数日後、ハチマンの呼びかけで、緊急会議が開催された。
「新たな進展があったので、皆に連絡させてもらった。
毎度の事ながら、いきなりですまない」
「ラフィンコフィンの幹部に遭遇したんだろ?もう奴らを野放しには出来ないし、
みんなの安全にも関わる事なんだから、気にしないでくれ」
「ああ。詳細は省くが、先日ある事件があり、
その際にいくつか情報を収集する事に成功した。今回はその報告をしたいと思う」
「頼む」
さすがに自分の命がかかっている事もあり、皆真剣に話を聞いていた。
「まず、これは以前から推測されていた事だが、
やはり奴らは、犯行時には仮面やマスクをかぶり、普段はそれを外して、
何気なく街中を闊歩しているようだ」
「以前から言われてた事だな」
「そして次、ザザの目だが、おそらく仮面を外しても、目の色は赤いままだ」
「それもまあ、情報としては裏づけが取れた程度か」
「ああ。ここまでは確認みたいなもんだ。ここからが本題なんだが」
ハチマンは、皆の顔を見回してから、ゆっくりと口を開いた。
「プーは、おそらく体格のいい外人だ」
皆が、意表をつかれたように一瞬ぽかんとした。
「何故わかったのかを説明したいと思う。先日俺は、キリトと二人で奴と対峙した。
その時、あいつは言った。スナフー、とな。
これは、某国の軍で使うスラングだ。意味はまあ、くそったれ、とでも訳せばいい」
「そ、そうか、それで……」
「これは大変危険だ。要するに奴は、プロの軍人と推測される」
一瞬ざわついたが、その言葉の意味を理解したのだろう。場は静まり返った。
「つまり、武器の扱いにはかなり長けているはずだ。
下手するとスキルに関係なく格闘術まで使ってくるかもしれない。
ちなみに奴の武器は、メイト・チョッパーという名前の、中華包丁のような短剣だ」
「なるほど……」
「危険だな……」
「俺達に対抗できるのか?」
「ああ。ここはゲームの中だからな。軍人が強いのは、その技術もあるが、
鍛えているという部分が大きい。だが、力や早さは、レベルとステータスが全てだ。
高レベルの者が複数でかかれば、問題はないと思う」
そのハチマンの言葉に、何人かがほっとした。
「そして最後に対策だが、俺がこのゲームの中で会った体格のいい外人は、
エギルしかいない。誰か他に見た奴はいるか?」
その問いに、誰も答える者はいなかった。
「つまり、あいつはほぼ街には来ていないという事だ。
つまり、もし今後街中でエギル以外でそういう外人を見つけたら、それがプーだ」
おおっ、という声があがる。
「ジョーの似顔絵と、ザザの赤い目、体格のいい外人もしくは黒ポンチョを着た人物。
これを見かけてすぐ連絡をくれた者には、確認がとれ次第賞金を渡す事にしよう。
エギルが通報されないように注意しないといけないがな」
エギルは苦笑し、周りからも軽く笑いが起こった。
「そうすれば全プレイヤーが、幹部の監視を行う事になる。
更にカルマ回復クエを受けた時に、おかしな方向に向かう奴をみかけたら、
それも通報してもらえばいい。こっちはまあ嘘を言う奴がいないとも限らないから、
報酬については考えなくてはいけないかもしれないが」
今度は、さきほどより大きく、おおっという声が上がった。
「それを実行すれば、ラフィンコフィンには大きな痛手になるんじゃないか?」
「ああ。かなり効果はあると思う」
「よし、その線で話をまとめていこう!」
「おう!!!」
こうして、ラフィンコフィン包囲網が、加速度的に構築されていった。
「またか……」
「今週になってから、捕まったのは二人です」
「ちっ、ハチマンの差し金か。あいつくっそうぜーよ、やっちまおうぜ、ヘッド」
