基本、5000~6000文字くらいで軽く摘めるスナックくらいの軽さの話を目指している私としては少し珍しいかも。
「……みほ……」
「……お姉ちゃん……」
西住まほは、妹を相手に紅潮した顔を見せていた。いつもの鉄面皮が薄く赤く染まり、呼吸は早く、そして荒い。目には涙が薄く浮かび、潤んでいる。
いつもの怜悧な鉄面皮ではない。姉らしくない表情だ。
―――まるで、恋する乙女のように。
「……私はどうしてしまったんだ。胸が締め付けられるように苦しいんだ」
「……お姉ちゃん、それは……」
みほはそんな姉に対し、沈痛な表情で結論を告げた。
「食べ過ぎじゃないかな」
「やはりか」
全国大会一回戦前。サンダース大附属がその有り余る財力を投入し、食堂車からヘアーサロン車までなんでもかんでも派遣して作り上げた、選手用の休憩所。
そこで、『なんでも好きなもの食べていってよ!』というケイの言葉をあるがままに受け取ったまほが、メニュー豊富なサンダースの食堂車で本当に色々と注文して食べた結果の惨状であった。
胸もそうだが、むしろ腹が締め付けられるように苦しい。
余り深く呼吸をすると吐きそうであり、自然に息が浅く早く、つまりは荒くなる。ついでにその関係で顔も赤かった。
そんな姉妹の寸劇を見たケイ―――サンダース大附属の隊長を務める、ナイスバディ&柔らかそうな金髪ロングの、アメリカンなノリと雰囲気の少女は腹を抱えて大爆笑。
ヒィヒィと悲鳴を上げ、地面に突っ伏して『助けっ……ヘルプ……っ!!』などと震えながら、虚空に手を伸ばしている。
『お、出番か?』とでも言いたげに救護車から顔を出したサンダース大附属の生徒が、何故か期待にあふれる表情でAEDを取り出した。それは心肺蘇生に使うものである。
さて、何故このような
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試合開始前に大洗女子の面々はサンダース大附属に食事に招待され、何故かヘアーサロン車まであって、しかも何故かそれが繁盛しているという、超リッチ学園艦の派遣設備を潤沢に利用した一角へと案内されていた。
『オッドボール三等軍曹』という偽名でサンダースに潜入していた秋山優花里が、サンダースの隊長であるケイにフレンドリーに声を掛けられ、怒られるどころか逆に『あの後、大丈夫だった?』と心配されてみたり。
ケイのフレンドリーで何事もオープンで楽しんでいくスタンスが、そして彼女の戦車道が、みほにとっての自分の『戦車道』を見つける一つの指針になるのはまだ少し先の話。
今はまだ、試合前の交流ということで、人によっては談笑したり、人によっては緊張しながら、サンダースの設備で『せっかくだから』と昼食を頂いている程度の状況だ。
「いやー、しかし……試合当日にヘアーサロン車を利用する人って何か理由があるんでしょうかね?」
「ん、知りたい? オッドボール三等軍曹」
「そ、その偽名は咄嗟に名乗ったもので……私は秋山優花里と申します。その節はどうも……」
「良いじゃない、オッドボール三等軍曹! 私は好きよ、あのジョーク」
「ジョークじゃなかったんだけどなぁ……」
その中の一角で、ヘアーサロン車を眺めながら誰に聞かせるでもなく呟いた優花里の言葉に、いつの間にやら隣に来たケイが背中を無遠慮にバシバシ叩きながら朗らかに笑う。
日本人の筈なのだが明るく大雑把でアメリカンな感性を持つ彼女からは、もはや優花里は友人認定をされているようだ。オッドボール三等軍曹という渾名を親しげに呼び、肩を組んでアメリカ国歌を歌わんばかりのテンションである。
「生中継でオンエアーされるのは決勝戦だけでも、今だと動画サイトとか色々あるじゃない? あとは写真とか撮られて雑誌やウェブニュースで記事になることもあるし。あ、ほら。Twitterとかもあるし! だからいつ撮られても良いよう、見栄えは出来るだけ良くしたいっていうのが女の子の本能じゃないかな」
「それはまぁ、確かに少し分かりますけど」
「だから本格的なカットじゃなくて、毛先を整えるとか、時間がなくて出来なかったヘアーセットをやって貰うとか、そういう需要がメインなのよ。流石に当日に『バッサリやってください』っていうのは見たこと無いわね」
