ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2017/10/19 修正


第002話 アルゴさんはリア充?

「リンクスタート」

 

 慣れ親しんだエフェクトと共に、八幡は再びアインクラッドへと降り立った……

 

(あれ、降り立った!?あ、これ、俺がバイトの時使ってた姿か…

ミスったな最初からキャラを作り直すか…つーかこのキャラまだ残ってたのか)

 

 八幡は、やれやれと肩をすくめ、おもむろに自分の姿やステータスを確認し始めた。

 

「名前はそのままハチマンか。ステータスは初期に巻き戻しか……

廃プレイするわけでもないし息抜き程度だからこのままで別にいいか……

しかしあれだ、昨日わくわくしながら徹夜して名前を考えた俺の努力は………」

 

 その時ハチマンは、視界の片隅に、見慣れないエフェクトが表示されているのに気がついた。

 

(運営からのメッセージか、晶彦さんからかな?)

 

 ハチマンがそのメッセージを開いてみると、そこにはこう書いてあった。

 

「君がこのゲームで本物を見つけられる時が来る事を祈る。

すまないとは言わない。君ならわかってくれるはずだ。

お詫びというわけではないが、君が愛用していて製品版には導入できなかった装備を、

なんとか捻じ込んだ。どこかに隠してある。

もし見つける事が出来たなら、活用してくれたまえ。」

 

 本物という言葉に、ハチマンは数日前の事を思い出して身悶えた。

それはもう気持ち悪いくらい身悶えた。

以前茅場と会話した時とは、もうまったく事情が違う。

ハチマンはもう、自分の求める物を、自覚してしまっているからだ。

 

(黒歴史だよなぁ……っと、もう1通あるな…)

 

「君の目を再現するのは中々に大変だった」

 

 2つ目のメッセージを見た瞬間に、ハチマンは、慌てて噴水へと駆け出して、

水面に自分の顔を映してみた。

 

(やはりVRMMOでも、俺の目は腐っているのか……)

 

 残酷な現実に、ガックリとうなだれた後、ハチマンは、

茅場からのメッセージの意味について考えはじめた。

 

(俺の愛用武器っていうとあれか……しかしこの広い世界で簡単に見つかるものでもないし、

見つけられるとも思えない。それよりも、俺ならわかるはず?どういう事だ?

まあ考えていても仕方がない、時間は有限だ)

 

 ハチマンはまず装備を揃えるために、商業区画の露天へと足を向けた。

 

(このあたりは変わってないな、まあ俺がプレイした時にはもう、ほぼ完成してたしな)

 

 ハチマンは、自身のプレイスタイルが、AGI極振りの超近接タイプの為、

とりあえずといった感じで短剣を一振り買うと、

試しに自分が覚えている、いくつかの、短剣ソードスキルの型をなぞってみた。

熟練度が足りず、当然アシストも働かない為、威力は言わずもがなだが、

型だけはちゃんと再現する事が出来たようだ。

 

「ま、こんなもんか。後は防具だが………ぼっち御用達のフーデッドケープは外せないとして、

軽皮鎧でこれとこれ、まあ、資金的にもこんなもんだな」

 

 ハチマンは、満足したように自分の姿を見た後に、限りなく自分の気配を薄くした。

ぼっち必須の隠密スキルである。もちろんスキル外スキルだ。

もっとも効果のほどは、定かではないが、何もしないよりはましのはずである。

そのせいなのか、誰の視線も感じない、さすがぼっち。ぼっちの称号はシステムをも超える。

そしてハチマンは、久しぶりに狩りでもするかと街の外に向かおうとして振り向いたが、

いつの間にか後ろに立っていた人にぶつかり、たたらを踏んだ。

 

「あっ、すすすすみません」

 

 ハチマンは、どもりながら、つい反射で謝ってしまったが、そこである事に気づいて愕然とした。

 

(こいつ、いつから背後にいやがった!?)

 

 ハチマンは後ろに飛びのき、相手をじっと見つめた。いや、じっと見つめようとした。

ハチマンは、他人の目を見ながら話す事にはまだ慣れていない為、

結局目を背ける事になり、更には何も言い出せなかった。

そんなハチマンを見て、気を利かせた訳ではないだろうが、相手が先に喋りだした。

 

「いやーごめんごめん。君が興味深くて、つい近くで観察しちまってたよ。

オレっちは情報屋のアルゴ、何かあれば是非情報屋アルゴをご贔屓にナ」

 

 そんなアルゴの様子をチラチラと伺うハチマンであったが、

こちらも自己紹介をしようとして、アルゴの顔の刺青に気づき、

それに見覚えがあった為、意思とは別に、言葉がつい口をついて出た。

 

「なああんたのその顔、体術スキルのクエストなんか、どこで受けたんだ?

