カウントがスタートし、一同はデュエルの開始を固唾を飲んで待ち構えていた。
そしてデュエルが開始された瞬間、キリトの姿が消えた……ように見えた。
もちろんハチマンやアスナには見えていたのだが、
その場にいた多くの者の目には、消えたように映っていた。
大きな金属音と共にヒースクリフの持つ盾がやや横にずれたかと思うと、
次の瞬間ヒースクリフの頬に、一筋の線が走った。
「まずは挨拶代わりだ」
「なるほど、ご丁寧な挨拶痛み入る」
「挨拶返しは必要ないぞ」
「それは残念だ。それでは返礼は、最終的な勝利をもってする事にしよう」
ハチマンとアスナは既に麻痺回復ポーションを使用し、
今まさに麻痺から回復している真っ最中だった。
これから介入のタイミングを計らなくてはいけないため、
ハチマンは、集中して二人の戦いを見つめていた。
「相変わらず防御が固いな、ヒースクリフ」
「キリト君こそ相変わらずすさまじい反応速度だね」
二人の戦いは、まさに一進一退というべきものになった。
当然のように派手な技は一切飛び交わない、とても地味な戦闘になった。
とにかくカウンターで相手を徐々に傷つけようとするヒースクリフと、
盾の上からでも強烈な攻撃を与え、その衝撃でHPを削っていくキリトの、
それは我慢の戦いでもあった。
キリトは二連撃程度の発動の早いソードスキルを何度か試したが、
それらは全て、モーション開始の段階から読まれていた。
おそらくヒースクリフは、もしこういう機会が訪れるとしたら、
自分の相手はハチマンではなくキリトになるだろうと予測し、
全ての片手直剣ソードスキルの対策を綿密に練っていたのだろうと思われた。
おそらく二刀流のソードスキルも完璧に防がれるに違いない。
キリトはそう思い、慎重に敵のHPを削る作業に専念していた。
「達人同士の戦いは、得てしてこういう感じになるんだよな」
「そうだね。派手な技は結局隙も多いもんね」
「おいハチマンよう、今はどっちが有利なんだ?俺にはまったく分からねえ」
「ヒースクリフだな」
ハチマンはクラインに、そう断言した。
「まじかよ、互角にしか見えないぞ」
「動きの差だな。明らかにキリトの方が運動量が多い。
いずれじりじりと差が出てくるだろう」
「まずいじゃねーか。どうするよ」
「もう少し様子見だ。キリトはおそらくまだ何かを隠している」
その言葉通り突然キリトは左手を後方に隠し、やや隙の大きなソードスキルである、
片手直剣四連撃《バーチカルスクエア》を放った。
それを見たヒースクリフは、当然キリトの硬直を狙ってカウンターを放とうとした。
その瞬間キリトは、逆にカウンターでヒースクリフにタックルをかまし、
そのままヒースクリフに向けて、二連撃《バーチカルアーク》を放った。
その攻撃はカウンターとなって一気にヒースクリフのHPを一割ほど削り、
HPの面で比較すると、キリトが完全に有利な体制になった。
一瞬虚を突かれたような顔をしたヒースクリフはすぐ立ち直り、キリトに反撃してきたが、
キリトは後方に飛んでそれを逃れていた。
「ハチマン、何だ今の?両手に剣を持っていて体術スキルを発動出来るものなのか?」
「よく見ろクライン。あいつどうやら、クイックチェンジを使って左手の剣を消して、
体術スキルを使えるようにしてから攻撃したみたいだぞ」
「だから左手を後ろに隠したのか!やるじゃねーかキリトの奴!」
「ああ」
「キリト君すごいね!ハチマン君の次にすごいね!」
「お前はほんとブレないな、アスナ」
一方ヒースクリフもキリトに話しかけていた。
「これは驚いた。まさかクイックチェンジをそんな風に使うとはね」
「人間は工夫をする生き物なのさ」
そう言ってキリトは再び剣を出現させ、ヒースクリフに斬りかかった。
ヒースクリフは再び固い守りを見せていたが、キリトが再び左手を後ろに隠すのを見て、
一瞬迷ってしまった。ヒースクリフにカウンター攻撃をさせる事なく、
キリトは安全を確保し、そのまま重い攻撃を盾に叩きつけた。
「表と見せて裏、裏と見せて表か。さすがだ」
「お褒めに預かり光栄です、団長」
「私は君の団長では無いんだがな」
「細かい事は気にするな」
キリトはすぐに攻撃を再開した。このまま行けば確実にキリトが勝利する。
だがさすがにヒースクリフは、このゲームを知り尽くしていた。
基本待ちの体制だったヒースクリフが、突如攻撃に転じた。
右手の剣を使い、刺突系のソードスキルをほぼ硬直無しに連続して放ってきた。
「くっ」
あまりにもソードスキルが連続したため、キリトは何発か攻撃をくらってしまった。
たまらず距離をとったキリトは、ヒースクリフに言った。
「何だよその盾、反則だろう」
「ほう、今の一瞬で見破ったのか。さすがとしか言いようがないな」
ヒースクリフはキリトを賞賛したが、他の者は、盾?と首を傾げるばかりで、
何の事かまったく理解出来ていなかった。
「ハチマン、今のは?」
「盾を使ったソードスキルをキャンセルにならないギリギリの長さで発動させて、
剣のソードスキルによる硬直をキャンセルし、連続で攻撃しているみたいだな。
多分油断すると、盾のソードスキルがそのまま飛んでくるぞ」
「何だよそれ……下手すると延々と続くんじゃないか?」
「そうだな、今のでまたヒースクリフが優位に立った。そろそろ介入の準備をするぞ」
「うん」