「はぁー、なるほど。私の実家は理容室なんですけど、そういう美容室的なものよりも古式ゆかしい『床屋』という感じで……。そういう、『整えるだけ』という発想は逆に出てきませんでしたね。あ、確かに今出てきた方も、軽く整えただけという感じでしたよ」
小学生の時分はパンチパーマという、女子にしては独創的に過ぎるヘアースタイルだった優花里が、丁度ヘアーサロン車から出てきた濃い目のグレーの長袖制服と黒いスカート姿、濃いめの茶色の髪の少女を見て、納得の頷きを一つ。
その言葉にケイもその女生徒を見て、『でしょー?』と笑って頷きを一つ。
そして、両者は互いの顔を見合わせてから、ヘアーサロン車から出てきた少女を二度見する。制服のカラーが大洗のものでもサンダースのものでもない。というか、両者共に見知っている少女だったのである。
「……Hey、まほ。何やってるの?」
「ああ、ケイ。ちょっと毛先を整えて貰った」
「あっはははははは! なんでよ!?」
『どうかな?』と、毛先を指で弄りながら、相変わらずの鉄面皮。黒森峰女学園の戦車道隊長、西住まほがそこに居た。
同学年の戦車道履修者、それも隊長同士であり面識のあるケイは、そのまほの様子に爆笑する。先程は大洗の生徒会長である角谷杏の全く面白くない駄洒落にも爆笑していたので、どうやら酒が入っていなくても笑い上戸の素質があるようだ。
箸が転んでもおかしい年頃とでも言う状態か。まほの背中をバシバシ叩き、叩かれたまほがその衝撃で、無表情のままグワングワンと揺れる。
「なんでさらっと混ざってるのよー、もー! あっははははは!!」
「いや、妹に試合開始前に激励でもしようかと思って選手待機場所を探してたら、先にサンダースの方に行き当たってしまってな。大洗の待機場所をそこらの生徒に聞いたら、交流兼ねて食事に誘いに使者出てるからもうすぐ来るんじゃないか、とかで」
「それで何がどうして髪を切ってるのよ? 妹に会う前に、身だしなみでも整えたかった?」
「待っている間、うちの設備で好きなように休んでいってくれと言われた。ああ、今更ながらありがとう。前々からヘアーサロン車というのは気になってたんだ。ウチには無いんだぞ、こういうの」
「そりゃーお堅い黒森峰だとねぇ。でも興味はあったんだ?」
「あったんだ。堪能させてもらった」
むふん、と心なしか満足げな西住長女。その姿に、またケイが大笑いして背中を叩き、まほが揺れる。
無表情なので痛がっているのかどうなのかも良く分からないが、結構な勢いでバシバシやってるので、思わず横から優花里が口を挟む。
「ああ、ケイさん。そんなに揺らしたら折角セットした髪とかが……」
「おっといけない。ごめんごめん、痛くなかった? あ、まほ。ついでに昼も食べていったら?」
「良いのか?」
「勿論! なんでも好きなもの注文してってよ。あ。でもその前に、大洗の子たちももう来てるから、妹さんも居るんじゃなーい? そういえば顔合わせたことなかった気がするけど、どの娘? あ、もしかしてオッドボール三等軍曹?」
「わ、私じゃないですよぅ。西住殿の―――ほら、あちらの。亜麻色の髪の、ちょっと大人しそうな」
優花里が指し示す先では、みほが遠慮がちにサンダースの食堂車のメニューを眺めているところだった。
他の生徒が通りかかろうとすると、慌てて避ける。小動物のような動作だ。
「あの子かー。まほとあんま似てないわねー。さっきオッドボール三等軍曹に声を掛けた時にも近くに居たけど、同じ車両?」
「私が装填手で、西住殿が車長です。……あ、お姉さん。すいません、ご挨拶が遅れまして。先日は色々とお土産、ありがとうございました。戦車道履修者や自動車部の皆で分けても少し余ったんで、父と母にも少し持って帰ったんですけど、凄く喜んでくれました」
まほの方へと向き直り、ぺこりと頭を下げて、丁寧に礼をする優花里。
その優花里にまほが小さく微笑む。
「いや、喜んで貰えたならばそれが何より嬉しい。こちらこそ、ありがとう。髪を切って貰ってる間に大洗の皆も来たんだな。では、みほにも少し挨拶をしてこよう」
「強豪校に通う姉から、激励ってやつ? サンダースなんかに負けるなー、って」
ケイが少し意地悪く問いかけると、まほは小さく首を振って否定する。元よりまほも、修景も、しほですらも。みほに望んでいるのは勝利ではなく、戦車道へのトラウマ克服だ。
