ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第069話 死神の鎌

「ところでそちらの少女は?」

 

 ユリエールはどうやら、ユイの事がずっと気になっていたようだ。

 

「この子は私とハチマン君の娘のユイちゃんだよ」

「む、娘、ですか……?」

 

 その返答は、ユリエールの想像の埒外だったようだ。まあ無理もないだろう。

本当の娘にしては大きすぎるし、SAOの中で子供が作れるはずもない。

 

「それは、いわゆる養子的な意味でですか?」

「いや、まあ色々あってな」

「はぁ……まあ事情は人それぞれですしね。

でもこんな場所に連れてきちゃって、危なくないですか?」

「大丈夫。私が守るから」

「まあそういう事だな。よほどの強敵でも出ない限り、

戦闘は基本俺とキリトの二人で余裕だしな」

 

 ユリエールはその言葉を聞き、目を輝かせて言った。

 

「まさか四天王の戦闘を生で見られるとは思ってもいませんでした」

「周りの気配からするとしばらく強い敵も出なさそうだし、

戦闘自体は一瞬で終わるだろうから、あまり面白くはなさそうだけどな」

「それでもです!」

「それならまあ、いくらでも好きなだけ見てくれ」

「はい!勉強させてもらいます!」

 

 実際の所、今二人が軽く殲滅しているカエルモンスターは、

レベル六十層付近の雑魚モンスターくらいの強さを持っていた。

そのためユリエールからは、そこそこ強い敵に見えていたようなのだが、

二人の戦いぶりからはまったくそうは見えず、ほぼ瞬殺と言っていい状態だったので、

ユリエールは、さすがは四天王と呼ばれるだけの事はあると感心していた。

そんな二人は今、まったく別の問題に直面していた。

 

「おいキリト。アイテムストレージがやばくないか?」

「ああ。こいつ必ず肉をドロップするみたいだな。

一度戦闘をやめて、アイテムを整理しないと確かにやばいな」

「ただ捨てるのもアレだし、とりあえず食えるかどうかアスナに聞いてみるか」

「そうだな」

 

 醜悪なカエル型モンスター相手でも、特にアスナは嫌がる素振りを見せていなかったので、

ハチマンはアスナの目の前にドロップアイテムであるカエルの肉を差し出し聞いてみた。

 

「なあアスナ。これ料理とか出来るもんなのか?」

「ん?何それ?」

「さっきから倒しまくってるカエルの肉だ」

「さっきからドロップしまくるんだよな、ほら」

 

 そう言いながらキリトは、大量のカエルの肉を取り出して腕に抱え、アスナに見せた。

 

「ひっ……」

 

アスナはそれを見た瞬間に青ざめ、突然悲鳴をあげた。

 

「きゃああああああああああ」

 

 そんなアスナの様子に、ハチマンは狼狽して尋ねた。

 

「すまん。戦闘中も平気そうだったから大丈夫だと思って聞いたんだが、苦手だったか?」

「戦うのと食べるのではまったく違うの!想像するだけで気持ち悪い……」

 

 それを聞いたハチマンは、即座に手の平を返した。

 

「そうだぞキリト。戦うのと食うのは別だ。そんな事も分からないのか!」

「おい……」

 

 キリトがあまりにも見事なハチマンの手の平返しに呆然とする中、

ハチマンは、キリトの持っていた肉を片っ端から遠くに投げ始めた。

自身のストレージの中の肉は、既に全て削除したようだ。

全ての肉を処分した後、ハチマンはアスナに駆け寄り頭を撫で始めた。

 

「よしよし。もう気持ち悪い肉はどこにも存在しないからな。何も心配するな」

「うん。ハチマン君ありがとう」

 

 アスナはやっと落ち着いたのか、頬笑みを浮かべながらハチマンに抱きついた。

そんな二人を見て、ユイも嬉しそうに言った。

 

「パパとママはとっても仲良しなんですね」

「いや、ユイと三人で仲良しだぞ」

「そうだよユイちゃん」

「パパ!ママ!」

 

 ユイは嬉しそうに二人に抱き付いた。

そんな三人の姿を見て、キリトとユリエールは溜息をついていた。

 

「まさかあの二人がこんなバカップルだったとは……」

「まあ、前線での二人の噂だけ聞いてたら、こんな姿は想像すら出来ないよな……

もっともこうなったのは、つい先日からなんだけどな」

「ま、まあ、トッププレイヤー同士の仲が良いのはいい事です!」

「まあそうなんだけどな。さすがに今までとのギャップがな……」

「いいなぁ……私もいつかシンカーとあんな風に……」

 

 三人の姿を羨ましそうに眺めながら、ユリエールがぼそっと呟いた。

 

「ユリエールは、シンカーさんが好きなのか?」

「えっ、あ、私何か言ってました?その……はい……」

「そっか。うまくいくといいな」

「はい、頑張ります!あの……キリトさんは誰か気になる方はいないのですか?」

「俺に力をくれた人に恩返しはしたいって思ってるけど、

それが好きなのかどうかはまだよく分からないかな」

「そうですか」

 

