ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第058話 もしかして

 次の日の朝、ハチマンとキリトは、転移門の前でアスナを待っていた。

 

「アスナが遅れるなんて珍しいな」

「ああ。いつもこれでもかってくらい時間に正確なんだけどな」

 

 二人は、そろそろアスナに連絡してみるかと話していたが、

その時転移門から人が出てくる気配がした。

 

「どいてどいて!」

「お?」

 

 次の瞬間転移門の中から、アスナが飛び出してきた。

かなり高くジャンプしながら門に突入したようで、

アスナは、このままではハチマンに上から圧し掛かる形になってしまうと気付き、

警告の声を発したようだ。だがそんなアスナの声に動じる事も無く、

ハチマンは、アスナを衝撃が無いように柔らかい動作で、横抱きに受け止めた。

 

「よっと」

 

 それは、いわゆるお姫様抱っこの形であり、

それを見たキリトは、ナイスキャッチ!という声を上げた。

 

「おいアスナ、危ないだろ。俺以外だったら確実にぶつかってるぞ。

廊下は走っちゃいけませんって先生に教わらなかったのか?」

「あっ、ごめんなさい先生」

「誰が先生だよ」

 

 今の格好は、アスナにとってはかなり恥ずかしいものであるはずだったが、

それにも気付かないほど、アスナは転移門の方を気にしていた。

ハチマンとキリトも、そんなアスナにつられて転移門の方を見た。

その時別の人物が、新たに転移してきた。

 

「アスナ様!勝手な事をされては困り……何だお前は!アスナ様を放せ!」

 

 それは、アスナの護衛をしているクラディールだった。

護衛が護衛対象と行動を共にするのは当然の事だが、

今日の活動内容に、護衛は不要だ。なのでそもそも、護衛は断ったはずだ。

それなのに、何故かクラディールがここにいた。

 

「ああん?お前らの副団長様が怪我をしないように、

転びそうだったのをしっかりとキャッチしてやったんだろ」

「何?それはすまなかっ……じゃない!その姿を見て、そんな事信じられるか!」

「その姿……?」

 

 アスナはその言葉に、今自分がハチマンに何をされているか気が付いたようだ。

慌てて自分の足で立ち、咳払いをしながらクラディールに言った。

 

「クラディール、今彼の言った事は事実だから、何も問題ないよ」

「はっ、ですがしかし……」

「それよりも、なんでアンタ朝から家の前で張り込んでるのよ!」

「こんな事もあろうかと、一ヶ月前からアスナ様の家の前の早朝警護を行っておりました」

「い……」

「一ヶ月ぅ?」

 

 その言葉を聞いた三人の頭には、ストーカー、という文字が浮かんだようだ。

同時にハチマンの表情が、いつにも増してめんどくさそうになった事に、アスナは気付いた。

 

「それ、団長の指示じゃないわよね……?」

「私の任務はアスナ様の護衛です!それには当然自宅の監視も……」

「含まれるわけないだろ」

「また貴様か!アスナ様の周りをうろつく羽虫が!」

 

 アスナの代わりに、キリトがそれに突っ込んだ。

クラディールはその言葉でキリトの存在に気付き、罵声を浴びせ始めた。

 

「何でお前みたいな奴がアスナ様と噂に……」

「はぁ?昨日も思ったけど、何か勘違いしてるんじゃないか?

俺とアスナは過去に一度も噂になった事なんかないぞ」

「何だと?じゃあ一体誰が」

 

 アスナはその言葉を聞いて、思わずハチマンを見た。

キリトも同じようにハチマンを見た。

 

「おい、何で二人とも俺を見る」

「だって、ねぇ」

「ああ。それってハチマン以外にありえないだろ」

「貴様かあああああああ!」

 

 クラディールはどうやら噂の主がハチマンだと気付いたらしい。

その大きな声で騒ぎに気付いたのか、周りに群集も集まりだしていた。

 

「おい、あれ閃光のアスナさんじゃないか?」

「本物だ!」

「何だ何だ、痴話喧嘩か?」

 

 周辺が騒がしくなってきたのを感じ、ハチマンが言った。

 

「はぁ……本当に心底めんどくさい」

「おいハチマン」

 

 ハチマンは、キリトを手の平で制し、いきなりアスナの腰を抱き寄せた。

 

「ハ、ハチマン君?」

「ハチマン!?」

 

 アスナとキリトは、そのハチマンの行動に心底驚いた。

 

「なっ、き、貴様!何をしている!」

「おい、クラディール?だったか?その噂は噂じゃない、事実だ。

アスナとずっと一緒にいる奴というのは、間違いなくこの俺だ」

「え?ハチマン君?」

 

 アスナは、あまりにもいつもと違うハチマンの行動にびっくりし、

ハチマンに声をかけたが、ハチマンは気にせずそのまま続けた。

 

「見ろ、こんな状況でも、お前の大切な副団長様は別に嫌がってないだろう?」

「くっ、アスナ様!早くそんなつまらない男から離れてください」

「つまらない男?」

 

