「なあ、どうせなら、しばらく血盟騎士団の活動を休んだらどうだ?」
キリトから、当然のようにそんな声が上がった。皆も口々にそれに同意した。
「いや、だがまあこんな状況だしな」
「いいじゃねーかよ。今まで散々頑張ってきたんだから、
少なくとも七十五層のボス戦までは休んだって罰は当たらねーよ」
「そうだそうだ!」
ハチマンは、そんな皆の態度は素直に嬉しかったが、それはさすがに躊躇われた。
「まあさすがに、ヒースクリフとの約束を反故にするのもな。
そういう条件でお前にデュエルしてもらった訳だしな」
「やっぱりまあ、そうだよな……」
「まあ結婚を理由にってのはありかもしれないが……」
「それなら手柄をたてて、それを口実にするのはどうダ?」
「手柄?」
突然アルゴが、そんな事を言い出した。
「実は、ヒースクリフの調査をしてる時に偶然得た情報があるんだよ。
ハー坊は当事者なんで、本人にだけ伝えるつもりだったんだが、
まあそれをここで開示する事にするサ」
アルゴのもったいぶった言い方に、一体どんな情報だろうと思っていたハチマンは、
その情報を聞いて、驚きつつも、ある意味納得していた。
「クラディールが、ラフィンコフィンの元メンバーもしくは関係者だと?」
「ああ。偶然あいつがこそこそと二人の男と会ってるのを見付けたんだ。
その相手を尾行して観察してたら、そいつら何度か、
ラフィンコフィンって言葉を会話の中で出したんだヨ」
「……あいつの狂気めいたアスナへの執着は、
確かにラフィンコフィンのメンバーどもと似ている気もしたが、そうか……」
「あくまで可能性だが、罠でもはって確認すればいいんじゃないか?
ハー坊は、そういうの得意だロ?」
「お前は人を何だと……」
ハチマンが抗議する間もなく、他の者が口々に同意した。
「ハチマン君、そういうの得意だからきっと大丈夫だと思う」
「ハチマンなら絶対いい作戦を考え付くよ」
「間違いないな」
「お前らまで……はぁ……わかった。どちらにしろ放置は出来ない。
休むための出来レースみたいでアレだが、あいつを……クラディールを罠にかけるぞ」
「さっすがハチマンだぜ!」
「やっぱハチマンはこうでなくっちゃな」
そうハチマンが宣言し、今日の宴は解散という事になった。
皆二人を祝福しながら一人、また一人と帰っていき、
その場には、ハチマンとアスナだけが残された。
「あー、アスナ、いきなりでその、悪かったな。まあ、今後とも宜しくな」
「もう~、ほんと突然でびっくりしたよ。
まあ心の準備は前からしてあったから、まだ平気だったけど」
「そうなのか?」
「まあ、私だってハチマン君の事はしっかり見てたからね。
最近私に対する態度が前と少し違うなとも感じてたしね」
「まじか……そんなに分かりやすかったか?」
「ううん。他の人にはわからないと思う。私もなんとなくだったし」
「そっか。やっぱりアスナには敵わないな」
二人はソファーに腰掛け、目を瞑りながらそっと寄り添った。
「なあ、アスナはいつから俺の事が好きだったんだ?」
「どうだろう、ずっと一緒にいたから、
最初から好きだったのに気が付いてなかっただけかもしれないし、
何か他にキッカケがあったのかもしれないけど、正確には分からないや。ハチマン君は?」
「そうだな、俺もそんな感じだな。
何度かは、アスナを好きなのかと思った事もあったと思うが、
友達だからと自分に言い聞かせて、それで考えないようにしてたって感じだったと思う」
「そっか……」
「まあもういいだろ。今はこうして二人一緒なんだし、その、けっ、結婚したんだし」
「そうだね……私達、結婚したんだよね……」
「おう……色々とすっ飛ばした感はあるけどな」
落ち着いたせいでやっと実感が出てきたのか、二人はやや緊張してしまったようだ。
そんな空気の中、とりあえずといった感じでアスナが切り出した。
「とりあえずもういい時間だけど、軽く何か食べる?それとも寝る?
