ラフィンコフィンの生き残りメンバーは、全員監獄へと送られた。
生き残った攻略組のメンバーの反応は様々だった。
戦いが終わった事に安堵する者。亡くなった仲間を悼む者。
敵に怒りをぶつける者。黙って座り込む者。
場の雰囲気は、さすがに暗かった。
キリトもさすがに暗い表情で、ハチマンに声をかけてきた。
「終わったな」
「ああ」
「ハチマンは何人だ?」
キリトは、やや言葉を濁しながら尋ねた。
「四人だな」
「俺も四人だ。全体で十五人らしいから、俺とハチマンで半分超えてるな」
敵の幹部を倒し、今日の戦いを終わらせた立役者でもあるハチマンとキリトは、
その強さゆえに、より多くの敵と戦う事になったせいか、
他の者よりも多くのプレイヤーを殺す結果となっていたのだった。
そんな暗い雰囲気の中、突然クラインが立ち上がって大きな声をあげた。
「俺達は確かに敵を殺した。でもそれと同時に、今後犠牲になる誰かを守ったんだ!
皆、それを忘れないようにしようぜ!」
それは、今の攻略組にとっての救いの言葉だった。
ただの言葉遊びかもしれないが、それは確かに事実なのだから。
「確かにその通りだ!」
「俺達は守りたい人達を守ったんだ!」
「みんな!顔を上げよう!」
皆少しは元気を取り戻せたようで、あちこちから賛同の声が上がる。
座り込んでいた者たちも、立ち上がり、顔を上げ、順番に洞窟の外へと向かい始めた。
外に出ると、アスナが心配そうに駆け寄ってきた。
「二人とも、無事で良かった」
「ああ」
「プーはいなかったって聞いたけど」
「ああ。多分最初から、部下を囮にするつもりだったのかもしれないな」
「まあ、一人じゃ出来る事なんてたかが知れてるだろ。警戒を怠らないようにすればいい」
そこにクラインとエギルも合流し、五人は街へと歩き始めた。
最初に口を開いたのは、エギルだった。
「二人ともすまん。本来こういう事は、大人である俺達の仕事なのに、
お前達により大きな負担をかける事になってしまった」
キリトはその言葉を聞き、
「エギル、それは言いっこ無しだ。たまたま今回そうなっただけで、
これは全員で話し合って全員で決断した事だ。
俺が言うのもなんだけど、全員で等しく背負う事なんだから、気にしないでくれ」
と答えた。クラインは、うんうんと頷いていた。
ハチマンは無言だった。それ自体はさほど珍しい事ではないのだが、
今のハチマンは何というか、心ここにあらずという風に見えた。
「ハチマン君……?」
「お、おう、どうかしたか?」
「ううん、他の人は暗い表情を見せる事があるのに、ハチマン君は何か……」
「俺達そんなに暗い表情をしてるか?」
「うん。クラインさんは明るく振舞おうとしてるのが見え見えだし、
エギルさんは、商売柄顔にはあまり出ないんだろうけど、顔が強張ってる。
キリト君は、そのまんまずーんって言葉が背後に見えてる感じ?」
その言葉を聞いた三人は、
「なんか……」
「最近のアスナって……」
「ハチマンに似てきてねえか!?」
「おいお前ら、人を何だと思ってやがる」
一瞬我に返ったのか、ハチマンが突っ込んだ。
アスナはそんな三人の言葉を聞いて、慌てて謝った。
「ごめんなさい、さっきまですごく心配してたんだけど、
みんなの顔を見たらなんか安心しちゃってつい……」
「おいアスナ、お前それフォローじゃないからな」
五人はそんな二人のやりとりに、やっと笑顔を見せた。
「本当に二人には救われるよ」
「ああ。なんか安心するよな」
「ハチマンはブレねーよな」
アスナはそれを聞いて、表情をやや暗くした。
「私はその場にいなかったから、
みんなすごいつらかったんだろうって、想像は出来るんだけど、
そのつらさを本当には理解出来ないというか、
だから、明るく振舞う事くらいしか、逆に出来ないっていうか……」
「アスナはそれでいいいんだよ。皆、アスナの暗い顔なんか見たくないんだよ」
「そうそう。そのおかげで、俺達も救われてる部分もあるんだしな」
「アスナさんにはやっぱ笑ってて欲しいんすよ!」
三人は口々にそう言った。
「うん。みんなごめんなさい、ありがとう」
アスナは、三人に頭を下げた。
「この後どうする?飯でも食ってくか?」
「そうだな、ハチマンはどうする?」
その問いに、ハチマンは無言だった。
今のハチマンからはまた、心ここにあらずと言った感じを受ける。
「ハチマン……君?」
アスナはハチマンを揺すった。
「お、おう、飯か?そうだな、今日のところは俺は遠慮しとくわ」
「そうか」
「それじゃ俺達はそろそろ行くか」
「え、あ、アスナさんは?」
「クライン……」
キリトはクラインを引き寄せ、小さな声で囁いた。
「おいクライン、アスナをよく見ろよ」
「お?……あ」
アスナは、揺すった時の手を離さず、心配そうにハチマンの服を摘んでいた。
それはアスナが、ハチマンを気にかけたり、何か不安に思っている時のサインだった。
「それじゃまたな!」
「おう」
三人は、街の繁華街へと向かって歩き出した。
「アスナは行かないのか?」
「あ、うん。キリト君ちょっと待って」