確かあれは、2層のはずだが」

 

 アルゴは内心衝撃を受けた。

体術スキルの情報は、数多いβテスターの中でも、自分以外誰も知らないはずだからだ。

しかしアルゴはそれをおくびにも出さず、脳内で主要なβテスターの情報を検索し始めた。

だがもちろん、該当するプレイヤーは発見できなかった。

そんなアルゴの姿を見てハチマンは、聞こえなかったのかと思い、

今度こそ泣けなしのコミュ力を発揮して自己紹介をした。

 

「えっと、俺の名は……ハチマンだ。よ、よろしく」

 

 アルゴは我に返り、内心の動揺を隠しながら、あくまで自然に見えるように振舞う努力をした。

 

「ハチマン、ねぇ……じゃあハー坊って事で、以後よろしくナ」

 

 今度はハチマンが、別の意味ですさまじい衝撃を受けた。

 

(初対面でいきなりあだ名呼びとか、何こいつアルヶ浜さんなの?

しかもセンス皆無なとこまで一緒かよ)

 

「まあそれよりもサ」

 

 アルゴはいきなりハチマンの耳元に顔を近づけ、囁いた。

 

「ハー坊って何者だい?βテストで見かけた記憶は、オレっちには無いんだけどナ」

 

 その顔の近さに、ハチマンは、ひどく動揺した。

 

(近い!近いから!このままだと惚れちゃうから!

あとどうしてそんな低い声が出せるんですかね、どこかの誰かみたいに!)

 

 ハチマンは、冷や汗をかきながら、あざと生徒会長一色いろはの事を思い出しつつも、

冷静さを保つように深呼吸し、今のやり取りに対して、考えを巡らせた。

 

(情報屋に安易に色々話すのは、多分まずい。とりあえず当たり障りのない事だけ言っとくか)

 

「あ、あー……昔ちょっと茅場晶彦さんの手伝いをした事があるだけなんですよ、

βテストが始まる前ちょこっとですけど」

「別に同じプレイヤーなんだし見た感じ年もそう離れてないだろうから、

敬語なんざ使わなくていいぜハー坊。それにしても、手伝いねぇ……

アーガスの社員さんかなんかカ?」

「職場見学で縁が出来て、ちょっとバイトでβ直前に手伝っただけです……だよ。

βテスターほどの知識は持ってないと思いま……思うぞ、多分」

 

(うん、βテスターの到達階層なんて知らないし、嘘は言ってないな、

持っている情報の、一部しか言ってないだけだ。

まあ実際βテストについては、そこまで詳しい事は知らないしな)

 

 だがアルゴは、その言葉にある程度納得したようだった。

 

「なるほどな、それであの動きか……うん面白い!

今後のためにも良かったらオレっちとフレンド登録してくれないカ?」

 

 そう言ってにこやかに手を差し出してきたアルゴに、ハチマンはまた衝撃を受けたのだった。

 

(何こいつ、いきなり握手とか葉山と同じ人種かのか?って事はリア充なのか?すげえなリア充。

女の子の手を握るとか俺には難易度高すぎなんですけど!

つーか世の中のリア充ってこんな簡単に友達が出来るものなの!?)

 

 その時ハチマンは、ある事に気がついた。

 

(あ、これって別に、中の人も女の子とは限らないんじゃね?MMOだしな。

そもそも俺が、女の子に握手を求められるとかありえないし)

 

 そう考えて、ちょっと緊張がとけたハチマンは、それでも握手するのが気恥ずかしいらしく、

かつて葉山としたように、アルゴの手を叩きながら、こう言った。

 

「オ、オ-ケー、その、よろしくな」

「それじゃ何かあったら連絡してくれヨ!」

 

 そしてハチマンは、手を振って走り去っていくアルゴを、ただ黙って見送ったのだった。

 

(由比ヶ浜と一色と葉山のハイブリッドとか、あのアルゴっての、まじやばいな。

まあでも、三浦や川崎が混じってなくて、本当良かったわ……

あのあたりが混じってたら、あまりの恐怖に一言も喋れなかったまであるな)

 

 そしてハチマンは、気を取り直すと、予定通り、街の外へと向かって歩いていった。

もちろんシステム外隠密スキルを使うのは忘れていない。

繰り返すが、効果の程は謎である。

 

(多少なりとも最近は、噛まずに他人と会話する事はできるようになってるんだよな、

この半年の俺の経験も無駄では無かったって事か。

まあ、一人でいる方が好きなのは、間違いない、はずだ。あいつらさえいなければ……)

 

 街の外に出ると、ハチマンは空いていそうな狩場を見つけ、深呼吸をして武器を構えた。

近くに「キリト」「クライン」と呼び合っている二人組の姿が見えるが、まあ問題はないだろう。

 

「さて、ここからが本当の冒険の始まりだな」


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