「やぁ」
「おう、葉山か。久しぶりだな」
「ヒキタニ君!お帰り!」
「戸部、相変わらず軽……元気そうで何よりだ」
「私もいるよ」
「海老名さんは、あー、相変わらずか?」
「そうだね、まあ相変わらずかな、ふふっ」
(これはやっぱり、相変わらず腐ってるって事なんだろうな……)
次の日八幡の下を訪れたのは、この三人だった。
親しかったと言える関係であったかは微妙なところだったが、
それでも会いに来てくれた事が、八幡は嬉しかった。
「寄せ書き、由比ヶ浜から渡されたよ。集めてくれたんだろ?ありがとな、葉山」
「本当は一緒に卒業したかったんだけどな」
「そうだな……それだけは確かに心残りだわ」
「でもヒキタニ君が無事で、本当に良かったわぁ」
「ありがとな、戸部」
「それにこの写真、まじぱねーっしょ!ヒキタニ君はやっぱヒキタニさんだわぁ」
「う……それな……そのうち外してもらうつもりなんだが……」
「まあいいじゃないか。すごくお似合いだよ」
「お、おう、そう言ってもらえると素直に嬉しいわ」
「ヒキタニ君の裏切り者、ヒキタニ君の裏切り者……」
「海老名さん……」
「どうして写真の相手が男じゃないの?これはもう裏切りと言うしかないよ!」
「ご期待に添えなくて申し訳ない……」
「姫菜、そのへんで」
「そうだよ姫菜、今日はお祝いの席だべ?」
「ごめん、つい本音が……」
「やっぱ相変わらずだな……」
「まあでも、私だってすごい心配してたんだよ」
海老名は少し目を潤ませながら、八幡に言った。
「お帰り、比企谷君」
「いえーいお帰り~!」
「お帰り、比企谷」
「三人とも、ほんとありがとな。心配かけてすまん」
八幡は三人に頭を下げ、三人は嬉しそうに八幡に笑顔を見せた。
三人がSAOの話を聞きたがったので、八幡は中での生活がどうだったかを軽く説明した。
八幡は平然と話していたが、やはり三人にとってはショッキングな内容だったようだ。
三人は驚き、悲しみ、時には八幡を励ましながら話を聞いていた。
そしてあっという間に二時間が経過した。
「それじゃこの後政府の人が来るみたいだし、俺達はそろそろお暇するか」
「ヒキタニ君、また来るから!」
「比企谷君、またね!」
「あ、海老名さん、ちょっといいか?」
「ん?」
八幡は海老名を呼び止めた。
「なぁ、優美……三浦はもうグループから外れてるのか?」
「今優美子を名前で呼ぼうとしなかった?」
「……そう呼べって言われてな」
「へぇ~、優美子が比企谷君の見舞いに来てるのは知ってたけど、
そんな親しくなってたなんて意外だねぇ。
で、こっちの話だけど、私と結衣は何も変わらないけど、隼人君とかとはどうしてもね」
「やっぱそうなのか……」
「まあ気にしないでいいよ。どうせ進学したらバラバラになるのは確定してたんだし」
「まあ、変なこじれ方をしていないならそれでいい」
「うん、大丈夫」
「それじゃまたな、海老名さん」
「うん、またね!」
三人が帰ってしばらくした後、扉がノックされた。
「はい、どうぞ」
「じゃじゃーん、真打ち登場!」
陽乃はそう言うと、八幡の頭を抱きしめた。
「いきなり何するんですか……」
「静ちゃんが、比企谷には色じかけは通用しないぞ、って言うから、本当かなと思って」
「ああ……まあそうですね。気が済んだらそろそろ離して欲しいんですが。
恥ずかしいかと言われればやっぱ恥ずかしいんで」
「いいじゃない、早く比企谷君に会いたいのを我慢して、他の人に順番を譲ったんだから」
陽乃は少し拗ねた感じでそう言ったが、仕方ないといった感じで八幡から離れた。
「改めて御礼を言います。俺の為に陽乃さんがすごい頑張ってくれたって聞きました。
本当にありがとうございます。今俺がこうしてここにいるのも陽乃さんのおかげです」
「私達の仲じゃない。そんなにかしこまらなくていいよ?」
「本当にすごく感謝してるんで、お礼はしっかりと言いたいんですよ」
「なら、私とけっこ……」
「すみませんそれとこれとは話が別です勘弁して下さい」
八幡は、陽乃が不穏な言葉を口にする気配を察して、被せるように素早く言った。
「もう、比企谷君はつれないなぁ。ま、冗談だけどね」
「目が本気に見えるんですが、気のせいですよね」
「うん、気のせいだよ。だから私とけっこ……」
「おい、どこが冗談だ。どう見ても本気じゃないか」
「そんなワイルドな比企谷君もいいね!」
「はぁ……」
「あのーそろそろ入ってもいいですかね」
二人がそんな会話をしていると、外で待っていたらしい人物から声がかかった。
「あ、ごめんなさい菊岡さん」
「いえいえ、こちらこそせっかくの感動の再会を邪魔しちゃって申し訳ない」
「あ、政府関係の方ですか?」
「総務省通信ネットワーク内仮想空間管理課の菊岡です。はじめまして、比企谷八幡君」
「色々と良くして下さったと妹から話は聞いてます。どうもありがとうございました」
菊岡は、少し困ったような顔をして八幡に言った。
「いやいや、こちらこそ君達をあんな目にあわせてしまって本当にすまないと思っている。
我々は中の様子を位置情報とステータス等の情報で把握するのが精一杯で、
君達を助けるために何もする事が出来なかった。
こうして君が無事に帰ってきてくれた事を、本当に嬉しく思うよ」
「いえ、俺の体に関しても、残された家族に関しても、
きちんと対応して下さったと聞いています。本当にありがとうございます」
「そう言ってもらえると嬉しいよ。こちらとしても、
被害者の方々のために出来る事は何でもするつもりでいるよ。
本当は君が目覚めたと聞いて真っ先に来たかったんだがね、
想定外の事があって、そちらの調査で時間をとられてしまったんだよ」
「真っ先に、ですか……なるほど。それじゃ話を始めましょうか。
俺と茅場晶彦、晶彦さんの関係はもちろん調べてあるんですよね?