この段階では彼女達は廃校云々の話は知らないこともあり、それ以上の事を求める気も無ければ、プレッシャーを掛ける気もないのである。
「胸を借りるつもりで、好きにやってこいというだけだ。……去年は色々あったからな」
そして様々な思いを―――特に苦い物を多分に含んだその言葉に、ケイは『アウチ』と一言呟いて顔を手で覆った。
話題を失敗した、という事だろう。アメリカンなオーバーアクションで、ただし両手を合わせて頭を下げるという日本人的なジェスチャーを交えながら、サンダースの隊長は言葉を続ける。
「ごめん、意地悪いこと言ったわ。そういえば妹さんが去年の副隊長だったんだっけ。大変だったみたいね、去年の黒森峰。察するしか出来ないけど、なんかあったら相談乗る? 電話番号、なんかの時に交換したよね。確かスマホに入ってたと思うんだけど」
「大丈夫。相談役は既に居るからな。だが、ありがとう」
ケイの言葉にまほが微笑みながら答え、気負った様子もないそれに、これならば大丈夫かとケイが内心で胸を撫で下ろす。
昨年の黒森峰やら西住流やらで色々問題があったようではあるが、それなりに姉妹仲含めて上手く回っているようだ。その辺り、全くの他人事―――かつ敵の、それも強豪校の事でありながら真摯に心配する辺り、このアメリカンな雰囲気の少女、その大雑把そうな雰囲気とは裏腹に、性根はかなりの気遣い屋らしい。
もっとも、その片鱗は『オッドボール三等軍曹』こと秋山優花里と先ほど再会した時の第一声が『大丈夫だった?』という内容だった辺りで見えてはいたといえる。或いはケイ自身がそういう性格だからこそ、『規模』という面で言うならば黒森峰やプラウダよりも上のサンダースで大過なく隊長を務められているのかもしれない。
「そっか。じゃ、心配はここまで。いっちょ楽しく、姉妹の交流してきなさーい!!」
バシン、とひときわ強くケイの平手がまほの背中を叩き、まほが揺れる。心なしか、今回ばかりは少し痛そうな顔をしたのが優花里からは見えた。
そのまま押し出されるようにみほの方に向かって歩き出したまほ。そのまほに気付いて、みほが駆け寄ろうとした所でサンダースの生徒とぶつかりそうになり、ぺこぺこ頭を下げている。
「……似てない姉妹ねぇ」
「私はお母様似らしいからな」
去り際のまほにケイが背中から苦笑交じりの言葉を投げ、投げかけられたまほは鉄面皮で振り返る。こちらは逆に、その行く先のサンダースの生徒が道を開ける威圧感。確かにみほと姉妹というにしては、雰囲気が違いすぎる。
それを自覚しているのか、まほは自嘲するような笑みと共に、自己を規定する言葉を紡ぐ。
「―――つまり私は、アーノルド・シュワルツネッガー似ということだ」
「Hey、ストップ、その理屈はおかしい。貴方は自分のお母さんを何だと思ってるの!?」
思わずアメリカンなノリのまま、まほへとツッコミを入れたケイ。
みほとの再会で傍目からは分からないがテンションが上がったまほが、あれもこれもと色々と注文して食べ過ぎる、ほんの数十分前の出来事だった。
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M4シャーマンという戦車がある。生産国はアメリカ合衆国。その名前は『呪術師』や『祈祷師』を意味するシャーマンではなく、アメリカ南北戦争時代の英雄的軍人、ウィリアム・テクムセ・シャーマン氏(最終階級:大将)が由来である。
参考までに、呪術師の綴りは『Shaman』。M4シャーマンの綴りは『M4Sherman』となる。ウィリアム・テクムセ・シャーマン氏の業績については色々あるが、それについては戦車とは直接の関係がない上に長い話となるため、割愛させて頂きたい。
ともあれ、サンダースの主力でもあるM4中戦車。その特性は『整備性や生産性に難があるが、同時代の物に比べた性能が高い』というドイツ戦車に対し、『工業製品としての生産性と整備性』を極めて高いレベルで実現させた車両である事だ。
走攻守いずれも同時代の他国車両と比較しても凡庸な車両であり、『偉大なる凡作』とも呼ばれるが、特筆すべきはその工業製品としての完成度の高さである。
どれだけ整備性が高いのかというと、例えばプラモデルやフィギュアで『関節の規格が同じなので、別メーカーの製品同士が合体可能』という例があるだろう。
