ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第067話 精霊の少女

「ハチマン君見て。女の子が倒れてる」

「そうだな。ん、ちょっと待てアスナ」

 

 ハチマンは、倒れている人物に駆け寄ろうとしていたアスナを静止した。

 

「よく見てみろ。カーソルが表示されていない。

どうやらあれが、キズメルの言ってた精霊みたいだな」

「あの子が?でも確かに、カーソルが見えないね」

「ああ」

 

 キズメルから、悪い感じはしないと聞いてはいたが、

一応二人は警戒しつつ、その倒れている少女に近付いていった。

 

「子供みたいだな」

「とてもかわいくて小っちゃな女の子だね」

「さすがにこのままにしておく訳にもいかないな。とりあえず家に運ぶか」

「うん、お願いね」

 

 ハチマンはその少女を抱き上げた。なんとなく面影がアスナに似ているなと思いながら、

ハチマンはその少女を家へと運び、ベッドに寝かせた。

 

「情報が無さすぎて何も分からないな。どうしたもんか」

「とりあえず、この子の意識が戻ってから話を聞いてみるしかないね」

「そうだな。それじゃ今のうちにアルゴを呼ぶか。一応キリトも呼んどくかな」

「それじゃ私はベッドの横であの子を見てるね」

「頼む」

 

 ハチマンは二人に連絡し、少女を見守っているアスナの所へと向かった。

 

「なんかこの子、ハチマン君にどこか似てる気がする」

「ん?俺はアスナに似てると思ったんだけどな」

「そうかな?やっぱりハチマン君に似てない?」

「どう見てもアスナ似だろ」

 

 二人がそんな会話をしているうちに、アルゴとキリトが到着した。

 

「新婚早々何かあったのカ?」

「いきなり呼び出してすまないな二人とも。

早速だが、ちょっとこの子を見てくれ。家の前に倒れてたんだ」

「子供……?」

「ああ。よく見てみろ。カーソルが無い」

「カーソルが無いって、つまりプレイヤーでもNPCでも無いって事か……」

「二人とも、何か心当たりは無いか?βテスト時代の事でもいいんだが」

 

 二人は考え込んだが、残念ながら何も浮かばないようだった。

 

「ちょっと分からないな」

「そうだな、覚えはないナ」

「そうか……実は少し前に、キズメルの所に行ったんだが」

 

 ハチマンは、先ほどキズメルと交わした会話の事を、二人に説明した。

 

「精霊ねぇ……」

「ああ。この子はキズメル曰く、精霊だそうだ。まずはアルゴに確認したい。

始まりの街の迷宮について何か心当たりはないか?」

「その情報なら、無くもないナ」

「やっぱり本当に存在するのか。その情報、いくらだ?」

「まだ確認出来てないから、タダでいいぞ。その代わり、何か分かったら教えてくれヨ」

「わかった。で、どんな情報なんだ?」

「オレっちもまだ小耳に挟んだ程度なんだけどな、始まりの街に黒鉄宮ってあるだロ?」

「監獄エリアや生命の碑のあるとこだな」

「あそこの地下に、最近迷宮が発見されたって話がちらほら聞こえてくるんだよナ」

「あんな所に迷宮か……」

「どうやら地下水路が、いつの間にか迷宮になってたって話だナ」

「攻略階層で変化する迷宮かなんかなのかな」

 

 その時アスナが、ハチマンに声を掛けてきた。

 

「ハチマン君、目を覚ましたよ」

 

 それを聞いた三人は寝室に向かい、とりあえずその少女の話を聞く事にした。

ユイを見たキリトとアルゴは、顔を見合わせた。

 

「なあアルゴ、この子ってあれだよな」

「ああ。どう見ても……」

「ん?二人とも何か分かったのか?」

「いや……その子どう見てもさ……」

「ママ!」

 

 キリトのそのセリフは、少女の叫びにかき消された。

 

「ママ!ママ!怖いの!」

 