あ、お風呂にも入らなくちゃだね」
「お、おう、そんなに腹は減ってないが、アスナが減ってるなら付き合うぞ。
で、風呂か、寝る………か」
「あっ……」
そのアスナの言葉は、男女関係に慣れていない二人には、地雷だったようだ。
先ほどまでよりも更にもじもじした二人は、黙り込んでしまった。
確かに風呂は二人で入れるくらいの大きさはあるし、
ベッドも二人で寝るには十分な広さがある。
沈黙が気まずかったのか、ハチマンが意を決して先に口を開いた。
「そ、そうだな……前一緒に風呂に入った事はあるし、
今日も水着を着て一緒に入ればいいんじゃないか。時間の節約にもなるしな」
「う、うん、そうだね、そうしよっか!」
とりあえずの妥協点と言った感じでハチマンが提案し、
とりあえずはそういう事になったようだ。だが、問題はやはりその後だった。
「それじゃ……寝る、か」
「うん、そうだね」
「……それじゃ、おやすみ」
ハチマンは、さすがにいきなり一緒に寝ようとも言い出せず、
一人で寝室に向かおうとしたが、そんなハチマンの服をアスナがそっと摘んだ。
さすがのハチマンも、顔を赤くしているアスナを見て、色々と察したのか、
若干の勇気を必要としながらも、はっきりと口に出して言った。
「そ、そうだな、一緒に寝るか。俺達もう夫婦なんだしな」
「うん!」
二人はそのままベッドに横たわり、手を繋いだ。その温もりがとても嬉しかった。
二人は自然と向き合い、そのままどちらからともなくしっかりと抱き合った。
「こういうのがやっぱ、幸せって言うのかね」
「そうだね、私今、とっても幸せだよ」
「おう、俺も今、すげー幸せだぞ」
そしてアスナはためらいがちに、その日一番の勇気を必要とする発言をした。
「ねぇハチマン君。ここでもその、そういう事が出来る方法があるの、知ってる?」
「ああ。アスナは誰かに聞いたのか?アルゴか?それともあのピンクか?」
「さっきアルゴさんが帰り際に教えてくれたんだよね」
「あいつめ、余計な事を……」
「ハチマン君は嫌?」
「そんなわけないだろ。でもやっぱり少し恥ずかしい」
「まあそうなんだけど」
赤くなりながらそんな事を言うアスナを愛おしいと思ったのか、
ハチマンはアスナに、長い長いキスをした。
その長いキスが終わったあと、二人はずっと見詰め合っていたが、
やがてどちらからともなくウィンドウを操作し、全ての装備を解除した。
「愛してるよ、ハチマン君」
「俺も愛してるぞ」
「もしあの時ハチマン君が、私の手をとって走り出してくれなかったら、
今頃どうなってたんだろ。私もう、死んじゃってたかもしれないね」
「あの時の自分の行動を褒めてやりたいな」
「うん、私の旦那様はやっぱり優しいね」
こうして夜は更けていき、こんな虚構の世界でではあるが、二人は結ばれる事となった。
次の日の朝ハチマンが目を覚ますと、隣にはもうアスナはいなかった。
どうやらキッチンで、朝食の準備をしているようだ。
「あ、おはよう!そろそろ起こそうと思ってたんだけど、起きたんだね」
「おう、おはよう」
その笑顔を見てハチマンは、絶対俺が守らなくてはと決意を新たにした。
これから大事な仕事がある。気を引き締めねばと、ハチマンは気合を入れた。
「朝ご飯作ったから、食べ終わったら一緒に本部に向かおっか」
「そうだな。まだいい作戦は浮かんでないが、
本部で色々と見たり聞いたりすれば、何か思い付くだろうしな」
二人はそのまま本部へと向かい、
ハチマンは、血盟騎士団としての新たな一歩を踏み出した。
初日だったので、まずはヒースクリフから皆に紹介される事となった。
「皆も知っての通り、昨日の勝負で私が勝ったため、
ここにいるハチマン君が、我が血盟騎士団に入団する事になった。
役職としては、アスナ君の護衛兼参謀という事になる」
そのいきなりの抜擢に、皆驚いた。反発する者もいたが、
ハチマンをよく知る者ほど、当然という顔でそれを受け入れていた。
反発する者の中に、ゴドフリーというプレイヤーがいた。
一見恰幅のいい親父、といった感じの男で、実戦部隊の指揮をとる事が多いプレイヤーだ。
そのゴドフリーが、ハチマンの実力が見たいと強行に主張した。
どうやら五十五層あたりの迷宮区を数人で突破して、その力を見極めたいとの事らしい。
「しかし、ハチマン君の実力は、君ならばよく知っているだろう?」
「ですが、それが我が隊になじむかどうかはまた別の話です。
実戦部隊を指揮する身として、きちんと把握すべき事は把握しておきたいのです。
いざという時に使えない戦力では困りますからな」
使えない、という言葉を聞いた時、アスナの眉がピクリと動いた。
(あ、アスナの奴、かなり怒ってんなこれ)
そう察したハチマンは、一歩前に出ようとしたアスナを静止した。
「アスナ、いい考えが浮かんだ。俺に任せておけ」
「……うん」
アスナにそう耳打ちしたハチマンは、ゴドフリーに話しかけた。
「ゴドフリーの言う事は、確かに正しい。
低階層だから一気に駆け抜ける事になってしまうが、ちゃんと俺について来れるか?」
「もちろんだ!」
ゴドフリーは顔を赤くして、ハチマンの挑発に乗ってきた。
「それじゃ、打ち合わせをしようぜ。ヒースクリフ、それでいいか?」
「ああ。君がそれでいいなら構わないが」
「それじゃ行こうぜ、ゴドフリー」
ハチマンの気安い態度をいぶかしみながらも、
ゴドフリーはハチマンと一緒に会議室へと消えていった。
そしてしばらく後に、日程と参加者が発表された。
参加者は、ゴドフリー、ハチマン、そして、クラディールであった。
「ハチマン君、よくクラディールをメンバーに入れられたね」
「ああ。あいつとは以前揉めてしまったから、ゴドフリーの力で仲裁して欲しいと頼んだら、
あいつあっさりとその話に乗ってきて、熱心にクラディールの説得を始めたぞ」
「ゴドフリーさん……」
「それに一つ種を蒔いておいた。結晶アイテムの所持を禁止するという提案だ。
その方がピンチの時の対応を見れるだろうって理由でな」
「なんでそんな事を?」
「結晶アイテムが何も無い前提で、もしアスナなら、俺を動けなくするために何をする?」
「それは……麻痺毒を飲ませるくらいしか……あっ」
「まあそういう事だ。そんなわけで作戦を伝える。アスナは密かに俺達を尾行。
キリトとクラインとエギルは、アルゴに案内をさせて、
ラフィンコフィンの残党と思われる二人組の捕縛だ」
「了解!うまくいくといいね、旦那様」
「今アルゴに、クラディールを尾行させている。
その結果を見て準備を終えたら、明日決行だ。バックアップを頼むぜ、奥様」
しばらく経った後、アルゴから連絡が来た。
ハチマンの目論見通りにクラディールが麻痺毒を購入したらしい。
アルゴはメッセージの最後で、
やっぱりハー坊だけは敵に回したくないナと締めくくっていた。
その連絡をもって、クラディール捕縛作戦が明日実行される事が決定した。