西住家の少年   作:カミカゼバロン

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西住姉妹とエリカが幼い頃に遭遇していたのは、『もっとらぶらぶ作戦』の内容より。


少女、言葉の爆発物を投げつける

「宮古先輩、隊長居ました!」

「よし、確保! 判決有罪! 罪状は、なんか恨みつらみ色々思いつくけど、とりあえず無関係の俺を関係者席に置いたこと!」

「む。エリカ、修景」

 

 夕焼けの野原の中に引かれた、小さな道。試合終了後の各学園艦の待機スペースの近く。

 恐らくみほに会いに行ったのだろうとアタリを付けた修景とエリカはダッシュでそちらへ向かい―――ちなみにエリカの方が足が早かった―――上機嫌で、ただし鉄面皮なのである程度付き合いがないと分からない表情で歩いていた西住まほを発見していた。

 捕獲とでも言うように、弟が後ろから姉の制服の後ろ襟を掴む。歩行を強制的に止められた姉は不満そうに後ろを振り向き、弟と副隊長を視野に入れた。

 

 なお、判決だの裁判だのと言えば。4月以降に姉と妹とエリカを中心とした戦車道女子とよく連絡を取り合っている修景は、一度それがバレて男子校的なノリの学級裁判で有罪判決を食らっている。読み上げられた罪状は―――全部。魔女裁判ですらもう少し何か取り繕うだろう判決を経て、なんやかんやの末に執行猶予状態だ。

 何が執行されるのかは分からないが、とりあえず裁判員の要求は戦車道女子との合コンとかその手のイベント目当てなのは明らかなので、裁判員も決定的な行動には至れずに修景と睨み合いになっている。なお、この辺りの修景の学生生活は現状で本筋には死ぬほど関係ないので割愛する。

 

「お前な。舞い上がるのは良いが、そろそろ落ち着け。関係者席に無関係者置いてくとか、仮に大事にはならなくても逸見さんも怒られた可能性のある案件だぞ」

「……む」

 

 そして、呆れたように手を離しながら修景が告げた言葉に、舞い上がり気味だった西住姉の表情が引き締まる。なお、この変化もやはりある程度の付き合いがないと分からない。

 言われた言葉に黙考し、数秒。まほはエリカに向き直り、頭を下げた。

 

「すまない、エリカ。些か舞い上がって考え無しに動いてしまった」

「あ、いえ。頭を下げられるほどでは……。それに、考え無しに暴走したと言うなら、戦車喫茶での私もそうですし」

「……そういって貰えると助かる。どうにも、転校するまで追い詰められていたみほに気付けず、何もしてやれなかった負い目が―――……いや、エリカにする話ではない、か。本当にすまない」

「いいえ。確かに私はあの子に対してまだ怒っていますが、姉である隊長が妹であるみほに会うのも気遣うのも、むしろ正しいことだと思います。関係者席の件は、以後気をつけて頂ければ……」

 

 西住まほという隊長に対して、ツッコミやスルーなどの芸当を覚えながらも、エリカが抱いている感情の根本は尊敬と心酔に分類される。心から尊敬する隊長に頭を下げられ、告げようと思っていた苦言も控えめになるエリカである。

 対して、まほに対して遠慮容赦が無いのは修景だ。『しょうがないなぁ』とでもいうように舌鋒が緩むエリカと入れ替わるように、皮肉げな笑いと共に姉に対して声を向ける。

 

「俺の方は頼まれた屋台惣菜買ってたら居ないわ、他で観戦するからって事で放置されたわで、色々恨みがあるからなぁ。逸見さんみたく簡単には許さねぇぞぉ?」

「……む。まぁ確かに、今回は私が悪いが」

「だろ? まぁとりあえず貸し1つな。そのうちなんか要求するわ」

 

 喉を鳴らすような笑い声と共に告げられた弟の言葉に、姉は肩を竦めるのみ。了承という事だろう。

 その姉弟のやりとりを見ていた逸見エリカは、控え目な声で苦言を呈した。まほに対してではなく、一緒に行動していた修景の方に対してだ。

 

「……あの、宮古先輩。今回は私も先輩が関係者席で観戦することの問題に、途中まで気付かずスルーしてしまっていましたから……。その、御姉弟の関係に口を挟むのも躊躇われますが、お手柔らかに……」

