野営地に案内された二人は、早速司令の元に案内される事となった。
司令の天幕は、物々しい雰囲気に包まれ、その前には、
ダークエルフの衛兵が、薙刀を立てて並んでいた。
「ハチマン君。これ、襲われたりしないよね?」
「まあさすがにそれは大丈夫だろ。
それよりここ、インスタンスマップだと思うが、すげー広いな」
「インス?タンス?」
「ああ、こういうイベントの時とかに一時的に作られるマップでな。
要するに強制的に独立したエリアに移動させられた感じだな」
「それじゃ、今いるここは正確には第三層じゃないんだね」
「そうだな、他のプレイヤーも絶対に入ってこない」
そして二人は、司令の天幕の中に案内された。
「よくぞ我が同胞を助けてくれた、人族の子らよ。心からの感謝を」
司令は物々しく言い、報酬として、いくつかのアイテムが提示された。
二人は迷いながらも、更新が滞っていた軽鎧を選んだようだ。
「さらにこれを。この指輪を持つ者は、この野営地に自由に出入りする事が出来る」
司令はそう言いながら、ダークエルフの紋章の入った二つの指輪を差し出してきた。
ハチマンは、何も考えずに左手の薬指にその指輪をはめようとして、
同じように指輪をどこにはめようか悩んでいるアスナに気付き、狼狽した。
(お揃いの指輪を薬指に付けようとするとか何やってんだ俺は……
ここは無難に人差し指にでも……そう、どうという事はない。
これはお揃いだがただのイベントアイテムだ。恥ずかしいそぶりとかも絶対禁止だ)
ハチマンはそう考え、左手の人差し指に指輪をはめた。
アスナはそれを見習ったのか偶然なのかはわからないが、
同じように左手の人差し指に指輪をはめた。
アスナが特に何とも思っていないようだったので、ハチマンはほっとし、
司令の話の続きを聞く事にした。司令の頭の上には【?】マークが表示されていた。
どうやらクエストの続きが始まったようだ。
「それでは今日は、この天幕を利用してくれ。多少狭いかもしれないが」
クエストは明日開始のようだ。
二人は一度街に戻ろうかと思ったが、キズメルの勧めに従い、
今日はそのまま野営地に泊まる事とした。
キズメルが、風呂もあるぞと言ったのが、どうやら決め手になったようだ。
(同じ天幕か……衝立でも借りてくるか)
案内された天幕は、狭いと言われたがかなりの広さだった。
アスナはキズメルと話したいようで、ハチマンに先に風呂に入るように言ってきた。
ハチマンは大人しく勧めに従い、先に風呂に入る事にした。
ハチマンからすれば、久々の入浴だった。
いくら入浴をする必要がないといっても、たまには湯に浸かりたいものだ。
ハチマンは久々の風呂を堪能し、とてもリラックス出来た。
風呂からあがると、上機嫌で例のドリンクを取り出し、飲み始めた。
キズメルと何か話していたアスナがそれに気付き、欲しがったため、
ハチマンはもう一つ取り出し、アスナに差し出した。
「キズメルと仲良くなったんだな」
「うん!」
「それじゃ俺はあっちの隅で先に寝てるから、アスナも風呂に入ったら好きに寝てくれ」
「わかった!それじゃハチマン君、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
ハチマンは、自分のベッドの横にしっかりと衝立を立てて、
横になりながら今日の出来事について考え始めた。
(これが通常のクエストのルートなのか、俺にはわからないが……
かなり特殊な状況かもしれないな。裏シナリオの可能性もある。
今度先行しているであろうキリト達に会ったら確認してみよう)
そんな事を考えているうちに、いつの間にかハチマンは寝ていたようだ。
風呂からあがったアスナが、布団を掛けてくれた事には気付かないまま、
ハチマンは深い眠りについた。
次の日の朝、キズメルが二人を起こしにきた。