 その少女はアスナをママと呼び、必死にアスナに抱き付いてきた。

アスナは母性本能を刺激されたのか、少女を抱きしめ、頭をなでていた。

 

「大丈夫、ママはここにいるよ。怖い夢でも見たの?」

「おい、アスナ……」

 

 ハチマンがアスナに声を掛けた。その声を聞き、ハチマンを見た少女は、

今度はハチマンに向かって言った。

 

「あっ、パパ!」

 

 そして少女は、今度はハチマンの下へ駆け寄り、ハチマンに抱きついた。

 

「お、おう。大丈夫、パパもちゃんとここに居るからな」

 

 ハチマンも場の雰囲気に流され、なんとなく父親っぽい態度をとってしまった。

 

「ほらやっぱり」

「そうだった。二人とも、何か気が付いたのか?」

「ああ。その子さ、どこからどう見てもさ」

「ハー坊とアーちゃんの娘にしか見えないぞ。二人によく似てるヨ」

「え?」

「はぁ?」

 

 二人はそう言われ、その少女をよく見てみた。

確かにさっきは、ハチマンはアスナに、アスナはハチマンに似ていると言ったが、

つまり、それは二人に似ているという事なのだ。

 

「この子が俺とアスナの娘?いや、確かに心当たりはあるが、しかし……」

 

 ハチマンがぶつぶつと言い出し、それを聞いたアルゴは、ニヤニヤし始めた。

ちなみにキリトは、こういう話に慣れていないため、赤くなっていた。

 

「どうやら心当たりがあるようじゃないか。ハー坊、アーちゃん」

「うっ……」

「……」

 

 二人は真っ赤になった。そこにアルゴが、追い討ちをかけるかのように言った。

 

「夕べはお楽しみだったみた………」

「お、お、お名前は何て言うのかな?」

「ユイ!」

 

 慌てたアスナは、その先を言わせまいとして、少女に尋ねた。

その少女、ユイは、アスナに向かって元気にそう答えた。

 

「そうか、ユイって名前なのか」

「うん!」

 

(由比ヶ浜と一緒か。何か変な気分だな。もっともあいつとは全然似てないが)

 

「パパとママのお名前は?」

 

 ユイも、二人に尋ねてきた。

 

「ユイちゃん、私はアスナだよ」

「俺はハチマンだ」

 

「アスナママ!ハチマンパパ!」

「パパとママだけでいいよ、ユイちゃん」

「わかった!パパ!ママ!」

 

 アスナはどうやら、ユイを完全に自分の娘認定したらしい。

アスナがそう決めたのなら、ハチマンにも何の異議も無いようだ。

 

「そうだな、ユイ、俺がパパだ」

「パパー!」

 

 ハチマンは、ユイを高く抱き上げた。

その三人の姿はもう、どこから見ても親子にしか見えなかった。

アルゴも毒気を抜かれてしまったのか、それ以上二人をからかうのをやめた。

 

「もう完全に本当の親子にしか見えないな」

 

 キリトはその三人の姿に、感嘆しつつ言った。

 

「すごくお似合いだし、まあいいんじゃないカ?」

「ああ」

「ハー坊、アーちゃん、とりあえずユイちゃんに話を聞こうぜ」

「お、おう、そうだな。ユイ、あっちの部屋に行くぞ」

「うん!パパ!」

 

 とりあえず皆リビングに移動し、ユイに話を聞く事になった。

ユイは、キリトとアルゴを見て、二人に尋ねた。

 

「二人はパパとママのお友達?」

「そうだよユイちゃん。俺はキリトだ」

「オレっちはアルゴだヨ」

「ユイ、キリトおじさんと、アルゴおばさんだ」

「うん!キリトおじさん!アルゴおばさん!」

「ぐっ……ハー坊」

「おいハチマン!俺は何もからかったりしてないぞ!」

「キリトはまあ、ついでだ。苦情はアルゴに言え。

アルゴは自業自得だな。さてと、なあユイ、パパの質問に答えてくれないか?」

「うん!」

 