「ふむ、エリカは私の味方か」

「えー、逸見さん俺と一緒に被害者組じゃねぇのかよ。まほ相手に、せめて夕飯オゴリでもせびろうぜ」

「ですが、先輩。先輩と隊長の間で発生する諸問題の加害・被害率を見ますと、何かあるごとに食事を要求していたら隊長のお小遣いが……」

「ふむ、エリカは私の味方だと思ったら実は敵だったか」

 

 『隊長が修景に対して、天然その他の理由で被害を与えまくっているのでは』と、言外に心配する副隊長。味方かと思ったが実はお前敵だろと、無自覚の言葉のナイフで背後から『(タマ)ァ取ったるわ』とばかりの急所攻撃を繰り出すエリカに、まほは内心で戦慄する。

 このままでは隊長としての威厳がという焦りと、そしてまだまだ付き合いが浅い故に見えていない事実の指摘として。小さく溜息を吐いて、西住まほは目の前の副隊長に指摘の言葉を返した。

 

「エリカ。お前の見ている前では案外ボロを出さないが、こいつ(修景)が加害者で私が被害者になる事も結構あるんだぞ」

「は、はぁ。具体的にはどのような?」

「……中学の頃か。こいつの学園艦の文化祭で、クラスで屋台を出すとか騒いでいて。3年生も半ばを過ぎて、戦車道の中学生大会も終わり、1年や2年の頃に比べれば時間が取れた身だった時期だ。日程の都合が付いたので、一度弟の文化祭という物を見に行ってやるのも良かろうと見に行ったら」

「見に行ったら?」

「クレーンで屋台を釣る羽目になった」

「………………金魚釣りにしてはスケールが違くないですか?」

 

 前後の説明をほぼカットして告げられた、普通は繋がらない単語を繋げたキメラな文章に対し、エリカが理解を超えたようで論点のズレたツッコミを返す。

 その様子に、まほは溜息。事情を説明せねばなるまいと、加害者()に対して恨みを込めたジト目を向けながら言葉を続ける。

 

「『おっしゃ都合の良い所に来やがった』などと言われ、問答無用で学園艦所有のクレーン車の運転をさせられたんだ。戦車関係の免許を色々取る時に、確かに重機も少し齧ったが……」

「いや、免許とか持ってる奴がちょうど居なくてな。つか、3年近く前の事だろ。根に持つなーお前」

「誰か気付け。デカく作りすぎて通用門を通らないから、割り当てされた位置まで持って行けないなど……。なぜ私は弟の学園艦の文化祭でクレーン車の操縦をして屋台を吊り上げているのだろうと、人生を哲学的に考えたぞ」

「いやマジ似合ってたって、まほ。お前、クレーン車で屋台吊るためにこの世に生を受けたんじゃないかってくらい。な? 機嫌直せよー、絵になる女だよー、姉」

「とりあえず『似合ってる』だの『絵になる』だのと褒めれば女の機嫌が取れるというのは幻想だ。そんな限定的な人生の用途を奨励されて機嫌が直るとでも思っているのか弟」

 

 ―――2年と半年ほど昔。宮古修景と西住まほが、中学3年生だった頃。そして、逸見エリカと西住みほは、まだ中学2年生だった頃。

 本人の言葉通り、比較的時間が空いていたまほは、初めて弟の学園艦を訪れた。そしてクレーンで屋台を吊った。前後の文脈と説明が無い場合、文章や単語、或いは正気の欠落を疑われる内容である。

 実際に男子校学園艦の文化祭は、血管キレてるのではないかと西住長女が若干引くテンションであったので、正気部分は少し怪しい。悪乗りでリミッターを解除して、一時的発狂状態になったようなテンションが全体に蔓延していた。

 

「み、宮古先輩。一回部分的にバラして外に出してから組み上げるとかは出来なかったんですか?」

「いやー、いろんな技術持ってるやつが変なテンションで好き勝手にゴテゴテ色々追加してたキメラ進化遂げてたからなぁ。多方面からの襲撃(来客)対応(接客)するため、可変機能とか付けたけどアレ普通に客に正面回ってもらったほうが早かったし、取り外そうとしたら自壊するレベルでフレームから弄ってたし」

「かへんきのう」

「取っ手をぐるぐる回すと、中に組み込まれたギアで屋台上部の店部分が回転座椅子みたいに回転するのと、別の取っ手を回すと雨天対策に屋台の前の客並ぶスペースをカバーするように屋根がスライド展開したりする機能。ただ、人力で動かす関係上でギアはトルク重視で組まなきゃイカンし、必要なギアの数も多くなるわで恐竜的進化で屋台そのものが巨大化して」

