キリトと別れた後、部屋で熟睡していた八幡は、突然意識が覚醒するのを感じた。
八幡は、目をつぶったまま周囲の気配を探った。
どうやら誰かが見舞いに来ているようだ。そう理解した八幡は、
特に危険な気配は感じられなかった事もあり、とりあえずその会話に耳を傾ける事にした。
「先輩、寝てますかあ?」
「お兄ちゃんはどうやらぐっすりお昼寝してるみたいですね。起こしますか?」
(実はもう起きてるんですけどね)
「起こす事はすぐ出来るのだし、寝ている間に何か出来ないか考えるというのはどうかしら」
(おい雪乃、何かって何だ何かって。おかしな方向に話を誘導するな)
「こういう時の定番って、足にはめたギプスに落書きするとかだよね?」
(確かに定番だが、足に直接マジックで書くとかはやめてねゆいゆい)
「さすがに今の状態だとそれは無理ね……これ、折ってしまおうかしら」
「ノーノー!何て恐ろしい事を相談してやがるんだお前ら」
八幡はさすがに看過出来ず、慌てて飛び起きた。
「あら、やっぱり狸寝入りだったのね、八幡君」
「ぐっ、気付いてやがったのか。あれはわざとか」
「当たり前じゃない。いくら私でも、ギプスに落書きをするためだけに足を折ろうなんて、
確かにそういうのに憧れた事もあったけど……みんな、やっぱり折りましょう」
「おい馬鹿やめろ、小町、雪乃を抑えろ!」
「お兄ちゃん、小町はね、お兄ちゃんの事が大好きだけど、雪乃さんの事も大好きなの。
だからどちらかの味方をするわけにはいかないんだよ。諦めて」
「くっそ……ゆいゆい、お前は俺の味方だよな?」
八幡のその問いかけに対し、結衣は目を逸らしながら答えた。
「えーっと……私もちょっとそういうのに憧れてたっていうか……」
「一色!生徒会長の権限で止めてくれ!」
「いつまでも私の事を苗字でしか呼ばない先輩なんか知りません!
ついでに私はもう生徒会長じゃありませんよ?進学祝いだってしてもらってません!」
いろはは頬を膨らませて、ぷいっと顔を背けた。
「あ……」
八幡はその言葉を聞き、見事な土下座をした。
「すまん一色、いや、いろは。お前の進学の事は完全に忘れてた。
今回の事件が終わったら、必ず俺主催でお祝いをするから勘弁してくれ」
その八幡の態度に、いろはは逆に慌ててしまった。
「ちょ、先輩、嘘ですよ嘘!今が大変な時なのは分かってますから!」
「しかしな……」
「いいんです先輩!その気持ちだけで嬉しいです!
お祝いの事は落ち着いたらまた考えてくれる程度でいいので、顔を上げて下さい!」
「任せておけ。盛大に祝うからな」
「はい、期待しないで待ってますね、先輩!」
八幡は立ち上がってベッドに座り直し、改めて四人に言った。
「とりあえずみんな、見舞いに来てくれてたんだな、ありがとな。
それにしても四人で見舞いなんて久々じゃないか?」
「あー、うん」
「えーっと……」
「ん?何か特別な用事でもあったのか?」
「雪乃さん……」
小町はすがるように雪乃に呼びかけた。結衣といろはも同様だった。
「そうね、ここは正直にいきましょう。八幡君、実はちょっと聞きたい事があるのよ」
「おう、何だ?」
「実は昨日、四人で集まった時に出た話で盛り上がってしまって、
それで是非本人に直接聞こうという事になったの」
「お、おう、そうか」
「で、その話の内容というのが、八幡君のSAOでの戦闘スタイルの事なのだけれど」
「俺の戦闘スタイル?」
八幡はその言葉に意表をつかれた。
「ええ。迷惑だったら答えなくてもいいのだけれど、差し支えなければ教えてもらっても?」
「別に構わないぞ。お前らが興味を引かれる要素はそんなに無いと思うけどな」
「ただの興味本位、そう、興味本位なの」
「興味本位な、まあいいや。で、俺の戦闘スタイルだが、
そうだな……分かりやすく言うと、基本パリィした後無防備な敵の首を刎ねる、
もしくは敵の攻撃が出る瞬間を見極め、その攻撃を潰して即首を刎ねる、だな」
「とりあえず首は刎ねるんだね……」
「パリィはともかく、攻撃が出る瞬間うんぬんってのが分からないわ」
「それじゃ試しにやってみるか。そうだな……
ゆいゆい、ちょっと俺に攻撃してきてくれないか?何か武器を持ってるイメージで頼む」
「私でいいの?」
「ああ」
(気になる事はあるが、これでまあはっきりするだろう)
「うーん、わかった!やってみるね!」
そう言うと結衣は構えをとった。その構えはかなり様になっていた。
「よし、いつでもいいぞ」
「行くよ…………あっ」
結衣は攻撃しようと右手を振りかぶろうとしたが、
