ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第061話 未来への布石

 アスナは、ヒースクリフと話をするために血盟騎士団の本部へと向かった。

キリトはエギルの店へと向かったようだ。ハチマンは、外でアスナを待っていた。

しばらくたった後、アスナが慌てたように飛び出してきた。

 

「ハチマン君大変なの!団長がハチマン君と戦うって」

「はぁ?」

 

 よく話を聞いてみると、アスナはヒースクリフに、

デュエルで自分に勝つ事が出来たら退団を認めると言われたようだ。

 

「とりあえず、団長が部屋まで来てくれって」

「わかった」

 

 ヒースクリフの部屋に入ったハチマンは、開口一番にこう切り出した。

 

「ギルドを抜けるのに条件なんか必要か?個人の自由じゃないのか?」

「言いたい事は分かるが、うちにとっては多少なりともなリスクが生じる問題だからね。

簡単にはいそうですかと認めるわけにはいかないさ」

「まあ、その言い分は理解できないでもないがな……」

「団長、私は別にギルドを抜けたいわけではなく、

しばらく距離を置いて色々考えたいだけなのですが……」

「もちろんその事は理解しているとも。今回の件の本当の目的はね、

私がその武器を装備したハチマン君と戦う事なんだ。

この前見せてもらった時から、その武器にはずっと興味を抱いていた。

だから、その目的を達成するために、今回の件に便乗させてもらったというわけなんだ」

「お前意外と戦闘狂なのな……」

 

 ハチマンは、どうしたもんかと考え始めた。

色々と考えているうちにハチマンは、とある矛盾に気が付いた。

 

(この前の戦闘で、俺はアハトファウストを武器に見えるようには使用していない。

ではなぜこいつはこれを武器だと認識している?

確か先日も、最初から武器だと認識し、何の疑問も抱いていなかったように見えた。

これはどう見ても、腕に装備するタイプの小型の盾にしか見えないはずだ。

名前は確かに言ったが、例え名前の意味がわかっても、

これを最初から武器として認識した奴は誰もいなかった。つまり……)

 

 ハチマンは、自分が辿り着いたその答えに戦慄した。

 

(まさか……ヒースクリフは、晶彦さんなのか?

まさかとは思うが、そうとしか考えられない。確かに最初、目が似ていると思ったが……)

 

 ハチマンは、その疑念を踏まえた上で、これからどうするべきか深く考え始めた。

 

「ハチマン君?」

「ハチマン君、随分と考え込んでいるようだが、そろそろ考えはまとまったかね?」

 

 一定の考えがまとまったのか、ハチマンはヒースクリフに、

もう一度アスナの退団条件を聞いた。

 

「もし私にデュエルで勝つ事が出来たら、アスナ君の退団を認めよう」

「その言葉に二言は無いな?」

「ああ、もちろんだ」

「わかった。その勝負、受けよう」

 

 アスナはおろおろしていたが、次のハチマンの言葉に驚いた。

 

「ただし相手は俺じゃない、キリトだ」

「……何だって?」

 

 ヒースクリフは、理解出来ないという風にハチマンに聞き返した。

 

「お前は今、私に勝てばと言った。だが、誰がとは一言も言わなかった。そうだろう?」

「……なるほど、確かに私はそう言ったな。これは一本取られたよ」

「まあ確かに詭弁と言えなくもない。だから代わりに、そちらに利益がある提案をしたい」

「聞かせてもらおうか」

「もしキリトが負けたら、俺がアスナの護衛兼参謀として、血盟騎士団に入る。」

「ハチマン君!?」

 

 アスナが、悲鳴のような叫びをあげた。

 

「ほう」

 

 ヒースクリフは、面白そうにハチマンを見つめた。

 

「さらにもうひとつ。すぐ噂になるだろうからあえて言うが、

キリトは、二刀流というユニークスキルを持っている。

二刀流 VS 神聖剣。このデュエルの興行を、血盟騎士団に任せる。

入場料を取れば、元手無しでかなりの利益が出るはずだ」

 

「ふむ……」

「最後に、もしキリトが負けた場合でも、アスナに一日休暇を与えてやってくれ。

実はアスナは俺の家に引っ越すんでな。そのための準備の時間が必要だ」

「ほう、それはそれは、おめでとう」

 

 話の流れに付いていけていなかったアスナは、突然そんな事を言われ、顔を赤くした。

 

「クラディールから報告は聞いたんだろう?あいつがどんな報告をしたかは知らないが、

お前の事だから、既に事実関係の調査はさせたはずだ。

なので、その尻拭いを俺が代わりにしたってだけだ」

「そうか。彼の事は本当にすまなかったと思っている。

その謝罪も込めて、君の提案、全て受けようじゃないか」

「交渉成立だな。それじゃ俺達はもう行くぜ。

詳しい場所と日程が決まったら、また連絡してくれ」

「分かった。早急に手配する」

 

 外に出るとアスナは、ハチマンに尋ねた。

 

「ハチマン君、どうしてあんな提案を?ハチマン君がそこまでする事は……」

「話は後だアスナ。すぐにキリトとアルゴを呼び出して、俺の家に集合だ」

 

 そのハチマンの言葉に、アスナは只ならぬ響きを感じたのか、それ以上聞くのをやめた。

 

 

 

 四人がハチマンの家に集合し終わると、ハチマンは、先ほどの経緯を説明した。

 

