CONGRATULATULATIONの文字と共に、
第十八層の階層ボスが爆散し、歓声が上がった。
最近は最前線のプレイヤーは、誰からともなく攻略組と呼ばれるようになっていた。
このところの攻略組の活躍は目覚しかった。
もはや快進撃と言えるペースで、どんどん到達階層を更新していった。
SAOの開始から、現在は六ヶ月ほどが過ぎている。
相変わらず何かと火種を蒔こうとする解放隊のジョーに加えて、
最近はドラゴンナイツの何とか言うメンバーが対抗して騒ぎ出す事もあったが、
その事は快進撃の影に隠れてしまっていた。
第十九層の転移門がアクティベートされた後、
アスナはリズベットと何か約束があるらしく、すぐ下層へと戻っていった。
ハチマンは、キリトと一緒に少し街を回ってみる事にした。
「なあハチマン、さっきから思ってたんだけど、NPCが一人も歩いてないよな」
「ああ、とても居心地がいいな」
そのハチマンの言葉を聞き、キリトはバッと振り返った。
「ハチマンは、最近地が出てるっていうか、色々取り繕わなくなってきたよな」
「元々俺はこういう奴だからな」
キリトは面白そうな顔をして、言葉を続けた。
「実は俺もこういう街の方が気楽なんだよな」
「そうだろうな。基本ソロ嗜好のプレイヤーは大体そんなもんだろ」
「ああ、違いない」
そんな会話を交わしながら、二人はクエストNPCの場所等をメモし、
街の探索を続けていた。
開いている店の数もやや少なめで、基本的にほとんどの家の扉は閉ざされていた。
「なんか、廃墟マニアの気持ちが少しわかる気がする」
「おお、キリトもそう思ったか」
「ああ。なんかこういう人のいない街を探索するのってわくわくするな」
「あ、ちょっと待っててくれ。ちょっとそこの宿の施設を調べてくる」
「……風呂がついてるかどうか、いつも通り調べてるんだな」
「ばっかお前何言ってるんだよ。ただの調査の一環だっつの」
「はいはい」
尚も二人で歩き回っているとキリトが、とても雰囲気の怪しい酒場のような店を見つけた。
「ハチマン見てくれよ。何ていうか、
いかにも裏家業の人間が集まってますみたいな店じゃないか?」
「おお、すげーいいなここ」
「男同士で軽く何かつまみながら密談するのにいかにもいい感じの雰囲気だな」
「要チェックだな」
街中の主だったところはほぼ回れたと思われ、
次は街の外の狩場になりそうな所をいくつか見てみる事になった。
何ヶ所かで試しにモンスターを倒してみて、
ドロップアイテムや得られる経験の目星もある程度ついたので、
明日朝集合という事にして、その日はそこでお開きという事になった。
「それじゃあキリト、明日は三人で狩りにでも出るか」
「そうだな。情報をまとめて渡すためにアルゴも呼んどくか」
「了解だ。じゃあまた明日な」
「おう、また明日」
キリトは手を振りながら去っていった。
ハチマンは、さきほど見つけておいた風呂付きの宿に泊まる事にした。
もちろんアルゴには、その宿の情報は既に送信済だったわけだが。
次の日の朝、ハチマンは、集合時間ぎりぎりに宿の契約を終わらせた。、
その後四人は予定通り集合して情報を交換した。
もうβ時代の知識は使えないため、素早く正確な情報を集め、
いかに早くガイドブックを出すがが、とても大事になってきていた。
アスナはもう恒例となった、風呂付きの宿の情報をアルゴから買っていた。
どうやら今のうちに予約するようだ。
やはりアルゴは忙しいらしく、そのまま去っていった。
三人は、その宿を経由して、そのまま直接街の外に向かう事にした。
「なんか静かな街だね」
「ああ。NPCも一人もいないしな」
「それにしても、最近は攻略も順調になってきたね」
「そうだな。まあいいんじゃないかな」
「ちょっと早すぎる気もするけどな」
「ハチマン君、早いと何か問題でもあるの?」
「そうだな、基本的にはいい事なんだが、
今は各層の調査が完全じゃないままどんどん先に進んでるだろ。
そうすると、何か大事な情報が誰にも見つからないまま埋もれてしまう可能性がある」
「それはあるだろうな」
「たまに、前の層の探索が甘そうなところを調べる日を作ってもいいかもね」
「ああ」
さすがにまだ人も少なく、三人はあちこちを転戦しながら狩りを続けた。
何となく外も全体的に寂しい雰囲気がする。そういったコンセプトの層なのだろうか。
何ヶ所か回っているうちに暗くなってきたので、三人は街に戻る事にした。
「しかし、このゲームは別にいつ活動してもいいのに、
