クラディールの乱入により時間を取られてしまったが、
三人は予定通り、迷宮区の探索を始める事にした。
中層まではおおよそ攻略は済んでいるので、上層を目指す事になるわけだが、
何かノルマがあるわけでもないので、三人は丁寧にマップを埋めながら、
のんびりと奥へ奥へと進んでいた、はずだった。
「なあ、これどう見てもボス部屋じゃないか?」
「みたいだな」
「何故か着いちゃったね……」
三人が戦闘に要する時間は、一般的なパーティに比べると大幅に短いので、
三人は予想以上に早く、ボス部屋まで到達してしまった。
「どうする?入ってみる?」
「そうだな……何があるかわからないから、役割を分担しよう。
アスナは扉からあまり遠くない位置で遠目に見る感じで、
もし扉が閉まりそうになったら外に出て、また扉を開けてくれ」
「わかった」
「俺達は慎重に前へ進み、敵がわいたらキリトは武器のタイプを確認してくれ。
俺は名前とHPバーの本数を確認する」
「了解」
三人はハチマンの指示に従い、慎重に中へと入っていった。
ハチマンとキリトが中ほどまで進んだ時、広場の奥にボスが姿を現した。
「名前は【グリームアイズ】HPバーは四本」
「敵の武器は、巨大な片手剣!タイプはあれは……悪魔タイプか?」
「入り口の扉は特に何も変化無しだね」
次の瞬間グリームアイズの目が妖しく光り、こちらへ向けてすごいスピードで走り出した。
「やばい、逃げろ!」
三人はハチマンの声に従い慌ててボス部屋を飛び出した。
中に誰もいなくなったため、ボスの姿が消えていき、扉が重々しく閉まり始めた。
「ふう、でかい図体の割りに結構素早かったな」
「なんかいかにもパワータイプって感じの敵だったね」
「武器は片手にしか持ってなかったが、特殊攻撃もありそうだな」
「まあ、タンクを多めにした編成で、ちょっとづつ調査してくしかなさそうだ」
得られた情報を報告しあったところで、三人は少し手前にあった安全地帯に戻り、
食事を兼ねて休憩する事にした。どうやらアスナが色々と軽食を作ってきてくれたようで、
その料理に舌鼓を打ちながら、この後どうするかの相談をしていた。
その時ハチマンが、数人の集団が接近して来ている事に気が付いた。
キリトも気付いたようで、二人は立ち上がり、
何があっても問題ないように備えつつ、その集団を待ち構えた。
一応アスナにはフードを被ってもらい、後方に下がってもらっていた。
「キリト、どうやら警戒する必要は無かったみたいだ」
「知り合いか?」
「あれはどうやらクライン達だな」
「なんだ、クラインかよ」
しばらくして、クライン達もこちらに気付いたようだ。
最初こそ警戒していたようだが、ハチマンとキリトに気付いたようで、
手を振りながらこちらに近付いてきた。アスナがいる事には気付いていないようだ。
「ハチマン!キリト!」
「よぉクライン。お前達も探索か?」
「ああ。レベル上げも兼ねてな」
「ついさっき、ボス部屋を見付けたぞ」
「まじかよ!結構早かったな」
「ああ。街に戻ったら各所に報告して、偵察戦の相談だな」
三人は情報を交換し、キリトはクラインに、今まで探索した分のマップを渡した。
「マップなんかもらっちゃっていいのかよ」
「ああ。俺達は、マップで商売する気は無いからな」
「ありがとな!」
後方に下がっていたアスナも、どうやらクラインだと気付いたようで、
こちらに向けて歩いて来ていた。
それには気付かずにクラインが、にやにやしながらハチマンに言った。
「そういえばハチマンよぉ、なんかすごかったなおい!」
「あ?何がだよ」
クラインは、顔をキリっとさせて言った。
「本来のアスナの居場所は、ここだ」
ハチマンのすぐ後ろまで来ていたアスナは、その言葉を聞いて、ピタっと止まった。
どんな表情をしているかは、フードのせいで見えなかったが、
どうやらまたぷるぷるしているようだ。
「お前ら見てたのか……」
「おう!迷宮区に行こうと思って転移門から出たら人が集まってたから、
何事かと思って見てみたら、ハチマンがデュエルをしてたからびっくりしたぜ!
で、そのまま見物してたんだが、いやー、あれはすごかったな!」
「あの時のハチマンは、ブチ切れてたからな」
横からキリトが解説した。
「まじかよ!ハチマンめっちゃ怖えって思ったけど、あれブチ切れてたのかよ!」
「う……その事についてはあまり触れない方向で頼む」
「いやー、しかしやっぱその後のセリフが一番だな!
