ハチマンは正座をしながら、何故こうなったのかと、必死に考え続けていた。
(いくらなんでも女の子と二人きりとか、俺にはハードルが高すぎだろ……つかどうしてこうなった)
「ハチマン君」
「あっ、ハイ」
びくびくしているハチマンを見て、アスナは苦笑しつつも続けて言った。
「あの混乱から助けてくれて、本当に感謝しているけど、
女の子をいきなり宿に連れ込むのはどうかと思うよ?」
「そ、そうですね、反省してます……」
「でも安全なのは確かみたいだし、あの状況じゃ仕方なかったのもわかる。
色々教えてもらったしたくさん励ましてももらったし、だから…」
そしてアスナは、何かを思い出しつつドヤ顔でこう言った。
「これでチャラにしましょう」
「あざとい……」
ハチマンは、つい反射で、慣れ親しんだ返しをしてしまい、やばい、と思いながら固まった。
そんなハチマンにアスナは、頬を膨らませてこう言った。
「私、別にあざとくなんかないですし~」
「ぷっ」
二人はお互い顔を見合わせ、どちらからともなく笑いだした。
しばらく笑い続けた後、ハチマンは立ち上がりながらこう切り出した。
「とりあえず交代で風呂に入ろうぜ。
部屋の扉は、パーティメンバーしか開けられないように変更しとくわ」
「うん、その後色々相談するとして、気分が落ち込む事も沢山出てくるだろうけど、
色々ありすぎたし、とりあえずは落ち着きたいよね」
「それじゃお先にどうぞ」
「うん、お先にいただきます」
そう言って、風呂場に向かいかけたアスナだったが、何かを思い出したように振り返った。
「覗いたらどうなるかは、わかってるよね?」
「俺にそんな度胸は無いから」
「それならよろしい」
そしてアスナは、今度こそ風呂場に入って行き、
一人になったハチマンは、やっと落ち着く事が出来た。
考える事はたくさんあった。茅場の事、デスゲームの事、そしてアスナの事。
そして、もう会えないかもしれない人達の事。
(とりあえず、俺はクリアを目指すとして、今の問題はアスナだ。アスナには確かに素質がある。
だが、自分の命がかかっているこの状況だと、
安全マージンを取りつつ、中堅プレイヤーとして、自分の命を守っていくのが得策だろう。
まずは一層を突破して、体術スキルを取らせるところからだな。あれは全体の底上げになる)
その時だった。
「ふああああああああああああああああああああああ」
風呂場から、突然大きな声が響き、ハチマンは、一瞬硬直した。
(びっくりした……まあリラックスは出来てるようだし、とりあえずは何よりだ)
少しほっこりしつつ、バイト時代に茅場に説明された事を、色々と思い出しながら、
更にハチマンが考え込んでいると、突然「コンコンココーン」とドアがノックされた。
ハチマンはドアの前にいき、ノックの主に声をかけた。
「アルゴか?」
「なあハー坊、なんだいあのメッセージは。わかりにくいぞ?あとセクハラだな。訴えるゾ」
「いやいや、お前、しっかりここに来てるじゃねーかよ……あと本当にすみませんでした」
「まあそこはそれ、蛇の道は蛇ってやつだよ。まあ監獄入りは勘弁してやるよ。
とりあえず、中に入ってもいいカ?」
「ああ、今ドアを開ける」
ドアを開けると、そこにはしっかりと顔にペイントをした、アルゴが立っていた。
アルゴをソファーへ案内すると、ハチマンは一番気になっていた事を聞いた。
「なあ、そのペイントどうやってやったんだよ……あれの直後にはもう塗ってたよな?」
「デリカシーが無いなぁハー坊。女の秘密ってやつだヨ」
