ハチマンがああ言い切るのだから、必ず敵はいる。そう思い、キリトは全力で走っていた。
やがて前方に見えてきたのは、倒れているシュミットと、へたり込んでいる二人組。
(やっぱり生きていたんだな)
それはヨルコと、おそらくカインズと思われる男性だった。
もしかしたらグリムロックかもしれないが、どうやら一人足りない。
まずいと思いながらキリトは、敵と三人の間に割って入った。
「よお、ジョー。久しぶりだな。
なんで頭から袋を被ってるんだ?顔を隠してるつもりか?」
キリトはとりあえず会話から入り、少しでも時間を稼ごうとした。
今キリトの前には、三人の男が立っている。
一人は今言ったジョー。ジョーは、全身黒ずくめのレザー装備をまとい、
目の部分だけを丸く繰り抜いた、頭陀袋のようなものを頭から被っていた。
武器は黒く塗られた短剣。そして二人目は、
「なるほど、赤目のザザとはよく言ったもんだな」
ザザは、顔に髑髏のマスクをつけていたが、、その目は確かに赤く光っていた。
こちらの武器は、エストックと呼ばれる刺突剣だ。問題は、その二人の後ろにいる男だった。
黒いポンチョを着たその男は、他の二人と違い、あからさまな敵意は見せていない。
だが、その男にただ見られているだけで、キリトは、背筋が寒くなるのを感じた。
「お前がプーか」
「ヒュウ!黒の剣士様に名前を覚えて頂いているとは光栄だな」
「キリトよぉ、いくらお前でも、三人相手に勝てると思ってるのか?」
「どうだろうな、正直分が悪いのは確かだがな」
ザザは、何も言わずにただたたずんでいるだけだった。
「とりあえず、イッツ・ショータイムといくか」
プーはそう言い、まるで中華包丁のような、赤黒い大型ダガーを取り出した。
「何だその包丁、随分と物騒な色をしているな」
「ハッ、COOLだろ?メイト・チョッパーって言う、俺のお気に入りの武器さ」
「メイト・チョッパー?友達の首でも刎ねるのか?
その二人の首を刎ねてくれたら楽なんだけどな」
キリトはそう言いながら、耐毒ポーションを飲んだ。
「てめえ、今何を飲みやがった」
「ただの耐毒ポーションだよ。そんなに俺が怖いのか?ジョー。
まあ回復結晶も大量に持ってきてるし、十分やそこらは三人相手でも持たせられると思うぜ」
そう言ってキリトは、エリュシデータを抜いた。
エリュシデータから威圧感を感じたのか、ジョーが一歩後ろに下がった。
「十分持ったら何だって言うんだ?黒の剣士さんよぉ」
「ああ。もうすぐ援軍が来るからな。俺は時間を稼ぐだけだよ。
お前らは、何十人もの攻略組相手に勝てるのか?」
「スナフー。お前らここは引くぞ」
「ヘッド!こいつの言ってる事が本当とは限らないっすよぉ」
「馬鹿野郎。お前らまだ気付いてないのか?」
「相変わらずまぬけだな、ジョー」
その声と共に、プーの背後から、ハチマンが近づいてきた。
「ハチマン、てめえ」
「WOW!お前が噂のハチマンか。
わざわざ攻略組のトップ二人にお相手してもらえるとは、今日はHAPPYな日だぜ」
「結果もハッピーだと俺としては楽で助かるんだがな」
「チッ、てめーは絶対殺す」
「お前に出来るのか、ジョー」
ジョーは、ハチマンを睨みつけていた。プーは、面白そうにハチマンを見ていた。
「黒の剣士も美味そうだと思ったが、お前は想像以上だったよ、ハチマン」
「ああん?何言ってんだお前。どう見てもキリトの方が強そうだろ」
「ハッ、モンスター相手なら確かにそうだろうさ」
プーはそう言った瞬間に、口笛を吹いた。
それが合図だったのだろう。ザザとジョーが、素早く近くの茂みに向かい、
そこに隠れていたらしい一人の男を連れ、その男に武器を突きつけた。
ハチマンとキリトはプーに牽制され、一歩出遅れた。
「グリムロックさん……」
ずっと黙っていたヨルコが、その男の名前をそう呼んだ。
どうやら、グリセルダの夫のグリムロックだったらしい。
「さあ、ここで黒幕様のご登場だ。イッツ・ショー・タイム」
「そんな!グリムロックさんが黒幕だなんて!」
「HAHA!お前らは、こいつが黒幕だと知っても、見殺しには決して出来ない。
そうだろう?黒の剣士に、ハチマンさんよお」
「チッ」
ハチマンの舌打ちを聞き、プーは愉快そうに笑った。
「ここは痛み分けといこうぜ兄弟!決着はいずれまたの機会にな!」
そう言って三人は転移結晶を使い、いずこかへと消えていった。
「くそっ、逃がしたか」
「ま、こんなもんだろ」
「落ち着いてるな、ハチマン」
「ああ、いくつかわかった事もあるしな」
「ハチマン君!キリト君!」
その時アスナ率いる血盟騎士団数名が駆けつけてきた。
「すまんアスナ、まんまと逃げられちまった」
「逃げられたって事は、やっぱり敵がいたんだね」