魔法少女とガンダムの規格が何故か合致して魔改造ものがネットの一部で流行ったその例と同様に、『エンジンの規格が同じなので、別メーカーの製品同士が合体可能』というのがM4シャーマンだ。無論、実行するには一定の整備知識は必要だろうが。
ではこの『エンジンの規格』というのがどういう意味かというと、実はM4シャーマンは多くのバリエーションがあり、航空機用の星型空冷エンジンから始まって、民生品のトラック用の水冷ディーゼルエンジンを2機使っていたシャーマンも存在し、戦車用の8気筒ガソリンエンジンを使っていたシャーマンもある。
これら全てがほぼ同じシャーシで作られているため、極端な話として『エンジンスペースに入って、馬力が確保できるもんを繋げば動く』という暴論がまかり通るレベルでの整備性・互換性を持つのがM4シャーマンという車両なのである。
戦場で壊れたシャーマンが2両。片方は主砲をやられ、片方はエンジンが駄目。じゃあエンジンを積み替えれば1両は完品になる。そういう理論が割と平然と、しかもM4A1とM4A3という『違うバージョン』でも通用するのが、シャーマンという車両なのだ。
攻撃に対する「防御力」という意味ではなく、長時間の使用や悪環境での使用に対する「タフさ」も高い。高い車高から居住性も高く、乗員にかかる負担も低い。そういう意味においては、走攻守のいずれも凡庸ではあるが、確かに戦車界のベストセラーと言ってしまっても過言ではないだろう。
ちなみに、「ほぼ全て」のエンジン規格の例外にあてはまる物もある。M4A4と呼ばれる型のシャーマンであり、これだけはエンジンルームの関係上、全長がやや長い。つまり、エンジンルームを拡張したバージョンのシャーマンである。
であればさぞかし新型のエンジンでも積んだのかと思えば、そうではなく。『民間のバス用6気筒エンジンを5つ束ねて連結し、30気筒エンジンにしたもの』などという、なんとコメントすれば良いのか良く分からないレベルのものを運用する為のものが、このM4A4である。そうするしかなかったのは分かるが、そこまでする必要はあったのか。
なお、『30気筒エンジン』は5つ連結しているうち1つのエンジンに問題があった場合、そのエンジンの場所次第ではエンジン全部取り出す必要があるなど、流石に整備性に問題があるものだった。そのため、アメリカ軍は自分のところでは使用せずに、レンドリースでイギリス軍に押し付―――送っている。
そして、さぞやこんな整備性の悪い物を送られた大英帝国は憤怒しただろうと思いきや。別にそんな事もなく、イギリスでは『自国の巡航戦車より、ずっと機械的信頼性が高い!』と、大喜びでファイアフライに改装したという。イギリスの巡航戦車の駆動系がどれだけ問題を抱えていたかが良く分かる笑い話である。
「ちなみにM4絡みの雑学。パラグアイ陸軍ではM4シャーマンが現役」
「……現役? M4そのまま……ではないですよね?」
「シャーマン・ファイアフライをベースに主砲とエンジンを換装されてるっぽいけど、ボディはM4なんだなぁこれが」
「整備とかどうやってるんですか。もうアメリカも生産してないでしょう、パーツとか……」
「俺もそれは知らんけどさ」
そして、場所は戻って観戦席。
木製の椅子に座った修景とエリカは、サンダース大附属が保有する主力戦車、M4シャーマンについての知見を交換していた。
というよりは、戦車道履修者であるエリカが修景を試すように質問し、割合とすらすらと修景がそれに応じていた。
一応は西住家関係者。こういう知識は並の戦車道履修者よりも豊富なぐらいだ。余談程度に、パラグアイ陸軍ではM3スチュアート軽戦車も現役である。M4よりもなお旧い。
「ちなみに我がイギリスが誇る巡航戦車が説明の中でさらっとディスられていた気がしますが、それに対してこう言わせて頂きましょう。―――こんな言葉を知ってる? 『連続36時間重大な故障が発生せず稼働すればそれは奇跡』」
「第二次世界大戦中に、巡航戦車クルセイダーの搭乗員が言ったと言われるジョークですね。……ダージリン様、実はフォローする気ないでしょう?」
暇だったのか、ソファだけ『うんとこしょ、どっこいしょ』と言わんばかりに持ってきた聖グロ組が、木製テーブルの上に広げられた屋台惣菜の縄張り争いを箸同士でしながら会話に加わってくる。