「と、いうわけでな。俺の代わりにヒースクリフと戦ってもらいたい」

「それは別に構わないんだが……」

「ハー坊、裏事情もちゃんと聞かせてくれよナ」

「裏事情?」

 

 アスナはきょとんとした。ハチマンは頷き、説明を続けた。

 

「俺の推測が間違っている可能性はあるんだが、お前ら、驚かないで聞いてくれ。

ヒースクリフは、もしかしたら茅場晶彦かもしれない」

「何だって?」

「ええっ、団長が?」

 

 ハチマンは先ほどの経緯と、アハトファウストの件を、三人に説明した。

 

「でもそれだけじゃ、理由としてはちょっと弱い気もするナ」

「ああ。だから、いくつか条件を出した。

まず、キリトが勝った場合は、単純にアスナの希望が満たされる事になるからそれでいい」

「そうだな」

「そしてキリトが負けた場合、俺が血盟騎士団に入団する事になり、

内部からヒースクリフを観察する立場になれる」

「確かにそれなら他に証拠が見つかるかもしれないナ」

「最後に、お前の戦闘を間近で見て、強さを実感すれば、

二刀流の事が知られた後でも、もう誰もお前に手出ししようとは思わなくなるだろう」

「ハチマン君、あの短い時間でそこまで考えてたんだね……」

「でもハチマン、その説明だと、まだ分からない事が……」

 

 ハチマンは、そんなキリトを制して言った。

 

「ここまでの話の中で、キリトが疑問に思ったであろう事を、先に説明するぞ。

俺と茅場晶彦の関係についてだ」

 

 キリトは、やはりそこが分からなかったのか、大きく頷いた。

 

「実は俺は、晶彦さん、茅場晶彦と面識がある。βテストが始まる少し前の事だ」

 

 ハチマンは、茅場との出会いからSAOに囚われるまでの事を、キリトに話し始めた。

 

「なるほどな。最初の頃から、ハチマンは妙にゲーム内の知識を持ってたり、

やけに戦闘に詳しかったりと、不思議な所が多かったよな。

無理に聞こうとは思ってなかったけど、そういう事情だったのか」

「私とアルゴさんは聞いてたけど、改めて言われると、知らなかったら確かに不思議だよね」

「そうすると尚更、この話には信憑性が出てきたな」

「可能性としてはあると思うゾ」

「俺も思った事があるんだよ。茅場は今の状況に満足してるのかなって」

「どういう事だ?」

 

 キリトは自身が抱いていた、とある疑問について話し始めた。

 

「なあハチマン。お前が茅場だったとして、自分の作った世界を観察するとするだろ?

中にはカメラのような物があるいはあるのかもしれないし、

ポイントポイントの映像を見る事は出来る仕組みなのかもしれないが、

そんなの面白いと思うか?」

「オレっちだったらそんなのつまらないナ」

 

 キリトはアルゴに頷いた。

 

「自分の努力の成果を一番実感できるのは、自分がゲームの中に入って、

他のプレイヤーと一緒に色々な事を体験している時じゃないか?って俺は思うんだよ」

「確かに、そうかもしれないな。外部に表示されるのは、言ってみればただのデータだしな」

「そう考えた時、思ったんだ。茅場はこの世界のどこかで、

プレイヤーの振りをしながら俺達を見ているんじゃないかってな」

 

 四人は、その想像は多分合っているだろうと感じていた。

 

「で、なんで俺をヒースクリフの相手に指名したんだ?」

「そうだな。このまま百層クリアを目指すとするだろ。

あのヒースクリフが、いざクリアという時まで、

大人しくプレイヤーの一員として振る舞い続けると思うか?」

「どういう事だ?」

「そんなの、ゲームの全てを知っている人間がクリアに手を貸してるような、

ある意味接待プレイみたいなもんだろ?そんな事、あの人は多分しない。

多分途中で戦死を装うか、あるいは……」

「あるいは?」

「自分をラスボスに設定している可能性すらあると、俺は思ってる」

「団長がラスボス……」

 

 その言葉に、三人は考え込んだ。

 

「……無いとは断言できないナ」

「もしその時、あいつの前に最後に立つ事になるのは、多分お前だ、キリト」

「俺?」

「ああ。俺はヒースクリフ相手だと、相性が多少悪い。

そして俺は、今後も大きな成長は望めない。

テストプレイヤー時代の癖がしみついちまってるからな。

それは多分ヒースクリフも同じだと思う。下手に全てを知ってしまってるがためにな」

「そうだな、知りすぎちまってると、逆に発想が硬直するって事はあるナ」

 

 アルゴがその意見に同意した。

 

「だが、お前は違う。お前は、無限の可能性を秘めていると俺は思ってる。

だからこの戦いで、ヒースクリフの力量をしっかりと見て、体感して、

その上であいつを超える方法を考えて欲しいんだ。未来への布石って奴だな」

「おいおいハチマン、俺に期待しすぎだぞ」

「高いハードルを設定されたな、キー坊」

「別に負けてもいいからな」

「キリト君、頑張って!」

「更にプレッシャーが……」

「アルゴには、ヒースクリフが茅場だとした前提での情報収集を頼みたい」

「分かった。この件については商売抜きでやってやル」

 

 その後ヒースクリフから連絡があり、

さきほど更新されたばかりの七十五層でコロシアムが発見されたため、

勝負は明日そこで行うという事が正式に決定した。


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