 その言葉にムッとしたのか、アスナは自分からハチマンに抱きついた。

キリトはそれを面白そうに見ていた。

周りで見ていた群集からは、ひゅぅ、と口笛や冷やかしの声があがった。

 

「理解したか?お前が聞いたのは、噂じゃなくてただの事実だ」

「ぐっ……」

「そして、アスナにはお前みたいな弱い護衛は必要ない。俺がずっと隣にいるからな」

「俺が弱いだと?貴様、攻略組でも無いくせに、この俺よりも強いつもりか!」

「はぁ?」

「え?」

 

 その言葉を聞いた三人は、わけがわからなかったが、

次のクラディールの言葉を聞いて、そういう事かと納得した。

 

「お前なんか今まで一度も前線で見た事がない!この前初めて攻略に参加したようだが、

その時もまったく活躍してなかったじゃないか!」

「あー、そういう事か」

「クラディールが攻略に参加し始めたのって、確か六十五層前後からだった気がするよ」

「ハチマンは、確かにそれくらいの時は攻略に参加してなかったしな」

「こいつやっぱり、俺の事はまったく知らないんだな」

 

 ハチマンは納得し、そのままクラディールに話しかけた。

 

「あー、もうその事はどうでもいいわ。

とにかくお前が弱いってのは分かったから、さっさと消えろ」

「何だと!俺は弱くなんかない!貴様にデュエルを申し込む!」

「そうか、わかった。そのデュエル、受けるわ」

 

 ハチマンが嫌にあっさりと承諾したので、アスナとキリトは驚愕した。

いつものめんどくさがり屋のハチマンがとる態度ではなかったからだ。

 

「おいクラディール、半減決着モードでいいな」

「ああ」

「アスナはキリトのとこで待っててくれ」

「うん、わかった」

 

 アスナはハチマンを気にしつつ、キリトの隣へと走っていった。

もちろん気にしていたのは勝敗ではなく、ハチマンのおかしな様子だった。

 

「ねぇキリト君、もしかしたらなんだけど、ハチマン君のあれって……」

「ん、何か気が付いたのか?」

「ううん。やっぱり終わってからでいいや」

「そうだな、すぐ終わるだろうしな。一分くらいか?」

「うん、でも……」

「あれ、あいつ人前でアレを使うつもりか?」

 

 ハチマンは、アハトファウストのシールド部分を最初から前にスライドさせた状態で、

開始の時を待っていた。それを見たアスナが、

 

「あっ……やっぱり今のハチマン君って……」

 

 と、何か言いかけたが、言い終わる前にデュエルが始まった。

カウントが進み、開始の合図が表示された瞬間、ハチマンの姿が消えた。

次の瞬間クラディールの顔が弾けた。どうやらハチマンに殴られたようだ。

後ろに倒れていくクラディールの体に、ソードスキルの光が走る。

そしてハチマンがクラディールの上に馬乗りになり、目の前に短剣を突き付けた所で、

WINNER表示と共にハチマンの勝利が宣言された。その間わずか三秒ほど。

 

「俺でもはっきりとは見えない速さで瞬殺かよ……

ところでアスナ、さっき言いかけたのって何だ?」

「うん……ねぇキリト君。やっぱり今のハチマン君ってさ、

すごいめんどくさそうに見えたけど、あれってもしかしたら、キレてるのかも」

「えっ、ハチマンってキレるとああなるのか?」

「怒った所さえほとんど見た事ないからわからないけど、

明らかに不機嫌そうな時も同じような顔してたから、もしかしたらって思ってたの」

「まじかよ……」

 

 ハチマンはクラディールから離れ、アスナに手招きをした。

アスナがやってくるとハチマンは、クラディールに見せ付けるように、

また先ほどのようにアスナの腰を引き寄せた。キリトはそれを見て、

 

(うっわ、あれ本当にキレてるわ……みじめな敗者に更に追い討ちか)

 

 と、さきほどのアスナの考えは正解なんだなと実感した。

ハチマンはその状態のまま、倒れたまま呆然としているクラディールに言い放った。

 

「自分がどれほど弱いか分かったか?分かったならとっとと消えろ。

百歩譲って血盟騎士団としての活動の時は目を瞑ってやってもいいが、ストーカーは認めん。

後、随分と噂を気にしてたようだがな、本来のアスナの居場所は、ここだ」

 

 そう言ってハチマンは、アスナを強く自分の方に抱き寄せた。

アスナは顔を赤くはしていたが、恥ずかしさよりも、

どちらかと言うととまどいの方が大きかった。

 

(こんなハチマン君、初めて見た)

 

 それは、ハチマンが初めて自分に見せた独占欲の表れだったかもしれない。

だがアスナはそれを、素直に嬉しいと感じていた。

クラディールは悔しそうにハチマンを見ていたが、

往生際が悪い事に、なおも抗弁しようとした。

 