「そのM4ですが、走攻守が凡庸とは言われていますけど、その凡庸な走攻守でだいたい四号戦車と同じくらいの総合力と言われてますね。両方ともバランス型の車両なので」
「で、ファイアフライはそのM4が戦争後期、パンターやティーガーなどを相手にするには低い火力を補う為に17ポンド砲を搭載した車両であると。そういやアメリカンなノリなサンダース大附属なのに、使ってるファイアフライは実はイギリスがやった改装なんだよな」
両者の視線がイギリスと縁深い聖グロリアーナ、その隊長であるダージリンに向く。
その視線に気付いたダージリンは、
「…………チャーチルとマチルダとクルセイダー縛りが無ければ私だって欲しいですわ」
影を背負った表情で呪詛のような台詞を吐き出した。
どうやらOG会の影響で強力な戦車が導入できないというのが、聖グロリアーナ最大の悩みであるようだ。
マチルダ、チャーチル、クルセイダー。それらはいずれも悪い車両ではないのだが、開発時期などの関係もあって、やはりパンターやティーガー、ISやT34/85などの大戦後期の車両に真正面から対抗するのは難しいのだろう。
この流れで以前のように暗黒物質の垂れ流しを始められても困るので、修景は慌てて話題を変える。
「……えー、その話は一旦横に置くとして。四号戦車D型は、恐らく今の大洗では三号突撃砲と並んで最大戦力だ。他のM3、38(t)、八九式なんかはいずれも一段劣る戦車になる、と」
「つまり―――単純計算、大洗の最大戦力と同格に近い車両が9両。それを更に強化したもの、ファイアフライが1両。それがサンダースの保有する戦力になるわけです。機動力だけならギリギリ互角か、やや大洗優勢といえるかもしれませんけど、数と他の要素がどうしても」
「そして最大火力として、サンダースにはショートジーンズからの生足という隊長さんの必殺武器がある。これは厳しいな」
「セクハラです」
「すいませんでした」
頭を下げる修景に軽く溜息を吐き、エリカが木製テーブルの中で辛うじて屋台惣菜に占領されていない場所にノートを広げ、サラサラと達筆な字で両校の保有する車両の種類と数を書いていく。
それらを見て、修景が苦笑。流石に倍の数の差と、個々の車両の質で見ると良くて互角か相手が上かというラインにある戦力比較。
そして、みほ以外が全員素人という大洗の人員事情を考えると、果たして勝率は如何程か。
「こりゃ、みほをどう励ますか考えておくべきかね、俺は」
「……でも、フラッグ戦ですからね。フラッグ車さえ倒せば勝ちという意味では、格下車両でもチャンスはあるわけで。……みほなら、もしかしたら。或いは」
そう小さな声で呟くエリカの目線の先。
時間まで各校の紹介や協賛企業のCMなどを流していた大画面モニターが、試合開始10分前を告げていた。
「って、10分前になっちまったぞ。みほもそろそろ戦車に乗って待機してる頃だろうし……まほの奴、まさか迷子になってるんじゃないだろうな?」
「いえ、まさかそのような……」
そして、否定の言葉を告げようとしたエリカの懐で小さくスマートホンが振動。
どうやらマナーモードにしていたらしいそれを、エリカが慌てて取り出した。画面を覗き込み、数秒。その表情が固まり、更に数秒。
ゆっくりとした動きで視線を巡らせたエリカが、加えて数秒硬直する。
「どうした、何が起きた。だいたいのロクでもない事は覚悟してるぞ」
「……先輩、あちらを御覧下さい。大洗の応援席の……中段。真ん中くらい」
言われてそちらに視線を送る修景。やや遠目だが、幸いにしてこの場に居る面々に視力が悪い人間は居ない。
修景のみならず、ダージリンとオレンジペコもそちらに視線を送り、エリカ指定の場所を確認する。
―――パンチパーマの男性と穏やかそうな女性という、どうやら夫婦らしき中年の男女と談笑する西住まほの姿があった。
どうやらエリカと修景、あと聖グロの面々の視線が自分の方を向いたのに気付いたようで、軽く手など振っている。
「……はい、ごめんなさい逸見後輩。先輩、ちょっと予想を超えた状況なんで、あれがどういう状況で、あの方々がどなたなのか説明して貰えるか?」
「……今来たメールだと、みほのチームメイトのご両親だそうですよ。抽選会の日に、先輩気合い入れて色々お土産持ってったじゃないですか」
