「あのクソ男、いつか絶対に泣かす」
「陽乃さん怖いです。でも、いつもながら完璧な外面でしたね」
「まあ、昔から鍛えられてたからね」
「それよりキリト、何でそんな隅っこにいるんだよ」
「いや、だってさ……」
アスナの病室を辞し、病院に戻った後、
キリトは部屋の隅で八幡の様子をちらちらと窺っていた。
「だって何だよ。そういえば途中で悲鳴を上げてたみたいだったが、一体どうしたんだ?」
「だってハチマン、あの時明らかにキレてたじゃないかよ!悲鳴くらい上げるだろ!」
「八幡君、キレてたの?」
「あ、はい、確かにキレてましたね」
「いつから?」
「多分、陽乃さんに耳打ちするちょっと前からですね」
「まったく気付かなかったわ……」
「陽乃さん、キレるとハチマンは、何に対してもすごいめんどくさそうな態度をとるんです。
で、一度爆発すると恐ろしく攻撃的になるんですよ……」
「そうなんだ、前にもそういう事があったの?」
「おいキリト、それ以上言ったらどうなるかわかってるよな?」
「キリト君、わかってるよね?」
「前キレた時は、アスナの護衛を三秒でぶちのめしたあげく、
アスナを抱き寄せて高らかに自分の物宣言をしてました!」
キリトはまったく迷わずに、ハチマンの過去の所業を暴露した。
「うわぁ……ちょっと八幡君の見方が変わったわ」
「キリト、てめえ!」
「残念だったなハチマン。俺は強い方につく」
「くっそ、絶対リズにチクってやる」
「おい、リズは関係無いだろ!」
「二人とも、仲がいいのは分かったからそのくらいで」
「ところで、どうやって結婚をやめさせたんだ?まるで魔法を見てるみたいだったぞ」
キリトはその事がずっと気になっていたようだ。
「あれか。陽乃さん経由でアスナのお父さんにこう言ってもらったんだ。
政府が本気で動いてるから、アスナさんはもうすぐ目覚めるかもしれませんね。
そうすると、結婚を勝手に決めた社長は、
アスナさんに一生口を聞いてもらえないかもしれませんね、ってな」
「聞いてみれば普通の事だな」
「アスナのお父さんも、不安だからああいう結論に至ったんだと思うんだよ。
それを払拭しただけだから、まあ楽なもんだ。娘ラブな人らしいしな」
「確かにそうかもしれないな」
その時ドアがノックされた。訪ねて来たのは菊岡だった。
「例の写真の解析結果が出たよ」
「さすが菊岡さん、仕事が速い!」
「で、結果はどうだったんですか?」
「うん、まずはこの写真を見てくれ」
そう言って、菊岡は数枚の写真を二人に見せた。
「これは……」
「アスナ!」
突然八幡が叫んだ。菊岡は、やはりという顔をした。
「間違いないかい?」
「はい。アスナの事は絶対に見間違えたりなんかしません。これは間違いなくアスナです」
「ハチマンがそう言うなら、間違いないだろうな」
「こちらの解析の結果もほぼ間違いなし。同一人物だと判定されたよ」
「私が結婚写真のデータを解析で入手しておいたおかげだね!」
「陽乃さん、本当にその通りです。心の底から本気の本気で感謝します。
そうか、アスナはALOの中にいるのか……」
「そうするとやっぱり怪しいのは」
「あのクソ野郎ね」
「ん?犯人の目星がついたのかい?」
「レクトのフルダイブ研究部門の主任です、名前は須郷」
「そうか、それじゃこっちでも内偵を進めてみるとするよ」
「お願いします」
「後、この写真を見て何か気付かないかい?」
「アスナの格好が全部違う……まるでこちらに向かって何かを訴えかけているような」
「これ、アスナは確実に意識を保った状態で捕まってるな」
二人の指摘通り、確かにアスナはこちらを意識して、
必死に合図を送ろうとしているように見えた。
「だがこれだけじゃ証拠としては弱い。
どうにかしてアスナさんとコンタクトが取れないもんかな」
「このアスナの服装、何なんですかね。ここらへんに何かヒントが無いですかね」
「この写真を提供してくれた知り合いに聞いたんだけど、どうやらアスナさんの服装は、
ALOのグランドクエストに登場するティターニアという妖精の女王の姿らしいよ八幡君」
「……つまりグランドクエストをクリアすればアスナに会える可能性があると?」
「話はそう単純ではないと思うが可能性はあるね。ところがこのグランドクエスト、
あまりの難易度の高さにまだ誰もクリアしていないという代物なんだよね」
「あ、それ見ました。世界樹の上を目指すって奴ですよね。
クリアした種族はアルフという種族に生まれ変わり、ずっと飛べるようになるとか」
「そうだね。だが世界樹に出てくる敵の数が多すぎて、どうしようもないらしいね」
「そもそもその仕様、何か納得いかないんですよね」
「と、言うと?」
「だってそうじゃないですか。どこかの種族がクリアしたとします。
そしたら新規プレイヤーは全員その種族で始めますよね。
で、今プレイ中のプレイヤーも、大部分がキャラを作り直すんじゃないですか?
それくらいのアドバンテージですよ。でもそうなると、ゲームとしては死んだも同然です」
「……確かにそうかもしれない。いまだに誰もクリア出来ていないのには裏がありそうだね」
「そうですね。あの、菊岡さん、ALOのゲームソフトを用意してもらう事は出来ますか?
