ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第078話 表と裏

「来てくれたのか、三人ともすまない。

出来えばもう少し休暇を楽しんでもらえる予定だったんだが」

「非常事態だろ。仕方ないさ」

 

(まあ晶彦さんはタイミングはともかく犠牲については織り込み済みだったと思うけどな)

 

 ハチマンはそんな事を考えていたが、表にはまったく出さなかった。

 

「で、どんな状況なんだ?」

「メッセージで説明した通りだ。もはや偵察する事は不可能だと分かったので、

精鋭を集めて明日全体会議を行い、明後日に本攻略を行う事になった」

「まあ、もうそれしかないか。結晶アイテムも使えないって事は、

回復はポーション頼みになると思うが、数は揃ってるのか?」

「各自のストレージに入りきらない程度には集めておいたよ」

「了解だ」

「キリト君にもわざわざご足労願った事だし、

詳しい経緯を私の口からもう一度説明しておこう」

「頼む」

 

 そう言ってヒースクリフは、より詳細な経緯を語り始めた。

 

「その状況だと、結晶アイテムが使えないのは間違いないと考えていいな」

「ああ。どんな敵かは確認されていないが、少なくとも扉が閉まる直前までは、

何も現れていなかったのは間違いないようだ」

「しかし扉が閉まったと言う事は、何かのフラグが成立したという事のはずだ。

そしてそれはボス部屋では、ボスの出現以外にはありえない」

 

 そのハチマンの発言を、キリトが補足した。

 

「つまりその時点で扉の外にいた者からは見えなかったが、

出現自体はおそらくしていたって事か」

「そういう事になるな」

「なるほど、理屈は通っているね」

「さすがは私のハチマン君だね!」

「あ、ああ……そうだねアスナ君」

 

 ヒースクリフはこんなアスナを見るのは初めてだったようで、少しとまどっているようだ。

 

「で、全体の指揮は俺って事でいいのか?」

「ああ。初めての指揮が厳しい層になってしまって申し訳なく思う」

「まあ今までもよく口出ししてたしな、問題ない」

「まあ私のハチマン君なら何の問題も無いよ団長!」

「そ、そうだねアスナ君」

 

 ヒースクリフはやはりとまどっているようで、キリトにこっそりと耳打ちしてきた。

 

「キリト君、アスナ君はいつからこうなんだい?」

「ん?ヒースクリフが知らなかっただけで、かなり前からこうだぞ」

「そうか……」

「それじゃ明日の会議の詰めに入ろうぜ、団長」

「ああ」

 

 四人は想定される事態、準備する物、編成等について相談していった。

ハチマンは誰かが発言する度に、こっそりとヒースクリフの反応を確認していた。

そして合同会議に向けての話し合いは問題無く終わり、そのまま解散という事になった。

 

「それじゃ団長、また明日」

「お疲れ様でした!」

「またな、ヒースクリフ」

「ああ、三人とも、また明日」

 

 三人は外に出ると、そのまま秘密基地へと向かった。

 

「すまん、待たせたか」

「問題ない」

「俺達も少し前に来たところだぜ!」

「そうか、それじゃ早速会議を始める」

「おう!何か大変な事になってるみたいだな」

「ああ」

 

 ハチマンはまず今回の件についての経緯を説明した。

 

「……かなりきつそうだけど、大丈夫なの?」

「そうだな、もう少し情報が欲しいのは確かだな。アルゴ、何か無いか?」

「あちこち走り回った感じだと、どうやら人型の敵ではないな。

そういった種族の情報は皆無だったゾ」

「それなら迷宮区の敵の発展型な可能性が高いな。今回の迷宮区の敵の傾向は?」

「虫タイプ六十%、人型の敵が三十%、後はバラバラだナ」

「それなら虫タイプのボスの可能性が高いな。そしてボスはおそらく上から来るだろう」

「そこまでわかるの?」

「入り口から正面と左右、どこにもボスの姿が見えなかったのなら、

必然的にそうなるだろうな。さすがに姿がまったく見えない敵は設定しないだろう」

「そうかもしれないな」

「なあ、虫で天井にはりつく奴って、どんなのを思いつく?」

「黒い悪魔……」

 

 リズベットが、とても嫌そうにそう発言した。

 

「黒い悪魔だけは勘弁して欲しい所だよな……」

「ああ、あれは俺も生理的に無理だ」

 

 クラインがそう言い、エギルも同意した。

 

「他に何かあるか?」

「ん~、ムカデとか?」

「後はクモかな?」

「ハチとかの空を飛ぶ系のボスの可能性もあるよね」

「そうだな……」

「これじゃキリがないね」

「キリトとアスナは何かさっきの話し合いで気付いた事はあるか?」

「そうだな、妙に少数精鋭に拘っていた気はしたな。

フルレイドにする事も不可能じゃないだろう?」

「確かに節目の層なのに、数じゃなく質を求めていた気はしたね」

「少数精鋭じゃないと厳しい、もしくは犠牲が増える敵って事か」

 

 ハチマンは考え込み、ある一つの結論に至った。

 

「よし、今回の敵はムカデかクモ、もしくはそれに類する敵という前提で話を進める」

「根拠は?」

「大人数だと攻略自体厳しいとヒースクリフが考えたとしたら、

おそらく敵は同時に多くの者を攻撃できる手段があるという事になる。

そう考えると虫タイプで候補にあがるのは、手足の多い類の奴だ」

「確かにハチとかだと、大人数で散開した方が良さそうだよな」

 

 ハチマンは頷き、話を続けた。

 

「基本方針としては、まず俺が中央に走ってボスをわかせる。

戦闘に参加する四人はさりげなく上を見ててくれ。

ボスのわきを確認したら全力で下がるので、タンク部隊に盾を上向きに持たせて前進させる。

後の配置は敵の姿を見てからだな」

「了解」

「それじゃ次に、今日の本題だ」

「今までのは本題じゃ無かったの?」

「ああ。正直ボス戦に関しては、そこまで心配はしていない」

「何でダ?」

「俺達にはもうあまり時間が残されていないのは分かるな?」

 

 一同はその言葉に頷いた。

 

「お前達がもしヒースクリフなら、どう考える?