で、聞きたいのって、晶彦さんの居場所か、その後について何か知らないか、ですよね?」
その八幡の言葉に、菊岡は驚きと感心がまざったような顔をした。
「さすがは陽乃さんのお気に入りだけの事はあるね。話が早い。あ、録音してもいいかい?」
「はい、どうぞお好きなようになさって下さい。で、結論から言うと、
どこにいるかは知りません。でもどうなったかは知っています」
「どうなったんだい?」
「……死んだと思います」
「……そうか」
「ゲームをクリアした後、ゲーム内の別の場所に飛ばされて、
晶彦さんと少し話す機会があったんです。
その時に今後どうするのか聞いたら、返ってきた答えがそれでした」
「詳しい話をお願いしてもいいかな」
「はい。ゲームクリアしてから少しの間は確実に生きていたはずです。
ですが、直後に脳をスキャンするので、確実に死ぬと言ってました。
成功していたら、意識だけの存在としてまだネットの中に存在しているかもしれません」
「何だって?そんな事が可能なのかい?」
「本人の話だと、そうみたいですね」
「なるほど……天才の名は伊達じゃないって事か……
しかしそうなると、逮捕するのはもう不可能って事になるね」
「そうですね。俺の勘だと、またどこかで会う気もしてるんですけどね」
「あのデスゲームを戦い抜いた君の勘だ。そういう勘は得てして当たるものだよ。
要するに我々は、いつまでも彼に対して備えをしておかないといけないって事か……」
「心中お察しします。存在するかわからない物に備えるって、大変ですよね」
「まあ、それも仕事のうちさ。対策がとれる事なのかどうかは分からないけどね」
菊岡は肩をすくめながらそう言った。
「さて、次の話なんだが……」
菊岡は、どう言っていいものか悩むようなそぶりを見せた。
八幡は、アレの事だろうなと思いながら、菊岡に尋ねた。
「話しにくそうですね。まだ目覚めない人達の事ですか?」
八幡のその言葉は、菊岡をかなり驚かせたようだ。
菊岡は口をぱくぱくさせながら陽乃に振り返った。それを見た陽乃は、顔を横に振った。
「私は彼には何も言ってませんよ。比企谷君、誰に聞いたの?」
「晶彦さんに直接聞いたんです。どうやら外部からの干渉があったようだと」
「外部……茅場はそう言ったのかい?」
「はい」
「そうか……実は君の言う通り、まだ目覚めないプレイヤーがかなりいるんだよ。
君達の行動の結果だという可能性も検討していたから、正直聞きづらかったんだよね」
「晶彦さんは、おそらく目覚めない者が百人いると言ってました」
「人数まで知っているんだね。これで君が茅場と最後に話した事が証明された事になる。
君の話の信憑性がほぼ確保されたね」
「この件に関しては、犯人は晶彦さんじゃなく別の人間の仕業だと思います。
俺は晶彦さんに、犯人を絶対見つけ出すと約束しました。
晶彦さんは、SAOの最後をこんな形で汚されるのは許せないと言ってました。
俺も同感です。絶対に犯人を見つけて、アスナをこの手に取り戻します」
八幡の決意のこもった目を見て、菊岡は頷いた。
「アスナというのは、結城明日奈さんの事だね。確かに彼女はまだ目覚めてはいないね。
この写真の通り、君達はとても親しい関係だったようだし、気持ちもよく分かるよ。
政府としても全面的に協力するつもりだ。だが今はとにかく情報が足りないんだ。
君の体調も考慮すると、あまり時間をとらせるのは本意ではないんだが、
可能な限りの情報提供をお願いしたい」
「大丈夫です。何でも聞いて下さい」
「それじゃあ君がどんな経験をしてきたのか、
必要だと思う事を順を追って説明してくれないか。
僕は疑問点があったら質問する事にするよ。出来れば陽乃さんも僕と一緒に質問して欲しい。
僕一人じゃ見逃しちゃう事もあるかもしれないからね」
「ええ。それじゃ比企谷君、お願い」
「分かりました」
こうして、八幡の長い話が始まった。