ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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第023話 星の無い空

 野営地に案内された二人は、早速司令の元に案内される事となった。

司令の天幕は、物々しい雰囲気に包まれ、その前には、

ダークエルフの衛兵が、薙刀を立てて並んでいた。

 

「ハチマン君。これ、襲われたりしないよね?」

「まあさすがにそれは大丈夫だろ。

それよりここ、インスタンスマップだと思うが、すげー広いな」

「インス?タンス?」

「ああ、こういうイベントの時とかに一時的に作られるマップでな。

要するに強制的に独立したエリアに移動させられた感じだな」

「それじゃ、今いるここは正確には第三層じゃないんだね」

「そうだな、他のプレイヤーも絶対に入ってこない」

 

 そして二人は、司令の天幕の中に案内された。

 

「よくぞ我が同胞を助けてくれた、人族の子らよ。心からの感謝を」

 

 司令は物々しく言い、報酬として、いくつかのアイテムが提示された。

二人は迷いながらも、更新が滞っていた軽鎧を選んだようだ。

 

「さらにこれを。この指輪を持つ者は、この野営地に自由に出入りする事が出来る」

 

 司令はそう言いながら、ダークエルフの紋章の入った二つの指輪を差し出してきた。

ハチマンは、何も考えずに左手の薬指にその指輪をはめようとして、

同じように指輪をどこにはめようか悩んでいるアスナに気付き、狼狽した。

 

(お揃いの指輪を薬指に付けようとするとか何やってんだ俺は……

ここは無難に人差し指にでも……そう、どうという事はない。

これはお揃いだがただのイベントアイテムだ。恥ずかしいそぶりとかも絶対禁止だ)

 

 ハチマンはそう考え、左手の人差し指に指輪をはめた。

アスナはそれを見習ったのか偶然なのかはわからないが、

同じように左手の人差し指に指輪をはめた。

アスナが特に何とも思っていないようだったので、ハチマンはほっとし、

司令の話の続きを聞く事にした。司令の頭の上には【?】マークが表示されていた。

どうやらクエストの続きが始まったようだ。

 

「それでは今日は、この天幕を利用してくれ。多少狭いかもしれないが」

 

 クエストは明日開始のようだ。

二人は一度街に戻ろうかと思ったが、キズメルの勧めに従い、

今日はそのまま野営地に泊まる事とした。

キズメルが、風呂もあるぞと言ったのが、どうやら決め手になったようだ。

 

(同じ天幕か……衝立でも借りてくるか)

 

 案内された天幕は、狭いと言われたがかなりの広さだった。

アスナはキズメルと話したいようで、ハチマンに先に風呂に入るように言ってきた。

ハチマンは大人しく勧めに従い、先に風呂に入る事にした。

ハチマンからすれば、久々の入浴だった。

いくら入浴をする必要がないといっても、たまには湯に浸かりたいものだ。

ハチマンは久々の風呂を堪能し、とてもリラックス出来た。

風呂からあがると、上機嫌で例のドリンクを取り出し、飲み始めた。

キズメルと何か話していたアスナがそれに気付き、欲しがったため、

ハチマンはもう一つ取り出し、アスナに差し出した。

 

「キズメルと仲良くなったんだな」

「うん!」

「それじゃ俺はあっちの隅で先に寝てるから、アスナも風呂に入ったら好きに寝てくれ」

「わかった!それじゃハチマン君、おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

 

 ハチマンは、自分のベッドの横にしっかりと衝立を立てて、

横になりながら今日の出来事について考え始めた。

 

(これが通常のクエストのルートなのか、俺にはわからないが……

かなり特殊な状況かもしれないな。裏シナリオの可能性もある。

今度先行しているであろうキリト達に会ったら確認してみよう)

 

 そんな事を考えているうちに、いつの間にかハチマンは寝ていたようだ。

風呂からあがったアスナが、布団を掛けてくれた事には気付かないまま、

ハチマンは深い眠りについた。

 

 

 

 次の日の朝、キズメルが二人を起こしにきた。

ハチマンは、明るい場所でキズメルを見るのは初めてだと思いながら、

なんとなしにキズメルをじっと見つめていた。

そしてキズメルが、とても綺麗ですごくスタイルがいい事に改めて気が付いた。

 

