ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


第230話 男達の夜

「この裏切り者どもめ……」

「おっ、八幡、また来たのか?実はお前、温泉好きだったんだな」

「裏切り者だなんてひどいなぁ、そもそも僕達が、

いつから君の味方だと錯覚していたんだい?」

「そうそう、俺達が、陽乃さんに逆らえる訳が無いじゃないかよ」

「ぐっ……俺もそうだから、何も言えん……」

 

 再び温泉に現れた八幡に、和人と菊岡はそう言い、八幡は肩を落としながらそう答えた。

八幡は黙ってシャワーで汗を流し、そのまま湯船に入り、和人の隣に座った。

 

「ふ~……しんどかった……」

「お疲れ様、八幡君」

「何だよ、本当に疲れてるみたいだな、そんなにひどかったのか?」

「いや、まあ、姉さんも照れ隠しでわざと乱暴に振舞ってる部分もあったみたいだから、

これも弟の努めだ、まあ問題ない」

「へぇ、あの陽乃さんがねぇ」

 

 和人が意外そうにそう言った。そしてその事で何か思いついたのか、続けてこう言った。

 

「そういえば八幡は、ソレイユの社長になるのか?寝耳に水だったから少し驚いたよ」

「そうだな……何か流されているような気がしないでもないんだが、

背負うって言っちまったからなぁ……」

 

 八幡の脳裏には、あの日の夜の、薔薇の言葉が浮かんでいた。

 

『拾った子犬なら、餌くらいやりなさいよ!』

 

 そして八幡は、自嘲ぎみに和人に言った。

 

「拾った子犬には、餌をやらないといけないからな」

「何だよそれ、意味が分からないぞ」

「この前薔薇が、俺にそう言ってきたんだよ。そして俺は、背負う覚悟を決めた訳だ。

しかしまあ、あの時は社長としてだなんて、まったく考えてはいなかったんだけどな」

「薔薇って、あのロザリアだよな?あいつがねぇ……変われば変わるもんだよな」

 

 そして和人は、何か思う所でもあったのか、少し考えた後にこう言った。

 

「ところで八幡はさ、狼に餌はやらないのか?」

「狼か……」

 

 八幡は和人の目をじっと見つめながら、こう答えた。

 

「狼は縛れないだろ。まあ、もちろん向こうから懐いてきてくれるなら、

喜んで餌をやるつもりなんだけど、な」

「なるほど、飼うつもりはあるんだな」

「そうなったらまあ、放し飼いだけどな」

 

 その八幡の言葉に、和人はニヤリとした。

 

「放し飼いにするつもりなのか?」

「狼を鎖に繋いでも、狼の長所を殺すだけだろうさ」

「狼は別に、鎖に繋がれてもいいと思ってるかもしれないぞ」

 

 八幡はその和人の言葉を聞くと、スッと目を細めて、真顔でこう言った。

 

「何?お前実はドMなの?」

「おいい?せっかく今、ハードボイルドで大人な感じの雰囲気だったのに、

何でいきなり素に戻ってんだよ!今は俺の就職の話だろうが!」

「落ち着け和人、お前も身も蓋もなく、ストレートに言っちまってるぞ」

 

 その和人の抗議にそう答えた後、八幡はまったく違う事を言った。

 

「もしかしたら、熊猫も来るかもしれないな」

「うわ、今会議中に、ふんぞり返る八幡の横で、辣腕を振るう熊猫の姿が目に浮かんだぞ。

大丈夫か?お前、あの二人の尻に敷かれるんじゃないか?あ、明日奈を入れれば三人か」

「まあ、そこらへんは上手く仕切ってみせるさ」

「まあ、実はまったく心配無いんだろうけど、一応頑張れって言っておくか。

本当に困ってたら俺が助けてやるから」

「ああ」

 

 そう言うと和人は右手の拳を上げ、八幡はその拳を、自分の拳でコツンと叩いた。

その二人の姿を見ていた菊岡は、羨ましそうな表情をしながらも、おずおずと八幡に言った。

 

「えっと、八幡君さ、狐にも餌を与える気はないかい?」

「狐はいらないです、狸と化かし合いでもしてて下さい。

その方が、うちにとっては都合がいいんで」

「まあ、そうだよね。うん、ちょっと聞いてみただけだから……」

 

 菊岡は、その答えを予想していたようだったが、あからさまに落ち込んだ様子で言った。

 

「菊岡さんは、役職的にはかなり上のはずですよね?それなのに、何でうちに?」

「……各方面からのプレッシャーがきついんだ。

今回も厚労省から、早く何とかしろ何とかしろって無言の圧力が凄かったんだよ?

