ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

31 / 1227
第030話 融和

 ヨフィリス子爵の到着により、戦況は俄然ダークエルフ有利に傾いた。

当初は上陸一歩手前で、一進一退の攻防を繰り広げていたようだ。

最初ハチマンは、敵が上陸しないようにあちこち走り回ってフォローをしていたのだが、

その過程である事に気が付いた。ほとんど死者が出ていないようなのである。

どういう理屈かはわからないか、水に落ちたエルフは戦闘に復帰しないらしい。

基本的にお互いのHPが多く、一般の兵士は強力なソードスキルも使えないようで、

そのために、HP全損まではいかないようになっているようだ。

ヨフィリス子爵のつけてくれたバフには、ノックバック効果を上げるものもあったので、

それにも起因しているようだったが。

 

(融和、なるほど、融和がテーマか……)

 

 何度目かの波状攻撃を防ぎきり、場が一時的に落ち着いたところで、

三人は船に乗り、敵の迎撃に出る事にした。

目的は、敵をどんどん船から叩き落とす事であった。

幸いノックバック効果が上がっている事もあり、

元々敵の体勢を崩す事が得意なハチマンと、突き主体のアスナのコンビネーションが、

それはもう面白いようにこの場にはまった。

 

「今ので何隻目だっけ?」

「中型船三隻目だな」

「順調だね!」

 

 敵を全て叩き落とした船は味方がそのまま乗り移って使用し、

聞いたところによると、最初の戦力比は十二隻対十六隻であったようだが、

九隻対九隻の五分にまで持ち直す事となった。

勢いからすると、完全にダークエルフの方が有利だった。

どうやら押されている事が判ったのか、

フォレストエルフの軍勢は、まとまって行動し始めた。

こうなると、中々今までのようにはいかない。

 

「さてどうするかな」

「こうなっちゃうと、お互い決め手に欠けるのかな」

「出来ればこのまま戦況を傾けていって、

最終的には犠牲者をほぼ出さずに終わらすつもりだったんだがな」

「二人とも、どうやら子爵様が出撃なさるようだ。まあ見ているがいい」

 

 二人が後方に目をやると、どうやら子爵の乗っているらしい船が見えた。

その方向からいきなり白い光が発せられ、前方のフォレストエルフの船に突き刺さった。

その衝撃で、三隻分の船の乗員が、一気に船から叩き落とされたようだ。

 

「ハチマン君、今の……ソードスキル?」

「ああ。確か名前は《フラッシング・ペネトレイター》

いずれアスナも使う事になる最上級細剣ソードスキルだな」

「あれを私が……」

 

 アスナはぶるっと震えて、自分の手を見つめた。

自分が使うところを想像して、武者震いを起こしたようだ。

 

「子爵様!」

 

 子爵を呼ぶ声がして、ハチマンは再び子爵の船の方を見た。

 

「あれは、硬直してるのか」

 

 さすが最上級のソードスキルだけあって、硬直時間も長いらしい。

この機会を逃すものかと思ったのであろう。

敵の旗艦らしき船が、子爵の船の方へ突進していった。

 

「いくぞ二人とも」

 

 ハチマンは咄嗟にシバルリー号を間に滑りこませ、子爵の盾となる形をとった。

 

「邪魔するな、人族!

我等の城に攻めこもうとするダークエルフに船を提供するするだけでは飽き足らず、

直接我が前に立ちふさがるのか!」

「は?何の話だ?」

「しらを切るつもりか!我らの使っている船は、

お前達がダークエルフのために造っていたものを、奪ったものだ!」

 

(なるほど、フォールンエルフの計画はこれだったか……)

 

「それはフォールンエルフの策略だ。我等は侵略を計画してなどいない」

 

 その時やっと立ち上がった子爵が、声をかけてきた。

見るとその頭の上には【!】マークがついていた。

どうやらこのタイミングで派生クエが発生したようだ。

 

「そんな事が信じられるか!」

「それではこうしよう。

もしその人族達にそなたが敗北したら、話だけでも聞いてもらいたい。どうだ?