「まじか、女の秘密すげえな」
感心するハチマンに、アルゴは逆に聞き返した。
「ところで女の秘密って言えば、細剣使いの女の子はどうしたんダ?」
「え、あ、いや、女の子って何の事だ?」
「はぁ?だってさっき、女の子を連れて、すごい勢いで走ってたじゃないカ」
「いや、だから、なんで女の子だって」
「情報屋だからな、見ただけで性別くらいはわかるゾ?」
(まずいな、とりあえず誤解されないように、ちゃんと説明しないと)
「あ、あ~アレはアレだ……」
ハチマンは焦ってちらりと風呂場の方を見た。
それを見逃さずに、アルゴは目をきゅぴっと光らせ、風呂場の方に突撃し、
ハチマンが止める間もなく、いきなりドアを開けた。
「こんばんわ~細剣使いさ………あ」
ハチマンが焦って顔を上げると、固まるアルゴの向こうに、アスナがいるのが見えた。
幸い全裸ではなかったが、アスナの見えてはいけない所が、
ハチマンには色々と見えてしまった。
「きゃああああああああああああああああああああああ」
アスナの大声が響き、アルゴはあわててドアを閉めた。そんなアルゴに、ハチマンは言った。
「なぁ……アルゴ」
「なんだいハー坊」
「あ、ありがとう?」
「………ハー坊」
数分後、顔を赤くしたアスナが風呂場から出てきた。ハチマンとアルゴは、
アスナに言われるまでもなく、すぐにその場に正座をした。
「まずハチマン君」
「あっ、ハイ」
(このやり取り何度目だよ……やっぱりごみいちゃんはごみいちゃんなのか小町……)
「何か見た?」
「あ、ありがとう?」
それを聞いた瞬間、アスナは頬を赤らめながらも、すごい目つきでハチマンを睨んだ。
「すみませんでした……」
「さっき見た物は、全部忘れる事、いい?」
「はい………」
それからアスナは、しばらく目をつぶって、何事か考えこんでいた。
そしておもむろに、アルゴの方を向いて、自己紹介をはじめた。
「始めまして、私はアスナです」
「オレっちは情報屋のアルゴ。以後よろしくね、アーちゃん」
アスナはそう呼ばれ、きょとんとしてアルゴに聞き返した。
「アー、ちゃん?」
「アスナだからアーちゃんだな。ちなみにハチマンはハー坊だぞ」
「そ、そうですか、で、何故ここに?」
「あ、ここに逃げてくる途中に、俺が連絡しといたんだよ。情報も欲しかったしな」
「なるほどね」
ハチマンのその答えに、アスナは納得したように頷いた。
「で、外は今どうなってるんだ?」
「その情報は百コルだけど、今日のところはサービスしとくよ。
で、今の状況だけどはっきり言ってまずいな。
外は大混乱で、死人も沢山出てる。オレッチの予想だと、
後一週間くらいは、こんな感じで混乱したままだろうナ」
死人が出ていると聞き、ハチマンは、鎮痛な表情で呟いた。
「やっぱりそうだよな……でもなんで晶彦さんはこんな事を……」
「晶彦さん?茅場晶彦?ハー坊茅場晶彦の知り合いなのカ?」
アルゴはその言葉を聞き逃さなかった。
ハチマンは内心しまったと思ったが、平静を装い、そのまま言葉を続けた。
「ああ、前に言っただろ、β前にバイトしてたって。
その時知り合って、それなりに親しくさせてもらってたんだよ。
けどまさかこんな事を考えていたとはな……だがまあ思い当たる事もあるが」
「思い当たる事?」
「ああ、晶彦さんも俺と一緒で、本物ってのを求めていた。
そしてこのゲームで、本物を手に入れたいみたいな会話をした事があるんだよ」
それを聞いていたアスナがいきなり立ち上がって言った。
「そんなの、そんなの全然わからないよ!
