西住家の少年   作:カミカゼバロン

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※エスプレッソソーダとペプシモンブランについては、実際に飲んだ感想ですがネガティブな感想を出しております。
 味覚には個人差がありますことをご了承下さい。アンチ・ヘイトタグは不要かと思いますので付けません。
 
 尚、見た目から明らかに年下なペコとローズヒップにはタメ口ですが、同年代くらいで初対面のダー様相手には崩した敬語な主人公。


少年、ガセネタを掴まされていた事に気付く

 さて、事の発端は聖グロリアーナの代表として抽選会に来ていたダージリンと、その随行で来ていたオレンジペコとローズヒップが、とある光景を目撃したところまで遡る。

 

「離してってば! ああもう、分かったから、今更逃げて戻ったりしないから!!」

「良いから今は距離稼ぐぞ。ウチの妹は時々、アホのような行動力を発揮するんだ。追ってこないとも限らないだろ」

 

 都市部にある市民公園。喫茶エクレールを飛び出して、幾つかの区画を突っ切ってきて、その中を通り抜けようとしていたエリカと修景である。

 傍目から見れば体格の良い少年が、美人のお嬢様の手を無理矢理に引っ張ってどこかへ連れて行こうとしているように見えなくもない。というか、そうとしか見えない光景である。

 

 実際にはここまで来る間にエリカの頭も多少は冷え、最初ほど本気で抵抗はしていない。むしろこの時点では怒りから来る反抗ではなく、気恥ずかしさの方が勝っている。

 忘れられがちだがエリカは相当な箱入り娘(ブラックボックス)。同年代の男性と手を繋いだ機会など、小学校のフォークダンスや遠足まで記憶を遡る必要がある。

 

 同年代の男性、それもそう仲が悪くない相手に手を握られているという事実に、思わず敬語も抜け飛んで顔を真っ赤にするエリカ。

 しかし傍目からすれば、全身全霊を込めて抵抗しているように見えなくもない。少なくとも、その日の宿に荷物を置いて、チームの皆への土産でも買おうかと話し合いながら歩いていた聖グロ三人衆にはそう見えた。

 

「ダージリン様! あ、あの制服って黒森峰の人ですよね? 確か、副隊長の……」

「逸見さんね」

「そうです。あの、どうしましょう? 警察に電話した方が良いんじゃ……! あっ、いや、それより誰か男の人を呼んで―――」

 

 オレンジペコがわたわたとした様子で懐から古式ゆかしいガラケーを取り出そうとしているのを、ダージリンがそっと手で制し、

 

「ローズヒップ」

「はいっ!」

「やりなさい」

「はいッ!!」

「ええっ!?」

 

 ダージリンを挟んでオレンジペコの逆側に控えていた、聖グロ随一の俊足が解き放たれた。流石に生身では聖グロ一の俊足の称号は陸上部に譲るものの、100m12秒台という『お前陸上部入れよ』という評価を体育教師から頂いた恵まれたフィジカルが炸裂する。

 一歩で初速、二歩で加速、三歩でトップスピードという加速の良さは、それ単体で見れば聖グロ陸上部の短距離走者以上。小柄軽量なローズヒップならではの出力重量比の高さは、筋量の差で陸上部に最高速では負けるものの、加速ならばそれ以上の物を実現するのだ。

 そしてトップスピードに乗った紅色の弾丸(ローズヒップ)は、

 

「とぉぉぉぉぉう!!」

 

 淑女というより南斗水鳥拳伝承者、或いは神戸生まれのお洒落な重巡のような怪鳥音と共に、跳躍。暴漢(修景)へと飛び掛かる。

 30cmを超え、40cmにすら近いかもしれない身長差など何のその。鈎のようにL字になった腕が、修景の首を引っ掛ける。

 その闖入者に驚いたのは、当然ながら被害者の修景もそうであるが、要救助者(※聖グロ視点)のエリカもである。

 

「ゴボッフ!!」

「宮古先輩!!?」

「あら?」

 

 基礎体力そのものはバイトでそれなりに鍛えられているが、運動神経に優れているわけではない修景が回避も防御もできず直撃を喰らい、『ぐは』とか『痛い』ではないマジ悲鳴が出て。

 突撃の運動エネルギーを受け止めきれずにそのまま倒れそうだった修景のその手を、慌てて両手で握ってエリカが支える。

 

