ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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ご不快な気分にさせてしまったら申し訳ありません
おまわりさんいけないのはこいつです!


第094話 狂った男の狂った研究

 アスナは今日も代わり映えのしない空を眺めていた。

ここに囚われてからどのくらい経ったのだろう。

きっとハチマンが助けに来てくれる、そう思いながらもアスナは、

自分が何をすればいいか分からず、ただそこにいるだけの生活を送っていた。

そんなアスナに声をかける者がいた。

 

「相変わらず憂いを帯びた、泣きそうな表情をしていますねティターニア。

だがあなたはその顔をしている時が一番美しい」

「……私の事を変な名前で呼ぶのはやめて、オベイロン。いえ、須郷さん」

 

 須郷はやれやれと肩を竦めながら、話を続けた。

 

「やれやれ、いつになったら私に心を開いてくれるんですかね」

「私をこんな所に閉じ込めておいてよく言うわね。

そんな日が来る事は、永遠に無いと思うけどね」

「誰かが助けに来るとでも思っているんですか?

そういえばこの前、あなたの知り合いらしい若者が二人、あなたの病室を訪ねてきましたよ」

 

 その言葉を聞いた瞬間にアスナの表情が変化したのを見て、

須郷は面白くなさそうに舌打ちをした。

 

「やはりあなたの希望はその二人のどちらかですか。英雄キリト君かな?

それともあなたと一緒に暮らしていたという、ハチマン君かな?」

 

(ハチマン君、大丈夫だろうとは思っていたけどやっぱり生きていてくれた。

そしてもう、私の入院してる病院まで辿り着いてくれてたんだ)

 

「なるほど、ハチマン君の方ですか。さすがに妬けますねぇ」

 

 須郷はアスナの表情の変化を微妙に感じ取り、アスナの希望の源がハチマンだと断定した。

 

「もっとも彼は、その日から一度も病室には来てないけどね。

彼、私があなたと結婚する予定だって聞いても、興味が無さそうに返事をするだけで、

あなたの事を大切に思っているとはとても思えませんでしたよ?」

「ハチマン君が、興味が無さそうにしていた?」

「ええ。それがどうかしましたか?落胆しちゃいましたか?これは申し訳ない事をしました」

 

 須郷は、アスナを落胆させるためにわざとそう言ったのだが、その顔はとても歪んでいた。

一方アスナはその言葉を聞いて、別の事を考えていた。

 

(ハチマン君、その時完全にキレてたよね。でも結婚って何の事かしら。

これはうまく話をさせるように仕向けないと)

 

 アスナはそう考え、ことさらに落胆したような表情を作って須郷に質問を開始した。

 

「ところで結婚って何の事かしら?」

「もちろんあなたと私の結婚の事ですよ」

「は?」

 

 この時ばかりはあまりの馬鹿らしさに、アスナは演技するのを忘れて素の反応を見せた。

 

「随分な反応ですね、言った通りですよ。眠り続けるあなたと私が結婚するんです。

ちなみにもう社長の了承は得てありますからね」

 

(残念だけど、お父さんはもう私の事を諦めているのかもしれない。

でもキレたハチマン君がそんな事をすんなり許すはずがない。それにさっきのあの顔……)

 

 アスナはそう考え、あえて断定的にそれを否定した。

 

「嘘ね」

「……何故ですか?あなたに何が分かるんですかね?」

「あなたは今ハチマン君の事を話した時、すごい憎しみのこもった顔をしていた。

すんなりと結婚が決まったならそんな顔をするはずがないわ」

「ちっ、かわいげのない」

「褒め言葉だと思っておくわ」

「本当にかわいげの無い女だ。そうですよ、あの小僧が何をやったのかは知らないが、

社長は一度はオーケーしたものの、直後に結婚は無しだと言ってきました。

まあ時間の問題なんですけどね。あなたをどういう状態でいつ目覚めさせるかは、

結局全て私次第なんですからねぇ」

「そう上手くいくかしら?」

「上手くいったら私は結城家の跡取りだ。

そうなってしまえばもうこの事が露見する心配はないだろう。

もし上手くいかなくても、私の研究はほとんど完成しているのでね、

この成果を他の企業に高く売って、そのまま高飛びするだけさ。

どうだい、完璧な計画だろう?本当に君達は、いい研究材料だよ」

 

 アスナはその須郷の言葉で、相手が実は自分にあまり興味が無い事を知った。

 

「……私は結局あなたにとってはおまけなのね」

「ああそうさ、君は私にとっては美しいだけのおもちゃみたいなもんさ。

もっとも手に入った以上は、十分楽しませてもらうつもりだけどねぇ」

 

 須郷はそう言いながら、いやらしい顔で舌なめずりをした。

アスナはすさまじい嫌悪感を感じながらも、気丈にも更に問いかけた。

 