 ハチマンはユイに顔を向け、質問を開始した。

 

「ユイはうちの前に倒れてたんだが、何か覚えてるか?」

「うーん、ユイね、最初はとっても苦しかったの。

そんな時、すごくぽかぽかして暖かい物があるのに気が付いて、上に向かったんだけど、

気が付いたらベッドに寝てて、起きたらパパとママがいたの」

 

 ユイはそう言うと、アスナに甘え始めた。

ハチマンはユイの事をアスナに任せ、キリトとアルゴに意見を求めた。

 

「二人は今の話、どう思った?」

「漠然としすぎてて何とも言えないが、キズメルの言った通り、

始まりの街の迷宮にいたのは間違い無さそうだよな」

「しかも一瞬で移動している事から、システムの一部だと考えて間違いないナ」

「ハチマンとアスナに似てるのは、アバターを生成する時に二人の姿を参考にしたからかな」

 

 ハチマンは二人の言葉を聞き、しばらく考え込んでいたが、

どうやら考えがまとまったようだ。もっとも選択肢は多くはない。

 

「やっぱり始まりの街に行くしかないわ。アルゴ、その迷宮の難易度は分かるか?」

「まったく情報が無い。まあ、キー坊と三人で行けば何とかなるとは思うけどナ」

「キリト、頼めるか?」

「ああ。問題ない」

「アルゴは引き続き情報収集を頼む」

「わかった。何かわかったらすぐ連絡するヨ」

「さて、二人とも今日はどうする?泊まってくか?」

 

 そのハチマンの言葉に、二人は顔を見合わせ、にやにやしながら言った。

 

「家族の団欒を邪魔するわけにはいかないから、とりあえず帰るよ」

「今日はちゃんと三人で川の字になって寝るんだゾ」

「ぐっ……うるせえよ、おじさんおばさん」

 

 こうして二人は帰っていった。ユイはその後も二人から離れようとしなかったので、

そのまま三人で、アルゴの言葉通り川の字で寝る事になった。

 

 

 

 次の日の朝、ハチマンが起きると、そこにはユイだけがいた。

アスナは早起きして、お弁当と朝食を作っているようだ。

 

「ユイ、朝だぞ」

「う~ん、あっパパ、おはようございます」

「おう、おはよう、ユイ」

「パパとママのおかげで、何だかとってもよく眠れました」

「そうか」

 

(あれ、何か昨日より大人っぽいというか、成長している気がするな)

 

「ユイ、ママがご飯を作ってるから、あっちの部屋に行くか」

「ご飯、って何ですか?」

「あー……」

 

(ユイは食事を必要としないのか。アスナが残念がるだろうな)

 

「いや、何でもない。ママの所へいこう」

 

 二人は手を繋いでリビングへと向かった。

 

「おはよう、アスナ」

「ママ、おはようございます」

「二人とも、おはよう」

「アスナすまん、どうやらユイは、食事の必要が無いみたいだ」

「あっ、そうなんだ……」

 

 アスナは三人で一緒に朝食を食べたかったのだろう。少し残念そうな顔をしていた。

ハチマンは、そんなアスナの頭を優しく撫でた。

三人は、雑談しながらキリトを待っていたのだが、

どうやらアスナもユイが成長している事に気が付いたようだ。

 

「ユイちゃん、何だか成長してるみたいだね」

「ああ、さすがは俺達の娘だな」

「うん、そうだね!」

 

 しばらくそうしているうちに、キリトが到着した。

 

「あっ、キリトおじさんおはようございます!」

「あ、ああ。おはよう、ユイ」

 

 キリトはまだおじさん呼ばわりに納得出来ないという顔をしていたが、

しっかりとした挨拶が出来るようになったユイに驚いていた。

そして四人は、始まりの街にある黒鉄宮へと向かって歩き始めた。


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