「そういや明日って、アスナの誕生日らしいよ」
鍛治のため、秘密基地を訪れていたリズベットが、いきなりこんな事を言い出した。
「………いきなり何だよ」
「たまたま思い出したんだけど、前にそういう会話をした事があったんだよね。
ハチマンは多分知らないんじゃないかと思ってさ」
「確かに知らないですけど、つまり何が言いたいんですかね」
「二人でどこか行けば?」
「いやなんでだよ」
「じゃあせめて何かあげるとか?」
「ぐっ、どうせアスナも血盟騎士団で用事があるだろ」
「あー、まあそう言われるとそうかもなんだよね……」
「まあ、そういうこった。
それにこんなところで、誕生日だのなんだのを祝ってる奴って、ほとんどいないだろ」
「ちなみにハチマンの誕生日は?」
「八月八日だな」
「もう過ぎちゃったんだ。でもそっかぁ、ここじゃあんまりお祝いしないかぁ……」
しかし実はこの時、ハチマンの必要以上に他人に気を遣う悪い癖が出てしまっていた。
(知らなければ気にしなかったんだろうが、知ってしまった以上何もしないのもな。
しかしこの世界でプレゼントとかハードル高すぎませんかね……)
この世界で娯楽と言えるものは、食事くらいのものだろう。
贈り物といっても、装備くらいしかない。
ハチマンは久々に、攻略以外の事で頭を悩ませていた。
(いや、これは誕生日プレゼントとかじゃなく、
日頃の感謝の気持ちをこめた、友達へのただの贈り物だ。何も特別な事はない。
うんそういう事だな。なので実用的な物で問題ないはずだ)
そうはいったものの、ハチマンは延々と悩んでいた。
「さっきからうんうん唸ってるけど、やっぱり何かあげる事にしたの?」
「うっ、知っちまった以上、例え渡せないとしても何も用意しないのもちょっとな」
「とりあえずアスナに明日の予定だけ聞いてみれば?」
「お、おう、そうだな」
その提案に従い、アスナにメッセージを送ろうとしたハチマンだったが、
いざメッセージの記入欄を開いても、何を書けばいいかまったく思いつかなかった。
「……何を固まってるの?」
「いやほらお前、今明日の予定なんか聞いたら、
誕生日だから誘ってるんだとか、おかしな誤解をされるかもしれないだろ。
それで向こうに予定があったりなんかしたら、ますます気まずいじゃねーかよ」
「……ハチマンってやっぱりめんどくさいね」
「………」
「はぁ、仕方ないなあ。私が予定だけ聞いてあげるよ」
「……すまん」
リズベットはウィンドウを操作し、アスナにメッセージを送った。
返事はすぐに来たようだ。
「あ~、今遠征中みたいね。帰りは明日か明後日かわからないみたい」
「……そか、それじゃあ悩むまでも無かったな。わざわざありがとな」
「うー、なんかもやもやする」
「誰が悪いわけでもないんだから、あんまり気に病むなよ」
その話は結局そこで終わりとなった。
次の日ハチマンは、結局いつも通りソロで狩りをしたり、探索をしたりして過ごした。
(ふう、今日はこんなもんか。使わない素材はエギルに卸すとして、
そうだ、この前ドロップしたミラージュスフィアをついでに見てもらうか)
ハチマンはそう考え、エギルの露店に向かった。
「おうハチマン!この前はありがとな。いやーやっぱり迷いの森の素材は高く売れるぜ」
「安値で売ってるくせに何言ってんだよお前は」
「ははっ。で、今日は何の用だ?」
「ああ、まずは余った素材の売却だな」
「よし、それじゃあ早速見せてくれ……っと、これは多いな」
「まあこんなもんだろ」
その予想以上の数に、エギルは驚いていた。
以前ハチマンとアスナが一緒にいた時よりも、明らかに素材の持ち込み量が増えている。
「なあハチマン。無理とかしてないよな?」
「無理ってどういう事だ?」
「なんていうか……アスナが血盟騎士団に入ってから、
明らかに素材の持ち込み量が多くなってると思ってな」
「ああ……狩りに行く回数自体は確かに増えたかもな。
まあ、無理はしちゃいねえよ。問題ない」
「そうか、それならまあいいんだがな」
エギルは素材の買取価格の計算をはじめ、ほどなくして取引は成立した。
「最初に、まずは、って言ってたよな。他に何かあるのか?」
「ああ、これは売り物ってわけじゃないんだがな。ちょっと人目につかない場所は無いか?」
「おいおい、なんかやばいやつか?うちは健全なのが売りなんだがな」
「ばっかそういうんじゃねえよ。使うとちょっと目立つんだよこれ」
「そうか。そういう事なら、こっちだ」