「ハチマン君。どこをじっと見ているのかな?」

「お、おう……おはよう」

「む~」

 

リラックス出来たせいか、二人の目覚めはとても良かったので、

そのまますぐにクエストに出かける事になった。

どうやら西の方に聖樹と呼ばれる木があり、その根元に別の秘鍵があるようだ。

道中では、相変わらずキズメルが一刀で敵を屠り、

その度に勝手に経験値とアイテムが入ってきた。

 

「楽だけど、これってズルだよね……」

「まあそうなんだが……昨日頑張ったご褒美って事でいいだろ」

「まあそれもそうだね」

 

 遠くに目的の、聖樹らしきものが見えた。

同時にハチマンは、そこに接近するフォレストエルフらしき人影も見つけていた。

 

「キズメル、あれ、敵じゃないか?」

「そうだな、まずいな。あれを敵に奪われるわけにはいかない。走ろう」

 

 三人は全力で走りだした。それに気付いたのか、敵も全力疾走を始めたようだ。

 

「俺は足止めしつつ徐々にそっちに後退する。二人は先に鍵を頼む」

「わかった、任せて」

「無理はするなよ、ハチマン」

 

 ハチマンは、自然にキズメルに話しかけている自分に気付いてはいなかった。

実際のところ、キズメルはここまで一度も、

自分をNPCだと思わせるようなそぶりを見せていなかったのだから。

この瞬間、キズメルがNPCだという意識は、二人の中には無かった。

 

「ハチマン君、見つけたよ!」

 

 アスナが鍵を確保したのを確認したのか、システム的にそういうフラグが立ったためか、

敵はそのまま後退していった。

 

「ふう、戦闘にならなくて助かったな」

「そうだね、もう一度昨日と同じ事が出来るかどうか、わからないもんね」

「ん、あの敵のいた辺りに、何か落ちてるな」

「何だろうね、これ。鍵?かな?」

 

 それを拾った瞬間、キズメルが二人に話しかけてきた。 

 

「ちょっと待ってくれ二人とも。あっちから同胞の気配を感じる」

 

 気が付くと、キズメルの頭の上に【!】マークが表示されていた。

どうやらこの鍵は、派生クエストの発生アイテムのようだ。

二人はキズメルに案内されて、その方角へと向かった。

一見何も無さそうだったが、調べてみると、木に小さな鍵穴が空いているのを発見した。

 

「どうやらこれの鍵みたいだね」

 

 鍵穴に鍵を差し込むと、そこに穴が空き、奥に人影が見えた。

どうやらそれは、キズメルの知り合いのようだった。

キズメルがその人物を救出し、この派生イベントは終了となった。

このクエストにはどんな意味があったのだろうか、と考えつつ、

第二のイベントは、こうして思ったよりあっさりとクリア出来た。

 

「次のクエスト開始にはちょっと時間があるみたいだね。

露店でも見てみる?武器屋さんとかもあるみたいだし」

「そうだな、何か掘り出し物でもあればいいんだが」

 

 二人は空いた時間を、野営地内の散策にあてた。

そこで二人は、この場にはそぐわない、おかしな装備を見つけた。

 

「ねぇ……これって水着じゃない?」

「ああ。なんつーか……これだけここで浮いてるよな」

「あからさまに怪しいよね」

「もしかしたら水に入らないといけない事でもあるのかもな。一応買っておくか?」

「そうだね……なんでも備えはあった方がいいよね」

 

 二人が水着を買うと、ちょうどキズメルが近づいてきた。

どうやら次のクエストが開始されるようだ。

次は東の大樹近くにある、敵の拠点への潜入クエストであるようだ。

どうやらダークエルフは、姿を一定時間隠せる装備を持っているらしい。

発動にはダークエルフの持つ何らかの力が必要のようなので、

それを一時的に借りたプレイヤーが、街で悪用する事は出来ないようだ。

拠点に侵入し、姿隠しの効果が切れるまでの間に、

次の秘鍵を見つけて持ち出せばクリアとなるようだ。

 

 

 

