聞きながら、BT‐42の車長席にて、継続高校の隊長であるミカはカンテレを小さく鳴らした。

 狭苦しい戦車の車内でありながら、その挙動は非常に絵になる少女である。濃い亜麻色のセミロングヘアは薄暗い車内においても艷やかで、伊達に西住みほが黒森峰時代の試合で顔を合わせた時に『きれいな人だなぁ』という感想を抱いてはない。

 みほ自身は綺麗というより可愛いという系統の少女であるが、それでも逸見エリカや西住まほという『綺麗系』の美少女たちが近くに居る環境にあったみほがそういった感想を抱いた辺り、ミカと呼ばれているこの少女は独特の雰囲気と合わさって“絵になる”タイプだ。先程まで拗ねて怒ってプルプルしていたとは思えない。

 

「分かってたけど、向こうはまともに偵察戦する気は無いね」

「そりゃそうでしょ。その部分じゃ勝てないんだから」

 

 アキが各所からの報告を聞きながら地図を見て唸り、ミッコがあっけらかんとした表情で応じた通り、黒森峰は継続高校相手に偵察戦をするつもりが全く無い。正確にいえば、第一回戦でサンダースと大洗がやっていたような『探り合い』をするつもりが無い動きだ。実際、素早く散ったBT‐5やBT‐7は、一方的に黒森峰の動きを探り当てている。

 デカいわ遅いわのティーガーIIを索敵に送り出している辺り、もはや完全に確信犯。先に見つかって先手を取られることは前提で、そこからどうやって追い詰めて殴り倒すかに収束している。『さぁ撃ってこい』という意思が見え見えだ。

 

 勿論、重装甲大型車両が多い黒森峰女学園だが、必要となれば繰り出せる中戦車や軽戦車も何台も保有しているし、その気になれば強豪校の平均程度の偵察戦能力はある。穴が少ない総合力の高さと隊員の平均練度の高さこそ、王者黒森峰の長所である。

 だが、『強豪校の平均』程度で張り合ったところでどうにもならないほど、継続高校は偵察戦が強い。これは隊員の練度の差というより、車両編成と戦術志向の差だ。総合力で見るならば、黒森峰と継続の乗員練度はほぼ互角というところだろう。そもそもの話として、装輪車両というものは履帯車両に比べて低騒音で土煙の巻き上げも少ないので、練度どうこう以前に構造的に被発見性が低いのだ。

 代わりに安定性が低く、軟泥地などの踏破性にも難があり、そもそも装輪駆動では車体重量があまり大きくなると支えられないなどの問題点も抱えている。それらの理由もあり、装輪駆動はBTシリーズ以降の戦車からは淘汰され、装輪装甲車という若干別のジャンルで発展する事になる―――という話まで行くと、話が逸れ過ぎるが。

 つまり、最初から装輪形態になって偵察する気ぃ満々のBTシリーズの偵察能力は、とにかく高いのである。そして、装甲や火力が低いながらもそれらの車両を全国大会でも運用している継続高校は、当然のように偵察戦の経験値が特に高い。そうして情報量で勝った上で、適切にミカの奇襲やヨウコの狙撃を当てていくのが、練習試合などで強豪校相手に金星を拾う場合の勝ちパターンである。

 

「逆に正面戦闘ならこっちに勝ち目はないでしょ。……ミカ、どう? 偵察でティーガーII含めた3両が出てる間に、いっそ全車両を集めて相手のフラッグ車狙いとか」

「刹那主義は賛同できないな」

 

 そして、アキの言葉に対してミカが婉曲な物言いで拒否を返す。継続の得意分野が奇襲や狙撃を活かすための偵察戦ならば、黒森峰の得意分野は正面決戦だ。偵察戦では継続が圧勝するように、正面決戦ならば黒森峰の方が圧勝する。あの陣形に突っ込む事は、どう考えても自殺行為だろう。防陣を組んだ黒森峰の手に負えなさは、奇しくも知波単学園が第一回戦で身を以て証明している。

 『撃てば必中、守りは固く、進む姿に乱れなし』。西住流のこの理念と戦術思想は、重装甲車両を集めての正面決戦でこそ最大の力を発揮する。ミカのやり口とは、ほぼ真逆といってもいい。

 

 黒森峰の強さの根源は、パンターやティーガーなどの車両そのものの強さは勿論あるが、その力を十全に引き出す戦術あってこそ。ただ車両の強さに胡座をかいているだけの凡庸な相手ならば、同条件で10戦やれば9勝できる自信がミカにはある。

 ―――西住まほ率いる黒森峰女学園は、そうではない。隊員の練度や隊長の戦術力は、相性的なものを除けば、総合的にほぼ互角。そうである以上、車両そのものの戦力差がモロに出る。

 試合会場の地形の“引き”と、強豪校が強豪校たる強味を活かしにくいトーナメント序盤―――つまり車両上限数が少ない試合という運要素2つでは継続有利だが、そこまで含めても継続高校の勝率は10戦して1、2勝というところか。

