「ハチマン、短剣以外に何か作るのか?」
詳しい話を聞いていなかったキリトとリズベットは、首をかしげていた。
「ああ。ちょっと腕に装着するタイプの軽い盾が欲しくてな」
「今からスタイルを変えるのか?大丈夫なのか?」
その問いはもっともなものだった。
武器のみ装備の速度特化の戦い方から、盾を使う防御重視のスタイルに変えるのは、
セオリーから言ってもあまりメリットの無い事だったからだ。
「いや、そうじゃない。探し物があまりにも見つからないから、
ちょっとプレイヤーズメイドの装備で似たような物が出来ないか、
賭けてみようかと思ってな」
「ああ、前言ってたやつか。何か目処が付いたのか?」
「いやまあ、目処が立たないから、仕方なく試してみる感じだな」
「なるほどな」
「ハチマン、準備出来たよ」
リズベットの言葉を受けハチマンは、求めるプロパティを告げた。
「触媒は盾タイプの物を使うが、素材は短剣製作用の物を使いたい。出来るか?」
「え?」
通常そんなおかしな依頼は、よっぽどの信頼関係を結べた職人にしか頼めない。
通常は必ず失敗するため、断られるような依頼だからだ。
だがリズベットはその言葉を受け、可能なのかどうか真剣に検討を始めた。
リズベットの知る限り、確かにSAOの職人システムはかなり融通の利くものだが、
今回の依頼のようなやり方を試した事のある職人は存在しないはずだ。
なので成功する保証は無い。もしくは、確実に失敗する。
色々と検討した上でのリズベットの答えは、至極真っ当なものだった。
「やっぱり、やってみないとわからない」
「だろうな。まあ、駄目で元々だし、宜しく頼む」
「うんわかった。全力でやるよ」
リズベットは、細心の注意を払いつつも全身全霊をこめて作業を進めていった。
駄目で元々と言いつつも、ハチマンがどこか期待しているように見えたからだ。
そんなハチマンのために、偶然でも神頼みでもいいから必ず完成させてあげたい、
そんな気持ちで、リズベットは槌を振り上げた。
リズベットが気持ちをこめて槌を振り下ろすと、カーン、と澄んだ音がした。
その最初の一振りで突然インゴットが輝き始め、武器が生成され始めた。
四人は仰天した。通常こんな事は絶対にありえないからだ。
リズベットは、やはり失敗だったのかと今にも泣き出しそうだった。
そして光が収まり、そこには一つの防具が残されていた。
「出来たけど……失敗なのかな……」
「盾には見えるから、一応成功なんじゃないか?」
「でも一回で生成されるなんて、聞いた事がないよ」
(あれはまさか……)
リズベットが作った物を見た時、ハチマンの鼓動が跳ね上がった。
その防具は、腕にはめるタイプの小型の盾だった。
だが、盾にしてはかなり小さく、紡錘形の細長い物だった。
(まさか一発で出来たのか?いや落ち着け。まだアレだと決まったわけではない)
「名前は……アハトファウスト?」
「ドイツ語でアハトは八だな。ファウストは、拳」
キリトがゲーマーらしいコメントをした。ハチマンはその名前を聞き、
全身が歓喜に震えるのを感じた。
「盾なのに拳なんだ……八つの拳?」
(落ち着け。まずは性能の確認だ)
「リズ、性能はどんな感じだ?」
「あ、うん。えーと……何これ、盾じゃなくて体術スキル装備?そんなのあったんだ」
「何だって?格闘系の装備に関しては、
ソードアートという名前にそぐわないから実装しなかったって記事を見た事があるぞ」
「キリト詳しいね」
「リズ、他には?」
「攻撃力は……ほぼ最低値。よって装備条件も無いに等しくて、
え?防御力は低いけど、耐久値だけすごい高い」
「何だよそれ、どうやって使うんだよ……」
アスナは、ハチマンがずっと静かなのに気が付き、ハチマンの方を見た。
