ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第068話 銀影

「あっ、ごめん二人とも、ちょっと寄りたい所があるんだけどいいかな?」

 

 まもなく黒鉄宮が見えてくるという所で、アスナがそんな事を言い出した。

 

「別に構わないが、どこに行くんだ?」

「最近全然来てなかったから、ちょっと教会の様子が気になって」

「あー、そういえば、ここからだとすぐ近くだな」

 

 教会は黒鉄宮へ行く途中にあり、時間的にもほぼロスは無い。

もっともどんなに遠くても、アスナの願いを断るハチマンでは無いのだが。

 

「キリトもそれでいいか?」

「ああ」

「ありがとう、二人とも」

 

 それから少し歩き、まもなく教会に着くという所で、ユイが立ち止まった。

 

「ん、どうした?ユイ」

「パパ、あっちからすごい嫌な感じがする」

 

(何か感じているのか?とりあえず街中なら危険は無いだろうし、行ってみるか)

 

 三人は頷き合い、ユイが指差す方向へと向かった。少し歩くと、前方に人影が見えた。

 

「あ、あれ、前に教会で見た女の人だよ」

「それにあれは……軍の連中か?」

 

 そこにはその女性と一緒に、数人の子供がいた。

そしてどうやら、その女性達を軍の連中が取り囲み、何事か話し掛けているようだ。

四人が近づいていくと、会話が聞こえてきた。

 

「税金が払えないって言うなら、ここは通せないぜ」

「私達は別に軍の助けなんか必要としていません。

そもそもあなた達は、どんな権利があって税金なんかを集めているんですか?」

「払えないってんならここを通さないだけだから、別に構わないけどな」

 

 SAOのシステムだと、プレイヤーに道を塞がれると、

他のプレイヤーはそこを通る事が出来ないようになっている。

ハチマンとキリトは一歩前に出ようとしたが、

その時には、すでにアスナが抜刀して走り出していた。

 

「パパ!ママが!」

「大丈夫だユイ。ママは強いんだぞ」

「むしろ相手が気の毒だな。まあ自業自得だから、少しは痛い目を見ればいいさ」

「ああ」

「しかし噂には聞いていたが、軍は本当にもう駄目なんだな」

「ああ。腐ってやがるな」

「リーダーのシンカーってのは、まともな人だって聞いたんだけどな」

「多分、キバオウの一派なんだろうよ」

 

 キバオウの名前が出ると、二人は遠い目をした。

 

「あいつにはあまりいい思い出はないけど、

それでも昔のあいつはあいつなりに、真剣に攻略を目指していたはずなんだけどな」

「ラフィンコフィンに嵌められたあの時から、何もかも変わっちまったんだろうさ」

「ある意味あいつも犠牲者なんだよな。かと言ってこんな事をさせている以上、

まったく同情する気にもならないがな」

「アスナのお仕置を受けるんだから、まあ少しはこりるだろ」

 

 そのアスナは、目に怒りを浮かべながら軍の男達の前に立った。

 

「ああん?何だお前」

「女が武器なんか持って何のつもりだ?お前らは黙って俺達に守られてりゃいいんだよ。

もちろん税金は払ってもらうがなぁ」

「ひゃはははは、こいつびびっちまってるのか、震えてやがるぞ」

 

 ハチマンとキリトは、そのアスナの震えの正体が怒りだと知っていたので、

心の中で、男達の冥福を祈る事にした。

 

「その汚い口を閉じなさい」

 

 アスナはそう言い、手加減無しの《リニアー》を、男達全員に放った。

当然男達のHPは減らないが、その衝撃はすさまじく、男達は吹き飛ばされた。

その男達の目の前に、アスナの剣が突きつけられる。

 

「で?」

「あ……いや、その……」

「あ、あんたまさか……噂の閃光じゃ……」

 

 この男達のレベルは一桁だ。当然アスナの顔を見る機会など無かったため、

アスナの顔は知らない。それどころか、攻略組の人間を見た事すら無いだろう。

彼らは、攻略組の力というものを今回初めて体験する事になり、震える事しか出来なかった。

そんな震えている男達の中で、一人だけ動けた者がいた。

その男は逃げだそうと走り出したが、その瞬間正面から攻撃を受け、

元の場所まで吹き飛ばされた。

 

「ハチマン君!」

 

 そこには仁王立ちしているハチマンの姿があった。

 

「何黙って逃げようとしてんだお前。

俺のかわいい嫁がせっかく声を掛けて下さってるんだから、少し大人しくしてろ」

「おいハチマン……何故そこでイチャつく……」

「かわいい嫁……」

 

 アスナは頬が緩みそうになったが、ギリギリのところで堪え、男達を睨みつけた。

 

「あなたたち、私の素敵な旦那様の手を煩わせるような事をして、

当然覚悟はできてるんでしょうね」

「おいアスナもか……」

 

 ハチマンも当然照れていたが、そんな事はおくびにも出さず、男達に問いかけた。

 

「お前ら、いつもこんな事やってんのか?」

「あ、あの……はい、命令なので……」

「キバオウか?」

「はい」

「キバオウに言っとけ。七十四層のボス部屋で、次は無いって言ったはずだとな」

「えっ……それじゃあなた達があの……」

「どんな伝わり方してんのかは知らないが、まあ、ボスを倒したのは俺達だな」

 

 それを聞いた男達は震え上がり、土下座を始めた。

それを見た三人は、深いため息をついた。

 

「何か文句があるんだったら、血盟騎士団のハチマンにいつでも言いに来い。

もうこんな事はやめろ。とりあえず帰ってよし」

「は、はい、すみませんでした……」

 