 さて、運動エネルギーの保存という法則がある。

 ローズヒップがその小柄な身体にトップスピードを乗せて放ったボンバーは見事に修景の首を引っ掛け、そのままならば暴漢(修景)を地面に引き倒す事に成功していただろう。

 しかしそこで、被害者(エリカ)暴漢(修景)を支えた事で話がややこしくなる。

 

 本来であれば修景の身体を引き倒すのに使われる筈だった運動エネルギーが、行き場をなくして修景の首の骨を破壊―――することは、どちらにとっても幸いな事に発生せず。

 体格の良さもあって割合頑健な修景の首はその突撃に耐え切り、逆にローズヒップの身体が修景の首と引っ掛けた腕を支点として、逆上がりの出来損ないのように『くるん』と90度ほど回転し、そこで運動エネルギーは使い切られた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 運動エネルギーが使い切られた以上、後は万有引力の法則に万象、之、只従うのみ。

 半端な逆上がりのような姿勢だったローズヒップが、その姿勢のまま地面に落ちた。だいたい修景の首の高さなので、1m50cmほどの垂直落下だ。しかも受け身も取れず背中から。

 

「ボロップ!」

「何やってるんですかぁぁぁぁ!! ローズヒップさん、今淑女どころか人から出てはいけない偶蹄目系の悲鳴が……というか大丈夫ですか、そちらの方も!」

「宮古先輩、息してますか? 宮古先輩!?」

 

 そして偶蹄目系の悲鳴と共にのた打ち回るローズヒップに、慌てて駆け寄るオレンジペコ。その横で仰向けに力なく崩れ落ちた修景を、慌てて介護するエリカ。

 その光景を見ながら、ダージリンは首を傾げる。思考、数秒。そして納得。あ、これ勘違いかと、聖グロリアーナの隊長を務める才媛は自分の中で回答を出し、納得して満足して、紅茶を啜った。ペットボトルの。

 

「黒森峰の副隊長さん。貴方の学園に伝わるこんな言葉を知ってらっしゃるかしら?」

 

 そして納得ついでに状況を俯瞰しながら。彼女はいつものように、余裕のある―――人を食ったようなドヤ顔で言うのだった。

 

「『これぞ殺人拳。人種の行き着く技の結晶よ!』」

「黒森峰黄金時代の黎明期、その独立遊撃手の人の言葉ですね。ですがダージリン様、お言葉ですがそれだとローズヒップさんが殺人犯に……っ!!」

 

 概ねこれが、戦車喫茶エクレールにて西住姉妹が久々の再会を、“正史”よりも遥かに穏やかな形で迎えているのと同時刻に起きている酷い事象の発生顛末であった。

 

 

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「……聖グロリアーナでは、初対面の相手にラリアットをかけるのが挨拶なの? 淑女の学校も変わったものね」

「違いますわ! 腕がL字になっていたでしょう? ラリアットではなく、ボンバーですの!!」

 

 そして、数分後。

 上体を起こしている修景の背を、横に女の子座りで座ってさすりながらのエリカが告げた言葉に、なんとか状態異常:スタン(※自爆)から復帰したローズヒップが、こちらはスカートのままあぐらをかいた姿勢で反論する。

 そこ重要なのかよと半眼になるエリカ。公園の自販機で人数分の飲み物を買ってきたオレンジペコが、エリカに同意するように小首を傾げて口を開いた。

 

「それって何が違うんですか? 同じような物じゃ……」

「天空の城と天空の茨城くらい違うのですわ!!」

 

 茨城、天を翔ける。

 

「その前に」

 

 『ラリアットはこう、ボンバーはこう!』と腕を振り回すローズヒップに対して、一人だけ優雅にベンチに腰掛け、午後の紅茶(ストレート微糖)をペットボトルで飲んでいるダージリンが制止の声をかける。

 

「ローズヒップ、我々はとんでもない勘違いをしていたみたいね。逸見さん、申し訳ありませんでしたわ。そちらの男性も」

「あっ……ご、ごめんなさいですわ。首、大丈夫ですの?」

「……あ゛ー……」

 

 慌てたようにローズヒップに覗き込まれ、修景は顔を上げる。実際、まだ首に鈍痛はあるが、骨や筋がイッたとかムチウチとかの痛みではない。

 軽く動かしてみて問題なしと判断し、打撃を受けた喉の調子を軽く咳払いして整えてから、修景はそのローズヒップの謝罪に静かに応じた。

 

