「丁度いいか。陽乃さん、ちょっとお願いがあるんですが」
「ん?何かな?」
「今後は俺の事、比企谷じゃなく八幡って呼んでもらえませんか?
他の奴らにも言うつもりなんですが、二年もハチマンって呼ばれ続けてると、
どうしても苗字で呼ばれる事に違和感を感じちゃうんですよね」
「それってプロポーズだよね?それじゃ私とけっこ……」
「いえ、やっぱりいいです。無茶なお願いでした」
「もう~今のは本当に冗談だよ、八幡君」
「ところで陽乃さんは大学を卒業した後はどうするんですか?」
「言ってなかったっけ?私は八幡君を守るために、この度レクトに就職が決定しました!
まあ結果的に空振りに終わったんだけどね。八幡君、私の就職前に自力で脱出してきたし」
「えっ……まじですか?」
「うん、まじだよ~」
陽乃はあっけらかんとした感じで軽く答えた。
「よくお母さんが承知しましたね。私より怖いって昔言ってませんでしたっけ?」
「ふふっ、どうしたか聞きたい?」
「そうですね、興味はあります」
「最初は、政治家になるにしろ会社を継ぐにしろ、社会人経験は必要ですって言ったの。
で、お父さんは好きにしろって言ってくれたんだけど、お母さんは納得しなくてね。
なので、認めないなら雪乃ちゃんと一緒に家を出るわよって言っちゃった、てへっ」
「うわ……良かったんですか?」
「お父さんは大笑いしながらお母さんに、お前の負けだよって言ってたかな。
お母さんもしぶしぶといった感じで最後は承諾してくれたよ」
「何か俺のせいで色々すみません……陽乃さんの進路まで……」
陽乃は、どうやらしょげているらしい八幡を後ろから抱きしめた。
「私ね、実はSAOをやってみようかなってちょっと考えてたんだよね。
だから八幡君がSAOに囚われたって聞いた時、最初に思ったの。
どうして私はSAOをやらなかったんだろう。
そうすれば何のしがらみも無い世界で八幡君と二人で冒険して、
二人で助け合ってゲームを攻略して、そして現実世界に帰還したら……」
「陽乃さん」
「…………」
「それは、とても素敵な想像ですね」
「素敵、かな?」
「はい、陽乃さんがいてくれたら、俺ももっと楽出来たと思いますしね」
「八幡君……」
「だけど実際にはそうはならなかった。そして俺はアスナに出会ってしまった。
陽乃さんは俺にとっては姉みたいな存在です。それ以上には考えられません。
でも特別なのは確かです。俺はそんな姉を心から尊敬し、大切に思っています」
陽乃はしばらく黙っていたが、溜息をついたかと思うと、八幡を抱く手に力を込めた。
「仕方ないなあ、それで勘弁してあげるよ」
「ありがとうございます」
「そうなると、アスナさんが私の妹って事になるね」
「そうですね」
「そっか……必ず助けよう、八幡君」
「はい、絶対に」
「まずは情報収集だね。私はレクト本社に就職したから、
その線から内部に何か情報が無いか探ってみるね。
その間、八幡君は必死でリハビリだね。アスナさんの居場所は私が知ってるから、
歩けるようになったら一緒に明日奈さんの眠る病院に行きましょう」
八幡はそれを聞いた瞬間、バッと振り向いた。
陽乃は慌てて手を離したが、八幡の顔は陽乃の顔にとても近かった。
陽乃は少し赤くなったが、八幡は気にせずその距離を保ったまま陽乃に質問した。
「アスナの居場所がわかるんですか?もしかして、結城家と雪ノ下家は関係あるんですか?」
「関係っていうか、一般的な企業同士の付き合いだね。
まあアスナさんのお父さんの彰三さんとは何度も顔を合わせてるし、
就職の時にもそのコネを最大限利用したから、お見舞いも特に問題ないよ」
「……陽乃さんだったらコネが無くても軽く就職を決めたとしか思えませんけどね」
「まあその自信はあったけど、顔繋ぎをしておく事が目的だったからね。
おかげで多少は我侭も聞いてもらえるような環境は確保したのよ」
「さすがですね」
「ふふっ、私達、共犯者みたいだね。それじゃ契約の証っと」
そう言うやいなや陽乃は、八幡の頬にキスをした。
八幡は呆気にとられていたが、何とか言葉を搾り出した。
「……くっそ、完全に油断した」
「ふふっ、まだまだ私に対抗するのは二年は早いわね」
「嫌に具体的な数字ですね」
「八幡君がこれから政府の用意する学校に通いなおすとして、
卒業するのがおそらくそれくらい後になるだろうからね。
そしたら進学するにしろ就職するにしろ、とりあえずは対等だと認めてあげる」
「えっ、俺また学校に通えるんですか?……それはちょっと嬉しいです。
あと、早く陽乃さんに認めてもらえるように頑張ります」
「うん、宜しい」
「あの、そろそろ僕、中に入ってもいいですかね?」
その声を聞いた瞬間、陽乃は慌てて八幡から距離をとった。
「何かいい雰囲気だったのに申し訳ない。
ところでその共犯者ってやつ、僕も混ぜてもらってもいいですかね?」
「え?菊岡さん?」
「実は今、上から八幡君と協力して必ず事件を解決するようにって言われちゃってね」
「まじですか」
「そういう事なんで、必ず残された百人を解放しよう。我々はこれから同志という事で。
あ、非合法なのはなるべく勘弁して下さいよ」
そう言いながら菊岡は、八幡に右手を差し出した。
八幡はその手をしっかりと握り、二人は固い握手を交わした。
「願ってもないです、宜しくお願いします」
「それじゃ話の続きいいかな?
