「キリト君、今の」
「ああ、行くぞ、アスナ」
駆けつけた二人が遭遇したのは、圏内で消滅した一人のプレイヤーの姿であった。
周囲を見回したが、デュエルのリザルト画面の表示も無い。
二人は、死んだ男(カインズという名らしい)の知り合いのヨルコという女性に話を聞き、
この事件についての調査を始める事にした。
まずは圏内で人を殺す事が可能かどうかの検証だが、これは実に難航していた。
色々な事に詳しいヒースクリフにまで話を聞いたが、得られた情報は皆無だった。
ただ、ヒースクリフは別れ際に一言、
「実際に目で見た情報だけを信じたまえ」
というアドバイスのようなものをくれた。
ちなみにハチマンはまだ寝ているようで、何の反応も無かった。
捜査中、聖竜騎士団のタンク隊の隊長であるシュミットに色々と聞かれたため、
もしかしたら関係者なのかもしれないと思い尋ねてみたが、
シュミットは、言葉を濁すばかりで、肝心な事は何も言わなかった。
仕方なく二人は、ヨルコにもう一度話を聞く事にした。
「シュミット、ですか?」
「ええ。名前に聞き覚えが?」
「昔の仲間です」
ヨルコから、過去に所属していたギルド【黄金林檎】の情報を聞く事が出来た二人は、
シュミットを呼び出し、四人で話をする事にした。
その頃ハチマンは、ちょっと寝過ぎたか、と思いながら、ベッドから体を起こした。
視界の端に、チカチカする光が見えた。どうやら何通かメッセージが来ているようだ。
「圏内での殺人、ねえ」
ハチマンは頭を掻きながら、脳を活性化させるために、飲み物を取り出し一気に飲んだ。
落ち着いたところでハチマンは、アスナからのメッセージを読みはじめた。
(黄金林檎というギルドで、レアな指輪がドロップしたのが始まりかもしれない、か。
売りに行く途中でリーダーのグリセルダが死亡、指輪は行方不明、ギルドは解散か……)
ハチマンは、頭の中で登場人物を整理しながら、更に読み進めた。
(カインズが圏内で死亡。死因は継続貫通ダメージだと?
犯行に使われたのは、グリセルダの夫のグリムロックという奴が作った槍か。
二人はこいつを疑っているのか。
そして、シュミット……?あいつは確か、聖竜連合へは途中入隊だったはずだ。
あそこの基準は厳しいから、中堅ギルドにいたシュミットがすぐ入隊できたって事は……)
「シュミットは何らかの形で、グリセルダの死に関わっているのは確定だな」
ハチマンは口に出してそう呟き、再び考え始めた。
(圏内で死亡なぁ。生命の碑で確認したらしいが、これは保留だな。
ヒースクリフは……目で見た物だけを信じろ、か)
生命の碑とは、ゲーム内プレイヤーの全リストであり、
更にゲーム内で死んだ者の、日付と死因が分かるもので、
始まりの街に存在していた。
その時アスナから、新たなメッセージが入った。
どうやらたった今、二人の目の前で、ヨルコが殺されたらしい。
犯人は転移結晶を使ったらしく、取り逃がしたようだ。
(転移結晶、圏内殺人、あー……)
ハチマンはアスナに、今起きたと連絡し、二人を家に呼び出した。
「よお、悪いな、ちょっと寝過ぎちまった」
「ハチマン君!ヨルコさんが、ヨルコさんが……」
「まあ落ち着け。お前ら根本的に色々勘違いしてるぞ」
「勘違い?どういう事だ、ハチマン」
「実際に目の前で見ちまったから、余計にそう思い込んだのかもしれないがな。
いいか二人とも。圏内でそんな殺人は犯せない」
「だが、実際に目の前で……」
「そうだよハチマン君!目の前で二人の人が消滅したんだよ!」
「つまりそういう事だ。二人は実際に見ちまったせいで、
他の可能性を最初から無意識に排除しちまったんだよ」
ハチマンは、説明を続けた。
「ヒースクリフにも言われたんだろ?実際に見たものだけを信じろって」
「ああ」
「よく分からなかったけどね」
「俺みたいに話を聞いただけなら、あるいは二人ともすぐ気付いたはずだ。
まず、そのエフェクトが発生するのは、どんな時だ?」
「えーと、モンスターを倒した時、人が死んだ時、それから」
「それから?」
「あ……まさか……」
キリトが何かに気付いたようだ。
「アイテムの耐久値が切れた時、か?」
「そうだ。まあお前らには、余りなじみが無いかもしれない。だが俺は何度も見てるんだよ。
風呂あがりに飲もうと思って置いておいたお気に入りのドリンクが、
うっかりうとうとしてしまったために何度も目の前で消える所をな」