なんか暗くなると家に帰ろうってなっちゃうよな」
「俺達くらいの年齢だと、どうしてもそういうのが習慣になってるんだろうな」
「それあるよね」
「キリトは宿はどうするんだ?」
「前のとこ、まだ契約残ってるからしばらくはそこだな」
「私はさっき予約した宿に泊まるけど、ハチマン君は?昨日ここの街に泊まったんだよね?」
「お、おう。昨日の部屋はちょっといまいちでな。適当にどっか探すわ」
「そうなんだ」
「そうなんだ」
「何だよキリト」
「いや、別に何も」
解散した後、ハチマンは宿をどこにしようかとぶらぶら歩いていたが、
昨日見つけた怪しい店が遠くに見えてきた頃、
数人のプレイヤーらしき人影が店に入っていくのを見た。
「NPCはこの周辺に一人もいなかったし、プレイヤー、だよな……」
ハチマンは何かキナ臭いものを感じ、隠密スキルをフル稼働させてから、
ゆっくりと店に近づいていった。
そっと中を覗くと、そこには三人の男がいた。
(あれは、ジョーか……もう一人は……あれはドラゴンナイツの)
もう一人は、ドラゴンナイツのメンバーで、
最近ジョーとよくやりあっているプレイヤーだった。
(あいつらグルだったのか?そしてもう一人は……ポンチョを着た、見た事もない……
ん、ポンチョ?確か、ネズハ達におかしな事を吹き込んだのがそうだったような)
ハチマンは背筋が寒くなるのを感じた。何か裏で陰謀が進んでいるのだろうか。
(これはアルゴに調査を依頼……いや、危険かもしれん。
俺の方でそれとなく気をつけていくしかないか。
それにしてもあのポンチョの男の雰囲気は、あれはやばい。
うまく説明は出来ないが、とにかくやばい事だけはわかる)
ハチマンは今見た事を心に留め、とりあえずそっとそこから離れた。
その後は再び宿を求めてぶらぶらしていた。
と、その時アスナから連絡が入ってきた。
どうやらアスナの泊まる宿まで来て欲しいらしい。
(ん、何か用事でもあんのかな)
あまり待たせるのもあれだったので、
とりあえずハチマンは急ぎアスナの宿に向かう事にした。
「どうかしたのか?」
「あ、うん。ちょっと話でもと思って。もう今夜の宿は決めたの?」
「いや、ちょうど探してたとこだな」
「そうなんだ」
それを聞いてアスナがちょっとほっとしたように見えたが、
ハチマンは気のせいだと思いそのまま会話を続けた。
「で、話って何だ?相談でもあるのか?」
「ううん、そうじゃないんだけどね。それにしてもこの街って何か寂しいよね」
「そうだな」
その後もとりとめの無い会話が続き、
ハチマンは、何か煮え切らないアスナの態度に、疑問を覚えた。
普通の男なら、ここで告白でも始まっちゃうのかと身構えるところだが、
良くも悪くもハチマンにはその発想は無かった。
まあ誰かとなんとなく会話でもしたかったのだろうと思い、
ハチマンは、そろそろここを出て、宿探しに戻ろうかと考え始めた。
「それじゃ時間も遅くなってきたし、そろそろ俺は宿探しに戻るわ」
「あっ……ま、まだいいんじゃないかな。別に門限とかあるわけじゃないんだし」
「いや、それはまあそうなんだが、さすがにもういい時間だしな」
「う~」
「ん、やっぱり何か相談したい事でもあるのか?
誰にも言わないから、話くらいはちゃんと聞くぞ」
「………の」
「ん?すまんよく聞こえなかった」
難聴系ではないハチマンをもってしても、その声は聞き取れなかった。
「オバケが怖い……の」
「オバケ?」
「もう!この街、なんか誰もいなくてオバケが出そうで怖いの!」
アスナは泣きそうな顔で、そう言った。
「ああ、そういう……つかお前、虫とかは平気なのに、そういうのは駄目なのな」
「せっかくとった宿だしもったいないし今更移動もやだしそもそも外は不気味だし、
だからハチマン君に一緒に泊まってほしいの!」
アスナは一気にまくしたてた。
「お、おう、すまん……いや、しかしお前、年頃の男女がだな」
「前にもあったじゃない!」
「いや、まあそれはそうなんだが……はぁ、わかったよ。衝立みたいなのはあるか?」
「うん。準備しといた」
「そこらへんはぬかりないのな……」
「ごめんね。なんかお風呂に入ってたら、想像以上に静かで怖くなっちゃって……」
「なるほどな。んじゃまあ、さっさと寝るとするか。こっちのソファー使うぞ」
「うん。ほんといきなりごめんね?」
「気にすんな。誰にでも怖いものの一つや二つある」
その後は、本当にとりとめの無い会話が続いた。
しばらくしてアスナは寝てしまったのか、静かになったので、ハチマンも目を閉じた。