「ぎあ、とるく」

「相当根性入れて回数回す必要あるから、接客と並列でやると接客が疎かになるんでな。陸上とかラグビーとかサイクリングとかそういう部活の連中に声かけて、手で回すんじゃなく足で回すほうが効率良いわと、誰ぞが捨てる予定だったとかいう廃棄寸前の自転車の廃品利用で取っ手と連動(コネクト)カマして、屋台の中で自転車を漕ぐと屋根がスライドしたり屋台が回転座椅子みたいに回る仕様にした」

 

 思い出深そうに『うんうん』とばかりに頷く修景。対するエリカは脳が発言内容を理解するまでに時間がかかったようで、舌足らずな調子で言われた内容の中でも引っ掛かった部分を鸚鵡返しに呟いている。

 ジト目で弟を見る姉と、感慨深そうな弟。その2名を見比べながら、エリカはどこか納得したように呻いた。

 

「先輩たまに常識を地面にダンクしてから虚数方向へダッシュしますよね。片鱗は何度か見てますけど……」

「体育会系のガタイの良い男子生徒が爽やかな汗を流しながら、たこ焼き作ってる後ろで自転車漕いでるんだぞ。そして、その漕ぐスピードに合わせて屋台が回るんだ……」

「本当ならチャリンコは2台並べてツインドライブにしたかった」

「お前らは何を作ってるんだ……!!」

 

 弟の学園艦の文化祭を見に行ったら、屋台というのも憚られるブツをクレーンを操縦して吊り上げる事になった西住流長女が、恨みの籠もった呟きを口から漏らす。

 なお、西住まほという少女は確かに絵になる人物であり、修景少年の姉である美少女の存在を知った周囲の男子生徒達は姉を紹介して欲しいと修景に頼んで来たりしたのだが、そこは彼が当のまほに漏らしていないので伝わっていない部分である。

 

 ちなみに。

 基本的にこの姉弟、姉が天然や暴走をカマして弟へと被害を齎す事も多いが、弟が悪ノリや暴走をカマして姉に被害を齎す事も少なくないため、基本的な関係性は「フォローする人、される人」ではなく「被害のクロスカウンター」である。妹関係の時は音速で結託するが。

 彼らの実態を知っている西住母は「修景も妙な所であの子に似るわね」などと納得混ざりに頷いていたが、もっと実態を知っている―――正確に言えば学生時代の西住母と宮古母を客観的なポジションで知っている井手上菊代さんからすれば、曰く「血は争えませんね。どっちも」との事である。聞いたしほが珍しく顔を青くして他言無用を頼んだ案件だ。

 西住しほ、恋愛パンジャンドラムは伊達ではなかった。学生時代のエピソードについては、当人的に抹消したい黒歴史も色々とあるようである。

 

 母世代から続く遺伝子レベルのノーガードクロスカウンターはさておき、少なくとも修景の文化祭に関しては、まほが被害者側だ。

 ブツブツとぼやきながらも、まほは先に立って歩き始める。修景に捕獲される前同様に、大洗の待機場所へ向かう動きである。

 

「とにかく、修景。お前はみほにまだ会ってないのだろう? ついでだ。一声くらい掛けてこい。エリカは―――どうする? 気持ちの整理はどうだ?」

「大会でぶつかったらギッタンギッタンにぶっ飛ばしてやろうとは思ってます。多分、あの子と言葉を交わしたら冷静になれないとは思いますので、退散して遠くで待ってますよ」

「……すまない。気を使わせる」

「あー。悪い、あんま待たせないようにするわ」

「いいえ、お構いなく。あ、でも隊長、ヘリの鍵はくださいませんか? 荷物回収ついでにヘリで待ってますので」

 

 そして西住姉とその弟に謝られたエリカは、苦笑いをしながら小さく肩を竦める。

 西住みほという“元親友”に対する敵意は変わらずに存在する一方で、彼女と家族の間柄は良好であってほしいと願っている自分の感情に、本人自身もどこか可笑しさを感じているようだ。

 

 ―――『自分だけの戦車道』。

 ダージリンに言われた内容。ケイが語った、“正史”では鼻で笑った内容。それらを受けて、彼女なりに思うところがあったのかもしれない。

 