ナーヴギアでも動くんですよね?」
菊岡はその頼みを予想していたのだろう。ALOのソフトを二本取りだした。
「もう用意してあるよ。でもいいのかい?またアレを被る事になるんだが大丈夫かい?」
「俺は大丈夫です。どうしても取り戻したい人がいますからね」
「俺も大丈夫です。こうなったらもうやるしかないですしね」
「分かった。それじゃ本格的な攻略は後日にするとして、とりあえず少し潜ってみるかい?」
「そうですね、そうしますか」
「待って、私の知り合いのパーティにバックアップをさせるわ。
二人はどの種族で始めるか、もう決めてるの?」
八幡とキリトは、同時に言った。
「スプリガンにしようかと」
「スプリガンですね」
「……何でスプリガンなのかな?」
「黒いからです」
「闇っぽいからです」
「そ、そう……シルフとかじゃ駄目なのかな?私の一押しなんだけどな」
「シルフとか絶対に俺とキリトには似合いませんね」
「さすがにシルフは無いかな、うん、無いな」
「……わかったわ。知り合いに連絡をとるから少し時間を頂戴」
「僕はここで一度お暇するよ。内偵の準備もあるのでね」
「はい、それじゃ俺達はここで待ってますね」
(出来れば雪乃ちゃん達がよく拠点にしているシルフ領から始めてもらうつもりだったけど、
どうも無理っぽい……雪乃ちゃん達にサプライズでバックアップさせる予定だったけど、
まあスプリガン領なら何とかなるかな。雪乃ちゃん達は世界樹の所にいるはずだし)
数日前、総武高校のメンバーは久しぶりにALOに集合していた。
「八幡君のリハビリも、もうすぐ終わりね。みんなご苦労様」
「四月になって学校が始まってからはあまり病院に行けなくなっちゃったけど、
交代で行ってた分、こっちで集まるのも久しぶりだね」
「あっ、そういえば!」
コマチが何かに気付いたように言った。
「この前撮った写真、お兄ちゃんの件ですっかり忘れてました!」
「そういえばそうだねコマチちゃん。それじゃ今からみんなで見てみませんか?」
イロハがそう提案し、四人は前回撮った写真を見てみる事にした。
「これ、世界樹の枝だね。かなり近い」
「そうね。かなり惜しい所まで行けたのね」
「みなさんこれ、これを見て下さい!この鳥籠みたいなやつです!」
「誰かしらこれ……もしかしてティターニア?」
「服装からするとそれっぽいですね。ユキノ先輩、これはスクープですよ!」
そんな時、写真をじっと見つめていたユイユイが、ユキノにこんな事を言った。
「……ねえユキノン、これ誰かに似てない?」
「そういえば、どこか見覚えがあるような……」
「どれどれ……あれっ、これ、アスナさんに似てませんか?」
「そう言われると、確かにそっくりに見えるわね」
「アスナさんって、眠ったまま目覚めてないんですよね。まさかとは思いますけど……」
「まさかアスナさんはあの世界樹の上に?そんな事あるのかしら……
ALO、SAO、管理会社は一緒……サーバー……」
ユキノは何か考え込んでいたが、どうやら考えがまとまったようだ。
「みんな、この写真をすぐに姉さんに送るわ。公表はしない方向で」
「わかりました。これはちょっと犯罪の匂いがぷんぷんしますね」
「もしかしたら、八幡君とキリト君がALOに来る事になるかもしれないわね。
その時は私達が全力でバックアップするわよ」
「はい!お兄ちゃんのためにもコマチやります!」
「頑張ろー!」
「おー!」
「まずはこの写真の解析待ちね。とりあえず今日はログアウトしましょう。
後日私からみんなに連絡を入れるわね」
数日前、こうした経緯で写真が陽乃の手に渡り、今に至るのだった。
そして今、陽乃は雪乃に電話を入れ、二人がスプリガンで始める事を告げた。
「スプリガンを選んだのね……まあ土地勘が無い分若干時間はかかるけど、問題ないわ」
「ごめんね、どうしてもシルフは嫌みたいでね……似合わないからって。
とりあえず今から試しにインする事になったから、どうすればいいかだけ教えて」
「最初の町周辺でスキル上げかしら。私達も今からすぐそちらに向かうわ。
二人だけで世界樹の街、アルンに向かうのはちょっと不可能だと思うし」
「そう……それじゃそう伝えるわ」
「スプリガン領の近くの中立都市に着いたら改めて連絡を入れるから、
そしたらそこで落ち合う事にしましょう」
「分かったわ。頑張って、雪乃ちゃん」
「ええ」
「ごめんごめん、連絡がとれたよー。
とりあえずインしたら、町の近くでスキル上げをしててほしいんだって。
その間にスプリガン領近くの中立都市に向かうから、後ほどそこで集合だって」
「確かに初期状態からスタートでしょうし、スキルを上げないと何も出来ませんからね」
「飛ぶのにも慣れないといけないしな」
「まあとりあえず、インだけしてみますね。陽乃さんはコーヒーでも飲んで待ってて下さい」
「うん、気を付けてね二人とも」
「なぁに、死んでも死なないなんてぬるすぎますよ。なぁ、キリト」
「そうだな。よし、やるか」
二人は同じベッドに横たわり、二年数ヶ月ぶりに、その言葉を発した。
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