「そうか、盲点だった!ヒースクリフが言ったのは、この可能性を示唆したものだったのか」
「どういう事?」
「つまりこういう事だ。ヨルコとカインズは、装備品の耐久力を故意に消滅させ、
その瞬間転移結晶でどこかへ飛んだ。つまり、まだ生きている」
「でも、カインズって人は確かに今日、継続貫通ダメージが原因で死んでたよ」
「そのカインズだがな。一つだけ思いついた事があるんだが、
お前らが生命の碑で確認した名前は、本当にそのカインズか?綴りは合ってるか?」
「あ、そういえばさっき、元メンバー全員の名前を生命の碑で調べようとして、
シュミットに書いてもらったんだ」
二人は、リストを取り出し確認した。
「そんな……私達が確認した名前と違う」
「やっぱりか。キリトならわかると思うがな、こういうゲームにはよくあるんだよ。
他のゲームの有名な主人公の名前を、多くの人間が、色々な綴りで使う事がな」
「確かにMMOだとよくある話だな」
「そういう事だ。今回の場合、そんな偶然あるわけないから、
おそらくそのカインズが死んだ日付は、一年前の今日だろうな」
それを聞き、キリトは何かに思い当たったようだ。
「………なあ、ハチマン。まさかこれ」
「そのまさかだ。これはおそらく、その名前を偶然見つけた時に思いついたであろう、
ヨルコとカインズによる計画だろう。使用した武器からして、グリムロックも噛んでいる」
「何でそんな計画を?何か意味があるって事なのかな?」
「とりあえず、お前らが四人で話した時の内容を聞かせてくれ」
アスナとキリトは、ヨルコが死ぬ直前の会話を説明し始めた。
ヨルコの一連の発言、グリセルダの死について、シュミットを疑っていた事。
グリムロックなら、グリセルダを殺した可能性のある全員に復讐する権利があると言った事。
もしかしたら、グリセルダの亡霊が犯人に復讐しようとしているかもしれない事。
それらの話を聞いて、まずハチマンが言ったのは、一見的外れに聞こえる質問だった。
「そういえばシュミットはどうした?」
「グリセルダに謝るとかなんとかぶつぶつ言いながら立ち去っていったぞ」
「まあシュミットは限りなく黒だろうから、その態度は理解できる」
「シュミットさんが?」
ハチマンは、先ほど考えた事を、アスナとキリトに伝えた。
「確かに巨額のコルをいきなり手に入れないと、聖竜連合に即入団するのは難しいだろうな」
「そんな……」
「実際に手を下したかどうかはわからないが、関係してるのは間違いない」
「そうだな、否定できる材料が見当たらない」
「最後の質問だ。グリセルダは、どんなリーダーだった?」
「すごく強くて、頼りになるリーダーだったって。だからお墓も作ったみたい」
ハチマンは少し考え込んだ。
「そんなに強かったなら、例え不意をついたとしても、
黄金林檎のメンバーがグリセルダを簡単に殺せたとも思えない。
可能性が一番高いのは、殺人に慣れた外部の組織の関与だな」
「犯人が依頼したって事?」
「まあそういう事だな」
「シュミットさんは、殺人とか依頼する人じゃないと思うけどな」
「おそらく、直接は関わっていないんだろう。だが明らかに疑わしい。
だからヨルコとカインズは、シュミットをグリセルダの墓に行かせるように仕向けて、
そこで自白でもさせるつもりで今回の計画を立てたんだろう」
「確かにそれしか考えられない流れになってるな」
「だが、何か忘れている気がする。グリセルダ殺しの真犯人……殺人ギルドの関与……
そういえばラフィンコフィン絡みで、大物がなんとかいう話が……しまった!」
ハチマンはいきなり立ち上がった。
「ヨルコにすぐ連絡が取れたって事は、どっちかがフレンド登録をしたか?」
「あ、私がしたよ!そうか、これを見れば生きてるってすぐわかったんだ」
「フレンドリストから今どこにいるかが検索できるはずだ。どこにいる?」
「十九層みたい」
「説明は後でする。キリトはすぐそこへ急行してくれ。
毒耐性ポーションと回復結晶を有るだけ持っていってくれ。
もし戦闘になったら、防御主体でとにかく粘れ」
二人はその戦闘という言葉に、緊張した。
「緊急事態なんだね、ハチマン君」
「ああ。アスナは血盟騎士団に召集をかけて、即現場へ向かえ」
「わかった」
「俺は聖竜騎士団に連絡後、すぐキリトの後を追う。
おそらく今回の敵は……ラフィンコフィンの幹部どもだ」