 男達が逃げ出した後、アスナが助けた女性がアスナに話しかけてきた。

 

「あの、ありがとうございました」

「いえ、あんなの許せませんから!ところで貴方はいつも教会にいらっしゃる方ですよね?」

「はい、私はサーシャと言います。こういった子供達を保護して、

教会で細々と暮らしています」

「私は血盟騎士団のアスナと言います。こちらは私の夫のハチマン君」

「血盟騎士団のハチマンだ」

「そしてこちらがキリト君。黒の剣士って言えばわかるかな」

「キリトだ。よろしく」

「そんなすごい方々だったんですね。本当にありがとうございました」

 

 その後三人はサーシャに、最近の軍の横暴っぷりを聞き、憤ったが、

同時にその話に疑問も感じていた。

 

「軍のトップのシンカーさんは、何もしてくれないんですか?

常識的で穏やかな人って聞いてますけど」

「いえ、それがその、最近どうも姿を見かけないんですよ。

軍の行動がエスカレートしてきたのも、そのくらいからですね」

「何かあったのかな」

「どうなんでしょうね……シンカーさんの副官のユリエールさんが、

心配してたまに見にきてくれてたんですけど、最近それも……」

「サーシャ!」

「あっ、噂をすれば、あれがユリエールさんです」

 

 丁度その時、ユリエールと呼ばれた女性がこちらに走ってきた。

 

「サーシャすまない、下の連中が教会に向かったと聞いて、

慌てて飛んで来たんだが、大丈夫だったか?」

「ええ、大丈夫ですよ。たった今、こちらの方々が助けてくださいましたから」

「そうですか。あの、サーシャ達を助けて下さって、ありがとうございます」

「お、おお、ハチマンだ、よろしく」

「その参謀服……もしかして、あなたが銀影?

ずっと空席だった血盟騎士団の参謀に、

ついに表舞台に出てきた銀影が就任したと聞いてました。お会いできて光栄です」

「お、おう?」

 

(銀影って何だ?)

 

「なあ、この参謀服って有名なのか?何度か言われてるんだが」

「ガイドブックに載ってるんですよ。誰も見た事が無い幻の制服だって有名ですね」

「なるほどな」

「そちらの貴方はもしかして、閃光のアスナさん?」

「はい、そのアスナです」

「そちらの方は、黒の剣士さん?」

「ああ。キリトだ。よろしく、ユリエールさん」

「すごい……今のアインクラッドの四天王のうち、三人がここにいるなんて……」

「おいちょっと待て、四天王って何だ」

 

 ユリエールは、首を傾げながら答えた。

 

「アインクラッド四天王と言えば、神聖剣のヒースクリフ、閃光のアスナ、黒の剣士、

そして滅多に表に出てこない、銀影と呼ばれる短剣使いの四人なのでは?」

「銀影……え、何だそれ。まさか俺の二つ名?攻略組の間でも聞いた事が無いんだが」

「普段は影のように振る舞い、滅多に表に出てこない銀影は、

全てを見通す目を持つ稀代の策略家にして、いざ戦闘となると、

敵の攻撃を全てパリィし、その直後に銀の光が走り敵の首が落ちる事から付いた名だと、

中層から下層にかけての戦闘系ギルドの間で評判になっているのですが」

 

 ハチマンは絶句し、キリトとアスナを見た。

だが二人は、さほど驚いてはいないようだ。

 

「おい、なんで二人とも、そんなに反応薄いんだよ」

「いや……だってさぁ……大体合ってるじゃないか」

「うん、大体合ってるよね……」

「まじか……俺のイメージってそんなんだったのか……」

「まあ大体合ってるし、褒められてるんだから、いいんじゃないか?」

「そうですよ!私だってずっと尊敬してたんですよ!」

 

 ユリエールは、冷静沈着で怜悧な女性に見えるが、実はミーハーな面もあるようだ。

ユリエールはここぞとばかりに同意し、ハチマンの手を握ってきた。

それは、一般人が芸能人に対するような感激の表現だったのだが、

アスナはそうは思わなかったようだ。

 

「ユリエールさん、ハチマン君は、私の夫なので」

 

 そう言ってアスナは、ハチマンの手をユリエールから奪い返し、

そのままハチマンの腕に抱きついた。

 

「あっと、すみませんそんな気は無かったんですが。

っていうかお二人は夫婦だったんですね。なんかすごいお似合いで、羨ましいです!」

 

 ユリエールは、更に感激しているようだ。

 

「ありがとうございます!自慢の夫です!」

 

 アスナもとても喜んでいた。

ハチマンとキリトは肩を竦め、話を戻す事にした。

 

「ところでユリエールさん。最近シンカーさんの姿が見えないと、

こちらのサーシャさんから聞いたんですが」

「あ!はい、そうなんです!実は……」

 

 サーシャの話だと、シンカーは、三人がこれから行こうとしている迷宮の奥にいるらしい。

キバオウの罠に嵌り、迷宮の奥の安全地帯に一人で取り残されているようだ。

周りには強力な敵が多く、一人で脱出できるような場所ではないらしい。

 

「またキバオウか。あの野郎……」

「ユリエールさん。私達これからそこに行く予定だったんですけど、

良かったら一緒に行きますか?」

「いいのですか?是非同行させて下さい!」

「まあ、せっかくだしな」

「そうだな。シンカーさんもこの際助けちまおう」

「ありがとうございます!」

 

 こうして五人になった一行は、ユリエールの案内で、黒鉄宮の地下迷宮へと突入した。


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