ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第057話 S級食材

 最近ハチマンは、情報収集をメインに行っていたので、

ボス戦にはしばらく参加していなかったのだが、

現在の最前線である第七十三層では、珍しくスムーズに情報が出揃ったので、

ハチマンは久しぶりにボス戦に参加する事にした。

 

「よぉ、ハチマン。なんか久しぶりじゃねえか?」

「おう、クライン。今回は珍しく早く手があいたんでな、まあ気分だ気分」

 

 ハチマンは、ラフィンコフィンの一件以来、

攻略組の面々とはしばらく顔を合わせていなかった。完全に裏方に徹していたためだ。

そのため、ハチマンのアハトファウストを見た事がある者は、

この場ではキリトとアスナだけだった。

クラインは、ハチマンの腕に装着されているアハトファウストに気が付いた。

 

「あれ、ハチマンその盾、いつの間に戦闘スタイルを変えたんだ?」

「ああ、ちょっと色々試してみようと思ってな」

「珍しい形の盾だけど、名前は何て言うんだ?」

「アハトファウストだな」

「ファウストって、なんだったっけかな」

「まあ、直接の意味は拳だな」

「え、どう見ても盾だろ?」

 

 その後、エギルやネズハと話した時も、同じような会話が繰り広げられた。

 

(これを手に入れたのは結構前なんだが、そんなに長い間俺は攻略に参加してなかったのか。

今後はもうちょっと攻略にも参加するか……)

 

 ハチマンはスライド機構を使わず、無難に戦闘をこなしていた。

この機構を公開するのは、もう少し様子を見てからの方がいいと思ったからだ。

討伐は特に何も問題もなくスムーズに終わり、

次の層へと向かう道中で、ハチマンはたまたまヒースクリフと話す機会を得た。

 

「ハチマン君、しばらく見ない間に戦闘スタイルを変えたのかね?」

「ああ。色々試してみようと思ってな」

「その装備はあまり見ないタイプの物だな。名前は何と言うのかね?」

「アハトファウストだな」

「何というか、不思議な武器だな」

「まあな」

 

 ハチマンはなんとなく違和感を感じたが、疲れていたせいもあって、

あまり深く考えようとはしなかった。

これで最前線はついに七十四層。やっと終わりが見えてきた事もあり、

攻略組の士気は、とても高まっていた。

 

 

 

 数日後、キリトは七十四層の迷宮区に来ていた。

強敵であるリザードキングを倒した所で、そろそろ戻ろうかと考えたキリトは、

迷宮区を出て、のんびりと街へと向かって歩き出した。

森の近くに差し掛かった時、キリトの視界の隅に、小さな動物のような物が映った。

 

(あれは……ラグーラビットじゃないか、初めて見たな)

 

 ラグーラビットは、滅多に見る事が出来ないモンスターだ。

逃げ足は相当速く、こちらに襲い掛かってくる事も無いため、倒すのはほぼ不可能だ。

ラグーラビットからドロップする肉は、

その討伐難易度に比例してか、S級食材に認定されている。

キリトはそっとウィンドウを開き、投擲用の針を取り出した。

 

(まさかこんな時にこれが役にたつ事になるとはな)

 

 それは、キリトが趣味で集めている武器の中の一つだった。

 

(頼むから当たってくれよ……)

 

 キリトは、運を天に任せてラグーラビット目掛けて針を投げつけた。

残念ながら命中こそしなかったが、ラグーラビットは驚き、上に跳ねた。

キリトはしめたと思い、空中で身動きが出来ないラグーラビットを、武器で一閃した。

 

「よし!」

 

 ストレージを確認すると、そこにはラグーラビットの肉がしっかりとドロップしていた。

キリトは思わずガッツポーズをした。

 

「さて、食うか、売るか……とりあえずエギルの店に行ってから考えるか……」

 

 キリトはそう呟き、エギルの店に向かった。

 

 

 

「まじかよ……S級食材じゃねえか」

 