ハチマンは、何かを思い出しているかのような、遠い目をしていた。
「ハチマン君。八幡拳の実装はやはり無理みたいだ」
「晶彦さん……その呼び方はちょっと……」
ハチマンの要望に基づき、茅場が遊びで作った装備は、
ハチマン以外の者にはまったく使いこなせない代物だった。
茅場は冗談のつもりでその武器に、八幡拳と名前を付けていた。
「やはりソードアートという名前にそぐわないのと、
そもそも君にしか使えない装備にソースを割くのはね」
「ええ、当然の判断だと思います」
「まあ、もし実装されたら、ユニーク装備とでも呼ばれる物になるだろうね」
「確かにユニークですからね」
その頃の八幡は、ユニークスキルやユニーク装備という物の存在を知らなかったため、
茅場の使った表現をそのまま意味で解釈し、感想を述べた。
「しかし、よくあんな装備を使いこなせると関心するよ」
「はぁ、まあ、何でですかね、単純に俺に合ってるんだと思います」
「あれを装備した君を基準にして難易度の調整をすると、
他のプレイヤーが困ってしまうな」
「すみません。本当に実装とかは望まないんで、気にしないで下さい」
「もし仮に実装するとしたら、入手方法は、そうだな……
君がもし今後、今の君に足りない物を手に入れた時のご褒美とでもしようか」
その言葉に、ハチマンは今の自分に足りない物は何かと真剣に考え始めた。
「足りない物……友達ですね。いや、それ以前に知人……」
「友達か」
「あ、いやすみません、冗談なんで……」
「ふむ、友達ね……」
ハチマンは、茅場とのそんな会話を思い出していた。
その過去の思い出が、今まさに実体化し、目の前に存在していた。
(なんだよこの名前、八幡拳をドイツ語にしただけかよ!
幡の字はさすがにどうしようも無かったみたいだが、八拳ってなぁ。
感謝はするけどどんなやっつけ仕事だよ、晶彦さん)
「ははっ……」
(俺に友達が出来た時のご褒美って、確かにこんな依頼、
友達にしか頼めないようなおかしな依頼だが、
それだけじゃ、生成条件を満たせない気もする。
もしかすると、アスナの存在が鍵なのか?今の俺とアスナの関係なら、
晶彦さんも何の文句も無いはずだ。まさか、どこかで俺の事を見ているんだろうか。
まあしかし、こんなに上手くいくとは、もう笑うしかないな)
「ははは、はははは……」
「ハチマン君?」
「もう、笑うしかないな」
いつの間にかハチマンは、下を向いて笑っていた。
笑うしかないという言葉から、ハチマンの求める装備では無かったのだと判断した三人は、
口々にハチマンへ、慰めの言葉をかけ、あるいは謝った。
「ハチマン君、失敗だったのは残念だけど、元気出して?」
「そうだぞハチマン。次があるさ」
「ごめんね……ハチマン……」
「はぁ?何言ってんだよお前ら、はははははははは」
ハチマンはいきなり顔を上げ、嬉しくてたまらないという風に笑い出した。
「おい何泣いてるんだよリズ」
「だって……」
「ああ、まさか失敗だと思ってたのか?やれやれだな。
とりあえず持ち上げるぞリズ。よっ、と」
ハチマンは、掛け声と共にリズの脇の下を手で支えて持ち上げ、くるくると回り始めた。
「ははは、すごいぞリズ!やっぱりお前は、アインクラッド一の鍛治職人だ!」
「え、え?ちょっと、どうしたのハチマン」
何周か回ってからリズベットを下ろしたハチマンは、今度はキリトに駆け寄った。
ハチマンはキリトの手を握ってぶんぶん振り回した。
「キリト、ついにやったぞ!あれが俺の欲しかった物で間違いない!」
最後にハチマンは、アスナに駆け寄って、正面からアスナを抱きしめた。
「ちょ、ハチマン君?」
「アスナ、ありがとうな!おそらく全部お前のおかげだ!愛してるぞ!」