ハチマンの言葉通り、やや劣勢に立たされたキリトはそれでも諦めずに、
フェイントを織り交ぜながら重さを重視した攻撃を続けたが、ヒースクリフは崩れない。
それどころか、キリトのフェイントにも徐々に対応し始めていた。
「体を動かすのも得意だったのか?」
「私も自分がここまで出来るとは知らなくてね、少し驚いているよ」
「はっ、どうだかな」
なおも戦い続けていた二人だったが、ふいにヒースクリフが明らかな隙を見せた。
キリトは剣士の習性か、つい反射的にそれにつられ、大技のモーションを開始してしまった。
「くそっ」
「それは私には通用しないよ、キリト君」
キリトが繰り出したのは二刀流最上級技、二十七連撃《ジ・イクリプス》だった。
「まずい、キリトが釣られた。アスナいくぞ!」
「了解!」
「あの技は一度だけ見せてもらった事がある。確か二十七連撃だ。
なので硬直時間がめちゃめちゃ長い。今キリトが止めを刺されたら、
十秒以内に俺達二人であいつを倒しきるのは不可能だ。何としてもキリトを守るぞ」
ハチマンは走りながらアスナにそう言った。
そしてまもなくヒースクリフを射程に捕らえるという距離まで近付いた時、
すぐ後ろを走っていたアスナが突然叫んだ。
「ハチマン君、伏せて!」
「むっ……」
ハチマンはまったく伏せる気は無かったのだが、つい反射で伏せてしまった。
今までアスナの言う事には素直に従っていたせいもあっただろう。
伏せたハチマンの上をアスナが飛び越し、今まさに硬直を開始し、
ヒースクリフに止めを刺されようとしていたキリトの前に立ちはだかった。
ヒースクリフの剣はそのままアスナを貫いた。
「むっ、アスナ君か。麻痺対策をとっていると予想はしていたが、
てっきりハチマン君が突っ込んでくるとばかり思っていたが……」
ハチマンと違い常に前線で戦っており、戦闘後のポーションだけでは、
半分程度までしかHPを回復出来ていなかったアスナのHPは、その一撃で全損した。
「なっ……ア、アスナ?アスナぁぁぁあああ!!」
アスナはハチマンの目の前で、ハチマンに笑顔を向けながらエフェクトと共に消滅した。
「くそっ、十秒だ。冷静になれ。十秒以内にケリをつける」
ハチマンは着地するとそのまま真っ直ぐヒースクリフに突進し、斬りつけた。
それは直線的な動きであったため、ハチマンも簡単にヒースクリフの突きに貫かれた。
ボス戦ではあまりHPが減らなかったため、ポーションで全快していたハチマンのHPは、
その一撃で全損こそしなかったが、すごい速さで減少していた。
おそらく貫通ダメージがかなり大きいのだろう。
「……いくら何でも簡単すぎる。ハチマン君、まさか君は、自ら貫かれたのか?」
「おいキリト、硬直だろうが何だろうが、死ぬ気で克服してみせろ!
その手に持っている剣をリズだと思え!リズがお前を見ているぞ!」
そう言うとハチマンは、ヒースクリフの剣を根元まで自分の体に刺し、
そのままヒースクリフに抱き付き、剣の動きを完全に封じた。
「まさかこんな手が……だがキリト君は当分動けまい!先に君が全損するはずだ!
それで私の勝利が確定する!」
「キリト!」
「ぐっ……リズ……」
キリトはハチマンの叫びに応え、リズベットの名前を呼んだ。
そのリズベットは、今まさにキリトのために祈っているはずだった。
左手のダークリパルサーが輝いたように見え、キリトは硬直中だというのに動き出した。
「何だと……本当に意思の力でシステムを超えたと言うのか?だが、まだ手はある!」
ヒースクリフはそう叫び、キリトのに向けて盾のソードスキルを放とうとした。
その瞬間にヒースクリフの額に何かが命中し、ヒースクリフは大きく仰け反った。
「よくやった、ネズハ!」
それは、ネズハの遠隔攻撃だった。
ネズハはハチマンの期待通りの働きを、立派にこなしてくれたようだ。
「キリト、最短距離で攻撃しろ!俺ごとヒースクリフを貫け!」
「おおおおおおおおおおおおお」
動き出したキリトは、そのハチマンの言葉通り、最短距離で二人を貫いた。
その攻撃は二人のHPを消し飛ばし、二人はエフェクトと共に砕け散った。
それを確認した瞬間キリトも力尽きたのか、意識を失い倒れた。
辺りに一瞬の静寂が走ったが、次の瞬間、周囲に無機質なシステム音が響いた。
《ゲームはクリアされました》
《順次、ログアウト処理が実行されます》
そのシステム音が響き渡った瞬間に事態を理解したのか、周りから大歓声が沸き起こった。
そしてその大歓声の中、一人また一人と、その場から消えるように姿を消していった。
どうやら順番にログアウトしていっているようだ。
残されたアルゴとリズベットとシリカはずっと祈り続けていたのだが、
リズベットが突然立ち上がり、上を向いてこう叫んだ。
「キリトが呼んでる!」
そう言うとリズベットは外に向かって駆け出した。
驚いた二人はすぐにその後を追った。リズベットは外に出ると、空に向かって叫んだ。
「キリト、頑張れ!」
そして少し後、突然無機質なシステム音が辺りに響き渡った。
《ゲームはクリアされました》
《順次、ログアウト処理が実行されます》
それを聞いた三人は歓声をあげ、泣きながら抱き合った。
そして抱き合ったまま、三人とも消えていった。
ゲーム開始から実に二年三ヶ月、ついに今日、
ソードアート・オンラインは、キリトの手によってクリアされたのだった。
十秒が長いのは、お約束という事で!