もし我等が嘘を言っているのなら、勝利した我等がわざわざ話をする理由など無いはずだ」

「わかった。その勝負、受けよう」

 

(これは、水に叩き落とせって事でいいんだよな……)

 

「アスナ、どうやら二人であいつを水に叩き落とさないといけないみたいだ」

「そうだね。この戦争、私達が終わらせよう」

 

 その敵は、フォレストエルヴン・インフェリアナイトと言うらしかった。

そして激しい戦いが始まった。

 

 

 

 ハチマンは何度か敵の攻撃を武器で受けてみたが、想像以上に敵の攻撃が重く、

即反撃に出る事も出来なかったため、攻めあぐんでいた。

 

(しかもまずいな、このままだと先に武器が壊れるかもしれん)

 

 聖堂ダンジョンから、整備もしないままずっと酷使させてきたせいか、

武器の耐久度の限界が近い。

二人はスイッチを繰り返しつつ相手の隙を伺っていたが、

そんな隙はまったく発見できなかった。

いよいよ武器が限界だと悟ったハチマンは、アスナに指示を出した。

 

「アスナ、次のスイッチで全力のリニアーを頼む」

「わかった。無理しないでね」

 

 ここまでくると、パリィは即武器破壊に繋がるので、

ハチマンはここまでパリィを使わずになんとか受け流してきたのだが、

それがかえって相手の頭から、

パリィされるという警戒心を取り除く事になっていたのも幸いしたのだろう。

ハチマンは、相手が武器を振りかぶった瞬間、渾身のパリィをかました。

武器の消滅と引き換えに、相手が大きくのけぞる。

 

(パリィとリニアーだけじゃ恐らく落とせない。ここは……これだ)

 

 ハチマンはそのまま、体術スキルの後方宙返り蹴り《弦月》を放ち、

相手の体を宙に浮かせた。

 

「アスナ、スイッチ!」

 

 その声と共に、アスナが渾身の《リニアー》を放つ。

さすがのフォレストエルヴン・インフェリアナイトも、

空中に浮かされては如何ともしがたく、そのまま水に落ちた。二人の勝利である。

 

「俺の負けか」

 

 悔しそうに呟く彼に手を差し伸べ、ハチマンは言った。

 

「約束通り、こっちの大将の話を聞いてやってくれないか」

「……わかった」

 

 戦争はこの戦いをもって終結した。

その後お互いの代表同士の話し合いによって、完全な講和とはいかないまでも、

共同でフォールンエルフの陰謀に関しての調査が行われる事となった。

 

「ハチマン君。私ちょっと外に出て、

攻略がどうなってるかだけアルゴさんに確認してくるね」

「了解だ。俺はちょっと今は動きたくない」

 

 アスナはそう言い、外へと向かった。

そのまま休んでいるハチマンの元へ、ヨフィリス子爵とキズメルが近づいてきた。

 

「ありがとう。そなた達のおかげで戦争が終わり、二つの種族の融和への道筋も出来た」

「ハチマン、ありがとう」

「いえ、俺はやらなくてはいけない事をやっただけなので」

「この戦いでのそなた達の働きは、素晴らしかったように思う。

そこで、通常の報酬とは別に、もう一つ褒賞を与えようと思っているのだが」

「あ、ありがとうございます。アスナが戻ってきたら、二人で選ばせてもらいます」

 

 ちょうどその時、いいタイミングでアスナが戻ってきた。何やら慌てているようだ。

 

「ハチマン君。ボス討伐、もう出発したって!」

「まじか。って事は戦力は足りてるのか?」

「四十二人の七パーティみたい。

どうやら偵察も同時に出来ちゃったみたいで、それなら補給だけ近くの村で済ませて、

このまま攻略に行ったろうやないかい!って意見が出たらしいよ」

「あいつ……それじゃ任せるしかないか。キリトやネズハも行ってるんだろう?」

「うん、そうみたい」

「それならまあ大丈夫だとは思うが……」

 

 一抹の不安はあったが、特に新しい情報があるわけでもない。

そう思っていた二人に、キズメルが問いかけた。

 

「ハチマン、アスナ。二人は天柱の塔の守護獣に挑むのか?」

「あ、うん。仲間が今挑もうとして、塔を上ってる最中らしいんだよ」

「そうか。あのキリトとかいう戦士もいるなら、問題ないと思うが、確か」

 

 そのキズメルの言葉を、子爵が引き継いだ。

 

「我等の伝承だとあの守護獣は、どんな土地でも水没させてしまう力を持っているとか。

倒すには水に浮く呪いが必要だという」

 

 それを聞いて二人は顔面蒼白になった。

 

「アスナ、アルゴはそんな事言ってたか?」

「ううん、そんな事は言ってなかった」

「まずいな……俺達も向かうか。最初の浮き輪を皆が持っててくれればまだいいんだが」

「水没するって事は、つまり脱出は出来ないって事だよね?」

「多分な……外から扉を開けないとだめな気がする。

武器は予備を使うとして、とりあえず行くか」

 

 二人は子爵とキズメルに挨拶をして、すぐに迷宮区へ向かおうとした。

 

「ごめんなさい。私達今すぐ行かなくちゃ。後でまた必ず戻ってきますから」

「それなら私も同行するぞ、アスナ」

 

 突然キズメルが言い出した。

 