本物って何?そんな物のために、私たちはこんな目にあってるの?」
「落ち着け。そういう会話があったってだけだ。俺も詳しく理解しているわけじゃない」
アスナは納得していないようだったが、とりあえずその場に座りなおした。
「まあこうなっちまったもんは仕方ないさ。で、二人はこれからどうすル?」
「俺はクリアを目指す。まあ自分の命が大事だから、無理はしない」
アルゴはそれを聞き、目を細めながら、ハチマンに言った。
「本当か?さっきアーちゃんの手を引っ張って走ってたハー坊は、
とてもそんな風には見えなかったけどナ」
「ぐっ、それはだな……男だと思ってたし、成り行きとはいえ、
他人の世話はきちんと最後までしろって妹に教育されてるんだよ」
「いい妹さんだナ」
「ああ、妹の小町は世界一いい子でかわいいぞ」
「シスコン!?」
それまで黙っていたアスナがいきなり突っ込んだ。
「ばっ、当たり前だろ、千葉の兄妹なんだからな」
「千葉って……そうなの?」
「まあまあ話を戻そうぜ。で、アーちゃんはどうするつもりダ?」
「私は……もうちょっと考えたい」
「そうだな、ニュービーのアーちゃんには、ちょっと展開が急すぎたから仕方ないよナ」
ハチマンはその意見に頷き、アスナを安心させるように言った。
「とりあえずどうなるにしても、俺がしっかりサポートするから心配すんな。
うちの部活の理念でもあるからな」
「部活って、何の部活?」
「奉仕部だ」
「奉仕部って、エロいやつカ?」
「まったく違う。これは部長の受け売りだが、うちの理念はな、
飢えた人間に魚を与えるのではなく、魚の取り方を教えるっていう感じだな」
二人はそれを聞いて、納得したようだった。
「なるほどな、思ったよりまじめな、いい部活なんだナ」
「うん、すごいと思う」
「お、おう…ありがとう。なんか嬉しいわ」
今までやってきた事は間違いではないのだと、ハチマンは、頬が熱くなるのを感じた。
「それじゃ、情報交換を密にしてくって事で、とりあえず解散だな」
「それじゃオレっちは帰るけど、
ハー坊はオネーサンの見てないところでアーちゃんを襲うんじゃねえゾ」
「いや、ハラスメントコードがあるだろ。
俺なんか基本ぼっちだから、見てるだけで監獄に送られるまであるぞ……
っていうか、お前は女なんだし、ここにいればいいんじゃないか?外は危ないんだろ?」
「今のハー坊は、まったくぼっちじゃないと思うけどな。後、オレっちはもう、
宿は確保してあるから問題ないぞ。それじゃあナ」
「そうか、それじゃあまたな」
「またね、アルゴさん」
三人はお互いにあいさつを交わし、その場はお開きとなった。
アスナとアルゴはフレンド登録をしたようだ。
「ハチマン君、私たちもフレンド登録しておきましょ。今後何かと便利だろうし」
ハチマンは、フレンドという言葉に、内心激しく動揺していたが、
これは必要な事だ、ただの儀式みたいなもんだと自分に言い聞かせて、
深呼吸をした後、登録を承諾した。
「これからよろしくな、アスナさん」
「うんよろしくね、ハチマン君」
改めて挨拶を交わした後、ハチマンは唐突に、こんな事を言い出した。
「それじゃアスナさん、俺もどっか宿探すから、明日また連絡するわ」
「え?ここでいいんじゃない?」
ハチマンはその提案に、常識的な返事をした。
「え、それはちょっとまずいだろ」
「む~、何か変な事考えてる?ハラスメントコードがあるんだから実害はないんでしょ?」
「それはそうだが、やっぱり年頃の男女が一緒ってのはな……」
「衝立でも立てればいいんじゃないかな?
ちょっと恥ずかしいけど、間違いの起こりようもないんだし、
そもそも追い出すみたいで何か悪いよ。それに、今の外は危険すぎる」
ハチマンは、少し悩んだが、アスナの言う事も一理あると思い、
その言葉に大人しく従う事にしたようだ。
「そうか……じゃあお言葉に甘えるわ。俺はソファーで寝るから、アスナさんはベッドな」
「ありがとう。あとさ、アルゴさんは呼び捨てなんだから、私もアスナでいいよ?」
「いやお前も君づけだろう?」
「男の子と女の子は違うの!」
「はぁーわかった、それじゃ、ア、アスナ」
「うんっ、ハチマン君!」
「それじゃ俺も風呂入っちゃうから、先に寝てていいぞ」
「わかった。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
その後風呂に入りながら、今日の出来事を振り返っていたハチマンは、
あまりにも自分らしくない行動に、悶絶するのだった。