「……さすがにこれ以上人数が減るのはまずい」
普段ほとんど喋らないザザですら、小さな声で意見を述べた。
「チッ、今残ってるメンバーは何人だ?」
「二十数人っすね」
「血盟騎士団に送り込んだ毒から何か報告はあったか?」
「それがどうやら、情報は幹部までできっちり統制されているらしくて、
どうにもなんないみたいっすね」
「このまま衰弱してただ捕まるのを待つだけってのは面白くねえよなあ」
「おびき寄せてまとめてやっちまいましょうよヘッド!」
「……」
ザザも黙って頷いたのを見てプーは、新たな指示を出した。
現在の最前線である、第六十五層の迷宮区の探索を切り上げ、
街へと戻ったハチマンとキリトの元に、アルゴからメッセージが届いた。
どうやら何か進展があったのか、ラフィンコフィン対策会議が開かれるらしい。
前回の会議から、二週間ほどの日数が経っていた。
「どうやら何か進展があったみたいだな、ハチマン」
「兵糧攻めみたいになってるからな。そろそろ何か動きがあってもおかしくないだろうよ」
いつもの会議は一部の幹部連中だけが参加していたが、
今回の会議には、攻略組全員が集められているようだった。
会議が始まると、驚くべき情報が開示された。
どうやらラフィンコフィンの本部が発見されたらしい。
血盟騎士団のクラディールという男の知り合いが、
第三十七層の荒地で複数のオレンジカーソルのプレイヤーを見たらしく、
その報告を受けた斥候隊が、数日その周辺で、張り込みを行ったようだ。
斥候隊は、何人かのオレンジプレイヤーを確認し、
そのプレイヤーが向かった方の探索を慎重に進め、
ついに幹部を含む複数のプレイヤーが頻繁に出入りしている洞窟を見つけ、
そこを本部と断定する事になったらしい。
「というわけで、討伐隊を編成したいと思う。
覚悟の出来ない人間は、この場から去ってくれ。何も責めはしない」
(アスナは参加させたく無かったんだがな……)
全体会議だったので、いつもは参加しないアスナもその会議の場にいた。
本人も参加する事を希望したため、ハチマンには止める事が出来なかった。
「おいキリト、アスナの事なんだが……」
「ああ、わかってるよ。手を汚すのは俺達だけで十分だ」
ハチマンは立ち上がり、いくつかの提案を行った。
可能な限り死者を減らすため、徹底して相手の腕の切断を狙う事。
そうすれば、戦闘力を奪った上で、相手が死ぬ可能性を減らす事が出来る。
そのため刺突系の武器を持つ者は、基本洞窟入り口の見張りに回す事。
その意見は採用され、アスナが見張り隊の隊長に選ばれた。
アスナは不満そうだったが、その場にいる者は大部分が、
ハチマンのその提案が、アスナを戦闘に直接参加させないための意見だと分かっており、
積極的に賛成してくれたため、結局アスナもそれを了承した。
会議も終わり、メンバーは準備のために、それぞれの拠点へと戻っていった。
アスナに捕まるのを恐れたのか、ハチマンも先に帰ったようだ。
アスナは残っていたキリトを捕まえて、少し泣きそうな目で話しかけた。
「お願いキリト君。私の代わりにハチマン君の背中を守って」
アスナは、自分でやるつもりだったであろう役割を、キリトに託したようだ。
「ああ。任せろ」
そしてついに討伐の日が訪れた。
ラフィンコフィンの本部に突入した討伐組は、慎重に奥へと進んでいったが、
すぐ脇に、落下したら死亡は免れないであろう、
深い断崖のある広場にさしかかろうとした所で奇襲を受け、迎撃戦の真っ最中であった。
「落ち着け!敵はこちらよりも少ないぞ!」
「隊列を組んで対応しろ!」
奇襲を受けたため、その指示はあまり行き届かなかったようだ。