「それはすごい助かるけど、いいの?」

「ああ。戦争も終わり、しばらくやるべき仕事も無い。

我等の為に力を尽くしてくれた二人に協力するのは、当然の事だ」

「それでは私も行きましょう」

「ええええええええええ」

 

 子爵もそう言い出し、四人で迷宮区へと向かう事になった。

中型船を出してもらい、四人は迷宮区へと突入した。

案の定、子爵の力は絶大で、ほとんど止まる事も無く、

すぐにボス部屋の前に辿り着く事が出来た。見ると、扉から水が漏れている。

ハチマンは三人に、正面に立たないように伝え、扉を開けた。

 

 

 

 扉を開けると、数人のプレイヤーが流されて出てきた。その中にキリトもいた。

キリトは、何が起こったのかわからないようであったが、

ハチマンとアスナを見て、笑顔で言った。

 

「よう!遅かったな!」

 

 キリトの説明によると、どうやらキバオウが、大量の浮き輪を所持していたらしい。

そういえば誰かが大量に浮き輪を取ってたなーと、ハチマンは思い出した。

ガイドブックと敵の見た目が違うので、一応キリトやエギルが進言はしたようだったが、

聞きいれられなかったのだという。

 

「キリト君、犠牲者は出てるの?」

「いや、幸い誰も犠牲者は出ていない。何とかしのいでるってだけだったけど、

皆成長しているって事なのかな」

「扉はやっぱり中からは開かないんだな」

「ああ。だがこうやって外から開ければ、あの攻撃も問題なさそうだ」

「よし、それじゃその役目は俺に任せろ」

「ハチマンは戦わないのか?」

「実は戦争で武器を失っちまって、予備しか無いんだよ……」

「激しい戦いだったんだな……あ、そういえば、キズメルも来てくれたんだな」

 

 キリトはキズメルを見て、嬉しそうにした。そして、その後ろにいる人物を見て固まった。

 

「ヨフィリス子爵も、来てくださって、あ、ありがとうございます……」

「先日は世話になったな、人族の戦士よ」

 

 そんなキリトに、ハチマンが囁いた。

「見たらびびるぞ。やっぱり恐ろしく強かったわ……」

 

 部屋の中に入ったハチマンとアスナを見て、キバオウが声をかけてきた。

 

「なんや、遅かったやないか!」

「すまん、遅れた。その代わり、援軍を連れてきたぞ」

「援軍?援軍ってなんや……ね……」

 

 そう言い掛けたキバオウは、キズメルを見て固まり、子爵を見てさらに固まった。

リンドは遠くで必死に指示を出していた。

そんな中、子爵が前に出て、大きな声を張り上げた。

 

「人族の戦士達よ!我が名はヨフィリス!盟約により、助勢するために参上した!」

 

 その声を聞いて、何事かとこちらを見た攻略レイドのメンバーは、

子爵が放つ強者のオーラに気おされたのか、皆驚愕しているようだった。

しかし次の瞬間、全員に数種類のバフがかかり、大歓声があがった。

 

「水没しそうになったら俺が扉を開ける。キバオウ、浮き輪ナイスだったぜ」

 

 ハチマンはそう言って表に出た。

後は水が滲み出てきたら扉を開けるだけの簡単な作業だ。何ならまめに開閉してもいい。

そしてしばらくして、ボスは問題なく倒されたようだ。

皆、恐る恐るだが、子爵やキズメルに握手を求めたりもしていたようだ。

勝利に盛り上がる集団の輪にも入らず、ハチマンは外に一人でいたままだった。

 

(やっぱり集団に参加するのは、まだ慣れないんだよな)

 

しばらくして、アスナとキズメルと子爵の三人が、中から出てきた。

アスナが何か言おうとしたが、ハチマンはそれを遮り、

 

「それじゃ戻りますか」

 

 と一言だけ言った。四人はそのままダークエルフの城へと帰還した。

ハチマンは褒賞で短剣を選び、壊れた武器の代わりもしっかりと確保できた。

そして、ついに別れの時がやってきた、と二人は思っていたのだが、

どうやらキズメルは、今後湖畔の隠された小さな家に移るようだ。

指輪さえあればまたいつでも会えると知って、アスナは嬉しそうだった。

 

 

 

 こうして、三層からまたがる二人の特殊キャンペーンは一先ず終わりとなった。

この先の層で続きがあるのかはわからない。

だがそれは二人にとっては大した問題ではないようだ。

シバルリー号は、キズメルに預かってもらえる事になった。

こうして第四層の攻略も、犠牲者を一人も出さずに終了したのだった。




ここまでで、プログレッシヴ要素をからめるのは終了となります

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。