 『ギッタンギッタンにしてやる』という戦意と敵意は一切減ずる事なく持ったまま、しかしその方向性が定まらずに暴走していた時とは違い、周囲との関係性の変化と受けた影響から戦意と敵意に方向性が付き始めている。

 『私は何も言わずに置いていかれるほどに、貴女にとって軽い存在だったのか』という慟哭にも似た親愛と裏返しの敵意を、「戦車道」という枠組みの中で全力で叩きつけ、相対と返答を求めるという方向性が。

 

 元より、逸見エリカという少女にとっての「戦車道」は、「西住」と切っても切り離せない。当人達すら覚えているのかいないのか、幼い頃に戦車で遊んでいた西住姉妹と、まだ戦車に興味を持っていなかった幼い頃のエリカが出会っているというのだから、運命レベルで筋金入りだ。

 故に、ダージリンに言われたような『自分だけの戦車道』を探すならば―――まほの戦車道を軸とした形にするにしろ、それ以外の形を模索するにしろ、西住みほという少女との相対こそが鍵となると。そこまで明確に言語化出来ているわけではないが、エリカは本能レベルで感じていた。

 ―――この変化が、全国大会の決勝においてその試合の流れに大きな“うねり”を齎すのは、まだまだ先の話。全国大会という期間において、宮古修景という少年の存在が間接的とはいえ発生させた様々な変化が、試合の流れそのものに直接影響するのはその一戦ただ一つ。様々な影響は、つまりはその一戦に収束する事となる。

 

 しかし―――

 

「んじゃま、サクッとみほに挨拶して戻るか。あー、写真とか撮れるかなぁ」

「勝利記念に、大洗のチームの撮影か?」

「いや、大洗と待機場所近い筈のサンダースの隊長さんがまだ居たならば是非とも。生足が写るように」

「修景、恥ずかしいからその男子校ノリやめろ」

「宮古先輩、もはや先輩相手にこの単語を何度言ったか分からないのですが、セクハラです」

 

 ―――現時点では、その流れは誰にも分からず。ある意味では変化の“起点”となる宮古修景という少年は、並んで歩く姉と後輩にジト目で突っ込まれ、『うぐっ』と気まずそうな声をあげるのみ。

 それでも何か反論しようと口を開きかけたところで、しかし歩きながら会話していたが故に、いつの間にか随分と近付いていた大洗女子の待機場所から、何事か声が聞こえてくる。

 

「麻子さん!?」

「何やってるのよ麻子!?」

「……泳いで行く……!」

 

 その声の主―――修景らから見えたのは、大洗の『あんこうチーム』の面々。つまり、西住みほが隊長を務める車両の搭乗員達だ。

 その中に元親友(西住みほ)の顔を認めて、エリカが『しまった』とでも言うべき表情を浮かべたのも束の間。小柄な黒髪の少女―――冷泉麻子が、靴と靴下を脱ぎ捨てたのが黒森峰の隊長副隊長+1名の目に映る。

 

「……勝ったからって、テンション上がってひと泳ぎするつもり?」

「いや、そういう空気じゃないぞ。何事だ、あれは」

 

 麻子を必死に止めようとしている周囲の少女たちと、ただごとではない様子で彼女らを振り払おうとする麻子。やはり大洗に隔意があるのか、懐疑的な意見を呟きながら、眉を顰めたエリカ。その横で、そのような浮かれた空気など一切ない緊迫感を感じ取ったまほが、緊張感を帯びた声を発する。

 何を思ったか、麻子は靴と靴下どころか制服も脱ぎだそうとして、周囲に止められる有様だ。切羽詰まった表情に、浮かれた要素は欠片もない。むしろ焦燥から冷静さを失っているようにすら見える。

 

 まほは幸い、『あんこうチーム』の面々とは悪くない形で面識を持っている。なにかトラブルが起きたならば、状況を聞くべきか。しかし、エリカは彼女自身も言っていた通り、みほとは顔を合わせにくいだろう。

 どうするべきか。黒森峰の隊長にして、西住家の長女が逡巡し―――

 

「……生足」

 

 ―――とりあえず、麻子の足を見て脳から直接出力したとしか思えない感想を呟いた横にいる弟に向けて、肘を叩き込んだ。走る際に腕を振るような要領でブチ込まれた右肘は、身長差もあって修景のみぞおち辺りにクリーンヒットする。

 