 エギルも、ラグーラビットの肉は初めて見たようだ。

 

「おい、これどうするんだ?食うか?食うよな?」

「うーん、さすがにこのクラスの食材を料理する腕は、俺には無いんだよな……」

 

 そこに、買い物にでも来たのだろうか、護衛を伴ってアスナが現れた。

血盟騎士団は、ラフィンコフィンの一件以来、幹部に護衛を付ける事にしたらしい。

 

「二人とも、どうかしたの?」

「アスナ……あっ」

 

 キリトは、アスナの料理スキルが相当高い事を思い出した。

 

「アスナ、料理スキルは今いくつだ?」

「カンストしてるけど」

「まじか!ちょ、ちょっとこれを見てくれよ」

「あ、これ、ラグーラビットの肉じゃない」

 

 アスナはあまり驚いた様子も無く、平然と言った。

 

「おい……ラグーラビットだぞ、S級食材だぞ!」

「うん」

「アスナ、すまないがこれを料理してくれないか?俺食った事無いんだよ!」

「別にいいけど、それじゃハチマン君の家にでも行く?」

「いいのか?是非頼む!」

 

 キリトは、感極まってアスナの手を握った。

その時アスナの護衛が咳払いをして、キリトを睨み付けながら言った。

 

「昔からアスナ様に付きまとっている奴がいるという話は聞いていたが、お前か」

「あ?」

「クラディール、今日の護衛はここまでで」

「ですがアスナ様!」

「本部には私から連絡しておきます」

「……わかりました」

 

 そのクラディールと呼ばれた男は、悔しそうに去っていった。

 

「アスナ、何だあいつ?」

「団長が、どうしても必要だって言って私に付けた護衛なんだけど、いつもあんな感じなの」

「ハチマンがよく思わないんじゃないか?」

「……やっぱりそう思う?」

「うーん、ハチマンもああいう性格だから、必ずしもそうとは言えないかもしれないが、

あいつ考えてる事読めないし、内心どう思うかはちょっと俺にはわからないな」

「ハチマン君、嫌な事があっても表に出さないからね……」

「まあ、とりあえず今から行くんだし、反応を見てみるしかないな」

「それじゃまあ、料理しに行こっか」

「お願いします!」

 

 そこにエギルが、焦ったように割り込んできた。

 

「おい、俺の分は?肉一つで四人分作れないのか?」

「うーん、三人までが限界かなぁ」

「そういうわけだエギル。それじゃまたな」

「そんなあああああ」

 

 泣きながら崩れ落ちるエギルを残し、二人はハチマンの家へと向かった。

ハチマンはこの日は、たまたま家で寛いでいたようだ。

 

「何かあったのか?」

「ハチマン、実はラグーラビットの肉が手に入ってな。

アスナに料理を頼んだら、ハチマンの家に行こうって」

 

 二人は、ここに来た経緯をハチマンに説明した。

 

「ここなら私の揃えた料理道具が使えるからね」

「いつの間にそんな物を……」

「そういう事か。別にかまわないぞ」

「本当はエギルさんもすごい食べたがってたんだけど、

四人分作るには肉一つじゃちょっと足りないかなって」

「なるほどな。ラグーラビットの肉ならたくさんあるから、エギルも呼んでいいぞ」

「まじかよ!S級食材だぞ!たくさんって何だよ!」

 

 その言葉を聞き、キリトは驚いた。

 

「あーやっぱり持ってたんだね。前も持ってたから、もしかしたらって思ってたんだけどね」

「お前ら食べた事あったのか?だからアスナは平然としてたんだな」

「うん、まあそういう事」

「それじゃキリト、エギルに連絡してやれよ」

「そうだな、あんなに泣いてたもんな」

 

 エギルは連絡を受けた瞬間、すぐに店を閉めて走ってきたらしい。

驚くほどのスピードで到着した。

エギルはハチマンの家に来た事が無かったので、家のある塔の周りをうろうろとしていた。

キリトが下に迎えに行き、エギルを家の中に案内したのだが、

エギルもここがプレイヤーハウスだとは思っていなかったらしく、驚いていた。

 

