ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第096話 イレギュラー

「ところでユイ、ちょっと聞きたいんだが」

「はいパパ、何でしょう?」

「通常新しくゲームを始めるとな、その種族の領都からスタートになるんだが、

俺とキリトはこの真上、かなり高い所からスタートになったんだよ、どう思う?」

「そうですね、パパとキリトおじさんは、SAOの最後の時はどこにいたんですか?」

「最後って……あ」

「そうか、つまりはそういう事か……」

「どうしたんですか?」

「ユイ、その質問で大体理解した。俺達はな、七十五層のボス部屋にいたんだ」

「なるほど、多分そのせいだと思います。

ボス部屋は高所にありますし、その座標がALOだとここの真上なんだと思います」

 

 二人はユイのその言葉を聞き、上を見上げた。

 

「なあハチマン、面白い事を思いついたんだが」

「分かってる。エギルとクラインには絶対内緒な」

 

 二人は顔を見合わせて、芝居がかった笑い方をした。

 

「お主も悪よのう、くっくっく」

「なぁに、お代官様にはかないませんよ、へっへっへ」

「……パパ、キリトおじさん、一体何をしているんですか?」

「ユイ、これが伝統芸ってやつだ」

「なるほど、伝統芸ですか!覚えましたパパ!」

「ところで空中からスタートする事になった謎は解けたとして、

これから俺達どうするんだ?」

 

 キリトがハチマンに質問し、ハチマンは考え込んだ。

 

「一応予定だと、スプリガンの領都の近くでスキル上げをしながら、

陽乃さんの知り合いのパーティを待つはずだったんだが」

「でもスキル上げの必要はもう無くなっちまったよな」

「そもそもここがどこかわからん。ユイ、分かるか?」

「ちょっと待って下さいね、えーとここは……

分かりました、ここはシルフ領とサラマンダー領の境目あたりです」

「まじか……」

 

 それを聞いたハチマンは、焦ったような声を上げた。

 

「何かまずいのか?」

「ああ。ここは合流予定地点からは、世界樹を挟んで正反対の場所だ」

「うわ、それはまずいな」

「さすがにこれはイレギュラーすぎるな、一度ログアウトして陽乃さんの指示を仰ごう」

「そうだな、それがいいと思う。それじゃすぐにログアウトするか」

「それが駄目なんだ、キリト」

「ん、何か問題があるのか?」

「ALOの場合、こういった中立フィールドでログアウトすると、

かなりの時間キャラがそのまま残っちまうんだよ。もしそこを襲われたら確実に死ぬ。

なので例えばこういう状況で休憩したりする場合、ローテアウトって言って、

交互に落ちて残った奴が仲間の体を守るらしいぞ」

「なるほど、そんなシステムなんだな……」

「なので一人だけ落ちるって手もあるが、どうせ最終的には二人とも落ちる事になるんだ。

多少時間をロスする事になるが、二人で近くの中立都市か安全地帯に向かおう。

ユイ、この近くにそういった場所はあるか?」

「ここからだと……東に十五分くらい行った所に安全地帯があります、パパ」

 

 そう言ってユイは、その方向を指差した。

 

「東って事はサラマンダー領方面か。まあ仕方ない、とりあえずそっちに向かうか」

「了解」

「それじゃ行きましょう!」

 

 二人は飛行訓練をしながらその方角を目指した。その甲斐あってか、

安全地帯に到着する頃には、二人はかなり自由に飛びまわれるようになっていた。

どうやら二人ともこういった事は得意のようだ。

 

「よし、それじゃ一旦落ちるか」

「ああ。それじゃまた後でな、ユイ」

「はいっ」

 

 二人は一旦ログアウトし、現実世界へと帰還した。

 

 

 

 陽乃はハチマンに言われた通り、病室でコーヒーを飲みながらのんびりとしていた。

二人が潜ってからまだ三十分しか経っていない。

 

「あの二人上手く飛べたかしら。あれにはちょっとしたコツがあるのよね……」

 

 陽乃はそう言いながら伸びをしたが、丁度その時、

ゲーム中のはずのハチマンとキリトの体が動くのが見えた。

陽乃はすぐ二人が戻った事に気付いたが、さすがに早すぎると思い、二人に尋ねた。

 

「あら?随分早かったみたいだけど、二人ともどうかした?」

「陽乃さん大変です。イレギュラーが発生したので一度報告に戻りました」

「イレギュラー?」

「はい、実はですね……」

 

 ハチマンは陽乃に、今あった出来事を筋道だてて説明した。

 

「あちゃあ、さすがにそんな事が起こるとは想像もつかなかったわね」

「スキル上げの手間が省けたのは良かったんで、全体としてはプラマイゼロですかね」

「まあそう言われるとそうなんだけどね。それじゃあちょっと知り合いに連絡してくるね」

「はい、お願いします」

 

 陽乃はそう言って外に出ていった。

 