「おフッ……!!」

「お前空気読め弟。エリカ、コレの処分を任せて良い?」

「え、嫌ですよ私。この暑いのに……」

「おい待て逸見さん、寒ければ良いのか……!!」

 

 身体を『く』の字に折るようにして悶絶する修景を挟んで、どうしようもない押し付け合いを開始する黒森峰の隊長と副隊長。

 別に隠すわけでもなく声と物音を立てていたので、どうやら『あんこうチーム』の面々も黒森峰側に気付いたようだ。

 

「お姉ちゃん!? お兄ちゃんと、エリカさんも……」

「……みほ、何事だ?」

「あの、麻子さんのお祖母ちゃんが、倒れて、病院にって……! 今、電話が……!」

「落ち着いて麻子! 学園艦まで泳いで行けるワケ無いでしょ!? 華、撤収の段取りを会長に聞いてきて! 私は麻子を押さえてるから―――っ!」

 

 とはいえ、気付いてもそちらに反応したのはみほと、目礼をした華くらい。沙織と優花里は二人がかりで麻子を止めており、麻子はそもそも黒森峰勢+1に気付いたのかすら怪しく、なんとか沙織と優花里を振り払おうと暴れている。

 沙織が大慌てで指示を飛ばし、まほが聞いた内容から状況を理解・推察し。何か言おうと口を開く前に―――しかし、別の動きと音が先に来る。

 

 パァンと、甲高い音と共にみほの身体が小さく揺れる。まほの横を走り抜けるように前に出たエリカが、怒りの表情のままに平手でみほの頬を張ったのだ。

 西住姉妹含め、その場の全員が思わず硬直する。一瞬後に状況を理解した沙織が、麻子を押さえながらもエリカに怒りの目を向けた。そして、『そんな事している状況じゃない』と怒鳴りつけようと口を開いた彼女だが、その前にエリカの声が響き、沙織は言葉を止めることになる。

 

「しっかりしなさい! 貴女、去年まで黒森峰に居たんでしょうが! ヘリあるのは知ってるでしょ! オロオロする前に隊長に連絡するとか―――ああ、もう良いわ! イライラする!」

「え、あ、エリカさん……」

「隊長、鍵ください! ヘリ持ってきます!」

「……そうだな、それが良い。頼む、エリカ」

「はい! ―――宮古先輩、段取りお願いします!」

「ん、了解」

 

 全力でハタきに行ったというわけではない、気付けの一発。頬を張られたみほが目を白黒させる前で、エリカはまほに声を掛けて黒森峰所有のヘリコプターの鍵を受け取り、修景にも一声掛けて走り去った。

 本人の言葉通り、黒森峰女学園の所有するヘリコプターの置き場所へ向かうのだろう。その背を大洗の面々が―――泳いで行くと主張していた麻子すらも、呆然として見送ってから。場の空気を総括するように、エリカから段取りを任された修景が2,3度と手を打ち鳴らす。

 

「ハイ注目。とりあえず、大まかな事情は分かったんで、逸見さんの言う通りヘリあるならそれに頼る感じで。まほ、操縦どうなってんだ?」

「ああ、それはエリカが免許を持っているから担当して貰った」

「んじゃそのまま逸見さんに任せて大丈夫、と。学園艦所有のヘリなんだったら、使用に関しては黒森峰側に連絡要るよな。そっち任せた」

「分かった。こちらは問題が無いように手配しておく」

 

 そして、修景の指示を受けたまほが、スマホを取り出して少し離れ、電話を開始する。学園艦所有のヘリを動かすのだから、連絡先は黒森峰の職員か。

 正しい意味で打てば響くという調子で話を進めるみほの姉と兄。妹絡みの結託モードだ。そうではない場合、クロスカウンター的な意味での『打てば響く』が発生する。

 

 ともあれ、今度はその流れに思考が追いついていない様子の大洗の面々へと、修景は声を掛ける。

 知らなかったとはいえ家族が倒れて大変な事になっている人に『生足』という感想を発言した申し訳無さが2割程度、エリカから場を任されたという責任感が同じく2割程度混ざっているが、元より宮古修景という少年が、事情を知ったならばこの状況を放置できる性質の人間ではない。

 加えて彼自身、何かしらの突発的なトラブルへの対処能力は高い部類だ。動き出しに迷いは無い。

 

