ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第070話 ユイ

「くそっ、せめてアスナだけでも……」

 

 死神の鎌が二人に迫り、ハチマンは咄嗟にアスナと体を入れ替え、

自らの大切な人を守ろうとした。アスナもそのままハチマンに抱きついた。

キリトも諦めず、せめて傷を浅くしようと死神の腕を斬り上げようとした。

その瞬間死神の目の前に光の玉が発生し、死神は吹き飛ばされた。

 

「一体何が……」

「パパ!ママ!」

「ユイ!」

「ユイちゃん!」

 

 その光の正体は、いつの間にか現れていたユイだった。

 

「パパ、ママ。私、全てを思い出しました」

 

 そう言いながらユイは、再び攻撃しようとしてきた死神に向けて、手を翳した。

 

「《オブジェクト・イレーサー》」

 

 そのユイの言葉と共に死神は消滅し、辺りには静寂が戻った。

同時にユイの放っていた光が消え、ユイはそのまま落下し始めた。

ハチマンは慌ててそれを受け止めた。ユイはとても苦しそうにしていた。

 

「大丈夫か、ユイ」

「パパ、私が指差す方向に、私を連れて行って下さい」

「分かった」

 

 その方向に進むと、そこは何も無い行き止まりだったが、

ユイが手を一振りすると、そこに機械のような物が現れた。

そのおかげなのか、ユイの呼吸が少し落ち着いたように見えた。

 

「落ち着いたか、ユイ」

「ユイちゃん具合は大丈夫?」

「先ほどの戦闘で、通常与えられている権限以上の力を使ったため、

私だけではもうこの体を維持する事ができません。

そのため、XとZの二つのMHCPの助けを借りて、なんとか今の状態を保っています」

「MHCP?X?Z?」

「メディカルヘルス・カウンセリングプログラムの略です、ママ。

三基あるMHCPの中の【Y・Utility・Interface】頭文字をとってユイ。

それが私です。私の仕事は、主に攻略を担当しているプレイヤーの精神面のケアでした」

「SAOの全てをコントロールしている、カーディナルシステムの一部って事か」

「はい、パパ」

 

 ユイの話によると、三つのMHCP、X、Y、Zは、

通常はXが始まりの町に残っている大多数のプレイヤーのメンタルケアを、

そしてZが、犯罪者と呼ばれるプレイヤーのメンタルケアを担当しているようだ。

一番多くの人数のケアをしないといけないXには常にかなりの負荷がかかっており、

通常Xのサポートをする余裕があるはずのZは、

ラフィンコフィンの一件ですさまじい負荷がかかり、

少し前まで細かな部分の修復作業を行っていて、休眠状態だったようだ。

 

「そんなわけで、私がXのサポートもしていたためかなりの負荷がかかってしまい、

Zの修復完了に合わせて一時休眠状態に入っていたんです。

暗闇の中で彷徨っているような状態だった私は、

偶然MHCPの情報収集機能を持つ端末NPCの一人を通して、

とても暖かい光のようなものを感知したんです」

「多分それはキズメルの事なんだろうな……」

「はい。そして私は感知した光の暖かさに引き寄せられ、無意識にアバターを生成し、

パパとママの家の前に移動したんですが、その段階でかなり無理をしてしまったようで、

人に例えると記憶喪失になったような状態で、

パパとママに助けてもらったというわけなんです」

「その、俺とアスナをパパとママと呼ぶのは何でなんだ?」

「パパとママの心の光を、自分を助けてくれる親みたいなものだと認識したんだと思います。

MHCPとしての機能はほぼ休眠状態だったので、その認識だけで動いていた状態ですね」

「なんとなくだが経緯は理解した。で、もうユイの状態は問題ないのか?」

「そうだよ。XとZの力を借りて、復活出来たんだよね?」

「お前の正体が何であろうと、俺達の大切な娘な事に変わりはないんだからな」

 

 こんな話を聞いた後でもハチマンとアスナは、ユイを自分達の大切な娘だと思っていた。

ユイはそんな二人からまた、暖かい光のようなものを感知して嬉しかったが、

その反面今から自分が告げる事実が二人の光を消してしまうかもしれないと悲しくなった。

 

「パパ、ママ、ごめんなさい……私はもうすぐ消えてしまうと思います」

「なっ……」

「無理なアバターの生成と先ほどの戦闘のせいで、

システムに致命的なダメージを負ってしまいました。おそらくあと少ししかもちません」

「そんな……」

「くそっ、何か手はないのか……」

「わずかだが、可能性はある。うまくいけばユイちゃんは助かる」

「キリト!何か手があるのか?」

「ユイのプログラムをシステムから切り離す」

「パパ、ママ、そ…ろそろ……お別…れか…もです……」

「ユイ!」

「ユイちゃん!」

 

 そろそろ限界が近いのだろう。ユイの体が少しづつ消え始めた。

ハチマンとアスナは、少しでも引きとめようと、ユイをしっかりと抱きしめていた。

キリトはコンソールに飛びつき、すごい速さで何事か操作をし始めた。

 