こんな所で壊滅的な打撃を受けたら、立て直すのにどれだけの時間がかかる?」

「おそらく数ヶ月、いやもっとかかるかもしれないな」

「そうなるともう、クリア前に死ぬ奴も出てくるんじゃないか?」

「確かにな」

「そういう事だ。そしてそれはヒースクリフにとってはとても都合が悪いと思わないか?」

「……そうか、ヒースクリフが見たいのは、もっと先……」

「ああ。おそらく九十層くらいまでは特に問題もなくいけると俺はふんでいる。

もちろん油断はしないがな。後はそこからヒースクリフがどう演出してくるかだが」

 

 ハチマンはここで一度言葉を切り、深呼吸した後、核心に触れた。

 

「俺はそこまで時間をかけるつもりは一切無い。このフロアで勝負をかける」

 

 その言葉に、一同はごくりと唾を飲み込んだ。

 

「俺の考えはこうだ。おそらく九十層くらいまで、いや、もう少し先までかもしれないが、

おそらくそれくらいまでで、一番きついのがこの七十五層だと思う。

とするとこの先しばらくヒースクリフのHPが、

戦闘中に半分近くまで落ち込むチャンスは訪れないと推測される」

「確かにそうかもしれない」

「要するに、今回のボス戦で団長のHPをギリギリまで減らすって事だね」

「ああ。絶対に半分以下にはならないように設定してあると思うから、

一番きつい部分はヒースクリフに丸投げする。奴も俺達に正体がバレるとまずいから、

上手い事半分を割らないように調整してくるはずだ」

「確かにそうだな。敵を信頼するってのも変な話だけどな」

「ヒースクリフは、俺の指示のせいで戦闘中かなり気を遣うはずだ。

そして戦闘が終わる。さすがのあいつも、そこで気を抜くと思う」

「ハチマンがそう仕向けるのならそうなるだろうな」

「その後俺がゴドフリーのおっさんなりに頼んで、ヒースクリフに声をかけさせる。

あいつがこっちに背を向けた時がチャンスだ。まず、キリト」

「おう」

「全力であいつに攻撃をしかけろ」

「了解」

「おそらく正体がバレた後のあいつは、全員を動けないようにして、

褒美だなんだと理由をつけて誰かとのタイマンを提案すると思う」

「そこらへんは、茅場をよく知るハチマンならではの推測か」

「ああ。そしておそらく全員を動けないようにする手段は、麻痺だろうな。

実際その類の状態異常はSAOには他に存在しない。そして次、クラインとエギル」

「おう!」

「やっと俺達の出番か」

「二人は俺とアスナの前に出て、俺達を隠せ。麻痺回復ポーションも一応持っておいてくれ」

「隠すだけでいいのか?」

「ああ。その間に俺とアスナがヒースクリフの死角で麻痺を治し、

ここぞという時に戦闘に介入し、三人がかりで一気にヒースクリフを倒す。

俺達が飛び込む直前に、二人は麻痺回復ポーションを使ってその後に備えろ」

「さすがハチマン、やっぱり敵に回したくはねえな……」

「二人を盾にするのは、万が一にも俺とアスナが動ける事があいつにバレないための保険だ。

作戦はこうだが、何か質問はあるか?」

 

 アスナが、おずおずと言う感じでハチマンに尋ねた。

 

「ねぇハチマン君、茅場さんとは一応知り合いなんでしょう?確かに私達も覚悟はしたけど、

でもやっぱり色々と考えるよね?その……殺す事になるとか……」

「あの人を倒した時点でゲームがクリアになるから、

あの人も死ぬ事にはならないと思う。だからあまり気にしないでいこう」

「そっか、確かにそうだね」

「他に何かあるか?」

 

 次にキリトが、ニヤリとしながら言った。

 

「もちろん俺がそのまま倒しちまってもいいんだよな?」

「ああ。もちろん構わないぞ。むしろその方が俺が楽を出来て助かるな」

「キリト、頑張って!」

「ヒースクリフも以前のキリトとのデュエルから、かなり成長し対策もとっているはずだ。

そう簡単にはいかないと思うが、頼むぞキリト」

「おう、やばかったらHPを出来るだけ削るスタイルに変更するよ」

「他に何も無ければ、最後に一つどうしても言わないといけない事がある。

俺達三人のうち、誰かが死んだ場合だ」

 

 ハチマンのその言葉に、一同は少し顔を青ざめさせた。

 

「その場合は全員で一斉に飛び掛って、絶対に十秒以内に奴を倒せ。

そうすれば死んだ奴も助かる。ただし絶対に焦るな。十秒をフルに使い切ってでも、

確実にあいつを追い詰めて倒すんだ。どんな卑怯な手を使ってもいい。

とにかくそれだけは忘れないでくれ」

「わかった」

「任せろい!」

「冷静にいこうぜ」

「絶対に団長を倒すよ!」

「みんな必ず生き残ってね!」

「私達、祈ってますから!」

「みんな、頼むゾ」

 

 こうして表と裏の話し合いは終わった。

次の日の攻略会議も無事に終わり、総勢三十二名で七十五層のボスに挑む事が決定した。


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