その瞬間に八幡に右肩を止められ、少し後ろによろめいた。
その瞬間に八幡の手刀が、結衣の首に添えられた。
「やっぱりゲームの中みたいに速くは動けないな。今はこれが精一杯だ」
「嘘……」
「先輩、何ですか今のは……」
「ちょっとにわかには信じがたいわね。まるで姉さんを見ているようだったわ」
「おい、陽乃さんはどんだけ強いんだよ……」
「言わなかったかしら?姉さんは合気道の免許皆伝よ?」
「まじか……」
「むーん、何か悔しい……えいっ」
「ちょ、ゆいゆいやめ、おわっ」
「きゃっ」
結衣は悔しかったのか、いきなり八幡に攻撃をしようとした。
八幡は辛うじてその攻撃を受け止めたが、勢いあまって背中からベッドに倒れこんだ。
結衣は八幡を押し倒す格好となり、その時病室の扉がガラッと開いた。
「陽乃さん、ノックノック!」
「え~?」
「あ……」
入り口を見ると、そこには陽乃とキリトと見知らぬ少女が立っていた。
その見知らぬ少女は、顔を真っ赤にしてこう言った。
「失礼しました!」
そして少女は走り去った。陽乃はにやにやこちらを見ていた。
キリトは固まっていたが、我に返ったかと思うとすぐさま外へ飛び出した。
キリトはしばらく外できょろきょろしていたが、やがて諦めたのか病室に戻り、こう呟いた。
「やれやれ、紹介は今度でいいか」
そう言ってキリトは、今度は顔を赤くしながら八幡の方を向き、八幡に尋ねた。
「で、これはどうなってるんだ?」
「その前にゆいゆい、色々とまずいんでとりあえず俺の上からどいてくれ」
「あっ、ごめん」
結衣は顔を赤くしながら慌てて八幡から離れた。
「ふう」
(危なかった。さすがに破壊力は抜群だ……)
八幡は、結衣のある特定の部位に一瞬だけ視線を走らせると、
陽乃とキリトの方を向き、事情を話し始めた。
「………………と、いう訳ですね」
「なるほどねぇ」
「ところでさっきの女の子は?」
「あ、あれは俺の妹の直葉だよ。八幡に紹介しようとしてたんだ」
「そういえば前に言ってたか」
「話した事はあったよな。あれがスグ……直葉だよ」
「頼む、誤解は解いておいてくれ」
「ああ、わかった」
キリトは笑いながらそう答えた。八幡はそれを聞いて安心したようだ。
「ねえ雪乃ちゃん、事情も変わった事だし、もう話しちゃった方がいいと思うんだけど」
突然陽乃がそんな事を言い出した。
「……そうね、その方がいいかもしれないわ」
雪乃もそれに同意した。
「何の事だ?」
キリトが不思議そうに尋ねた。その問いに答えたのは、何と八幡だった。
「雪乃達がALOをやってて俺達と明日合流する、つまりそういう事だろ?」
「えっ……」
「ヒッキー、知ってたの?」
「いや……まあ推測しただけだが」
「いつ気付いたのかしら?」
「ついさっきの雪乃との遣り取りだな」
「そう……私、何か迂闊な事を言ったかしら」
「そうだな、かなり迂闊だったと思うぞ」
「……説明してくれるかしら」
雪乃は自覚が無かったのだろう、少し悔しそうにそう言った。
陽乃とキリトはさっきの遣り取りを聞いていなかったため、興味深そうに耳を傾けていた。
「昔の雪乃だったらこんな事にはならなかったと思うけどな、
なあお前、実はかなりALOをやりこんでるだろ?」
「……っ」
「そもそも戦闘に色々なスタイルがあるなんて、ゲームをやってる人間にしかわからない」
「それは……」
「パリィと言っただけで意味が理解出来るってのもそうだな。
まあこれは他の三人の誰からも質問されなかったんだけどな」
結衣、小町、いろはの三人は、しまったという顔をした。
「やるなぁお兄ちゃん」
「先輩が何かすごい……」
「最後に、ゆいゆいの構えは素人の構えじゃなかった。
この四人の中じゃ、お前が一番戦いとかに無縁なイメージがあったからな。
そのお前が実に堂々とした構えをとった。それでまあ、決まりだなって確信したな」
「そっかぁ……だから私を選んだんだね」
「ああ。更にお前、盾までイメージしてただろ。素人のはずがない」
「う……いつもの癖で……」
「あはははは、これはみんな一本取られたね」
「そうね……さすがは銀え……」
「陽乃さん!妹さんには絶対内緒でってお願いしたじゃないですか!」
「ん~?ごめんなさ~い、記憶にございませ~ん」
「ぐっ、とぼけやがって……」
雪乃はその遣り取りを聞き、少しは溜飲を下げたらしい。
「ふふっ、一本取り返せたかしらね」
「ああ、降参だ」
八幡は両手を上げ降参のポーズをとり、場は笑いに包まれた。
ひとしきり笑って落ち着いた後、再び陽乃が音頭をとった。
「そういうわけで、今後の話をしましょう」