ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第046話 卒業

今日は、総武高校の卒業式の日だった。

八幡がSAOに囚われてから、もう一年と三ヶ月が過ぎていた。

雪乃は国の最高学府に合格が決まり、

結衣も東京の私立大学に、何とか合格する事が出来た。

いろはは結局生徒会長を二年続けた。これは総武高校創設以来初めての事だったようだ。

小町は無事総武高校に合格し、生徒会活動に参加していた。来年は役員に就任するようだ。

 

「平塚先生、長い間お世話になりました」

「先生!今までありがとうございました!」

「うむ。二人とも無事大学に合格してくれて、こっちとしても嬉しいよ。

本当はもう一人も笑顔で送り出したかったんだがな」

 

 三人は、今日この場にいるはずだった八幡の事を考え、少し寂しくなった。

 

「二人はこの後どうするんだ?」

「はい、いろはさんと三人で、比企谷君の病室に行きます」

「そうか……」

「先生も行きますか?」

「今日はちょっと仕事がたてこんでいるので、また後日にでも改めて行く事にするよ」

 

 

 

 葉山と戸部は、八幡と関わりがあった人達のところを回り、

八幡宛ての寄せ書きを集めてくれていた。

その寄せ書きを持って三人は、八幡の病室を訪れた。

雪乃と結衣といろはは、今までもよく三人で八幡の病室を訪れていた。

学校で何か出来事がある度に、三人のうちの誰かが、

それじゃ八幡に報告に行こう、と言い出すのが、三人の定番となっていた。

何も答える事の出来ない八幡に向かって、三人が順番に話しかけるその姿は、

病院の医師や看護婦の間では、もう当たり前の日常になっており、

皆それを優しい目で見つめていた。

 

「比企谷君、私達、今日卒業したわ」

「卒業したよ!」

 

 二人は寄せ書きを、病室に飾った。

 

「前は何も考えずに、ヒッキーと三人で卒業するんだなって思ってたんだけどね」

「そうね、あの頃は、その事に関しては何の疑問も持ってはいなかったわね。

まあ、比企谷君が素行不良で留年する心配は少ししていたのだけれど」

「あ、あは……」

「でもさすがに進学してしまうと、今までのように気軽にここに来る事も出来なくなるわね」

「そうだねゆきのん。私もさすがに今のペースでは来れないかも」

「私は普通に来ますけどね」

「いろはさん。誠に遺憾ではあるのだけれど、

比企谷君のメインの監視は、あなたにお願いする事になってしまうわね」

 

 そこに、どうやら着替えを持ってきたらしい小町が入ってきた。

 

「皆さんいらっしゃってたんですか」

「小町さん。今来年以降の話をしていたところなの」

「あー、お二人は、少し遠くへ進学ですもんね」

「来れる時は来るけどね!」

「今まで一年間ありがとうございました。これからも出来る範囲で構わないので、

どうか兄を見に来てやってください」

「この四人で集まれる機会も、しばらく無くなっちゃうのかなぁ」

「あ、それなんですけどぉ、お二人は、ALOって知ってますか?」

 

 数ヶ月前、SAOを発売したアーガスは、巨額の負債を抱えて倒産していた。

SAOのサーバー管理は、レクト・プログレスという会社に引き継がれており、

そのレクト・プログレスは、ナーヴギアの次世代機である、

絶対安全を売りにしたアミュスフィアというハードの発売に合わせて、 

SAOのサーバーをコピーして製作したVRMMORPG、

アルヴヘイム・オンライン、通称ALOを発売していた。

 

「あーなんかSAOみたいなやつだね。この前CMで見た!」

「それなんですけどぉ、良かったら四人でやってみませんか?」

「いろはさん、それはどういう事かしら?」

「考えたんですけどぉ、例えば現実で離れた所にいても、

ゲームの中だとすぐ集まれるじゃないですか。だから、そうやって集まるのもありかなって」

「確かに、それなら移動時間も省けるし、効率的かもしれないわね……」

「ですよねー。それに、同じではないですけど、先輩が見てる物を私も見てみたいなって」

 

 その言葉に皆も共感したようで、その方向で少し各自で検討してみる事になった。

その時ノックの音がして、男が一人病室に入ってきた。

 

「おっと、皆さんお揃いでしたか」

「菊岡さん、やっはろー!」

「や、やっはろー」

 

 菊岡誠二郎は、総務省通信ネットワーク内仮想空間管理課の職員である。

八幡がSAOに囚われてから何度か病室を訪れていたので、四人とは顔見知りであった。

結衣に合わせて挨拶を返す所を見ても、コミュニケーション能力は高いようである。

 

「こんにちは、菊岡さん。何か進展はありましたか?」

「そうだねぇ。正直八幡君の解放に関しては、外から打てる手はもう無く、

ゲーム内での攻略を待つしかない状況だね」

「やはり、そうなのですね……」

「役にたてなくて本当にすまない」

「いえ、戻ってきた後の事とか、菊岡さんには本当にお世話になっていますから」

 

 小町は、もし八幡が戻ってきたら、

その後被害者だけを集めた学校が用意される事を菊岡から聞かされており、

その事に菊岡が尽力してくれた事を知っていたので、感謝の言葉を述べた。

 