ハチマンは、明るい場所でキズメルを見るのは初めてだと思いながら、
なんとなしにキズメルをじっと見つめていた。
そしてキズメルが、とても綺麗ですごくスタイルがいい事に改めて気が付いた。
「ハチマン君。どこをじっと見ているのかな?」
「お、おう……おはよう」
「む~」
リラックス出来たせいか、二人の目覚めはとても良かったので、
そのまますぐにクエストに出かける事になった。
どうやら西の方に聖樹と呼ばれる木があり、その根元に別の秘鍵があるようだ。
道中では、相変わらずキズメルが一刀で敵を屠り、
その度に勝手に経験値とアイテムが入ってきた。
「楽だけど、これってズルだよね……」
「まあそうなんだが……昨日頑張ったご褒美って事でいいだろ」
「まあそれもそうだね」
遠くに目的の、聖樹らしきものが見えた。
同時にハチマンは、そこに接近するフォレストエルフらしき人影も見つけていた。
「キズメル、あれ、敵じゃないか?」
「そうだな、まずいな。あれを敵に奪われるわけにはいかない。走ろう」
三人は全力で走りだした。それに気付いたのか、敵も全力疾走を始めたようだ。
「俺は足止めしつつ徐々にそっちに後退する。二人は先に鍵を頼む」
「わかった、任せて」
「無理はするなよ、ハチマン」
ハチマンは、自然にキズメルに話しかけている自分に気付いてはいなかった。
実際のところ、キズメルはここまで一度も、
自分をNPCだと思わせるようなそぶりを見せていなかったのだから。
この瞬間、キズメルがNPCだという意識は、二人の中には無かった。
「ハチマン君、見つけたよ!」
アスナが鍵を確保したのを確認したのか、システム的にそういうフラグが立ったためか、
敵はそのまま後退していった。
「ふう、戦闘にならなくて助かったな」
「そうだね、もう一度昨日と同じ事が出来るかどうか、わからないもんね」
「ん、あの敵のいた辺りに、何か落ちてるな」
「何だろうね、これ。鍵?かな?」
それを拾った瞬間、キズメルが二人に話しかけてきた。
「ちょっと待ってくれ二人とも。あっちから同胞の気配を感じる」
気が付くと、キズメルの頭の上に【!】マークが表示されていた。
どうやらこの鍵は、派生クエストの発生アイテムのようだ。
二人はキズメルに案内されて、その方角へと向かった。
一見何も無さそうだったが、調べてみると、木に小さな鍵穴が空いているのを発見した。
「どうやらこれの鍵みたいだね」
鍵穴に鍵を差し込むと、そこに穴が空き、奥に人影が見えた。
どうやらそれは、キズメルの知り合いのようだった。
キズメルがその人物を救出し、この派生イベントは終了となった。
このクエストにはどんな意味があったのだろうか、と考えつつ、
第二のイベントは、こうして思ったよりあっさりとクリア出来た。
「次のクエスト開始にはちょっと時間があるみたいだね。
露店でも見てみる?武器屋さんとかもあるみたいだし」
「そうだな、何か掘り出し物でもあればいいんだが」
二人は空いた時間を、野営地内の散策にあてた。
そこで二人は、この場にはそぐわない、おかしな装備を見つけた。
「ねぇ……これって水着じゃない?」
「ああ。なんつーか……これだけここで浮いてるよな」
「あからさまに怪しいよね」
「もしかしたら水に入らないといけない事でもあるのかもな。一応買っておくか?」
「そうだね……なんでも備えはあった方がいいよね」
二人が水着を買うと、ちょうどキズメルが近づいてきた。
どうやら次のクエストが開始されるようだ。
次は東の大樹近くにある、敵の拠点への潜入クエストであるようだ。
どうやらダークエルフは、姿を一定時間隠せる装備を持っているらしい。
発動にはダークエルフの持つ何らかの力が必要のようなので、
それを一時的に借りたプレイヤーが、街で悪用する事は出来ないようだ。
拠点に侵入し、姿隠しの効果が切れるまでの間に、
