あれから数日が経ち、主にアルゴによって情報収集が進められ、
殺人ギルド、ラフィンコフィンの概要が段々明らかになってきた。
リーダーは、プーという黒いポンチョを着た男。
そして幹部と目されるのが、ジョー。正式名前はジョニーブラック。
皆略称しか知らなかったが、解放軍のメンバーから、その旨の情報の開示があった。
そして赤目のザザと、元ドラゴンナイツのモルテだ。
ザザは、遭遇した時の生き残りの話だと、理由はわからないが真っ赤な目をしていたらしい。
そのためその特徴と共に、赤目のザザと暫定的に呼ばれる事となっていた。
ガイドブックに、要注意プレイヤーとしてその四人の情報と、
組織名、ギルドの紋章が開示され、
何か重要な情報が入った場合はアルゴに集約され、その権限によって、
対策会議が開かれる事等が決定された。
ハチマンはここ数日、五層にあるカルマ回復クエストの受注場所の最寄の町周辺で、
ほぼ休まずに張り込みを続けていた。
カーソルの色がオレンジになったプレイヤーは街に入れず、転移門を利用できないため、
ラフィンコフィンのメンバーのフロア間の移動は、
おそらく転移結晶の転移場所を圏外にある村に設定して行われていると推測された。
それには、必ずグリーンカーソルのメンバーの協力が必要になるため、
定期的にメンバーはカルマを回復に来ていると予想された事から、
カルマ回復クエストを受けにくるオレンジカーソルのプレイヤーをマークし続ければ、
必ずラフィンコフィンに辿り着けるとハチマンは考えていた。
(また外れっぽいな……)
間違って味方に攻撃を当ててしまうと簡単にオレンジーカーソルになってしまうため、
クエストを受けに来るプレイヤーはかなり多かった。
外れはほとんど昼に訪れたプレイヤーばかりだったので、
ハチマンは、監視の時間を深夜中心に変更する事にした。
(お、こいつは明らさまに怪しそうな挙動をしてるな)
ハチマンは、深夜にこそこそとクエストを受けに来た一人のプレイヤーに目を付けた。
通常、クエストを終えたプレイヤーは街へと向かうものだが、
そのプレイヤーは街とは正反対の方向に向かっていた。
そしてその男を尾行する事によって、アジトらしきものを見つける事が出来た。
(どうやらここがアジトのようだが、ここが本命とは限らないから、
しばらく人の出入りを監視するか)
ハチマンはしばらくそのアジトを監視していたが、どうやらここは、
いくつかあるであろうアジトのうちの一つらしい。
とりあえず援軍を呼んで、このアジトを潰してしまおうかと考えていたその時、
見た事のある顔がアジトに入っていくのを発見した。
(あれは……モルテか。今中にいるのはおそらく三人程度。どうする……)
ハチマンは少し迷ったが、装備から見ても敵のレベルはこちらより低いと考え、
キリト、クライン、エギルにのみ連絡をとり、モルテを捕まえる事にした。
会議の招集を要請している時間が無かった事もあり、
速度重視での、少数での突入となった。
「どうだハチマン。モルテはまだいるか?」
「ああ、まだ中にいる。今中にいるのはモルテを入れて三人だな」
「よし、全員お縄にしてやろうぜ!」
「ああ。あいつらを野放しにはできないな」
「クラインとエギルも、こんな事をいきなり頼んじまって、悪いな」
「ハチマン、気にすんなって」
「悪い。それじゃ早速行くか。エギルは入り口で他の奴が来ないか見張ってくれ」
「了解」
「敵のレベルは低いからこちらに危険は少ない。全員きっちり捕まえてやろうぜ」
エギルを入り口に残し、三人は奥へと進んでいった。
奥からは、数人のプレイヤーが会話をする声が聞こえてくる。
「次の獲物は噂だと大物みたいっすね!」
「ああ。リーダーと幹部全員でかかる予定だな。詳しい話は俺も聞いてないが」
「そこまでの敵っすか!すげえ!」
「……ちょっと待て、今何か……」
(まずい、気付かれたか?)