「次、大洗側。挨拶とか抜きで話進めるけど、病院の名前教えてくれ。ヘリの発着に関しては大洗の学園艦に先に連絡入れとかんと、着陸場所も決められんだろうし。出来るだけ病院の近くの場所に降りれるように話を進めたい。逸見さんが来たらすぐ動けるよう、学園艦の方に連絡して段取りしとこう」

「……お兄ちゃん。その、エリカさんは―――」

「うむ、平手が飛んだのは驚いたが、まぁ今回ばかりはヘリのレンタル料という事で許したってくれ。俺からも後日『暴力はダメ』と言っておくが、当座は後回しで頼む」

 

 理解が追いついていない様子のみほが発した言葉については、修景の側から一旦ストップ。彼はそのまま視線を巡らせ、靴と靴下を脱ぎ捨てたままの、男子高校生としては微妙に目のやりどころに困る格好になっている麻子へと声を掛ける。

 

「冷泉さん、だよな。病院の場所とか―――いや、こういう時には当人は冷静になれないか。誰か冷泉さんと親しくて、事情とか分かる人居る?」

「あ、私分かります! 麻子のお祖母さんが通ってる病院も!」

「ナイス武部さん。何人も乗れないだろうし、ヘリは冷泉さんと武部さんが乗ってく感じで。そんじゃ、学園艦に連絡して段取りしちまうから、病院の名前と住所教えてくれ」

 

 『あんこうチーム』の中では、みほに次いで修景との接点が多い沙織が手を挙げ、修景が軽く手招き。まほ同様に面々の輪から少し外れた所でスマホを取り出す。

 所々で沙織に質問をしながらも、手早く大洗の学園艦を管理する部署・職員へと繋がる電話番号を調べ、電話を開始。端的に要件と事情を説明する流れに淀みは無く、学園艦という大所帯を管理運営する職員(受け手)側の慣れもあってか、ヘリでの送迎の段取りがトントン拍子に決まっていく。

 

「……いきなり平手打ちが来た時には、この状況で戦車喫茶での言い争いの続きを始めるつもりかと思いましたが。どうやら、今回はあの方に頼らせて頂くしかないみたいですね」

「冷泉殿、ヘリが来る前に持っていく私物があるなら纏めておいた方が……。あ、それと靴と靴下も履いた方が!」

「……うん」

 

 華が困ったような声をあげ、優花里が脱ぎ散らかされた靴と靴下を麻子に差し出し、受け取った麻子が未だに困惑した様子ながらもモソモソと靴下と靴を装着し始める。

 そして、みほは周囲の面々の反応を見てから、泣きそうな顔で小さく呟いた。

 

「ご、ごめんなさい。そっか、お姉ちゃんに連絡すればヘリって手が……」

「いえ、混乱して思いつかないのは無理もないかと。それに、黒森峰とみほさんの関係は伺っています。……それに、戦車喫茶でああまでやり合ったあの方が、真っ先に動いてくださるなんて……」

「これも戦車道よ。……などと、本当はエリカには私が示すべきだったのだろうけど」

 

 思わず自責で落ち込んでいくみほ。その自責を横合いから華がフォローしていた所で、苦笑交じりのまほがスマホを懐に仕舞いながら戻ってきた。

 彼女に対し、華は居住まいを正して丁寧に一礼する。

 

「ありがとうございます。なんとお礼を申し上げたら良いか……」

「今も言った通り、これも戦車道よ。……戦車道というのはただの競技ではなく、礼節や淑やかさ、慎ましさなどの精神性を育てる武道でもあるのだから―――こういう時に助け合うのは当然のこと」

 

 小さく頭を振って、まほは華の言葉に応じ―――しかし目線は、妹であるみほの方へ。困ったような、優しいような、そんな目を向けながら言葉を紡ぐ。

 

「……エリカが怒っていたのは、“また”頼られなかったと思ったからだと思う。今回は焦って思いつかないのも無理もないし、手を出すのは頂けないけど」

 

 なお、数分前に弟相手に肘を出したことはおくびにも出さない。

 

「でも、あの子が自ら助けようと動いたという事は、忘れないであげてほしい。……今すぐは無理でも、ちゃんと向き合って話せる時が来ればいいと思う」

「……うん」

 

 不器用に、言葉を選びながら話す姉。同じく不器用に、言葉少なに頷く妹。

 その西住姉妹の声をかき消すように、遠くからヘリの羽音が響き始め、黒森峰学園の校章が機体にプリントされたヘリが姿を現した。

 