次の秘鍵を見つけて持ち出せばクリアとなるようだ。
このクエストは、終わってみればハチマンの独壇場であった。
観察力に優れるハチマンは、あっさりと目的の鍵を見つけ出した。
キズメルは、ハチマンを賞賛した。
「ハチマンは、人族なのにすごい実力を持っているのだな」
「お、おう……褒めても何も出ないけどな」
「ハチマン君、さすがにそれは理解できないんじゃないかな……」
ところが驚いた事にキズメルは、そんなハチマンの言葉にもしっかりと対応してきた。
「はは、謙遜する事はないぞ。素直に関心するよ、ハチマン」
「まじか……アスナ、俺にはもうキズメルがNPCだとはまったく思えないんだが」
「うん、私ももうキズメルは、普通に仲間の人だと思う事にするよ……」
こうして第三のクエストまであっさりとクリアした三人は、
再び司令に謁見し、報酬として、かなりの量の各種素材とコルと、
それとは別に、幹部専用の露天風呂の使用許可をもらった。
どうやら秘鍵は全部で三つのようで、これで全て揃った事になる。
次のクエスト開始は、明日の朝のようだ。
「露天風呂の使用許可、か。アスナには嬉しいんじゃないか?」
「うん。素直に嬉しい」
そんな時キズメルが、とんでもない事を言いだした。
「私にも許可が出たから、三人で一緒に入らないか?」
二人は固まってしまった。それはさすがに断ろうと思ったのだが、
「私は嬉しいのだ。こうして人族の二人と共に手を取り合い、
そして共に仲間を救い、秘鍵を三つも手に入れられた事が。
是非今まで以上に二人と交流を深めたいと思うのだが、どうだろうか」
二人は、明らかに他意の無さそうな、キズメルの純粋な願いを断るのも躊躇われ、
さりとてどうしたものかと頭を悩ませていたが、そこでアスナが昼間の事を思い出した。
「そうだ!ハチマン君、水着だよ水着!
キズメルにも水着を着てもらえば、それで問題ないんじゃないかな?」
「水着か……確かにあったな……仕方ないか、もうそれしかないな」
(俺にはそれでもハードルが高すぎるんですけどね……)
「うん、恥ずかしいからあんまり見ないでね」
「ああ、もちろんだ」
露天風呂は、思ったほど広くはなかった。
まずハチマンが先に入り、二人のいる方向に背を向けた。
二人が入ってくる気配がして、ハチマンは身を固くした。
「水着を着て風呂に入るとは、人族の慣習とは不思議なものだな」
「そ、そうなの。人族の慣習なんだ」
アスナは必死でごまかそうとしていた。
ハチマンは絶対にそちらを見ないように、知らんぷりをしていた。
「ところで水着を着たのは初めてなのだが、似合っているだろうか、ハチマン」
「そうなのか?」
そのキズメルの問いかけに、反射でくるっと振り向いてしまったハチマンの目に、
二人の水着姿が飛び込んできた。
キズメルは紫のビキニ、アスナは、白いワンピースタイプの水着だった。
ハチマンは、目を泳がせながらもそれに答えた。
「よ……よく似合ってるぞ」
それだけ何とか言い終えると、ハチマンは再び二人から目を背けた。
ちらっと見えたアスナの顔は真っ赤になっていた。
申し訳ない事をしてしまったとハチマンは思い、アスナに声をかけた。
「アスナ、その、つい反射で振り向いちまった……すまん」
「う、うん。今のは仕方ないんじゃないかな。で、その……似合ってるかな?」
「す、すごい似合ってたぞ」
「あ、ありがとう」
アスナの表情は見えなかったが、どうやら怒ってはいないようで、ハチマンは安堵した。
ふと上を見ると、空は真っ暗だった。
(そういえば、アインクラッドの空には星は無いんだったな)
どうやらアスナも同じ事を考えていたらしく、少し残念そうな顔をしているのが見えた。
「ハチマン君、いつかみんなで一緒に星空を見られればいいね」
「ああ」
三人の時は穏やかに流れていき、
こうしてキャンペーンクエスト二日目の夜は、静かに更けていった。