 このクエストは、終わってみればハチマンの独壇場であった。

観察力に優れるハチマンは、あっさりと目的の鍵を見つけ出した。

キズメルは、ハチマンを賞賛した。

 

「ハチマンは、人族なのにすごい実力を持っているのだな」

「お、おう……褒めても何も出ないけどな」

「ハチマン君、さすがにそれは理解できないんじゃないかな……」

 

 ところが驚いた事にキズメルは、そんなハチマンの言葉にもしっかりと対応してきた。

 

「はは、謙遜する事はないぞ。素直に関心するよ、ハチマン」

「まじか……アスナ、俺にはもうキズメルがNPCだとはまったく思えないんだが」

「うん、私ももうキズメルは、普通に仲間の人だと思う事にするよ……」

 

 こうして第三のクエストまであっさりとクリアした三人は、

再び司令に謁見し、報酬として、かなりの量の各種素材とコルと、

それとは別に、幹部専用の露天風呂の使用許可をもらった。

どうやら秘鍵は全部で三つのようで、これで全て揃った事になる。

次のクエスト開始は、明日の朝のようだ。

 

「露天風呂の使用許可、か。アスナには嬉しいんじゃないか?」

「うん。素直に嬉しい」

 

 そんな時キズメルが、とんでもない事を言いだした。

 

「私にも許可が出たから、三人で一緒に入らないか?」

 

 二人は固まってしまった。それはさすがに断ろうと思ったのだが、

 

「私は嬉しいのだ。こうして人族の二人と共に手を取り合い、

そして共に仲間を救い、秘鍵を三つも手に入れられた事が。

是非今まで以上に二人と交流を深めたいと思うのだが、どうだろうか」

 

 二人は、明らかに他意の無さそうな、キズメルの純粋な願いを断るのも躊躇われ、

さりとてどうしたものかと頭を悩ませていたが、そこでアスナが昼間の事を思い出した。

 

「そうだ!ハチマン君、水着だよ水着!

キズメルにも水着を着てもらえば、それで問題ないんじゃないかな?」

「水着か……確かにあったな……仕方ないか、もうそれしかないな」

 

(俺にはそれでもハードルが高すぎるんですけどね……)

 

「うん、恥ずかしいからあんまり見ないでね」

「ああ、もちろんだ」

 

 露天風呂は、思ったほど広くはなかった。

まずハチマンが先に入り、二人のいる方向に背を向けた。

二人が入ってくる気配がして、ハチマンは身を固くした。

 

「水着を着て風呂に入るとは、人族の慣習とは不思議なものだな」

「そ、そうなの。人族の慣習なんだ」

 

 アスナは必死でごまかそうとしていた。

ハチマンは絶対にそちらを見ないように、知らんぷりをしていた。

 

「ところで水着を着たのは初めてなのだが、似合っているだろうか、ハチマン」

「そうなのか?」

 

 そのキズメルの問いかけに、反射でくるっと振り向いてしまったハチマンの目に、

二人の水着姿が飛び込んできた。

キズメルは紫のビキニ、アスナは、白いワンピースタイプの水着だった。

ハチマンは、目を泳がせながらもそれに答えた。

 

「よ……よく似合ってるぞ」

 

 それだけ何とか言い終えると、ハチマンは再び二人から目を背けた。

ちらっと見えたアスナの顔は真っ赤になっていた。

申し訳ない事をしてしまったとハチマンは思い、アスナに声をかけた。

 

「アスナ、その、つい反射で振り向いちまった……すまん」

「う、うん。今のは仕方ないんじゃないかな。で、その……似合ってるかな?」

「す、すごい似合ってたぞ」

「あ、ありがとう」

 

 アスナの表情は見えなかったが、どうやら怒ってはいないようで、ハチマンは安堵した。

ふと上を見ると、空は真っ暗だった。

 

(そういえば、アインクラッドの空には星は無いんだったな)

 

 どうやらアスナも同じ事を考えていたらしく、少し残念そうな顔をしているのが見えた。

 

「ハチマン君、いつかみんなで一緒に星空を見られればいいね」

「ああ」

 

 三人の時は穏やかに流れていき、

こうしてキャンペーンクエスト二日目の夜は、静かに更けていった。


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