三人は頷き合い、即モルテらの確保に動いた。
モルテはさすがに行動が素早かったが、
残りの二人はあっけなくキリトとクラインによって取り押さえられた。
ハチマンは、モルテと対峙していた。
「てめえら……いつの間に」
「久しぶりだなぁモルテ」
「ちっ、ロザリアが何か情報を漏らしたかもしれないと思っちゃいたが、
こうも動きが早いとはな」
「大人しく投降しろ。お前に勝ち目はない」
「ハッ、やってみないとわからないだろうがよ!」
モルテはハチマンに斬りかかった。ハチマンは、まったく避けずに攻撃を受けた。
「鈍ったんじゃねえか?ハチマンさんよぉ」
「お前は馬鹿か。これでお前のカーソルはオレンジ。
これでこっちも遠慮なく攻撃できるって事だ」
「ちっ」
ハチマンは即座にモルテの懐に飛び込み《ファッドエッジ》を放つ。
カウンターぎみに入ったその攻撃は、一瞬でモルテのHPを三割ほど削った。
「お前こそ、攻略組をやめるのが早すぎたんじゃないか?明らかに昔より弱く見えるぞ」
「てめえ……」
その後もモルテは悪あがきを続け、ついにHPはレッドゾーンに突入した。
ハチマンも多少攻撃をくらったが、まだ七割ほどのHPをキープしていた。
「いい加減諦めろって」
「くそっ、くそっ」
「ハチマン、こっちは終わったぞ」
その時、クラインに二人の監視を頼んだキリトが、こちらに合流してきた。
「これでこっちは二人だ。まだ続けるのか?」
「ちっ、お前らごときに捕まる俺じゃ無えんだよおおおおおお」
モルテは次の瞬間、自分に武器を突き刺した。
二人はいきなりの出来事に驚き、まったく動けなかった。
そして二人の目の前で、モルテはエフェクトと共に爆散した。
「なんだよこれ……」
「狂ってやがる……」
キリトとクラインは、茫然と呟いた。ハチマンは、何も言う事が出来なかった。
三人はとりあえず、見張りをしていたエギルに事の次第を伝え、
捕まえた二人を監獄へと送り、尋問したが、
メンバーが全部で三十人くらいだと言う事以外、何の情報も得られなかった。
ハチマンは、アルゴに事の次第を報告し、対策会議を開くよう要請した。
ハチマンは密かにヒースクリフに連絡を取り、アスナには概要だけ伝え、
会議には参加させないように依頼していた。そのためアスナは今ここにはいない。
そして会議が始まった。集まったメンバーは事の顛末を聞き、戦慄したようだ。
「どうやらあいつらは、自殺する事も厭わないほどの頭のイカレた奴らの集まりだ。
仮に将来討伐隊が組まれる事になったとして、死者が何人出るか見当もつかない」
「それでも俺達は、やるしかないんだろう?」
リンドが、つらそうに発言した。
「そうだな、放置しておけば、今後もっと犠牲者が出るだろうな」
「でも人を殺すなんて……」
「そうだそうだ!」
「でも仲間が被害にあうくらいなら……」
様々な発言が飛び出し、一時会議は騒然としたが、その時ハチマンが一つ提案をした。
「俺だってこんなのはもううんざりだ。だが、俺は仲間に被害が出るのだけは我慢できない。
なのでこの件は、各ギルドで覚悟の決まった者だけを選抜して行うように提案したい」
その発言で場は落ち着き、皆色々と考えて込んでいたが、結局その方向で話はまとまった。
その後、モルテの装備と攻撃力から敵の幹部連中の実力が確認され、
ラフィンコフィンの構成員のおおよその人数の開示と、
近々大物を狙うと話していたという、漠然な情報が伝えられたところで、
その日の会議は終わりとなった。
「とりあえずこんなもんか」
「ああ。後は今後の情報待ちだな」
「そういえば聞きそびれていたが、あのシリカって女の子の使い魔は復活したんだよな?」
「ああ、復活したぞ」
「そうか、良かったな」
ハチマンはぶっきらぼうに言ったが、その後何かに気付いたように付け加えた。
「なあキリト、しばらくあの子から目を離すなよ」
「……もしかしたらタイタンズハンドの捕縛に関係していたと思われて、
狙われるかもしれないって事か?」
「まあそんな感じだな。もっとも、下部組織の細かな動向まで把握してたとは思えないが」
「……ハチマン、明日から何日か、暇か?」
「ああ。まあ何も無いっちゃ無いが、何かあるのか?」
「明日から数日、シリカのレベルの底上げを兼ねて、
シリカに短剣の使い方のレクチャーをしてくれないか?
少し上の階層でパワーレベリングする感じにしたいから、戦力が欲しいってのもある」
「そういう事か。別に構わないぞ。何ならその間だけ、二人でうちに泊まっても構わない。
なんならアスナも呼ぶか。最近こういった事に呼ばれなくて、少しすねてるみたいだしな」
リズベットは家を購入したため、ハチマンの家から家財道具を引き払っていた。
今後泊まる時は、アスナの部屋に一緒に泊まるつもりのようだ。
なので今は、二部屋が空いている状態だった。
ハチマンは誰か来た時の事を考え、その二部屋にも自前で最低限の家具を用意していた。
「あそこなら確かに絶対安全だな。よし、その線でシリカに話してみるよ」
「それじゃ、決まったら今夜からでも構わないから連絡してくれ。
今回は、一宿一飯の恩は返さなくていいからな」
「くっ……俺もいつか自分の家を……」
「お前は趣味装備に金を使いすぎだ。それじゃ後でな」
こうして、明日からしばらくシリカのレベルの底上げを行う事が決定された。