ハチマンは、その争う声の元へと近づいた。
どうやらそれは、ドラゴンナイツと解放隊のようだった。
(キバオウと……リンドもいるのか。何を揉めてるんだ?)
「こういうのは先着順だろう?出来ればここは引いてくれないか?」
「先着って言ってもわずか数十秒じゃないか!」
「そうだそうだ!」
「それでも先着は先着だ。道理は守って欲しいな」
「お高くとまってんじゃねーよ!エリート集団が!」
(どうやらキャンペーンクエストの発生ポイントをどっちが使うかでもめてるのか?
確かにどちらかが進行させると、ここのポイントは他の場所に移動するが……
ん?どうやらどっちもギルドクエストを終えて、正式にギルドとして登録したのか)
ハチマンは、二チームの面々がギルドの紋章を付けている事に気が付いた。
そういやギルドクエストはこの層だったかと、ガイドブックの記述を思い出した。
ちょうどその時、道理、という言葉に反応したのか、黙っていたキバオウが叫んだ。
「道理?道理やて?ならワイも言うたるわ。
このクエが階層ボス攻略に必須やっちゅーことを、あんた、ずーっと隠しとったやろ!」
は……?という声が漏れそうになり、ハチマンは思わず自分の口を押さえた。
そんな話はどこにも無かったはずだ。
何より、このクエストを経験済なキリトや、アルゴからもそんな話は聞いていない。
どこかのNPCがそんな事を言ってたのだろうか。
「あんた、このあいだの会議の時にひとっ言も説明せんかったやろが!
それのどこに道理があるっちゅうんや!」
キバオウは、絶対の自信を持って発言しているようだ。
「違う!そんな情報は知らない!俺達がこのキャンペーンを進めているのは、
報酬でギルドを強化するためだ!」
「そないな事信じられるかい!」
二人は相当熱くなっているようだ。このままだとまずい。
仕方なくハチマンは、姿を現す事にした。
「おい、お前ら喧嘩すんな」
「ハチマン君か」
「なんや、最近見かけんと思うとったら、こんなとこにおったんかい」
「事情はよくわからないが、キャンペーン絡みだろ?
俺も今進めているが、そんな話は聞いた事が無いんだが」
その時、解放隊のメンバーから声があがった。ハチマンはその声に聞き覚えがあった。
「俺知ってる!そいついつも陰でこそこそしていい所だけ持ってってるんだ!
そもそもソロでキャンペーンを進められるわけがないだろ!
ここのポイントも横から掻っ攫うつもりに違いないぜ!」
(こいつ、あの時ネズハのせいで死んだ奴がいるって叫んだやつか)
「ジョー、ちっと黙っとれや」
その男は、ジョー、という名前らしい。ハチマンはその名前をしっかりと記憶した。
「ハチマン君はソロじゃないわよ」
そこに、どうやら様子を見に来たらしいアスナが現れた。
アスナの腰に差してあるシバルリック・レイピアが、強烈な存在感を放つ。
その迫力を感じ取ったのか、誰も言葉を発する事が出来なかった。
ハチマンは、その機会を逃さなかった。
「どっちがどっちサイドでのクエストを進めてるのかは知らないが、
もしそんな情報があるっていうなら、二チームともクリアしてみればいいんじゃないのか?
せっかくトップ二人が揃ってるんだし、どっちがその情報を得ても対等の手柄って事で。
こっちも何か情報があったらすぐ伝えると約束する。ちなみにダークエルフシナリオだ」
「うちはダークエルフや」
「こっちはフォレストエルフだな」
「今ここで問題になってるのは、その順番だろ?