「それくらいしか出来ないのが、こちらとしてもつらいところなんだけどね」

「ところで今日は何かあったんですか?」

「ああ、丁度近くに来たんで、八幡君の様子を見に来たんだよね」

「そういえば菊岡さんって、兄のところによく来てくれますけど、

被害者全員の所を回っているんですか?」

「いや、うーんこれ言っていいのかなぁ。ま、いいや。実はね、僕が回っているのは、

ゲームクリアのためにキーになると思われるプレイヤーの所だけなんだ」

「比企谷君も、そのキーの一人だと?」

「ああ。せっかくだし、教えられる範囲の事を教えておこうかな」

「お願いします」

「今のSAO内は、半分以上のプレイヤーが、最初の街に留まっているだけの状態だ。

そして千人ほどのプレイヤーは、中層あたりで活動しているらしい。そして八幡君は……」

「ヒッキーは?」

「一握りのプレイヤーで構成された、攻略集団に参加していると思われる。その数約百人。

レベル的に見ても、トップクラスだ」

「兄がトップクラスの攻略集団に……」

「更に言うと、彼のそばにはよく、二人のプレイヤーがいるね」

「二人、ですか」

「ああ。一人はSAOで一番レベルの高い男性プレイヤー。

もう一人は前にも言ったかな、最初から行動を共にしている女性プレイヤーだ。

この三人が、今のSAOの中でレベルのトップスリーとなる。ハチマン君は、二番目だね」

「ヒッキーは、こっちに戻ってくるために戦ってくれてるんだね……」

「そんなわけで、この三人の動向にはこちらとしても注目してるってわけ」

「あの、あの、その女性の方ってどんな人なんですかあ?」

 

 いろはが焦ったように菊岡に尋ねた。

菊岡はちょっと困った様子で何か考えていたが、話せる部分だけ話す事にしたようだ。

 

「八幡君と同い年で、とてもかわいらしいお嬢さん、かな」

「比企谷君……帰ったら色々話を聞かせてもらうわよ」

「ヒッキー、その人と付き合ってるのかな……」

「お兄ちゃんのお嫁さん候補が増えるのは、基本小町賛成なんですけど、

正直今回ばかりは実際に会ってみないとなんともですね」

「ひどい小町ちゃん!お義姉ちゃんを裏切るの?」

「いろは先輩は多分まだ兄の中では、少し仲のいい後輩ポジションだと思いますけどね……」

 

 菊岡は、八幡の状態チェックも終えたようで、四人に挨拶をして帰っていった。

 

「あのなまけものの比企谷君が、最前線で一生懸命戦っているなんてね」

「でも、危なくないのかな?ちょっと心配だよ」

「先輩ならなんとかしてくれそうな気もしますけど、やっぱり心配ですぅ」

「お兄ちゃん、小町信じてるからね。お兄ちゃんなら何とかしてくれるって」

「でもさっきの菊岡さんの話を聞いて、私も比企谷君の見ている世界を、

見てみたくなったわね。ALO、やってみようかしら」

「ゆきのん!私も私も!」

「それじゃ、みんなで前向きに検討してみますか!」

「お父さん、頼んだら買ってくれるかなぁ……小町に甘いから大丈夫かな……」

 

 そろそろ時間も遅くなってきたので、四人は八幡にお別れをし、それぞれ家路についた。

 

 

 

 家に着き、ALOの事を調べていた雪乃は、携帯が鳴っているのに気が付いた。

電話に出ると、それは姉の陽乃だった。

八幡がSAOに囚われてからは、二人の仲はかなり良好になっていた。

 

「姉さん、何か用事かしら?」

「雪乃ちゃん。姉さんね、雪ノ下家の関連会社に就職するの、やめる事にしたから」

「そんな事、よく母さんが許したわね」

「そこはほら、社会生活の第一歩を身内と関係ないところで始めるのも、

将来父と母どちらかの跡を継ぐ私には必要な経験じゃないかなって一生懸命説得したのよ」

「それで、どこに就職する事にしたの?」

「レクトよ」

「レクトって、あの?」

「そう。今比企谷君の命を間接的に管理している、レクト・プログレスの親会社よ」

「姉さん、それは……」

「比企谷君が無事に戻ってこれるように、

内部からしっかりサポートしたいって思ったのもあるんだけど、

あの茅場晶彦が作った世界を見てみたいっていう気持ちも、少しあったんだよね」

「そう……姉さんが決めたのなら、それでいいんじゃないかしら」

「まあ、レクトの結城家とは、以前社交の場での面識もあるしね」

「さすが姉さん、顔が広いのね」

「どうやらあそこのお嬢さんもSAOの中にいるらしくてね、

レベルトップスリーの一角に入ってるらしくって、随分心配していたわ」

 

 雪乃は、その言葉を聞いた瞬間に固まった。

レベルトップスリ-に入る女性といえば、比企谷君の……

 

「姉さん、そのお嬢さんってどういう方なのかしら」

「んー、一度見た事はあるけど、美人だったかなー」

「そう、やっぱり美人なのね……」

「何?その子が比企谷君のそばにでもいるの?

焦る気持ちもわかるけど、私達は出来る事をやるしかないのよ」

「私は別に何も焦ってなんか……って」

 

 その姉の言葉を聞き、雪乃は、はたと気付いた。

 

「……姉さん、知っててわざと言ったのね」

「そりゃあ、政府とは別にうちでも独自に解析はしてるからねー」

「どうして今そんな事を私に?」

「最近の雪乃ちゃん、ちっともお姉ちゃんを構ってくれないから、

ちょっといじわるみたいな?」

「…………姉さん」

「雪乃ちゃん怖ーい!それじゃそろそろ切るね。

レクトに入るための就職活動も、来月から始めないといけないしね」

「もう………就職活動、頑張ってね」

「そうそう雪乃ちゃん。卒業おめでとう」

「……色々とありがとう、姉さん」

 

 電話を切った雪乃は、アミュスフィアとALOの注文をした。


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