その言葉を聞き、ハチマンはアスナも食事に行くと理解したのか、
背を向けて一人で転移門へと歩き出した。
アスナはそれを気にしつつ、キリトに駆け寄り、お礼を言った。
「キリト君、ハチマン君の背中を守ってくれて、本当にありがとう」
「ああ、約束したからな。ほら、ハチマンが気づかずに行っちまうぞ。早く行けよ」
「うん」
そう言って、アスナはハチマンを追いかけていった。
三人は歩きながら、ハチマンについて話をしていた。
「気づいたか?エギル」
「ああ。ハチマンの様子が何かおかしかった」
「え、そうか?いつもあんなもんじゃねーか?」
「言葉は確かにそうなんだがな、ぼーっとしてるっていうか」
「俺には、心ここにあらずって感じに見えたな」
「そう言われると、確かにそんな感じだったかもしれねーな」
「アスナも何か感じてたみたいだし、まあ任せといて問題ないだろ」
「ま、そうだな。アスナさんは、ハチマン担当だからな」
「何だそれ、ちょっと羨ましいな!」
「クライン……」
ハチマンは気が付くと自分の家のソファーに座っていた。
隣にはアスナがいて、アスナはハチマンの手を握っていた。
「え、これどういう状況だ??ってかアスナ、その手……」
「その手、じゃないよハチマン君。やっと目が覚めたのかな?」
アスナはハチマンの手を離し、ハチマンの目の前で手を振った。
「……俺、どんな感じだったんだ?」
「呼びかけても気付かないみたいで、心ここにあらずって感じ?」
「そうか……」
「大丈夫?」
「ああ。何となく思い出してきたわ」
「やっぱり今日の事で何かあったの?
ハチマン君だけあんまり暗い感じがしなかったから、
平気なのかなって思ってたんだけど」
「そうだな……その平気ってのが、多分、問題だったんだと思う」
ハチマンは、自分が感じた事を、ぽつぽつと話し始めた。
「確かに戦う前は、覚悟をしたとはいえ、人を殺す事が嫌で仕方なかった。
だが、終わってみて思ったんだ。ああ、こんなもんかって。
確かにこの世界の殺人は、一瞬エフェクトが発生するだけのもので、
現実世界とは根本的に違う。だが、こんなもんかってのはおかしいだろう?
確かにこれで安心だなと思った。傷つく人が減るとも思った。
だが、それは人を殺した上で出る感想じゃないんじゃないか?
普通はもっと落ち込んだり、苦しんだりするんじゃないか?
その時気付いたんだ。もしかして、もう俺の心は壊れているんじゃないかと。
そしたら目の前が真っ暗になって、その後の事はよく覚えてないんだよ」
ハチマンは、深い溜息をついた。
「なあアスナ、今の俺は、本当に普通の人間なのか?
ここにいる俺はただのプログラムで、本当の俺はもう死んでるんじゃないのか?」
「違う!」
アスナが突然叫び、ハチマンの頭を胸に抱きしめた。
「だってハチマン君、今泣いてるじゃない。プログラムは涙なんか流さないよ」
「え、あ、俺、泣いてたのか……」
ハチマンは自分がいつの間にか涙を流していた事に気が付いた。
「だから、今ここにいるハチマン君は、プログラムでもロボットでもない、
いつも冷静で頼りになるけど、自己評価が低くてめんどくさがりで、
時々何言ってるかわからない、いつものハチマン君だよ」
「お、おう……後半はまったく褒めてないが、そうか。俺はまだ生きてるんだな」
ハチマンは、少し安心したように見えた。
「今は少し感覚が麻痺しちゃってるだけだよ。
攻略組のみんなだって、誰でも少しはそうなってきてると思う」
「麻痺、な……」
「でも涙を流せる限り、ハチマン君はきっと大丈夫だよ。
もし迷ってそうだったら、私が泣かせればいいんだしね!」
「おい、それは何か違う。だがまあその時は、お手柔らかに頼むわ」
やっぱりアスナにはかなわないな、と、ハチマンはそう思った。
(俺に無い強さを持っているアスナがいてくれるおかげで、
俺は最後まで、俺のままでいられるかもしれないな)
「その、いつもありがとな」
「私だってハチマン君にいつも助けられてるよ。ううん、きっと最初からずっと」
「そうか」
「そろそろ落ち着いた?」
「ああ、もう大丈夫だ。だからその、そろそろ顔に当たってるそれを……」
「それ?」
そう言ったハチマンの顔が真っ赤になっていたため、
アスナは今自分が何をしているかに気が付いた。
「ハチマン君のエッチ!」
そう言うや否や、アスナはハチマンからばっと離れ、ハチマンの顔に平手打ちをした。
「おお、ガツンときた……今の一発でまじ目が覚めたわ」
「あっ、ごめん……でも今のはハチマン君が悪いんだからね!」
「いや、今のはお前から……」
「何?」
「何でもないです……」
「でもほら、今ので、自分がちゃんと生きてるって感じられたでしょう?」
「おう。その、これからも何かあったらもっかい今の頼むわ」
「今のって、もちろん平手打ちだよね?」
「当たり前だろ」
ハチマンが元気になったため安心したのか、アスナは少ししてから帰っていった。
今回の事件は凄惨なもので、まだ完全に解決したわけでは無かったが、
心の問題も、二人でいる限りは大丈夫だと思えた事が、
ハチマンにとっては、何よりの収穫だった。