こっちには有能な案内人がいるから、数分で次の場所に案内すると約束する。
その上で先着順って事で、この場はドラゴンナイツに場所を譲るってのじゃだめか?」
(さてあいつはまた騒ぐのかな)
ハチマンの思った通り、またあのジョーという男が騒ぎ出した。
「そんなの信じられるか!お前らやっぱりドラゴンナイツと組んでるじゃないか!」
「ジョー、ちっと黙らんかい!」
キバオウは思ったより冷静に見えた。
「次の場所がすぐ分かるっちゅー保証がどこにあるんや」
「今すぐ証明する。キズメル」
ハチマンはキズメルに声をかけた。キズメルは姿を隠すのをやめ、姿を現した。
その瞬間に、ドラゴンナイツから悲鳴があがった。
「なっ、なんだその化け物は!」
「カーソルが黒いぞ……殺される!」
「なんや、そんなにやばいんか?」
「ああ、ここにいる全員でもかなわないんじゃないか?ハチマン君、その人は?」
「俺達と行動を共にしているダークエルフのキズメルだ。
最初の遭遇の時に、フォレストエルフを倒したら、仲間になった」
「君達、あれを倒したのか……?」
嘘だろ、というざわめきが広まる中、ハチマンは言葉を続けた。
「キズメル、今のこの場所みたいな雰囲気の場所、すぐ見つけられるか?」
「たやすい事だ」
「だ、そうだ。これが保証だな」
キバオウは、少し考えていたが、この提案を承諾した。
納得は出来ないが、情報が確実にあるという証拠は提示出来ないからとの事だった。
情報の出元は、案の定、あのジョーという男からの情報であるらしい。
森を探索していた時に会ったNPCに教えてもらったようだ。
迷っていたから場所は特定できないらしい。
(こいつ、わざと色んな対立を煽ってやがるのか?ちょっと気を付けるか……)
解放隊を案内した後キズメルと別れた二人は、久々に街へと戻ってきた。
どうやらリズベットが相当心配していたようで、アスナはすぐリズベットの元へと向かった。
ハチマンはまずアルゴにいくつか質問を送り、キリトに連絡をとった。
キリトは既にこの層の分のキャンペーンは全て終了しているようで、話を聞く事ができた。
「まじか、あれを倒したのか……」
「キリトも実は本気でやれば勝てたんじゃないのか?
俺も最初は適当にやろうと思ってたんだが、アスナが妙に燃えてな……」
「確かに最初からそういうもんだと思っちまってたかもしれないな。先入観って奴か」
「お、すまんちょっと待ってくれ。アルゴからメッセージだ」
そのメッセージを読んだハチマンは、やっぱりかと呟き、キリトとの会話に戻った。
「キリトの時は、キズメルっていう女エルフが最初に出てきたのか?」
「ああ。βで見たのと同じ、キズメルっていうダークエルフだったな」
「それなんだが、どうやらアルゴの情報だと、俺達の後にクエストを開始した奴らは、
キズメルを見ていないらしいんだよな」
「どういう事だ?」
「どうやら、俺達のせいでキズメルが、なんていうかスタンドアローンになった?
とでも言うのか?ダークエルフの戦士は男に代わってるらしいんだよ」
「なるほど……」
「今度キリトにも会ってみて欲しいんだが、どう見てもNPCには見えないんだよ……
受け答えも例えば、お言葉に甘えますって一発で理解してくるみたいな感じでな」
「それじゃまるで、高性能のAIの対応じゃないか」
「ああ。もう色々と普通じゃない」
その後も二人はクエストの内容について情報を交換した。
やはりキズメルルートの内容は、まったく別物のようだった。
そして話が最後のギルド間対立のところにきた時、
「はぁ?ボス攻略に必須な情報?」
「ああ。そんな情報あったか?」
「少なくともダークエルフ側にはそんなものは無かったぞ」
「可能性があるとしたら、俺達のルートって事か」
「その可能性は低いと思うけどな……あるいはキズメルに直接聞いてみた方が、
案外それっぽい情報が聞ける可能性が高いんじゃないか?」
「それは盲点だった……」
そんな時、ハチマンの元にアスナからメッセージが来た。
「アスナが合流するみたいだ。ちょっと待っててくれないか?」
アスナが到着すると、まずハチマンは、
アスナのシバルリック・レイピアをキリトに見てもらう事を提案した。
「これなんだけど」
「これがキズメル限定ルートの過程で完成した武器だな」
「何だこれ、すごいな……」
それは、キリトをして感嘆させる業物であったらしい。
キリトは、もしこれをフルに強化したら、
下手すると十層くらいまで通用するかもしれないと太鼓判を押した。
「そっか。頑張って良かった」
そんなアスナを二人は暖かい目で見ていた。
「それじゃ、とりあえずこっちももう少しで終わると思うから、
そしたら三人で攻略にいこうぜ」
「ネズハ君も一緒に行ければいいんだけどな」
「キャンペーンクエストで多少強化されたから、大丈夫じゃないかな」
「よし、それじゃ落ち着いたらメッセージ入れるわ」
「おう、またな!二人とも!」
「キリト君、またね!」
二人はそのまままた野営地に戻る事にした。
「リズに怒られちゃったよ」
「何日も連絡しなかったのはまずかったな」
「うん、今度からは気を付けるよ」
ギルド間の対立など、問題はいくつか残っていたが、
二人は自分達が出来る事を着実に進めていく。この先に明るい未来が必ずあると信じて。