情報が事前に漏れていた可能性が高かったのと、地の利も敵にあったため、
各自バラバラな状態での戦闘が続いていた。
痛みは無いとわかっていても、他人の腕を落とす事が躊躇われる者もおり、
そういった者は、その隙をつかれて攻撃され死亡したり、
他のケースでは、敵は複数の味方を道連れにして崖から飛び降りた。
キリトとハチマンも複数のプレイヤーに囲まれる事が多く、
既に二人とも、何人かのプレイヤーを殺していた。
(エフェクトだけだから実感は少ないとはいえ、やはりこれはきついな……)
味方の方が数が多いため、討伐組は徐々に優勢になっていたが、
その時奥の方から、見た事のある二人組が歩いてきた。
「会いたかったぜえ、ハチマンさんよぉ」
「……」
ジョーの足はハチマンの方へと向かい、ザザは黙ってキリトの方へと向かった。
「俺は別にお前なんかに会いたくないけどな」
「昔は一緒に戦った仲だってのに、つれないねえ」
「まあ、お前と会うのもこれで最後だから、少しだけ付き合ってやるよ」
「てめーだけはここで絶対に殺す!」
ハチマンとジョーの戦いが始まり、キリトとザザも、無言で戦い始めた。
もっとも他人の邪魔が入らないこんな状況での一対一では、
勝敗は始まる前から明らかだったのだが。
キリトは相手の攻撃を軽くいなし、ザザがソードスキルを放つのを待っていた。
恐らくこういう戦いでは、
硬直の少ない《リニアー》を多用してくるだろうとキリトは読んでおり、
ザザも実際そうしていた。キリトはわざと隙を見せ、
相手が何度目かの《リニアー》を放つ瞬間を見極め横に飛び、
超反応でその突き出された相手の腕を叩き落とした。
キリトはそのままもう片方の腕も切り落とし、ザザを無力化した。
蹲るザザを味方に任せ、キリトはまだ戦っているハチマンの方へと向かった。
「お前のやり方はよくわかってるんだよおおおお」
その言葉通り、ジョーは意外と善戦していた。
ハチマンのパリィをとことん警戒し、隙が出来ないようにしていた。
もっともその為攻撃力がガタ落ちになっていたのだが、
ハチマンと互角に戦えていると思っていたジョーは、その事に気付いていなかった。
そこにキリトが歩いてきた。
「に、二対一とは卑怯だぞ!」
「はぁ?キリトは別に手は出さないぞ」
「はっ、そんな事信じられるかよ。俺はずっと見てたんだぞ。
お前らがさっきから何人も人を殺してる所をな!お前らはもう、俺と同類なんだよ!」
そう叫び、ぎゃははと笑うジョーを前にして、ハチマンは、考えを改めたようだ。
「おいキリト、気が変わった。お前にも一発殴らせてやるよ」
「まじか、前からこいつ殴りたいって思ってたんだよ」
「まあ、俺もそう思ってたしな」
「はぁ?お前ら何言って……」
その瞬間ハチマンはジョーの懐に飛び込み、相手の武器を持つ腕を脇に抱え込んだ。
そこへ同じようにキリトも飛び込み、
手加減して体術ソードスキル《閃打》を相手の顔面に叩きこんだ。
よろめくジョーの顔面に向けて、ハチマンも同じように《閃打》を叩きこむ。
そして二人は、同時にジョーの左右の手首を切り落とし、完全に無力化した。
「よし、他も終わったようだ。残るはプーだけだな」
その後隅々まで探索が行われたが、結局、プーの姿はどこにも発見出来なかった。
「まあ、あいつ一人じゃやれる事にも限界があるだろうし、この際仕方ないか」
「まあ、警戒だけは続けるしかないな」
その後もずっと警戒は続けられたのだが、
皆がSAOから解放されるその日まで、プーがその姿を現す事は、結局一度も無かった。
この日をもって、殺人ギルド【ラフィンコフィン】は、事実上壊滅した。