「こんな状況じゃ、今日はさすがにここまでだな」

「中途半端な時間になっちまったけど、仕方ないか」

「だがまあ、やる事が無いわけじゃない」

「何かあるのか?」

「どうやらスキル面の問題は解決した。次に俺達がやらなきゃいけない事はだな」

「事は?」

「魔法の呪文を覚える事だ」

「おお!魔法か!」

「今の俺達は、いわゆる脳筋だ。なのでそれをふまえた上で、

近接戦闘の役にたちそうな魔法だけ暗記しておいた方がいいと思う」

「SAOには魔法が無かったからな。

ちょっとした魔法が使えるだけでも戦闘に幅が出そうだな」

「それじゃ、ちょっとマニュアルを見ながら考えてみようぜ」

「おう!なんかわくわくするな!」

「だな!」

 

 二人はそのまま魔法の勉強に入った。

一方陽乃は、雪乃に何度も電話をかけていたが当然繋がらなかった。

 

「雪乃ちゃん達は当然まだALOの中だよね……とりあえずメールだけ入れておきましょう」

 

 陽乃は雪乃に簡単な説明メールを送り、連絡を待つ事にしたのだが、

四人が張り切っていたのが逆に仇となってしまったようだ。

結果的に雪乃と連絡がとれたのはその日の深夜遅くだった。

 

 

 

 ユキノ達四人はひたすらスプリガン領の中立都市へと向かっていた。

ローテアウトでの休憩の時間すら惜しみ、全員ゲーム内で羽根を休めつつ飛び続けていた。

その結果、ぎりぎり日付が変わる前に目的地へと到達する事が出来た。

 

「それじゃ一度全員で落ちて休憩しましょう。私はその間に姉さんに連絡をとるわ」

 

 四人はログアウトし、それぞれ休憩に入った。

雪乃は陽乃に電話をかけようと携帯を取り出したが、メールが来ている事に気付き、

その内容を確認して呆気にとられた。

 

「なんて事……さすがにこれは想定外すぎるわね。時間的に今から戻るわけにもいかないし、

とりあえず早く全員にこの事を伝えないと」

 

 雪乃からの連絡を受け、残りの三人は休憩を取りやめにして、すぐにゲームの中に戻った。

ゲームの中で再集合した後、ハチマン達に起こった出来事を聞いた三人の反応は、

完全にゲーマーとしての感想ばかりだった。

 

「うわ、何ですかそれ!」

「それじゃあ先輩とキリト君は、下手すると私達より強いかもしれないんですね」

「そうね、おそらく魔法スキルはゼロのままだと思うから、

二人とも完全に近接戦闘タイプね。ユージーン将軍とどっちが強いのかしら」

「最初から比較対象がサラマンダー最強のプレイヤーなんだ!?」

「お兄ちゃんはどういう戦い方をするんだろう」

「正直プレイヤーとしてすごく興味があるわね」

「で、これからどうするの?ユキノン」

「仕方ないからとりあえずリーファさんに頼んで、明日二人を迎えに行ってもらうわ。

私達は今日のところはここで終わりましょう。明日一日かけてアルンに戻って、

明後日のうちに出来ればスイルベーンに到達出来ればと思うのだけれど、

結果的にみんなには余計な負担をかける事になってしまったわ。本当にごめんなさい」

 

 ユキノは今後の予定を告げた後、三人に頭を下げた。

 

「仕方ないよ!だってこんな事になるなんて、誰にも想像がつくわけないもん!」

「ですです、ユキノ先輩は何も悪くないですよぉ」

「とりあえずコマチは明日暇なんで、

病院にいってお兄ちゃんの戦い方に探りを入れてみます!」

「それ、私も行こうかしら。とても興味があるわ」

「じゃあ私も行く!」

「もちろん私も行きます!」

「それじゃ四人で行きましょうか」

 

 今後の予定が決まったため、ユキノ以外の三人はそのままログアウトした。

ユキノは残ってリーファにメッセージを送り、事情を説明して協力を仰いだ。

ユキノの二人についての説明は、どうしても要領を得ないものになってしまった。

初心者でありながら、既にスキルがカンストしているのだから無理もないだろう。

それでもリーファは何か事情があるのだろうと考えてくれたのか、快く承諾してくれた。

リーファがユキノの事を深く信頼していたせいであろう。

ユキノはリーファにお礼のメッセージを送り、そのままログアウトした。

リーファもその日はそのままログアウトした。

 

 

 

 ベッドで目を覚ますと、リーファは頭からアミュスフィアを外し、大きく伸びをした。

 

「明日は病院を変わってから始めての和人お兄ちゃんのお見舞いだし、

今日はお風呂に入ってすぐ寝ようかな。

まったくいきなり千葉の病院に移ったからお見舞いが大変だよ。

まあその分環境はかなりいいらしいし、やっぱり感謝しないとなのかな」

 

 リーファ~桐ヶ谷直葉はそう呟くと、和人に明日見舞いに行くとメールを入れた後、

お風呂に入るために階段を下りていった。


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