もっとももう話すべき事は、そんなには無いかもしれないけど」
「そうですね、その前に一つ聞きたいんですが、俺のスマホは今どうなっていますか?」
菊岡はその問いはあらかじめ想定していたようで、淀みなくその質問に返事をした。
「君達のスマホや携帯の契約は一時休止となっていたんだが、
先ほどそれも解除されたはずだ。なのでもう使えるようになっているよ。
もちろんメールアドレスや番号はそのままでね」
「陽乃さん、俺の携帯を持ってくるように、今度小町に伝えてもらっていいですか?」
「了解!すぐすむし、今連絡するね」
そう言うと陽乃は小町に電話をかけた。そしてその場で陽乃は小町に、
今度八幡のスマホを持ってきてくれるように頼んでくれた。
「おっけー」
「ありがとうございます陽乃さん。あと、菊岡さん」
「うん」
「……俺はSAOの中で人を殺しました。それは罪に問われるんでしょうか」
「問われない事になっているよ」
「そうですか……」
「君だって、好きでやったわけじゃないだろう?基本自衛目的のはずだ」
「SAOの中には、快楽殺人者のような奴らもいましたけどね」
「そういう連中は、証言が集まった後、しばらく公安の監視下に置かれる事になると思う。
まあ罪に問われる事は、残念ながら無いんだけどね」
「証言、ですか。俺もその類の情報を伝えた方がいいですかね?」
「思い出したくもないだろうが、情報があるなら是非お願いしたい」
「……わかりました」
八幡が菊岡に告げたのは、
プー、ジョニーブラック、ザザ、クラディール、ロザリアの名前だった。
それ以外の者の名は覚えていなかったようだ。
菊岡はその名前をメモし、すぐにリストと照合を始めた。
その結果、プーの名前だけがリストに存在しない事が発覚した。
「くそ、よりにもよってあいつかよ……」
「危険な奴なのかい?」
「殺人ギルド、ラフィン・コフィンのリーダーだった外人です。
おそらく軍隊経験者、もしくは現役の軍人ですね」
「……軍関係なら情報が秘匿されていても不思議ではないね。
一般人ならともかく、軍の関係者がゲーム内とはいえ、
万が一殺人を繰り返した等という事が発覚したら、罪には問われなくとも問題視はされる。
その事を一応想定して、最初から秘匿するという可能性は高いと思う」
「まあしかし、居場所が海外なら問題無さそうな気もするわね」
「そうですね。とりあえず伝えるべきだと思う情報はそれくらいです」
「そうだね、こちらとしても、欲しい情報はほぼ手に入ったと思う」
八幡は他に伝えるべき事はないかと考え込んだが、特に思いつかなかった。
思いついたのは、まったく別の事だった。
「ところで菊岡さん、俺の仲間の連絡先とかを教えてもらうわけにはいかないですよね?」
「すまない、それは禁止されているんだ。君の事は信用しているが、
お礼参りというか、そういう事を考える者もいるだろうからね」
「個人情報保護法もありますし、やっぱりそうですよね。
一応仲間内での連絡の方法は決めてあるんで、そこらへんはまあ問題ないです。
それじゃあ次に、目覚めない者の中に仲間がいるかどうかを聞く事は可能ですか?」
「それくらいなら事件解決のために必要だという事で、可能だよ」
「それじゃあ確認をお願いします。
キリト、リズベット、シリカ、エギル、クライン、アルゴ、この六人の安否を。
あ、ネズハは……あいつには連絡方法を伝えてないんだよな。
まあいずれ学校で会えると思うし、安否だけお願いします」
菊岡は再び端末を操作していたが、さっと顔を曇らせ、八幡に告げた。
「……一人まだ目覚めていない人がいるね」
「……誰ですか?」
「リズベットさんだね」
「リズ……リズか……くそっ、キリトが悲しむだろうな……」
「もしかして、キリト君の恋人なのかい?」
「まだ未満ですけどね」
「連絡先を教える事は出来ないが、僕はこの後キリト君の所に行く事になっている。
何か伝言があったら伝える事くらいは出来るよ?」
「本当ですか?それじゃあ、可能ならアスナとリズの事を教えてやってください。
後、二ヶ月を目安に死ぬ気でリハビリをしろと伝えて下さい。
あ、陽乃さん。俺、自分のアドレス覚えてないんですけど、俺のアドレスってわかります?」
「うん、わかるよ」
「それをメモってもらって、菊岡さんに渡してもらってもいいですか?」
「おっけー、今書くね」
「菊岡さん、そのメモをあいつに渡して下さい。お願いします」
「それくらいならお安い御用さ。後はいいかな?」
「はい。現時点では大丈夫です」
「それじゃ、当面僕と陽乃さんはとにかく情報収集だね」
「お願いします。俺はしばらく必死でリハビリを頑張ります」
こうしてその日の話は終わり、その日から八幡のリハビリ生活が始まった。