ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第064話 休暇を取ろう

「なあ、どうせなら、しばらく血盟騎士団の活動を休んだらどうだ?」

 

 キリトから、当然のようにそんな声が上がった。皆も口々にそれに同意した。

 

「いや、だがまあこんな状況だしな」

「いいじゃねーかよ。今まで散々頑張ってきたんだから、

少なくとも七十五層のボス戦までは休んだって罰は当たらねーよ」

「そうだそうだ!」

 

 ハチマンは、そんな皆の態度は素直に嬉しかったが、それはさすがに躊躇われた。

 

「まあさすがに、ヒースクリフとの約束を反故にするのもな。

そういう条件でお前にデュエルしてもらった訳だしな」

「やっぱりまあ、そうだよな……」

「まあ結婚を理由にってのはありかもしれないが……」

「それなら手柄をたてて、それを口実にするのはどうダ?」

「手柄?」

 

 突然アルゴが、そんな事を言い出した。

 

「実は、ヒースクリフの調査をしてる時に偶然得た情報があるんだよ。

ハー坊は当事者なんで、本人にだけ伝えるつもりだったんだが、

まあそれをここで開示する事にするサ」

 

 アルゴのもったいぶった言い方に、一体どんな情報だろうと思っていたハチマンは、

その情報を聞いて、驚きつつも、ある意味納得していた。

 

「クラディールが、ラフィンコフィンの元メンバーもしくは関係者だと?」

「ああ。偶然あいつがこそこそと二人の男と会ってるのを見付けたんだ。

その相手を尾行して観察してたら、そいつら何度か、

ラフィンコフィンって言葉を会話の中で出したんだヨ」

「……あいつの狂気めいたアスナへの執着は、

確かにラフィンコフィンのメンバーどもと似ている気もしたが、そうか……」

「あくまで可能性だが、罠でもはって確認すればいいんじゃないか?

ハー坊は、そういうの得意だロ?」

「お前は人を何だと……」

 

 ハチマンが抗議する間もなく、他の者が口々に同意した。

 

「ハチマン君、そういうの得意だからきっと大丈夫だと思う」

「ハチマンなら絶対いい作戦を考え付くよ」

「間違いないな」

「お前らまで……はぁ……わかった。どちらにしろ放置は出来ない。

休むための出来レースみたいでアレだが、あいつを……クラディールを罠にかけるぞ」

「さっすがハチマンだぜ!」

「やっぱハチマンはこうでなくっちゃな」

 

 そうハチマンが宣言し、今日の宴は解散という事になった。

皆二人を祝福しながら一人、また一人と帰っていき、

その場には、ハチマンとアスナだけが残された。

 

「あー、アスナ、いきなりでその、悪かったな。まあ、今後とも宜しくな」

「もう~、ほんと突然でびっくりしたよ。

まあ心の準備は前からしてあったから、まだ平気だったけど」

「そうなのか?」

「まあ、私だってハチマン君の事はしっかり見てたからね。

最近私に対する態度が前と少し違うなとも感じてたしね」

「まじか……そんなに分かりやすかったか?」

「ううん。他の人にはわからないと思う。私もなんとなくだったし」

「そっか。やっぱりアスナには敵わないな」

 

 二人はソファーに腰掛け、目を瞑りながらそっと寄り添った。

 

「なあ、アスナはいつから俺の事が好きだったんだ?」

「どうだろう、ずっと一緒にいたから、

最初から好きだったのに気が付いてなかっただけかもしれないし、

何か他にキッカケがあったのかもしれないけど、正確には分からないや。ハチマン君は?」

「そうだな、俺もそんな感じだな。

何度かは、アスナを好きなのかと思った事もあったと思うが、

友達だからと自分に言い聞かせて、それで考えないようにしてたって感じだったと思う」

「そっか……」

「まあもういいだろ。今はこうして二人一緒なんだし、その、けっ、結婚したんだし」

「そうだね……私達、結婚したんだよね……」

「おう……色々とすっ飛ばした感はあるけどな」

 

 落ち着いたせいでやっと実感が出てきたのか、二人はやや緊張してしまったようだ。

そんな空気の中、とりあえずといった感じでアスナが切り出した。

 

「とりあえずもういい時間だけど、軽く何か食べる?それとも寝る?