「ハチマン!ありがとう!!!」

 

 ハチマンの顔を見た瞬間、エギルが九十度のおじぎをした。

 

「お、おう……そんなに食べてみたかったんだな」

「ああ。本当にハチマンには感謝してるぜ!それにしてもこの家すごいな!」

 

 ハチマンは、家の事を褒められ、機嫌が良くなったようだ。

 

「ああ、俺の一番の自慢だな。来る機会はあまり無いかもしれないが、

とりあえずここの鍵をやるから、俺に用事があったらここに訪ねてきてくれ」

「おう、重ねてありがとう!ハチマン!」

「これでエギルも、ハチマンファミリーの一員だな」

「いつそんなファミリーが出来たんだよ……」

「お、まじか。嬉しいんだが、つまり今までは俺は他人扱いだったって事か?」

「いやそうじゃないだろうけど、今まではいい機会が無かったって事だな」

「そろそろ料理が出来るよー」

「よし、お前ら多めに肉を食わせてやるからさっさと配膳しろ」

「おう!」

 

 

 

 ハチマンの提供した肉は二つだったので、四人は腹いっぱい食べる事が出来た。

 

「まじ美味え……」」

「俺このまま死んでもいい……」

「まあ、確かに美味いよな、これ」

「お粗末さまでした」

「ハチマンとアスナは、これ何度も食べてるのか?」

「うん。ハチマン君がよく取ってきてたから……」

「まじかよ」

「情報収集で色々走り回ってると、そこそこ見つかるんだよな、あれ」

 

 その後、四人は食休みも兼ねて雑談に興じた。

アスナは、ちょうどいい機会だと思い、ハチマンに護衛の話をした。

 

「そうか、護衛を付ける事になったのか」

「うん」

「まあ確かにその方が安全かもしれないな」

 

 アスナは、ハチマンの様子が案外普通だったので、拍子抜けしたが、

ハチマンの事だからまだ分からないと、内心を読もうと頑張った。

 

「ま、それでアスナの安全が確保されるならいいんじゃねーの」

「安全はともかく、あの男は俺は好きになれそうにないな」

 

 キリトが横から口をはさんできた。

 

「別の奴に変えてもらった方がいいんじゃないか」

「私もあの人は正直ちょっと苦手なんだよね」

 

 アスナも、やはりクラディールにはいい印象を持っていなかったようだ。

 

「アスナに嫌われるって相当だなそいつ。

まあ、それならヒースクリフに話してみた方がいいかもな。何なら俺が言う」

 

 その言葉を聞きアスナは、あ、やっぱりちょっと不機嫌そう、と思った。

 

「うん、それじゃそうする」

「んじゃそんな感じで、いい時間だしそろそろお開きにするか?」

「おう」

「明日は私、ギルドの攻略無いんだけど、何かする?」

「そうだな、迷宮区にでも行くか?キリトとエギルもどうだ?」

「すまん、明日は俺は店の用事があるんだよな」

「俺は行けるぞ」

「それじゃ、三人で転移門前で待ち合わせでいいかな?」

「ああ」

「おう」

「じゃあまたな!今日は本当にありがとな!ハチマン!」

「また明日な」

「私も後片付けだけして帰ろうかな」

 

 キリトとエギルは、ハチマンに別れを告げ帰っていった。

アスナはぱぱっと使った道具を片付け、ハチマンの隣に座った。

 

「ハチマン君は、護衛の事本当はどう思ってる?」

「護衛自体はまあ必要と言えば必要だろうな。

護衛に付いてる奴の事は、会った事ないからなんとも言えん」

「まあそうだよね」

 

 アスナは、これ以上反応を探るのは無理だと思い、

ハチマンに別れの挨拶をして、そのまま帰る事にした。


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