「いや、気合い入れてたのは俺よりもしほおばさんっつーか……まぁ良いや。それで?」
「学園艦に実家があるその子は、自宅に幾らかお土産を持っていったらしくて。その御礼を直接言いたいとかで……」
困惑するエリカが、修景へとメール画面を差し出してみせる。
そこでは前述のエリカが言った内容に加えて、自分はみほが先日お世話になったという礼も兼ねて、そちらで観戦する旨が書かれていた。そちらは修景と観戦してくれ、とも。
ついでに、何故か親指を立てたまほが、無表情で―――ただし心なしかドヤ顔で自撮りした画像も添付されている。
「この画像に表題を付けるとすれば何でしょう? ダージリン様」
「『グッドラック!』……かしらね?」
「『グッジョブ私!』……でも良いかもしれませんね」
好き勝手なことを言いながらスマホ画面を覗き込んできている聖グロ勢を一旦放置し、エリカと修景は困ったように顔を見合わせたのだった。
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さて、少し時系列は遡るが。
話している修景とエリカは知らない事だが、その夫婦の一人娘―――秋山優花里は、友達が少ないを通り越してほぼ居ない少女だった。
戦車が友達とでも言うような戦車オタク。先日などは友人であるみほらが優花里の家に行った時には、父が挙動不審になるレベルで大喜びしたりするレベルの友人不足だったらしい。
故に優花里が土産を持ち帰った時も、『友達のお姉さん』というこれまでの優花里の交友関係に存在しなかった人物からの土産に、両親は必要以上に大歓喜した。
その喜びようを見ていた優花里が、どうにか食い過ぎから立ち直ったまほに、サンダースの休憩所での別れ際にこう頼んだのがこの状況の原因だった。
「あの、西住殿のお姉さん。大洗の観客席に居る私の両親に、良ければ会って頂けませんか? 先日のお土産の件、両親も直接お礼を言いたいと思うんです」
「うん? 別にそれほど感謝される事では無いのだが」
「いえ、これは私の事情で。私、恥ずかしながら友人が殆ど居なかったもので……。戦車道を始めてから西住殿や武部殿、五十鈴殿、冷泉殿などの友人が出来て。先日は皆でうちで作戦会議などもやって、父も母も大変喜んでくれているのです。なので、その。交友関係が広がっているのを見せて、安心させてあげたい、というか……」
もじもじとしながら困ったように言う優花里のその言葉を聞いて、まほは納得と共に微笑んだ。優花里の言葉の理由が分かったというのもあるのだが、家族思いな優花里の考えは、まほとしても好ましい物だったからだ。
そして、そういう好ましい人物が自分の妹の近くに友人として居てくれるということが、素直に嬉しい。故にこその微笑みである。
「分かった。それでは私は大洗側の応援席から観戦させて貰うとしよう。みほが家にお邪魔したなら、そのお礼も言いたいからな。ご両親の写真か何かあれば見せてもらえるか?」
「あ、ありがとうございます! 写真は、はい。携帯に入ってるんで送ります! あ、でもお連れさんとか居たりします? ご迷惑だったら―――」
「いや、多分向こうはまだ修景が居るだろうし、あいつに任せよう。最近、私は知ったんだ」
「知った?」
優花里の疑問に、まほは『うん』と頷いて―――そして立てた人差し指を口元に当てて、悪戯げな笑みを浮かべる。
「あの2人は一緒にしておくと、見ていて面白い」
「ははぁ」
分かったような分かっていないような優花里の声を聞きながら、まほは楽しげに―――申請した観戦席ではなく、大洗の応援席にいるという優花里の両親の元へ向かうのだった。
そういえば、先日評価数が遂に300を超えました。
高評価から低い評価まで、どれも面白がって見させて頂いております。改めまして皆様本当にありがとうございます。この場を借りてお礼申し上げます。
この作品に高評価を付けてくれた人が、私が良いと思った小説に低い評価を付けていて、なんでだろうなぁと首を傾げてみたり。
この作品に低い評価を付けてくれた人が、私が10評価入れた小説に同じく10評価入れてるのを見て、勝手に親近感抱いてみたり。
そうやって辿っていく先で、知らなかった面白い小説を見つけてみたり。色々と楽しませてもらっています。
皆様、本当に本当に有難うございます!