あ、お風呂にも入らなくちゃだね」

「お、おう、そんなに腹は減ってないが、アスナが減ってるなら付き合うぞ。

で、風呂か、寝る………か」

「あっ……」

 

 そのアスナの言葉は、男女関係に慣れていない二人には、地雷だったようだ。

先ほどまでよりも更にもじもじした二人は、黙り込んでしまった。

確かに風呂は二人で入れるくらいの大きさはあるし、

ベッドも二人で寝るには十分な広さがある。

沈黙が気まずかったのか、ハチマンが意を決して先に口を開いた。

 

「そ、そうだな……前一緒に風呂に入った事はあるし、

今日も水着を着て一緒に入ればいいんじゃないか。時間の節約にもなるしな」

「う、うん、そうだね、そうしよっか!」

 

 とりあえずの妥協点と言った感じでハチマンが提案し、

とりあえずはそういう事になったようだ。だが、問題はやはりその後だった。

 

「それじゃ……寝る、か」

「うん、そうだね」

「……それじゃ、おやすみ」

 

 ハチマンは、さすがにいきなり一緒に寝ようとも言い出せず、

一人で寝室に向かおうとしたが、そんなハチマンの服をアスナがそっと摘んだ。

さすがのハチマンも、顔を赤くしているアスナを見て、色々と察したのか、

若干の勇気を必要としながらも、はっきりと口に出して言った。

 

「そ、そうだな、一緒に寝るか。俺達もう夫婦なんだしな」

「うん!」

 

 二人はそのままベッドに横たわり、手を繋いだ。その温もりがとても嬉しかった。

二人は自然と向き合い、そのままどちらからともなくしっかりと抱き合った。

 

「こういうのがやっぱ、幸せって言うのかね」

「そうだね、私今、とっても幸せだよ」

「おう、俺も今、すげー幸せだぞ」

 

 そしてアスナはためらいがちに、その日一番の勇気を必要とする発言をした。

 

「ねぇハチマン君。ここでもその、そういう事が出来る方法があるの、知ってる?」

「ああ。アスナは誰かに聞いたのか?アルゴか?それともあのピンクか?」

「さっきアルゴさんが帰り際に教えてくれたんだよね」

「あいつめ、余計な事を……」

「ハチマン君は嫌?」

「そんなわけないだろ。でもやっぱり少し恥ずかしい」

「まあそうなんだけど」

 

 赤くなりながらそんな事を言うアスナを愛おしいと思ったのか、

ハチマンはアスナに、長い長いキスをした。

その長いキスが終わったあと、二人はずっと見詰め合っていたが、

やがてどちらからともなくウィンドウを操作し、全ての装備を解除した。

 

「愛してるよ、ハチマン君」

「俺も愛してるぞ」

「もしあの時ハチマン君が、私の手をとって走り出してくれなかったら、

今頃どうなってたんだろ。私もう、死んじゃってたかもしれないね」

「あの時の自分の行動を褒めてやりたいな」

「うん、私の旦那様はやっぱり優しいね」

 

 こうして夜は更けていき、こんな虚構の世界でではあるが、二人は結ばれる事となった。

 

 

 

 次の日の朝ハチマンが目を覚ますと、隣にはもうアスナはいなかった。

どうやらキッチンで、朝食の準備をしているようだ。

 

「あ、おはよう!そろそろ起こそうと思ってたんだけど、起きたんだね」

「おう、おはよう」

 

 その笑顔を見てハチマンは、絶対俺が守らなくてはと決意を新たにした。

これから大事な仕事がある。気を引き締めねばと、ハチマンは気合を入れた。

 

