現在最前線は、十層まで達していた。
幸いあれから安定して攻略を続ける事が出来ていた。
例の解放隊のジョーという男が、何かと揉め事の種を蒔こうとしてはいたのだが、
今のところ大きな揉め事には発展していなかった。
キリトはその強さゆえか、やや他人から距離を置かれている印象があったが、
エギルがうまく間に入ってくれているようだ。
アスナは最近、閃光のアスナと呼ばれるようになっていた。
その名声は、既に不動のものとして確立していた。
アスナのシバルリックレイピアは、プラス十三まで強化されていたが、
さすがに現役でいられるのは、良くて一、二層先までだろう。
「ぐぬぬ」
「どうだ?リズ」
「強さの幅を考慮しても、メインになる金属が少し弱い」
「そうか……俺も色々と調べてはいるんだがな」
アスナにシバルリックレイピアを見せてもらった時、
リズベットは相当ショックを受けたようだ。
あの時点では熟練度の関係で絶対に不可能だったのだが、
いずれ自分にもこんな武器が本当に作れるのかどうか。
せめて強化くらいはしてあげたかったが、当初はそれすらも無理だったようだ。
それからリズベットはかなり努力した。
ハチマンも、陰日向と手伝っていたのだが、
やっとつい先日、問題なく強化を行える熟練度に達したようだ。
そこで二人は、アスナの次の武器の作成をリズベットが行うという想定で、
メインとなる金属の選択に、頭を悩ませているところなのだった。
「シバルリックレイピアをインゴットにして、それをメインにするのはどうなんだ?」
「あの剣は奇跡みたいなもので、金属のレベルだけ見れば、
今流通してきている金属類の方がまだ上なんだよね。
だから、サブにしか使えないと思う」
「なるほどな」
「しかし参ったなぁ、そろそろストレージも限界なんだよね」
「かなり色々試作したからな」
「でね、今度私、露店をやってみようと思ってるんだよね」
「なるほどな。資金もかなり稼げるだろうし、
過剰な在庫もなんとか出来そうだから、いいんじゃないか?
これなんかかなりいい出来だから、誰かに使ってほしいしな」
そう言ってハチマンは、ひょいっと一本の細剣を取り出した。
強化回数こそ八回だが、その性能は、シバルリックレイピアと同等くらいに見えた。
「今のところそれが一番の出来なんだよね。前線でもまあギリギリいけるくらい」
「シバルリックレイピアと比べると確かにそうなんだが、
前線組の大半の武器は、プレイヤーメイドの武器がまだあまり流通してないせいで、
基本NPCから買うかドロップに期待するしかないから、こんなもんだぞ」
「なるほどね」
実際のところ、商人プレイヤーと職人プレイヤーの数は、かなり増えてきていた。
しかしまだ素材の流通も多いとはいえず、
リズベットのように、協力してくれる前線プレイヤーが側にいない限り、
なかなかその裾野が広がるのには、もう少し時間がかかりそうだった。
「で、ハチマンに聞きたいんだけど、露店を出す上で気をつけないといけない事って何?」
「まずは料金設定だな。ぼったくりは論外だが、あまり低すぎるのもトラブルの原因になる。
あとは強化の値段設定とある程度の在庫確保か。
強化素材が持ち込みか、それとも店側で準備するかでも変わるし、
成功率もきっちり表示した方がいいな。メンテに関しては問題ないだろ」
「ほえ~、やっぱ大変なんだねぇ」
「どうする?商人プレイヤーにそのまま卸しても別にいいと思うが」
「ううん。私最近、自分の店を持ちたいって思うようになってきたんだ。
だからそのためにも、ちょっと頑張ってみるよ」
「そうか。わからない事があったらいつでも聞いてくれ」
「うん、ありがとう」
「俺ももうちょっとメインに出来るような金属の情報を集めてみる」
「わかった。気をつけてね」
「おう。それじゃまたな」
「またね、ハチマン」
それから数日。攻略を進めながら、ハチマンはひたすら情報収集に努めていた。
そんな時リズベットから、露店を出す準備が出来たと連絡があった。
ハチマンは、色々アドバイスした事もあり、様子を見に行く事にした。
(お~収納機能付きの大型カーペットか。そういや昔同じようなのをネズハも使ってたな)
遠くから見た感じ、リズベットはうまくやっているようだ。
中にはクレームをつけてくる客もいたようだが、懇切丁寧に説明して、
ちゃんと納得してもらっているようで、大きなトラブルはなさそうだ。
(ま、それでもおかしな客は一定数いるからな)
そう思いつつハチマンは、リズベットの方に近づいていった。
「あ、ハチマ~ン」
「おう、調子はどうだ?」
「初日だからいっぱいいっぱいだけど、なんとかやっていけそう」
「そうか」
「さっきまでアスナもいたんだよ。準備を手伝ってもらったの」
「アスナ、な……」
そういえばここ数日アスナの姿を見ていないなとハチマンは思った。
