「それではまず、七十五層で解放された経緯についてですが……」
「それだよそれ!うちとしても七十五層まで到達していたのは知ってたんだが、
まさかそのままゲームがクリアされるなんてまったくの想定外だったから、
理由を早く聞いてこいって上がうるさくてね」
菊岡は、上に色々言われていたのだろう、身を乗り出して話を聞く体制をとった。
「まず最初に、これはあんまり話したくはないんですが……」
「嫌な事は無理に話さなくてもいいんだよ、比企谷君」
「いや、そういうんじゃなくてですね、その、俺の黒歴史になるというか……」
「あー、レベルトップスリーの一角だったせい?三人の勇者、みたいな?」
それを聞いた八幡は、きょとんとした。
「え?俺達は四天王と呼ばれてたんですが……」
「なんだって?本当かい?」
菊岡が八幡に詰め寄った。陽乃も初耳だという風に八幡を見つめた。
「え?外からレベルとかは観測してたんですよね?」
「ああ。だが我々の調査だと、集団のトップと目されていたのは、
君とアスナさん、そしてキリト君の三人のプレイヤーだね。他に誰かいたのかい?」
「あー……そういう事ですか……」
「何か心当たりでも?」
「攻略組には二つの大きな勢力がありました。ひとつは聖竜連合、リーダーはリンド。
そしてもう一つは俺とアスナも所属していた血盟騎士団、団長はヒースクリフ。
俺の参加は七十五層からですが、副団長はアスナ、俺は参謀ですね」
「あー」
陽乃はそれを聞き、何かに思い当たったようだ。
「もしかして、結婚写真の赤と白の派手な服が血盟騎士団の制服とかかな?」
「そっちのデータも入手してたんですね。そうです。
俺があの時着ていた服が、血盟騎士団の参謀服です。
七十五層まで参謀不在だったんで、プレイヤーの間でかなり話題になったみたいですね」
「参謀か。比企谷君にはお似合いの役職だね。今までの話の流れからすると、
その二人のどちらかが四天王の残り一人なんだね。おそらくヒースクリフかな」
「はい。四天王と呼ばれていたのは、神聖剣のヒースクリフ、閃光のアスナ、
黒の剣士キリト、そして俺です」
「はい比企谷君往生際が悪い!やり直し!」
「ぐっ……ちくしょう、銀影のハチマン、です」
「銀の影?格好いいじゃない。早速拡散拡散っと」
「おい馬鹿やめろお願いします特に妹さんには絶対内緒でお願いします」
「そんなに雪乃ちゃんが怖いんだ……仕方ないなあ」
「ふう……それじゃあ話を続けますね。
つまりヒースクリフの存在は、こちらでは観測されていなかったって事ですよね?」
菊岡は、何かの端末を操作しながらそれに答えた。
「ああ。今調べたが、そんな名前のプレイヤーの存在は確認されていない」
「まあそうでしょうね。ヒースクリフはそもそも、病院には収容されていないでしょうから」
「病院に収容されていない?まさかヒースクリフというのは……」
「はい、晶彦さんです。ヒースクリフは、茅場晶彦本人でした」
「そうか、我々はナーブギアからデータをとる事しか出来なかったから、
病院にいない人物のデータを確認する事は不可能だった。そうか、そうだったのか……」
菊岡は納得したようで、八幡に話の続きを促した。
「七十四層で俺達は、とある団体の暴走のせいで少人数でボスと戦う事になりました。
まあその辺りの話は重要じゃないんで省きますね」
「君がそう判断したなら問題ないよ」
「で、その時は主にキリトの力によって、何とかボスを倒す事に成功しました。
その時からキリトは英雄と呼ばれるようになりました。問題はその後です」
「ふむふむ」
「その戦闘の後アスナが、しばらく団を抜けて色々考えたいって言い出して、
まあその日の朝に、アスナの護衛役の団員が暴走したせいもあるんですが、
それを受けてアスナが、ヒースクリフの所に直談判に行ったんですよ。
そしたらヒースクリフが、決闘で私に勝てたら認めようとか言い出してですね……」
「うわぁ、あの男もベタな展開が好きだねぇ」
「で、俺はその時点で、ヒースクリフが晶彦さんじゃないかってちょっと疑ってたんで、
キリトに代役を頼んでその決闘の様子をじっくり観察したんですよ。
そしたら戦闘の最後で負けそうになったヒースクリフが咄嗟にシステムアシストっていう、
ゲームマスターにしか使えない行動をとったんで、
それでヒースクリフが晶彦さんだと確信したんです。
俺が正体に気付いた事を、相手に気付かれないように演技するのが大変でした」
菊岡と陽乃はその光景を想像して、八幡の冷静さと周到さに驚いた。
「君はゲームの途中で、ほぼ独力で茅場の正体にたどり着いたのか……」
「いや、まあ頼りになる仲間がいたおかげですね。俺一人じゃ疑惑は疑惑のままでした」
「それでも君は十分すごいよ……」
「で、勝負に負けたら俺が血盟騎士団に入るって約束してたんで、そこで入団しました。
その直後に、さっき暴走したって言ったアスナの護衛に殺されかけました」