「朝ご飯作ったから、食べ終わったら一緒に本部に向かおっか」

「そうだな。まだいい作戦は浮かんでないが、

本部で色々と見たり聞いたりすれば、何か思い付くだろうしな」

 

 二人はそのまま本部へと向かい、

ハチマンは、血盟騎士団としての新たな一歩を踏み出した。

初日だったので、まずはヒースクリフから皆に紹介される事となった。

 

「皆も知っての通り、昨日の勝負で私が勝ったため、

ここにいるハチマン君が、我が血盟騎士団に入団する事になった。

役職としては、アスナ君の護衛兼参謀という事になる」

 

 そのいきなりの抜擢に、皆驚いた。反発する者もいたが、

ハチマンをよく知る者ほど、当然という顔でそれを受け入れていた。

反発する者の中に、ゴドフリーというプレイヤーがいた。

一見恰幅のいい親父、といった感じの男で、実戦部隊の指揮をとる事が多いプレイヤーだ。

そのゴドフリーが、ハチマンの実力が見たいと強行に主張した。

どうやら五十五層あたりの迷宮区を数人で突破して、その力を見極めたいとの事らしい。

 

「しかし、ハチマン君の実力は、君ならばよく知っているだろう?」

「ですが、それが我が隊になじむかどうかはまた別の話です。

実戦部隊を指揮する身として、きちんと把握すべき事は把握しておきたいのです。

いざという時に使えない戦力では困りますからな」

 

 使えない、という言葉を聞いた時、アスナの眉がピクリと動いた。

 

(あ、アスナの奴、かなり怒ってんなこれ)

 

 そう察したハチマンは、一歩前に出ようとしたアスナを静止した。

 

「アスナ、いい考えが浮かんだ。俺に任せておけ」

「……うん」

 

 アスナにそう耳打ちしたハチマンは、ゴドフリーに話しかけた。

 

「ゴドフリーの言う事は、確かに正しい。

低階層だから一気に駆け抜ける事になってしまうが、ちゃんと俺について来れるか?」

「もちろんだ!」

 

 ゴドフリーは顔を赤くして、ハチマンの挑発に乗ってきた。

 

「それじゃ、打ち合わせをしようぜ。ヒースクリフ、それでいいか?」

「ああ。君がそれでいいなら構わないが」

「それじゃ行こうぜ、ゴドフリー」

 

 ハチマンの気安い態度をいぶかしみながらも、

ゴドフリーはハチマンと一緒に会議室へと消えていった。

そしてしばらく後に、日程と参加者が発表された。

参加者は、ゴドフリー、ハチマン、そして、クラディールであった。

 

「ハチマン君、よくクラディールをメンバーに入れられたね」

「ああ。あいつとは以前揉めてしまったから、ゴドフリーの力で仲裁して欲しいと頼んだら、

あいつあっさりとその話に乗ってきて、熱心にクラディールの説得を始めたぞ」

「ゴドフリーさん……」

「それに一つ種を蒔いておいた。結晶アイテムの所持を禁止するという提案だ。

その方がピンチの時の対応を見れるだろうって理由でな」

「なんでそんな事を?」

「結晶アイテムが何も無い前提で、もしアスナなら、俺を動けなくするために何をする?」

「それは……麻痺毒を飲ませるくらいしか……あっ」

「まあそういう事だ。そんなわけで作戦を伝える。アスナは密かに俺達を尾行。

キリトとクラインとエギルは、アルゴに案内をさせて、

ラフィンコフィンの残党と思われる二人組の捕縛だ」

「了解!うまくいくといいね、旦那様」

「今アルゴに、クラディールを尾行させている。

その結果を見て準備を終えたら、明日決行だ。バックアップを頼むぜ、奥様」

 

 しばらく経った後、アルゴから連絡が来た。

ハチマンの目論見通りにクラディールが麻痺毒を購入したらしい。

アルゴはメッセージの最後で、

やっぱりハー坊だけは敵に回したくないナと締めくくっていた。

その連絡をもって、クラディール捕縛作戦が明日実行される事が決定した。


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