「ユイ!ユイの管理者としてのIDを俺に教えてくれ!」

「は……い……私の……ID…は…ユ……イで……す」

「よし、これでいけるはずだ!間に合ええええええ」

 

 二人の腕の中のユイが消えるのと同時に、

キリトが最後の操作を完了させた。ハチマンとアスナが固唾を呑んで見守る中、

キリトがコンソールから、一つの宝石のようなアイテムを取り出した。

 

「宝石……?」

「キリト……それは……?」

「ユイのプログラムをシステムから切り離して、この宝石に移した。

ユイは既に休眠状態ではあるが、確かにこの中にいる」

「キリトおおお!」

「ありがとう、キリト君!」

「間一髪だったけど、間に合って本当に良かった」

 

 二人はキリトからその宝石を受け取り、大切そうに話しかけた。

 

「ユイ、聞こえるか?どんな姿になってもユイは俺とアスナの大切な娘だぞ」

「ずっと一緒だよユイちゃん。きっとまた会えるよ!」

 

 その宝石には【Y・U・I】という名前がついていた。

二人はその宝石を、大切そうにアイテムストレージに収納した。

 

「キリト、本当にありがとうな」

「キリト君、ユイちゃんを助けてくれてありがとう」

「まあ俺にとっても、ユイはかわいい妹みたいなものだしな」

「妹なのか?姪だろ?キリトおじさん」

「ちっ、調子に乗るなよハチマンパパ」

「それじゃ二人とも、そろそろシンカーさん達と合流しよう!」

「そうするか」

「正直すっかり忘れてたな」

 

 丁度その時、ユリエールがシンカーを伴ってこちらに走ってくる姿が見えた。

 

「皆さん、ユイちゃんが、ユイちゃんが!」

「ユイの姿がいきなり消えて驚いたんだろう?はっきりと言ってなくてすまなかった。

ユイはどうやらシステムの一部だったみたいなんだ」

「そ、そうなんですか……?その……ユイちゃんは今はどこに?」

「大丈夫だよユリエールさん。ユイちゃんは、ずっと私達と一緒にいるから」

 

 アスナはそう言い、胸に手を当てながらとても嬉しそうに微笑んだ。

ユリエールは事情を詮索するような事はせず、一言だけ言った。

 

「そうですか。皆さんがそんな笑顔を浮かべているという事は、

きっと良い出来事があったんですね」

 

 三人は、とても嬉しそうにユリエールに頷いたのだった。

 

「皆さん、この度は本当にありがとうございました。

僕は解放軍のリーダーをしているシンカーと言います」

 

 三人も自己紹介をしたが、シンカーも、

この場に所謂四天王のうちの三人が揃っている事に驚いたようだ。

 

「ユリエールに先ほど概要は聞きましたが、まさか本当だったとは……」

「シンカーさん、信じてなかったんですか?」

「いや、普通そのまま鵜呑みには出来ないだろう?」

「まあ確かに私も説明してて現実味が無いなとはちょっと思ってましたけど……」

「ところでシンカーさんって、MMOトゥデイの管理人をやってたシンカーさんなのか?」

 

 キリトがそう尋ね、シンカーは少し考えるそぶりを見せた後、キリトに話しかけた。

 

「そうか、キリトさんて方と以前、何度かメールで遣り取りをした事がありましたが……」

「ああ。そのキリトで合ってるよ」

「何か、久しぶりに古い友人に会ったような嬉しい気分です」

「俺もそんな感じだ」

 

 キリトとシンカーは笑いあった。

その後、五人でまずここを脱出し、今後の事について話す事になった。

シンカーは、道中から脱出するまでずっと、自分の迂闊さを嘆いていた。

 

「MMOトゥデイでMPKに対する注意を何度も呼びかけていたのに、

いざ自分がその立場になったらこの様ですよ。本当にお恥ずかしい」

「とにかくシンカーさんが無事で良かったよ」

「はい、ありがとうございます」

「これから軍はどうするんだ?」

「キバオウ君の一派を除名した後、解散して新しい組織を作ります」

 

 シンカーは即答した。

 

「まあ、それしかないだろうな」

「はい。正直もう軍は限界です。攻略の足を引っ張り、

弱者救済どころか弱者をいたぶるような状態になっているこんな組織は、

もう存在価値がまったく無くなっていると思います。

解体した後に信頼できる仲間を集めて新しく互助専門の組織を作るつもりです」

「頑張って!シンカーさん!ユリエールさん!」

「何か困った事があったらいつでも相談してくれ」

「ありがとうございます」

「皆さんシンカーを助けて下さって、本当にありがとうございました」

 

 こうしてキズメルが発端となった一連の事件は、思わぬ形で幕を降ろした。

この事件でハチマンとアスナは新しい家族を得、キリトには夜にお礼と言う形で、

ラグーラビットを使った料理が再び振舞われる事となった。


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