 左手のダークリパルサーをじっと見つめながら語るキリトを見て、

ユリエールは、キリトさんにも必ず幸せがきますよと、心の中で呟いていた。

 

「それじゃ、先に進むとするか」

「はい。シンカーのいる位置までもうすぐだと思います」

 

 ユリエールはウィンドウをチェックしながら言った。

確かにシンカーを示す光点は、さほど遠くない位置に静止していた。

 

「なあユリエール、シンカーってどんな奴だ?」

「そうですね……とても優しい人です。

ここに来る前は、MMO攻略の大手サイトの管理人をしていたとか言ってました」

「大手サイト……シンカー……そうか、MMOトゥデイの管理人のシンカーか!」

「キリト君知ってるの?」

「ああ。俺達の間じゃ有名人だからな。俺も何度かメールの遣り取りをした事がある。

すごく穏やかそうな人だったけど、そうか、彼もここに……」

 

 ちなみにハチマンとキリトは、この会話中も戦闘を継続していた。

敵を殲滅し終わったところでハチマンが、ふと思いついたという感じでユリエールに尋ねた。

 

「なあユリエール、このあたりの敵を相手にするのって、つらくないか?」

「そうですね、私一人だと確実に無理です。今の軍はかなり弱体化してるんで、

残されたメンバーの中から精鋭を集めたとしても、

ここまで来るには二パーティくらいは必要かもしれません」

「軍はこの場所の存在を前から知ってたんだな」

「いえ、どうやらキバオウの一派の者が偶然発見して、

狩場を独占しようとしてたみたいなんですけど、敵が強すぎて無理だったみたいです」

「なるほどな。しかしシンカーのいる所はかなり奥の方だがよくそこまで行けたな」

「はい。斥候が頑張って奥までいって、回廊結晶のポイントを登録したみたいですね」

「そのせいで、今回の犯行を行う気になったって事か……キバオウの奴……」

「キバオウさんも、最初は軍を立て直そうと頑張ってたんですけどね……

あっ、あそこに人が見えます。多分シンカーです!」

 

 遠くに人影が見え、ユリエールはそちらに向かって走っていった。

そのときユイがハチマンに警告を発した。

 

「パパ!何か怖い物がいます!」

「まずい!ユリエール、戻れ!」

 

 ハチマンとキリトはそう呼びかけた後、全力でユリエールの後を追った。

ユリエールもその声が聞こえたらしく、立ち止まって振り返った。

そのユリエールの背後に、黒い巨大な何かが現れた。

その巨大な何かは鎌を振り上げ、今まさにユリエール目掛けて振り下ろそうとした。

 

「ユリエール、伏せろ!」

「!?」

 

 咄嗟に伏せたユリエールの頭の上を、ぶんっという音をたてて鎌が通り過ぎた。

その振り下ろしの体制を狙って二人は跳躍し、

敵に一撃を与えた後、ユリエールを連れて離脱した。

 

「キリト、敵の姿を見たか?」

「ああ、死神タイプだな。カーソルが真っ黒だったから、九十層クラスの敵かもしれない」

「とりあえず安全地帯を目指して、その後の事はそれから考えるか」

「了解」

「俺達が敵を引き付ける!三人はとりあえずシンカーさんのいる所に向かってくれ」

 

 アスナは指示通り、ユリエールとユイを連れてシンカーの元へと向かった。

 

「二人とも、気をつけてね!私もすぐにフォローに戻るから」

「頼む」

 

 アスナ達が後方へと下がり、ハチマンとキリトはボスの前に立ちふさがった。

 

「さて、下がりながらスイッチしつつ俺達も後退するか」

「ああ。さすがにあいつにはまだ勝てそうにもないな」

「まだ、な。もうちょっと先の層まで攻略が進んでレベルが上がったら、リベンジだな」

「ああ」

 

 二人は通常のスイッチとは逆に、交互に下がっていった。

このまま逃げ切れるかと思われた頃、後方からアスナが二人をフォローする為に走ってきた。

ハチマンはアスナに一瞬だけ視線を向け、

再び前方へと目を向けたのだが、そこにボスの姿は無かった。

 

「何だ?」

「ハチマン!ボスが影の中に潜った!」

「ハチマン君、後ろ!」

 

 まるでハチマンが一瞬視線を切るタイミングを狙っていたかのように、

ボスは自らの影に沈み、後退中のハチマンの影の中から突然出現していた。

そして今まさに、ハチマンに向けて鎌を振り下ろそうとしていた。

何が起こったのか、唯一全体を把握していたアスナは、そう声を掛けつつ加速していた。

 

「間に合って!」

 

 アスナは全力で走り、ギリギリのタイミングでハチマンを押し倒す事に成功し、

からくもボスの攻撃を回避した。キリトは倒れた二人を助けようとしたが、

一瞬早くボスが二人に向け、手に持つ鎌を振り下ろしたのだった。


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