「ああ。ラフィンコフィンのトップスリーがな」
その後、元黄金林檎のメンバーは、四人だけで話をしたようだ。
後に聞かせてもらった話だと、やはりグリムロックが、
グリセルダを殺すようにラフィンコフィンに依頼をした犯人だった。
驚いた事にグリムロックは、現実世界でもグリセルダと夫婦だった。
現実世界ではどちらかというと大人しかった妻が、
ここでは自分よりもはるかに強く、強力なリーダーシップを発揮した事で、
このまま現実世界に戻れたとしても、妻は強い女のままなのではないか、
いつか離婚を切り出されるのではないかと、そんな事ばかり考えるようになってしまい、
そうさせないために、妻をこの世界で自分だけの物にすべく、殺害を決意したらしい。
シュミットは、加害者でもあったが、被害者でもあったようで、
とりあえずお咎め無しとなったようだ。
「そうか、指輪はストレージにしまってたから、グリセルダが死んだ時点で、
自動的にグリムロックの所有アイテムになったんだな」
「夫婦のストレージは共用だしね」
「指輪を売って稼いだコルの半分はシュミットに渡したが、
残りはまったく使ってなかったみたいだ」
「お金目当てじゃなかったって事だね……」
「シュミットはグリセルダの部屋に忍び込み、その部屋に回廊結晶の出口を設定して、
ギルドの共用ストレージに入れただけらしい。まあ、立派な殺人幇助なんだがな」
「そうか、それを使ってあいつらが部屋に侵入して、
そのままグリセルダを圏外に引きずり出したのか」
「シュミットさんも、グリセルダさんを殺す気なんかまったく無かったみたいだし、
あの二人が許したならそれでいいんだけど、でもやっぱりちょっとね……」
「まあ、な」
三人は、夫婦間での殺人という結果に、やはり後味の悪さを感じていたようだ。
「結婚か……いい事ばかりじゃないのかな」
「グリセルダは、ギルドマスターの指輪と結婚指輪を、片時も外さなかったそうじゃないか。
そんなグリセルダを信じられなかった、グリムロックが全て悪いだろ」
「まあそういう事だ。信頼があれば、まあ、結婚もいいんじゃねえの。
結婚した事ないから知らんけど」
「ハチマン君は結婚しないの?」
「おい、何だその質問は。まあ、なんだ、俺なんかを好きになるやつなんかどこにも……」
ハチマンは、アスナから怒りの気配を感じて、その先を続けるのをやめた。
何となくアスナの気持ちに気付いてはいたが、
やはり長年培われた習性のためか、どうしてもそれ以上は考えられないハチマンだった。
その気配を察したのか、キリトが話題を変えた。
「で、そろそろハチマンがどういう推理をしたか聞かせてくれないか」
「あ、ああ。まず、ヨルコとカインズとグリムロックが圏内殺人を偽装したとして、
その目的は、シュミットを呼び出して、罪の告白をさせるためだろう?」
「そうだな」
「他のメンバーの中に、もしかしたらグリセルダ殺しの真犯人がいたかもしれないが、
それはこの際置いておくとしてだ。まず、シュミットが関わっていたのは間違いない。
ここまではいいか?」
「うん」
「俺は今回の件に真犯人が関わっている可能性は、かなり高いと思っていた。
なぜならば真犯人は罪の発覚を恐れているため、
もしこういった状況になったら必ず自分もそこに参加し、
罪の発覚を防ごうとするはずだからだ」
「なるほどな」
キリトは大きく頷いた。
「あの四人の中に真犯人がいたとしよう。そいつは殺人ギルドと繋がりを持っている。
という事は、犯人が次に打つ手は」
「……口封じか?」
「そうだ。他の三人が、人気の無い場所に勝手に集まってくれるんだ。
その時を狙って殺人ギルドに依頼し、全員殺す。そうすればそいつはもう安全だからな」
「ちょっと怖いね……」
「そして先日の事件。これは自信があったわけじゃないが、誰か大物が狙われるという話。
この件は、それにぴったり当てはまる。という事は、ラフィンコフィンが来る可能性が高い」
「話を聞いてみると、ちゃんと筋が通ってるな」
「あの時はもう時間が無かった。ちゃんと説明しないで悪かったな、二人とも」
二人は、納得がいったというようにハチマンを賞賛した。
「やっぱりすごいな、ハチマン」
「ハチマン君、すごいね!」
「まあ、国語は得意だからな。俺は行間までちゃんと読む。
だがアスナは、何でも俺を持ち上げるのをやめろ。俺はそんなにすごい奴じゃない」
「俺はいいのかよ」
「お前は俺に借りがある。だから常に褒めろ」
「あはははは」
凄惨な事件の後だが、三人はまだ笑う事が出来ていた。
それはきっと、喜ばしい事なのだろう。
今回の事件を切欠にして、ラフィンコフィン討伐は、大きく進展を見せる事になった。