「うわ……痴情のもつれかい?」
「正直ストーカーみたいに思い込みの激しい奴でしたね。
で、幸いそいつが殺人ギルドのメンバーだって情報を事前に掴んでたんで、
そのまま罠にはめて監獄送りにしてやったんですよ」
それを聞いた陽乃は笑い出した。
「あはははは、比企谷君がさすがすぎる」
「優秀な情報屋が仲間にいたおかげですね。で、その事件をきっかけに、
俺とアスナが結婚する事になったんで、そのまま休暇をもらいました」
「それじゃあこの写真は」
そう言って菊岡は壁の写真を眺めた後、八幡に向き直った。
「その時に撮られたものなんだね」
「はい」
「でもそれってかなり最近の事だよね?そこから何でいきなりゲームクリアに?」
「ここからは結構複雑なんで、出来るだけ簡単に説明しますね。
休暇中に俺は、とある計画をたてました。七十五層のボス戦の後に晶彦さんを倒し、
一気にケリをつけようとしたんです。俺は仲間達と相談し、ボス戦に挑みました」
「計画、ね」
「ボス戦で俺は、ヒースクリフのHPを出来るだけ削るような指揮をしました。
おそらくHPが半分を割らないような設定にしてあると推測したからです。
その結果、うまい事ヒースクリフのHPを半分近くまで減らす事に成功したので、
配置についた後、キリトに頼んで奇襲をかけました。
その結果、ヒースクリフが不死設定の存在だという事を暴く事が出来ました」
菊岡は、首をかしげながら八幡に尋ねた。
「不死なのに倒せたのかい?」
「晶彦さんの性格上正体がバレた後、俺達が百層に到達するのを待つよりは、
その場で決闘とか言い出して、勝ったらゲームクリアと認めようとか言うんじゃないか、
そんな推測をたてていたんです。実際その通りになりました。あれは実際賭けでしたね」
「で、君がそれに勝利したと?」
「いえ、戦ったのはキリトです。俺達は麻痺によって行動出来なくなってたんですが、
それも予想して事前にその対策をたてておきました。
その上で、様子を見ながら全員で飛び掛って倒す予定だったんですよ」
「比企谷君は簡単に言ってるけど、普通そこまで読めないからね?」
「運がこっちに味方してくれたんですよ。で、いざ決闘が始まったんですけど、
後半キリトがやや不利になってしまって、その段階で俺とアスナが先行して突っ込みました。
そしてまず、アスナがキリトをかばって死にました」
「えっ……?」
菊岡も陽乃も、どうやら頭がこんがらがってきたようだ。
八幡は説明の必要を感じ、簡単に説明する事にした。
「SAOには、蘇生アイテムが一つだけ存在していたんです。
その条件は、死んでから十秒以内での使用。
つまり、プレイヤーがゲーム内で死んでからナーヴギアが脳を焼くまでは、
十秒の余裕がある事が事前にわかっていたんです」
「なるほど、確かにそうなるね」
「そして次に俺がヒースクリフの剣にわざと刺され、そのまま抱きついて動きを封じました。
ちなみにキリトは、大技を放った直後で長い硬直状態に陥っていました。
ヒースクリフは左手の盾でキリトを倒そうとしたんですが、
保険のつもりで俺は、事前にネズハっていうプレイヤーに攻撃だけ指示しておいたんです。
そして指示通りネズハの遠隔攻撃が見事に決まり、
ヒースクリフの盾での攻撃を妨害する事に成功しました」
「他にも手をうっていたのか」
「キリトはまだ動けなかったはずですが、俺はキリトに無茶を言いました。
システムの制限を超えて動け、俺ごとヒースクリフを刺せと。
キリトはその期待に見事に答え、動けないはずだったのに動いてくれました。
そして俺とヒースクリフはキリトの剣で同時に貫かれ、二人ともそこで死にました。
そしてSAOがクリアされました」
菊岡と陽乃は驚愕していた。
綿密に計画を立て、運もあっただろうが自分の身を捨ててまで見事に目的を達成した八幡。
キリトを身を挺して守ったアスナ。八幡の期待に見事に応えたネズハ。
そして、本来はシステム的に動けないはずなのに、それを見事に乗り越えたキリト。
年端もいかない少年少女達の戦いぶりに、二人は心の中で惜しみない拍手をおくった。
「……事情はわかった。何というか、すごい戦いだったんだね」
「そうですね、正直運が良すぎました」
「運も実力のうちさ。とにかく君達は六千人以上の人間を救ったんだ。そこは誇っていい」
「そうですね。まだ戦いは終わっていませんが」
「ちょっとここまでの情報を先に報告してきてもいいかい?少し休憩という事にしないか?」
「はい、分かりました」
「ごめんね、ちょっと行ってくるよ」
菊岡は外に出て、情報を送信しつつどこかに連絡をとっているようだ。
陽乃はベッドに腰掛け、八幡の目を覗き込んだ。
「陽乃さん近いです」
「強い意思の宿った目をしているね」
「……そうですか?」
「うん、いい男になったね、比企谷君!」
陽乃は八幡の背中をパンと叩いた。
八幡は陽乃に認めてもらった自分を、誇らしく思ったのだった。