「……これ以上は蛇足だな。一回戦、勝利おめでとう」

「……ありがとう。お姉ちゃん」

「……ん」

 

 降下してくるヘリを見ながら、西住姉妹はその会話を終わらせる。

 大洗は一回戦を終えて学園艦へと撤収し、黒森峰は二日後の試合までこの辺りに滞在する。姉妹の次の直接対話は随分と先の話になるが―――この時、両者は小さく笑いながら、家族の会話を終える事が出来たのだった。

 

 

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 ヘリのプロペラの羽音で会話もままならない中。それでも謝意を示そうと、麻子と沙織は友人の姉に対して深々と一礼してからヘリに飛び乗った。

 搭乗口が閉まり、ロックが掛かると同時にヘリが上昇を開始する。地上から心配そうに見上げてくる友人たちが、沙織と麻子の視点で見るとどんどん小さくなっていく。

 

「……麻子。大丈夫だからね。お兄さんが段取り過程で病院にも電話してくれたけど、少なくとも命に関わるとかじゃないみたいだから」

「……ん」

 

 座席に座りシートベルトを閉めながら、沙織は隣に並んで座る幼馴染へと安心させるように声を掛ける。

 感情が表に出辛い冷泉麻子という少女が、ああまで取り乱すのは珍しい。しかし、幸いにして今はある程度落ち着いている。

 

 なお、患者の家族以外に患者の状態を伝えるのは当然ながら不味いのだが、電話口で『今、ご家族がヘリで行きます』という内容を伝えられてぶったまげた病院側が、『え、命に関わる病状ではないのですが……』などと修景相手に口を滑らせた形だ。

 麻子も最初に電話を受けた際に同じような内容を伝えられていた筈なのだが、お祖母ちゃんっ子の麻子は心配と驚愕で頭が塗り潰され、冷静な彼女らしからぬ事として、その部分が頭に入っていなかった様子である。

 

 そうして、一番の懸念である麻子の祖母の容態が、未だ心配ではあるものの最悪の事態ではないと分かったならば。次に沙織が気になるのは、麻子でも自身でもない、機上の第三者。

 多芸なことにヘリのパイロットも務めている逸見エリカ。―――抽選会の日、戦車喫茶で沙織や麻子と派手にやり合った少女だ。

 

 一連の経緯から、エリカ相手には怒りと隔意のないまぜになったようなものを自覚している沙織であるが。その一方で、彼女こそが真っ先にヘリの使用を言い出して、大洗の面々を助けようとしてくれた事も事実であり、どう声を掛けて良いのか分からないというのが正直な評価である。

 しかし、大洗の学園艦の地理など、エリカも細部はわからないだろう。修景が学園艦側とやり取りして決めたヘリの発着ポイントを伝えるためにも、どこかで言葉は交わさなければならない。

 であれば後でも先でも同じだと、ヘリ内部でも響くプロペラ音にかき消されないように、沙織は意を決して大声でエリカに話しかけた。

 

「あの! ……ありがとう。麻子の為に、ヘリまで動かしてくれて」

「……別にその子の為じゃないわ。これも、戦車道でしょ」

 

 戦車喫茶の一件から噛み付くような返答を覚悟していた沙織は、どこか歯切れが悪いエリカの言葉に首を傾げる。

 否、歯切れが悪いというより―――今の逸見エリカという少女の声音は、どこかバツが悪そうなのだ。お喋り好きで他人の機微に敏い沙織は、エリカのその様子を敏感に感じ取っていた。

 

「……何か気になるの?」

「……………。伝言、届いてなかった? 宮古先輩から、みほを通して、貴方達に」

「……あー、と。アレね」

 

 戦車喫茶での一件の後、抽選会の夜に同じビジネスホテルに泊まった修景とエリカは会話を交わしている。その際に、エリカはみほ“以外”の『あんこうチーム』の面々に対しては、伝言を介してだが控え目な謝罪を送っていた。

 一応、それ自体は届いてはいたのだが、

 

「ごめんなさい。正直、額面通りに受け取れなかった。お兄さんかお姉さんに何か言われたから送ってきたんじゃないかって」

「無理も無いわよ。貴方達にぶつけたのは、私がみほに向ける怒りのとばっちりだもの。そんなもの初対面で向けてきた相手に、伝言越しで謝られてもね」

 