消えろ!アスナの居場所はここだ!なんつって、あれはぐっと来たぜ!」
その後もクラインは、興奮ぎみにその時の事を語り続けた。
クラインにとっては、よほど衝撃的な出来事だったのだろう。
ハチマンはさすがに恥ずかしいのか、目を背けながら頭を掻いていた。
キリトは、アスナがすぐ後ろまで来ていた事に気が付き、
慌ててクラインを止めようとしたのだが、次の瞬間アスナがフードを外して前に出た。
「クラインさん」
クラインはその声を聞いてやっとアスナに気が付き、
アスナにもその時の自分の興奮を伝えようとしたのだが、アスナの表情を見て固まった。
それは羞恥の表情でありながら、不穏な気配のする表情だった。
クラインはなんとか声を振り絞り、アスナに話しかけた。
「ア、アスナさん、その、今の話はですね……」
「うん、続きはとりあえず、一撃入れてから聞かせてもらうね」
そう言いながらアスナが武器を抜き始め、キリトとクラインは戦慄した。
風林火山の面々は口々に、
「あ、これリーダー死んだわ」
「まあいつもの事だから仕方無いよな」
「骨は拾ってやるからなー」
等と遠くから声をかけていた。
アスナがクラインに攻撃しようとしたその時、ハチマンがアスナの頭にぽんと手を置いた。
「アスナ、そのくらいで許してやれ」
「はぁ……まあ事実だし仕方ないかな」
アスナはその言葉に素直に従い、剣を腰に戻した。
「た、助かったぜハチマン!」
「お前はもっと周りに気を付けろ」
皆その言葉を聞き、うんうんと頷いた。そしてその後、笑い始めた。
アスナも一緒になって笑っていた。
「まあ今日の所は許してあげます」
「すんませんっした!」
クラインはアスナの許しをもらい、頭を下げた。その時キリトが、助け船を出した。
「まあ、クラインの気持ちもわかるよ。あの時のハチマンとアスナは、
まるでドラマの主人公みたいだったしな」
「そうなんだよ!多分今頃、街ではすごい噂になってるぞ!」
「え、そうなの……?」
「まじかよ……」
ハチマンとアスナは、街に戻ってからの事を想像し、頭を抱えた。
「まあそのうち噂も収まるだろ。それまでの我慢だよ」
「ああ、まあ、甘んじて受けるしかない……ん?」
その時ハチマンが、何かに気付いたように遠くを見た。
「おいお前ら、話は終わりだ。すぐに集合してフォーメーションを組め」
いきなりハチマンの指示が飛んだ。全員その言葉に従い、警戒態勢をとった。
この中には、ハチマンの感覚を疑う者は一人としていない。
しばらくして他の者にも、かなりの人数がこちらに歩いてくるのが確認出来た。
「おい、あれは解放軍の制服じゃないか?」
「あ、最近噂になってたよ。なんか解放軍の一部が、多分キバオウさんの一派だと思うけど、
下層に甘んじているのに嫌気がさして、前線に復帰しようとしてるって」
「キバオウか……最近どうしてるかは知らないが、
あいつの攻略への意欲は本物だったんだよな。
まああいつは、周りの奴に変な影響を受けて、色々と問題を起こす欠点があるけどな……」
どうやらアスナの聞いた噂からも、解放軍の攻略部隊なのは間違いが無いようだ。
さすがにいきなり襲い掛かってくる事も無いだろうと思われたが、
一応警戒は解かないままで、その部隊を待ち構える事にした。
「私は、アインクラッド解放軍のコーバッツ大佐だ」
(うわ、軍とか言うだけあって、階級制なのかよ……)
ハチマンはうんざりし、無難な返事をする事にした。
「俺達は攻略組の者だ」
「君達は、この先まで攻略しているのか?」
「ああ。ついさっきボス部屋を発見した所だな」
「では、そのマップデータを提供して貰いたい」
「ああん?タダでよこせってか?マッピングがどんだけ大変だと思ってるんだ」
クラインが、コーバッツの言葉に噛み付いた。コーバッツはそれに答え、
「我々は、君ら一般プレイヤーの解放のために戦っている!
ゆえに、諸君が我々に協力するのは、義務である!」
と、言い放った。皆絶句したが、ハチマンは気にせず、素直にマップデータを提供した。
解放軍はそれを受け、そのまま奥へと進んでいった。
「ハチマンよぉ、マップデータをタダで渡しちまって、良かったのか?」
「ああ。どうせ街に戻ったら公開するつもりのデータだしな。
あいつらも、さすがにあの人数でボス部屋に突入したりはしないだろ。
二パーティで十二人くらいしかいなかったしな。
それにあんな態度じゃ、どうせ攻略会議から締め出されて、以後何も出来ないだろ」
「まあ、確かにそうかもしれねーけどよぉ……」
この時ハチマンは、自分が解放軍の心情を読み誤っていた事に気が付かなかった。
彼らが高圧的な態度をとったのは、このままでは解放軍の存在が、
今後もずっと低く見られ続けるという焦りの裏返しだったのだが、
キバオウの過去の言動をよく知るがゆえに、
ハチマンは、あれが解放軍の基本の考え方なんだろうと思い込んでしまっていた。
「ねえハチマン君」
そんな中、立場上他のギルドとの折衝に当たる事が多く、
解放軍と一番多く接する機会のあるアスナが、恒例となったハチマンの服を摘みながら、
心配そうにハチマンに意見を述べた。
「なんか解放軍の人達、焦ってるように見えなかった?」
「アスナにはそう見えたのか?」
「うん。私ね、たまに解放軍の人とも話す機会があるんだけど、
全体的になんか焦ってるっていうか、忘れられるのを恐れてるっていうか、
そんな気配をたまに感じてたんだよね」
「焦ってる、か……そうか、その可能性には気付かなかったな。ありがとな、アスナ」
ハチマンはアスナの頭をぽんぽんと叩き、アスナに礼を述べた。
「これからも俺が間違ってたり、何か見落としてると思ったら、すぐに言ってくれな」
「うん!」
アスナは、ハチマンの役に立てた事が、とても嬉しいようだった。
「お前ら方針変更だ。すまんが、俺に付き合ってボス部屋に一緒に行ってくれ。
あいつら、功を焦って単独でボス部屋に突入するかもしれん」
「おう!!!」
全員がそれに答え、一行は急ぎ、ボス部屋へと向かった。
ボス部屋に着くと、予想通りに扉が開いていた。
「くそっ、あいつらやっぱり突入しやがった」
誰かが毒づいた瞬間、扉の中から悲鳴があがった。