「えええええええええええ」
キリトとリズベットは、そんなハチマンの姿を見て、完全にフリーズした。
アスナも別の理由でフリーズした。当然先ほどのハチマンの言葉を聞いたせいである。
しばらくしてハチマンは、多少は落ち着いたのか、
固まったままの三人に気が付き、その頬を叩いて正気に戻そうとした。
「おい、お前ら何固まってんだ。起きろ、ほら」
「お、おう……」
「あ、あは……は……」
「すまん、二人とも。ちょっと気持ちが高ぶっちまった」
「いや……ちょっとびっくりしただけだからな……普段とのギャップに」
「こんなハチマン初めて見たよ……私を持ち上げてくるくる回るとか……」
「う……本当にすまん、俺もこんなのは生まれて初めてだ」
二人は立ち直ったようだが、アスナはまだ、顔を赤くして固まっていた。
「おいアスナ、何でお前だけまだ固まってるんだよ」
なおもアスナの頬をぺちぺち叩いているハチマンに、二人が言った。
「いやだってハチマン……」
「お前さっき、アスナに愛してるって言ってたぞ……」
「はぁ?…………あ」
ハチマンは、自分がアスナに何を言ったかを思い出したようだ。
ハチマンは、かつてないほどに狼狽した。
「ち、違うんだアスナ、さっきのあれは比喩的なものであってだな、
そう、挨拶!挨拶なんだ!だから早く目を覚ませ!」
その言葉で、アスナの魂がやっと現実に帰還したようだ。
「そ、そうだよね。こんな場面をたまに想像しないでもなかったんだけど、
今は心の準備も出来てない所にいきなりだったから、うっかり固まっちゃったよ。
よく考えたら普通にウェルカムな状況のはずなのに」
「おいアスナ、わけのわからん事を言ってるぞ。とりあえず落ち着け」
「うん大丈夫、大丈夫だよ。
でもそれくらい喜んだって事は、これは成功って事でいいんだよね?」
「ああ」
「さっき、これが俺の欲しかった物って言ってたよな。これがそうなのか?」
「おうキリト。最初見た時にまさかとは思ってたが、確かにこれで合ってたわ」
「良かった……私、成功してたんだ……」
「ああ。リズ。さっきも言ったがやはりお前はアインクラッド一の鍛治職人だ」
「ありがとう。なんか、すごい嬉しい」
「リズ、良かったね」
「うん!」
「ハチマン、早速装備してみてくれよ」
「ああ」
ハチマンがそれを装備すると、左手に、銀色の盾のような物が現れた。
その姿は何かこう、しっくりくるというか、似合っているというか、
失った半身が戻ってきたかのような印象を、三人に与えた。
「この部分な、実は拳の開閉に合わせて前後に動くんだよ」
ハチマンはそう言うと、盾の部分を前後にスライドさせて見せた。
「武器になったり防具になったりしてるみたいに見える……」
「攻撃力は無いんだけどな。これは、左手で敵の武器や攻撃をはじくための物だからな。
その代わり、多少無茶をしても決して壊れない」
「……確かに今までのハチマンは、攻撃もパリィも行動阻害も、
全部右手一本でやってたよな」
「そう。敵の行動を左手のこれで封殺し、
全部の攻撃にカウンターを乗せるのが、俺の本来のスタイルだ」
「全部の攻撃に……」
「カウンター……」
「まじかよ」
「よしキリト、実際にやってみるか」
「うー、見たいけど私はもう攻略の時間が……」
アスナはそろそろ攻略に向かわないといけない時間のようだ。
「アスナはまた後でな。キリト、リズ、俺の家に行けるか?」
「俺は問題ないぞ」
「他に気になる事もあるし、私もいいよ!今日はお店はお休みにする!」
「よし、それじゃ行くか」
「必ず私にも後で見せてね」
「おう。気を付けて行ってこい」
三人はそのまま、ハチマンの秘密基地へと向かった。