「一体あなたは何がしたいの?あなたは確かに優秀だわ。

そんなあなたは一体どんな研究を完成させたの?」

 

 優秀という言葉に気を良くしたらしく、須郷はペラペラと自分の研究内容を語りだした。

 

「ふふん、やっと私の優秀さを認めましたか。フルダイブ技術の一歩先ですよ、アスナさん」

「一歩……先?」

「この技術はゲームなんていうつまらない物のためにあるんじゃない。

本質は、脳に過剰な仮想の環境信号を与える事によって、思考、感情、記憶、

全てを人為的に制御する事にあるんですよ」

「そんな……そんな事って」

「これはもう既に各国で研究されている事なんですよ、それが現実です。

だが完成度では、今まさに私が世界のトップなんですよ。何故だかわかりますか?」

「…………」

「この研究にはね、人体実験が欠かせないんですよ。

だがもちろんそんな事が許されるはずがない。

でもねぇ、SAOのサーバー管理を任された時に思いついたんですよ。

目の前に、こんなに実験材料があるじゃないかってねえええええ」

 

 アスナはこみあげる怒りを抑えるのに必死だった。

そんなアスナを見て気分を良くしたのか、須郷はさらに続けた。

 

「茅場先輩は確かに優秀だった。だが馬鹿だ。大馬鹿だ!

あの才能をたかだかゲームの世界の創造ごときにつぎ込んでそれで満足するなんて、

研究者としては三流もいいとこさ。この僕の足元にもおよばない!」

「……あなた、茅場晶彦の後輩だったのね」

「さすがにあの人の作ったものは素晴らしい出来でね、

SAOのサーバーに直接手をつける事は私にも出来なかったが、

その一部をこの世界に拉致出来るように細工をするくらいなら、そう難しくはなかったよ。

そしてついに、私の待ち望んだ時が来たんだ。あなた自身と、そのお仲間のおかげでねぇ!」

 

 アスナはそれを聞き、悔しそうに呟いた。

 

「私達のおかげ……」

「ああそうさ。そう考えるとあの馬鹿な少年達にも感謝しないといけないね。

先日の無礼も大目に見ようじゃないか!彼らのおかげで私の研究は飛躍的に進んだ。

人の記憶の操作、そして誘導。まさに神の御業と言うべきだね。はははははははは」

 

 記憶、という言葉を聞いて、アスナは最悪の想像をした。

 

「まさかあなたは……私の記憶を……」

「あれ、気付いちゃいましたか?そう、あなたがいくら抵抗しても無駄なんですよ。

何故ならあなたが目覚める時、今のあなたの記憶は消去され、

残っているのは私に対する愛情だけになるんですからねぇ」

「……気持ち悪い」

 

 アスナはもう完全に演技をする事を忘れていた。

 

「私も人形のようなあなたを相手にするのはつまらないのでね。

いつまでも私に対して従順にならないと言うなら、

この世界であなたをとことん陵辱してもいいんですよ?

私は紳士なんで、出来ればそんな事はしたくないんですけどねぇ」

 

 アスナはその言葉に恐怖を感じたが、かろうじて踏みとどまっていた。

だが、その言葉を黙って聞く以上の事は出来なかった。

この男は完全に狂っている。だが父が知ったら必ず止めるはずだ。

そう思いアスナは、気力を振り絞って父の関与について須郷に尋ねる事にした。

 

「……そんな事を父が許すはずがない。父はこの事を知っているの?」

「知ってるわけないじゃないですか。この事を知っている者は片手にも満たない人数ですよ。

そうじゃないとこの研究の成果を売る時に分け前が減ってしまいますからねぇ」

「……あなたって人は」

「申し訳ないがそろそろ時間のようですね。これでも私はとても忙しい身なんですよ。

次に会う時はもう少し従順になっていてくれると助かりますねぇ、私のティターニア」

 

 そう言って須郷は立ち去っていった。

アスナはベッドの上に崩れ落ち、自分の体を抱いた。

 

「本当に気持ち悪い……でも、絶対に負けるわけにはいかない。

もし何かされても、絶対に心まであいつの物になったりはしない。

よく考えよく観察し、打てる手は全て打って、絶対にこの世界から脱出してみせる。

ハチマン君も私を助けようと色々してくれているはず。私、頑張るよ」

 

 敵はこの世界では強大だが、アスナは戦う事を決してやめない事を誓った。

 

「応援しててね、ハチマン君、ハチマン君……」

 

 アスナは戦い続ける勇気を持つために、ハチマンの名を呼び続けたのだった。

そしてその頃ハチマンは……

 

「おいキリト、何だこれ」

「スタート地点はスプリガンの領都じゃなかったのかよ!なんでこんな空の上なんだよ!」

「そのはずなんだがな」

 

 キリトと二人で落下中であった。


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