二人は店の裏の人通りの無い小道に入っていった。
「で、どれだ?」
「エギル、一番よくマップを覚えてる層ってどこだ?」
「なんだよいきなり。そうだな……やっぱり一番長く停滞してた、二十五層だろうな」
「二十五層だな……よしこれだ」
ハチマンは、二十五層のマップをセットして、ミラージュスフィアを展開した。
「うおお、何だこれ?」
「おい声がでかい。よく見てみろ。これにどこか見覚えはないか?」
「あ、これ、二十五層のマップじゃないか!なんだこれ、すげえな」
「ああ、とっておきだ」
「こ、これ、いくらなら売ってくれるんだ?」
「だから売らねーって」
「くそー、なんかすげえ欲しいぞ、これ」
「羨ましいか?実はこいつを落としたモンスター、リポップは確認されてないんだぜ」
「それってまじレアもんじゃねーか!絶対欲しい!」
「だが……やらん」
ハチマンのどや顔を見て、エギルは絶叫した。
「自慢したかっただけかよ!」
「だから声がでかいって」
「ちくしょ、でもこれほんとすげーよ。綺麗だし女の子が喜びそうなデザインだよな」
「女の子が、喜びそうな、デザイン?……あー」
「あ?どうかしたのか?」
「エギル、でかした」
「何だよいきなり」
「お礼にこれはお前にやるよ。全部で五つ持ってるからな俺は」
「まじか、本当にいいんだな?もう返さないからな!」
「その代わり、絶対に売らないで、チームで活用してくれよな」
「ハチマン!お前本当はいい奴だったんだな!」
エギルは感極まったように、ハチマンに抱きついた。
「本当はってのがちょっとひっかかるが、まあそれはほんのお礼だ。
こっちこそいいヒントをもらったよ。その、ありがとな」
「よく分からないがこっちこそありがとな!また何かあったら宜しく頼むぜ!」
「おう、またな」
ハチマンはエギルに別れを告げ、とりあえず自宅へと戻った。
「さて、後はいつどうやって渡すか、だな」
ハチマンは、アイテム欄のミラージュスフィアを眺めていたが、
ふとその横に、昔よく使っていたが、
今はもうまったく使わなくなった、とある空っぽのフォルダの存在に気が付いた。
ハチマンは、しばらく何か操作をしていたが、
その後一言だけアスナにメッセージを送り、眠りについた。
同じ頃アスナは、遠征先の宿のベッドで横になっていた。
(今日も頑張ったな。今回の遠征もうまくいきそうで良かった)
アスナは、う~んと伸びをして、そのまま入浴する事にした。
風呂付きの宿を割り当ててもらっているのが、アスナの特権だった。
風呂から出て、以前ハチマンに作り方を教えてもらったドリンクを飲んでいると、
そのハチマンからメッセージが届いているのに気が付いた。それは、
「誕生日おめでとう」
と、一言だけ書いてある、シンプルなものだった。
(ハチマン君らしいな……)
アスナは最近ほとんど会えていない、友達の事を考えた。
もしかしてまだ一緒に行動していたら、何かプレゼントでも用意してくれたのだろうか。
きっと彼は、目を逸らしてぶっきらぼうに渡してくるんだろうな。
(そういえば、ハチマン君の誕生日って知らないな)
そんな事を考えながらアスナは、
何かハチマンにあげられるような物はあっただろうかと、何気なくアイテム欄を開いてみた。
(男の子にプレゼントとかした事ないし、何がいいかとかよくわかんないや)
アスナはアイテム欄を閉じようとしたが、
たまたまハチマンの事を考えていたためだろうか。
血盟騎士団に入団した時に空っぽにして、
そのままなんとなく残しておいた、ハチマンとの共用フォルダに目がいった。
(そういえば、これを使わなくなってから結構たつな……)
アスナは何気なくそのフォルダを開いてみた。
そしてそこに、何かアイテムが収納されているのを見つけた。
(何だろこれ。一度空にしたから、ハチマン君が入れたんだろうけど)
アスナはそれを取り出してみた。
「ミラージュスフィア?………ここのボタンを押せばいいのかな」
アスナがボタンを押すと、そこには美しい光の球が現れた。
「これって、二十二層のマップ……?綺麗……」
それはかつて二人で歩いた、そして秘密基地のある、あの二十二層のマップのようだ。
よく見ると、メッセージが添えてあった。
「余り物で悪いが、好きに使ってくれ」
アスナは、私が気付かなかったらどうするつもりだったんだろ、と思いながら、
ずっとミラージュスフィアとメッセージを眺め続けていた。
(もう、本当に不器用なんだから……)
そんなアスナの顔は、とても嬉しそうだった。