「ゴッロォス……」

「ぴいっ!?」

「み、宮古先輩、落ち着いてください! 私達のさっきの姿にも落ち度はあったし、流石にそこまでは!」

「冗談だ。まぁ意趣返しだと思っとけ、ちんまいの」

 

 静かに重く呟かれた『ゴッロォス……』にローズヒップが座ったまま悲鳴とともに後退するが、それを見て満足したように修景は、今度は普通のトーンで返答し直す。

 自身の癖毛を掻き毟るようにガリガリやりながら、小さく溜息。

 

「一度冷静になればそういう判断も出来るんだから、ああいう場で瞬間湯沸かし器になってくれるなよ、逸見さん……。あー、とにかくアレだ。傍目、俺が逸見さんを連れてこうとした暴漢かなんかに見えてたんだろ? 対処の物理レベルはともかく、そもそも公共の場でそういう風に見られるやり取りをしてた俺らも悪い。つーわけで、今の意趣返しでトントン。これでいいか?」

「……それだけだと悪いので、せめてこれでも。お好きなものを取ってください。逸見さんも良ければ」

「お、悪い。ありがとう」

「……それじゃ、お言葉に甘えるわ」

 

 オレンジペコが苦笑しながら差し出してきた自販機飲料から、修景とエリカは各々適当な飲み物を受け取って蓋を開ける。

 一口、ぐいと茶を飲んで人心地ついた修景が、ふぅと静かに息を吐く。

 その背を見ながらエリカも自分の飲み物(ジンジャーエール)を口にした所で、

 

「本当にごめんなさいね。逢引(デート)を邪魔してしまって」

「ゴッフォォア゛ァ゛ッ!!」

「冷てぇ!?」

 

 ダージリンが申し訳なさそうに言った言葉に、そのジンジャーエールが全て毒霧と化して修景の背にぶち当たった。

 背中にそれを食らった修景が飛び跳ねるが、正面を向いてなかったのはエリカ、修景の互いにとって幸いだったと言うべきだろう。口と鼻からジンジャーエールを噴出する姿を見られなかったという意味と、自身の姉妹と縁深い美人さんのそんな姿を見なくて済んだという意味で。

 

「ゲホッ……! ちょっ、逢引って……!!」

 

 ゲホゲホと咳をし、ポケットから取り出したハンカチで顔を拭きながら、鼻に入った炭酸飲料で涙目のエリカがダージリンに食って掛かる。生姜の効いたジンジャーエールだったので、並の炭酸飲料よりダメージが大きい。

 その様子にダージリンは首を傾げ、

 

「黒森峰は例年、隊長と副隊長が来ていたでしょう? まほさんがご用事があったというわけでもなければ、貴方は一緒に来た隊長を放置して男性と逢引(デート)をしていたのでは……」

「……隊長は、今、みほと会ってるのよ」

「まぁ、みほさんと。その間に逢引(デート)だったのね」

「だから逢引(デート)じゃないってば!!」

 

 顔を真赤にして怒鳴るエリカ。どこ吹く風で軽く小首を傾げる程度の反応のダージリン。

 ジンジャーエールでベトベトの背中を気にしながら、修景はその会話に割って入る。

 

「むしろそれであったらどれだけ良いかって感じなんですが……と言うかそろそろ俺ら自己紹介したほうが良くねっすか?」

「あら、そうね。私のことはダージリンとお呼び下さい」

「だーじりん」

 

 間。

 名乗ったダージリンが不自然に感じるほどの間を置いてから、修景が愕然とした様子で叫んだ。

 

「和服黒髪大和撫子はッ!?」

「宮古先輩、その話題は結局隊長に拒否られてどこまで辿ったんですか? いや別に良いです。そこまで先輩の趣味に興味ないですから。でもそれガセ掴まされてますよ」

「ごめんなさい、話が全く見えないんですけど」

 

 珍しく英国面(ダージリン)が困惑顔で突っ込みに回った反応を返し、それにエリカが嫌々といった様子で視線を向ける。

 嫌々な視線はダージリンと修景を往復し、これ見よがしに溜息一つ。

 

「宮古先輩―――この人の学園艦が男子校らしいんですよ。だから、お嬢様学校の戦車道リーダーってどんなものだろうって話題が以前出まして。あっちこっちに聞いて回った挙句、最終的になんか凄いガセ掴まされたみたいですけど」