 

「―――10回やって、1回か2回。だが、全く出ないほどの絶望的な数字じゃあないね」

「丘への突撃の成功率? なら、西から行くのがまだマシじゃないかな」

「私が言ったのは総合勝率だよ、アキ。丘への突撃をやったらゼロになる。西側は遮蔽が多くて近寄り易いように見えるけど、一度近付いたあとに速度を活かせるだけのスペースがない。行けば必ず全滅する」

 

 結局、フラッグ車をどうやって自分たちの前に引っ張り出すか、どうやって互いの駒を削っていくかの削り合いになると、ミカは互いの戦力を分析していた。

 後に『正史』の大洗が大会決勝でやったのも、最終的にはそのやり方だ。隊長車同士の一騎討ち。継続高校と大洗高校は、『乗員の質は高いが、車両数が不足』『車両がそもそも一部を除いて微妙な戦力』『隊長車の練度がとんでもなく高い』という点で共通項も多いため、必然的に勝ち筋も似通ってくる。

 そして、それらの2つの戦車道チームが黒森峰女学園という圧倒的な強者相手に勝つためには、なんとしてでもその形(一騎討ち)に持ち込む必要がある。西住まほのティーガーとの一騎討ちで勝利しうる可能性がある隊長車を可能な限り無傷で送り出し、なにがなんでも一騎討ちの形に持ち込ませて、他の車両は捨て駒になってでも他の敵を足止めする。フラッグ戦だからこそ出来る勝ち方だ。

 

 そして、大洗には最終的にはポルシェティーガーという戦力があり、それが正面を切って黒森峰の主力を何両も釘付けにする事ができたが、継続高校にはその手の『正面ガチンコ御用達』というべき切り札がない。

 敢えて言うならプラウダが快く貸してくれた(から拝借してきた)KV‐1は悪くない重戦車であるが、流石に開発時期的な問題から、ポルシェティーガーと同じ役割を求めるのは酷だろう。

 仮にKV‐1がティーガーII含めた数両と殴り合いでもしようものならば、間違いなく1分も保たずにボコボコにされる。そして多分、そのボコボコ状態のKVをそっと返却されたプラウダ、特に副隊長(ノンナ)辺りが静かにキレる二次災害が発生する。

 

「……風に吹かれて動くのは好きなんだけど、他人の思惑に乗るのはどうにも癪だね」

「ミカのひねくれ者」

「アキ、それは心外だ。そう見えるならば、それは見る人の心がひねくれているんじゃないかな? 人付き合いというものは、自分を写す鏡だともいうからね」

 

 カンテレを爪弾きながらの車長(ミカ)のひねくれた言葉に、しかしアキは内心で安堵する。飄々として掴みどころが無いが、戦車道やカンテレに向ける情熱、あと食い意地は凄いのがミカという少女だ。

 そのミカが操縦手(ミッコ)によるカンテレ(ウクレレ)弄りで珍しく本気で拗ねてしまったがゆえに、この試合になにか影響が出るのではと、アキとしては内心で危惧していたのである。

 どうやらその心配はなさそうだと安堵の溜息を吐くアキ。もっとも、会話の流れとタイミング的に、ミカやミッコからは呆れの溜息に見えただろうが。

 

「で? 思惑に乗るのが癪だって言ってたけど、思惑って多分あっちが偵察に出してる3両のことだよね?」

「うん。さっさと仕掛けてこいという露骨な誘いだ。でも、無視し続けてると徐々にこちらの選択肢が削れていって、最終的に詰む。癪だけど、思惑に乗って仕掛けざるを得ないね」

 

 その上で、黒森峰の主力級車両を上手く削れば継続の勝ち筋は大きく広がる。逆に戦力を削られ過ぎたり、丘からの増援が来るまで耐えられたならば、継続は負けに大きく近付く。

 であれば、いつ(When)どこで(Where)どのように(how)仕掛けて、相手の予想を上回るかが鍵となる。話の続きを目線で促しながらも、アキ自身は『ミカのことだから可能な限り遅らせて、相手の集中力を削ってから仕掛けるのだろう』という漠然とした予想を立てていた。

 しかし―――

 

「……今日は朝から、少しムシャクシャしていたんだ。前言を撤回するよ。たまには刹那主義も悪くないかもね」

「だからゴメンって!!?」

 

 ―――ミッコが泣き声だか鳴き声だか分からない謝罪の声を操縦席で叫ぶ。

 ウクレレの傷は深く、やっぱり微妙に影響はあった。ウクレレじゃないもの(カンテレ)を弾き鳴らしながらのBT‐42の襲撃は、まほやエリカが予想していたよりもかなり早期のものとなり。ミカの心理的な“ブレ”に起因する襲撃タイミングのズレは、結果として黒森峰女学園の心理的な隙を突くこととなったのだった。




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