「くそっ、確かに負けはしたが、私はあくまで職務を遂行しているだけだ!」

「職務を言い訳にしてストーカー行為を正当化してんじゃねえよ」

「なっ、私は純粋に!」

「もういいクラディール。私の権限で、護衛の任を解きます。

本部に戻って団長にありのままを報告し、以後は団長の指示に従いなさい」

 

 アスナから、最後通告とも言うべき言葉が発せられ、

クラディールはそのまま黙って転移門へと消えていった。

 

「なんかすげえもの見たな!」

「格好いいぞ!ハチマンって人!」

「アスナさんって決まった相手がいたのか……」

「くそー、俺ファンだったのに!」

 

 群集は一連の出来事の決着を見て、やんややんやと喝采していた。

中にはアスナの熱狂的ファンと思われる者の、落胆の声も混じっていたようだ。

三人は場の盛り上がりに気が付き、慌ててその場から逃げ出した。

ちなみにたまたま通りかかったクライン一行も最初からその様子を見ていたのだが、

三人はそれには気付かなかったようだ。

 

 

 

「しかしあんなハチマン初めて見たよ。なんかすごかった」

「うん、私もびっくりした」

「あ?何がだよ」

「だってお前、さっき明らかにキレてただろ」

「何がだよ、俺は別にキレてなんか……あ?」

 

 街を離れ、迷宮区へと向かう途中で、どうやらハチマンは、我に返ったようだ。

 

「ん?お?あー………」

 

 ハチマンは、いつもの冷静さをやっと取り戻したようで、

さきほどまでの自分の一連の行動をはっきりと認識したようだ。

 

「お、おいお前ら、さっきのはだな……」

「わかってるよ。我を忘れるほど怒ってたんだろ?」

「いや、まあ多分そうなんだが……」

「いつから怒ってたのかは俺にはちょっとわからなかったが、まあいいじゃないか。

アスナも機嫌が良さそうだし」

「ア、アスナ?その、さっきのは……」

 

 アスナは、にっこりと笑ってハチマンに言った。

 

「本来のアスナの居場所は、ここだ」

「うわあああああああああ」

 

 そしてアスナはそのまま、ハチマンの横に自分からぴったりとくっついた。

ハチマンはそのアスナの行動を受け、ビシッという音をたてて硬直した。

 

「もうリズやシリカちゃんには、報告したからね」

「アスナ、お前容赦ないな……」

「そんな事ないよ。アルゴさんに報告するのは勘弁してあげたしね」

「だってよハチマン。アスナに感謝しないとな?」

「お、おう……ありがとう?」

「どういたしまして?」

「って、リズとシリカには言ってんじゃねーかよ。次会った時に何を言われるか……」

 

 もっとも、既にアルゴはこの情報を掴んでいたので、

この時のアスナの気遣いは、結果的に無駄だった。

ハチマンは落ち込んでいたが、そんなハチマンにキリトが声をかけた。

 

「でも、さっきのハチマンすげー格好良かったぞ」

「いや、でもな……俺らしくないだろ。それにその……恥ずかしいし」

「ハチマンらしいって何だよ。あれもハチマンだろ?

自分の大切な人に一緒にいて欲しいってのは、すごく当たり前な感情だろ。

ハチマンは前から自分の感情を殺す所があるけど、

もっと素直に感情を出してくれてもいいんだよ。

俺もアスナも、ハチマンが好きでこうして一緒にいるんだからな」

「素直に、か……」

「私の居場所は、確かにここだしね」

 

 アスナも、満面の笑顔でそう言った。

ずっと曖昧だったアスナとの関係だったが、ハチマンはその笑顔を見て、

一歩前へ踏み出す覚悟を決めたようだ。相変わらず捻くれた表現ではあったが。

 

「あー……アスナ。今日の探索が終わったら、もしアスナがそうしたいんだったらだが、

とりあえずうちに引っ越して来てもいいぞ。そうすればあの馬鹿ももう何も出来ないだろ。

あくまでアスナの安全のための提案だけどな。保険だ保険。

あ、ちゃんと節度は保つってのが条件な」

 

 アスナはその言葉の意味を理解し、あわあわとし始めた。

キリトはにやにやしながらそれを眺めていた。

しばらくあわあわしていたアスナだったが、やはり嬉しかったのだろう。

 

「えっと、それじゃ、お世話になります」

 

 と答えた。

 

「よし、それじゃ今度みんなを集めて引越し祝いの宴会でもするか!」

 

 キリトが楽しそうにそう提案した。

 

「そうだな、それもいいかもしれないな」

 

 ハチマンも、めんどくさがりな彼にしては妙に素直に、それに賛成した。

SAOに囚われてからのハチマンの行動や態度は、もう昔と比べるとまったくの別物だ。

それがいい事なのかどうかはわからないが、

それでもハチマンは、こんな自分も悪くはないな、と感じていたのだった。


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