攻略開始初期から比べると、確かに二人が一緒に行動する時間は減っていた。
(ま、自分でやりたい事が増えてきたって事なんだろうな。
アスナの名声も高まってきたから、実際色々なところから誘いも来るだろうしな)
実際のところ、そうした誘いをアスナは全て断っており、
基本何かしたい時は、真っ先にハチマンに声をかけていたのだが、
ハチマンはそういった事情は理解していなかったようである。
ハチマンがちょこちょこ断っていたのもあるが、
実際そういう時は、アスナはソロか、キリトやネズハ、エギルらと行動を共にしていた。
それでも今も三日に一度は必ず行動を共にしていたのだったが、
ここ最近金属探しに奔走し、良い結果が得られていなかったためか、
前回一緒に行動したのが、遠い過去のように感じられていたのだった。
「ん?アスナがどうかしたの?」
「いや、早く金属素材を見つけないとなって思ってな」
「何か情報はあった?」
「いや、さっぱりだ……」
「そっか……」
「そろそろ行くわ。変な奴もいるかもだから、まあしっかりな」
「うん、ありがとうね!」
それから数日、リズベットは熟練度上げと商売に精を出した。
一度トラブルがあったようだが、それを聞いてから、
ハチマンが露店の後方の見えない所で昼寝をしている姿がたまに見かけられるようになった。
リズベットは気付いていなかったようだ。
(最近トラブルになりかけると、お客さんが後ろを見て、そのまま大人しくなるんだよなぁ。
一度見に行ったけど何も無かったし……ま、いっか。とにかく頑張ろう)
そんなある日、ついに求めていた情報が来た。
ネズハの使っていた商売用のカーペットは、キリト経由でエギルに渡っており、
エギルもそれを利用して、最近ちょこちょこ商売を試みていたのだったが、
そんなエギルが、最近レアっぽい鉱石を仕入れたという。
ハチマンは急ぎエギルの下へと向かった。
「エギル、いい金属が入ったんだって?」
「おう、ハチマンか。それならこれだ」
その金属は、深い藍色をした美しい金属だった。
「これ、いくらだ?」
「ん、そうだな。加工できる奴も周りにほとんどいないし、こんなもんでどうだ」
「安いな。こんなもんでいいのか?」
「日ごろ世話になってるし、ちゃんと仕入れ値を割らないようにしてるから、大丈夫だ」
「そうか、すまん。助かる」
「なぁに、役にたつならそれでいいさ。また今度一緒に狩りにでも行こうぜ」
「ああ」
ハチマンは、はやる気持ちを抑えながら、リズベットの商売が終わるのを待ち、
手に入れた金属を見せた。
「これ、これならいけるよ、ハチマン!」
「そうか。よし、他に必要な物は何かあるか?」
「えーと、触媒にこれと、あとこれかな」
「それなら持ってる、使ってくれ」
「これで準備は出来たかな。それじゃ今夜、決行ね!」
「ああ。時間が決まったら連絡してくれ」
「うん。アスナには連絡しとく」
「頼んだ。あ~……あと」
ハチマンは、頭をかきながら言った。
「アスナには、これはリズが伝手で手に入れた事にしておいてくれないか?」
「わかってるって。いつも階層更新する度に、アスナがお風呂付きの部屋の情報を、
誰よりも早く手に入れられるのも、実はハチマンが手を回してるんでしょ?」
(バレてたのかよ……)
「いいっていいって。アスナには絶対言わないし。
ハチマンって、なんていうか勝手に色々やってる印象もあるけど、
実はほとんどが誰かのためになる事ばっかりだし。
でも、そういうのを他人に知られるのは嫌いなんでしょ?
それなりの付き合いなんだし、なんとなく見ててわかるよ」
「……俺はそんないい奴じゃねーよ」
「まあ、他人にいい顔したいだけだろーとか、そう言う人もいそうだけど」
「そうそう、俺はそういう奴だよ」
「でも、ハチマンはそうじゃないと思う。うまく説明出来ないけど」
「……」
「ハチマンはそうやって他人の事ばかりだけど、たまには我儘を言ってもいいと思うけどな」
「まあ、努力する」
「努力する気なんか無いくせに」
「お、おう……」
「それじゃ後でね!」
「また後でな」
その日の夜、三人は集まり、リズベットがアスナに事情を話すと、
アスナはすぐ武器の更新を決断した。
「またこの子の魂を受け継ぐ剣に出会えるんだね」
「そうだな」
「それじゃリズ、お願いします」
槌を打つ音だけが響き、ほどなくして、素材は光を放ち、美しいレイピアの形をとった。
「よし、バッチリ!我ながらいい出来だと思う」
「ありがとう、リズ!」
リズベットは、ついに自分の手でアスナの剣を作る事が出来て、本当に嬉しそうだった。
ハチマンは、これで今後もアスナの武器を安定して更新出来る目処がたったと安心していた。
アスナは完成した剣を手に持ち、嬉しそうに尋ねた。
「リズ、ところでこの剣の名前は?」
「それはね………」