「あらあら。まぁ、男子校ってそういうものなのかしらね。でも、逸見さんのお知り合いなら、もっと近いラインでまほさんも居るのではなくて? 黒森峰だってお嬢様学校なのに」

「「……あー」」

 

 その言葉に修景とエリカが、異口同音に困ったような声をあげる。

 その反応はどういう意味かと聖グロの三名が見守る中で、修景がガシガシと手荒く自分の癖毛を掻き回すように頭を掻いた。

 

「……宮古修景。西住家の、まぁ居候みたいなもんです。まほやみほとは、姉兄妹(きょうだい)みたいなもんで」

「宮古―――」

 

 そして、その言葉に何かを考え込むような仕草をダージリンが見せる。

 そのダージリンに、全員が選び終わったので余った飲み物―――エスプレッソソーダ(ボトル)を渡しながら、オレンジペコが何かに気付いたように『あっ』と声を上げた。

 

「西住家に縁深い宮古となりますと、それこそさっきダージリン様が言った言葉の発言者の人じゃないですか? 『これぞ殺人拳、人種の行き着く技の結晶よ!』の」

「……それで伝わってるので凄く認めるのが恥ずかしいんだけど、それ俺の母さん。んで、俺がガキの頃に母さんが亡くなって、親族誰も居ないわ親父は離婚してるわで、色々あって西住家に引き取られたんだわ、俺」

「「「………うわぁ」」」

「さらっと言いますけど、それ聞かされる側からすると、貴方の人生かなり重いですよ宮古先輩……」

 

 さらりと告げられた重い人生に、咄嗟のコメントに困っているらしい聖グロ勢を見ながら、エリカが深く溜息を吐きながら横合いから口を挟む。

 

「今回の抽選会には、別件で―――というかみほの関係で、宮古先輩も同道してたんです。ただ、先程みほと戦車喫茶で会いまして……」

「逸見さんが瞬間湯沸かし器の如くみほに対してキレましたので、まほだけ残して俺が引っ張ってここまで連れてきましたとさ」

 

 そして続けざまに語られた事情説明に、ダージリンが紅茶―――は飲みきっていたので、新たに渡されたエスプレッソソーダ(500ミリリットルボトル)を優雅に傾けながら疑問を呈する。

 

「マズッ!? ……あら、逸見さん。みほさんと仲が悪かったのかしら? あんなに良い子ですのにこれマズッ!?」

「不味いか喋るかどっちかにしてください。……良い子なのは、知ってるんですよ。だけど去年の決勝戦の事とか、その後の事とか、色々あって。あの子にとって私は、友達ですらない存在だったのかとか―――色々」

「そう……そちらの事情も複雑そうね。このエスプレッソソーダの味のように複雑で、っていうか不味ッ!!」

「人の悩みを失敗飲料で例えないでくださいこの英国面!!」

 

 喋る内容を聞かなければ優雅に見える様子で―――ただし、一気には飲めない様子なのでチビチビとエスプレッソソーダを飲みながらの言葉にエリカが噛み付く。

 なお、ダージリンはそれには特に反応を返さずに、自分の横で午後の紅茶のペットボトルを開けたオレンジペコに、どこか懇願するような目を向けて話を振る。

 

「ねぇ、ペコ。私と飲み物をトレードしない?」

「お断りします」

「というか、ねぇ、ペコ。貴方は何を考えてエスプレッソソーダなんか買ったの? これ明らかに見えている地雷よね?」

「渡す順番次第ですけど、ローズヒップさんに行ってもダージリン様に行っても、普段の意趣返しにはなるかなぁと」

「反抗期ッ!? ローズヒップ、貴方からも何か言っておやりなさい!」

「……ダージリン様。このペプシモンブラン、超不味いですわ……」

「貴方、さっきから静かだと思ったら……」

 

 ダージリンが憐れみの視線を向ける先。

 そこでは地面にあぐらをかき、しばしば地雷商品を販売するチャレンジ精神旺盛な企業の暗黒面が顕現した炭酸飲料を、死んだ目で飲んでいる紅色髪が居たのだった。

 

 




聖グロ面子が楽しすぎて話が進まず分割。
なお、分割後の部分でも脱線するローズヒップとダージリンが居る模様。

2017/03/06 挿絵追加。いつもありがとうございます!!

2019/03/20
ローズヒップ師匠とオレンジペコ先生の互いの呼称を整理。
ドリームタンクマッチ情報で、互いに「さん」付とのこと。

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