 エリカ自身の感情の整理がついておらず、伝言越しの謝罪。加えて、みほ当人への謝罪は無し。故に大洗側も、彼女の謝罪を額面通りに受け取れず―――唯一みほだけは、エリカの擁護に回っていたが―――今に至るわけだが。

 当の逸見エリカは、ヘリの操縦という業務に集中するために前を向いたままである。しかし、それでも非常にバツが悪そうなのが表情を見ずとも声音だけで伝わってくるような様子で言葉を続ける。

 

「でも、悪いと思っていたのは本当。みほに対して怒っているのも本当。……あの子をギッタンギッタンにやっつけるのを止める気は無いけど、貴方達にはとばっちりを受けさせたな、って。これで罪滅ぼしになるとは思えないけど……」

「ううん。こっちこそ、素直に受け取れなくてごめんなさい。……でも、みぽりんの事、まだ怒ってるの? 黒森峰が十連覇を逃したって……」

「十連覇とかはどうでも良いの。……私があの子に怒ってるのは、また別のこと。色んな理由があって、私も全部整理が付いてるわけじゃないけど。でも、どれにしても貴方達には良くも悪くも無関係な話。貴方達相手にあんな言い逃げをしたんじゃ、みほを責めてた先輩方と変わらないって―――宮古先輩に言われて、気付かされたわ」

「……そっか」

 

 言われた言葉に、沙織は小さく応じるのみ。逸見エリカという少女が抱いている西住みほへの敵意に対し、思うところが無いと言えば嘘になる。もし、エリカがみほ相手に喧嘩腰の言葉を向けたならば、沙織はその時は再度みほ側に立って論陣を張るだろう。

 しかしその一方で、逸見エリカがみほに抱いている感情は複雑で、悪意や敵意“だけ”ではないというのも、彼女の言葉を聞いた沙織にはなんとなしに感じ取れた。故に、沙織が選んだ選択は保留。小さく溜息を吐き、話題を意図的に少しズラす事。

 

「伝言受けた時もお兄さん経由だったけど―――お兄さんと、仲良いんだ?」

「……どうなのかしら。でも、ホテルで先輩から言われなければ、貴方達にまだ理不尽な怒りを向けていたかもしれないわ」

「ステイ」

 

 そしてズラした先で出てきた文言(爆弾)に、思わず沙織はストップをかける。

 エリカは決して口達者な方ではない。だが、それはそれとして言葉選びが不味すぎた。『抽選会の夜に、同じビジネスホテルの別の部屋に泊まった』という内容が、単語の欠落から、解釈次第ではとんでもない内容になる発言に化けて出たのである。

 恋愛大好きの沙織であるが、唐突に投げつけられた爆弾発言に対し、恋バナに食いつくと言うよりは恐る恐るといった様子で確認にかかる。

 

「……お、お兄さんと……ホテル、行ったの?」

「え? ええ。一泊だけだけど」

「うわぁ……」

 

 年頃の男女がホテルで一泊。

 この内容に対し、恋愛的というよりは肉体関係的なものを想像したのは、恋愛脳の沙織が悪いのか、はたまたエリカの言葉選びが悪いのか。

 

(―――みぽりんの実家周り、どんだけ人間関係複雑骨折してんの!?)

 

 恋に恋して舞い上がるどころか、気分は爆発物処理班である。恋は恋でも女の子が憧れる恋愛のステージをカッ飛ばし、いきなり慎ましさの欠片も無く肉体関係を暴露された(※誤解)沙織は存分に混乱する。

 

「……おばあ……」

(あ、うん。麻子聞いてない! これ聞いたの私だけか! 聞きたくなかった!)

 

 ―――婚活戦士ゼクシィ武部改め、爆発物処理班ゼクシィ武部。

 何故このタイミングでこんな話をしたのか含め、エリカと修景に事実確認をせねばなるまいと覚悟を決める。友人のご実家回りの問題の状況へ向かい合う―――というか相手方の暴露で向かい合わされる沙織の心境は、恋バナに飛びつくのとは全く違う、『妙な噂が流れないようにしないと……』という悲壮感溢れるものだった。

 

 後に逸見エリカ、冷や汗流しながら真顔で語って曰く。

 

『私の発言から来たあの勘違いを操縦中に言われていたなら、ヘリ墜ちてたかも……』

 

 危機一髪であった。




この勘違いの顛末はまた次回。

次回更新予定は一週間後です。

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