幸い上手く解決したから良かったけど、最近はそのせいで、ちょっと胃が痛くてね」

「その割には、いつも飄々としてるように見えますけどね」

 

 その和人の言葉に、菊岡は胃を押さえながら言った。

 

「表面上はそう見せてないと、どんどん要求が激しくなってきちゃうから、

そこらへんはまあ、ね」

「菊岡さんも、苦労してるんですね」

 

 和人は気の毒そうに菊岡にそう言った。菊岡は頭をかきながら、

そんな和人に笑顔を向けたが、そんな二人に、八幡は淡々とこう言った。

 

「まあ今回の事で、和人と菊岡さんが、

姉さんにこき使われたいドMだという事はとても良く理解しました」

「ちょっ……」

「こっちに飛び火した!?」

「だって、そういう事になるじゃないですか」

 

 八幡は、ニヤニヤしながら菊岡にそう言い、菊岡は慌てて反論した。

 

「たっ、確かにそうかもしれないけど、僕はあくまで、君との関係を大切にしてるんだ」

「そ、そうだぞ八幡、これは友情だ、友情!」

「やだなぁ、冗談ですってば。菊岡さんには本当に感謝してますし、

俺、菊岡さんの事、すごく好きですよ。

それに和人とは、一生一緒にいる事になるだろうなって思ってますよ」

 

 二人はその言葉に少しうるっときたのか、八幡の手を握ってこう言った。

 

「八幡君……僕も同じように思ってるからね!」

「八幡、俺達、これからもずっと一緒だぞ!」

 

 八幡は、そんな二人に笑顔で言った。 

 

「だからちゃんと、二人の性癖の事は秘密にしておきますから、心配しないでいいですよ」

「違うからね!?」

「今すごくいい場面だっただろ、ぶち壊しだよ!」

 

 こうして二人との友情を深めつつ、八幡のこの日の夜は終了した。そして次の日の朝。

 

「八幡君、僕は他の人達が来るのを待たないといけないから、ここで一旦お別れだね」

「はい、菊岡さん、後はお任せしますね」

「凛子、とりあえずあなたの住む所は用意しておくから、

面倒臭い事は全部菊岡さんに押し付けてさっさと合流するのよ」

「ちょっ」

「分かったわ、お世話になるわね、陽乃」

 

 菊岡が何か声を上げかけたが、二人はそれを無視して会話を続けた。

八幡は、そんな陽乃と凛子の様子に少し驚いた。

 

「昨日の夜は睨み合ってたのに、二人は随分仲良くなったんですね」

「それはまあ、昨日友達になったしね」

「なるほど」

 

 その凛子の言葉を受け、昨夜の二人の様子を思い出した八幡は、

改めて陽乃の顔をまじまじと見つめた。その視線を受け、陽乃はあっさりとこう言った。

 

「ほら、お姉ちゃんって、誰とでもすぐに心から本当の友達になっちゃう性質だから」

「すみません、今までの自分の行いを思い返してから、もう一度発言してもらえますかね」

「ん~?」

 

 陽乃は頬に人差し指を当て、何度かトントンとした後、再び笑顔で言った。

 

「ほら、お姉ちゃんって、誰とでもすぐに心から本当の友達になっちゃう性質だから」

「友達いない癖に、見栄ばっか張ってんじゃねえっつってんだよ!」

 

 八幡は即座に突っ込み、それを聞いた陽乃は、頬をぷくっと膨らませながら反論した。

 

「ひど~い、八幡君、お姉ちゃんにだって、友達くらいいるわよ!」

「その分厚い強化外骨格に頼らなくていい友達は、何人いるんですか?」

 

 陽乃は、少し考えた後にこう答えた。

 

「明日奈ちゃん」

「それはカテゴリーとしては、妹ですね」

「雪乃ちゃん」

「それは正真正銘の妹です。後、ギルドメンバー以外でお願いします」

「薔薇」

「それは下僕以外の何者でもないですね」

「エルザちゃん」

「それは信者ですね、友達では無いです。向こうもそうは思っていないはずです」

 

 陽乃は更に頬をぷくっと膨らませ、八幡に言った。

 

「もう~、八幡君は、心が狭いなぁ」

「陽乃さんの友人関係よりは広いですよ」

 

 陽乃は悔しそうに八幡を見つめていたのだが、何か思いついたのか、真顔でこう言った。

 

「分かったわよ、友達ね。それじゃあえっと、やっぱり八幡君」

「だからギルドメンバー以外だとあれほど」

「八幡君」

「いや、だからですね」

「八幡君」

「え~っと……」

 

 予想外の展開に口ごもる八幡の頬を、そっと両手で挟み込み、

八幡の目をすぐ近くで見つめながら、陽乃は言った。

 

「八幡君が、私の一番の友達よ」

「えっと……ぁぅ……はい」

「よっしゃあ、私の勝ち!」

 

 八幡が目を伏せ、肯定した瞬間、陽乃はガッツポーズをした。

 

「姉さん、相変わらずの魔王パワープレイだね!」

「俺、八幡がこんなに簡単に負けるとこ、初めて見たよ」

「見事な逆転勝利でしたねぇ」

「二人は思った以上に仲良しさんなのね」

「凛子さん、それじゃあ先に帰って待ってますね、菊岡さん、凛子さんの事、お願いします」

 

 八幡は照れ隠しなのか、突然そう言い、キットの運転席に乗り込んだ。

そんな八幡の姿を見た五人は、含み笑いをした。

 

「八幡君、照れてるみたい」

「どう凛子、八幡君ってかわいいでしょ?」

「これは一刻も早く、合流して仲間に入れてもらわないといけないわね」

「お、おい八幡、帰りも俺を運転席に乗せてくれよ、ジャンケンだ、ジャンケン!」

「それじゃあ、こちらの事は任されました」

 

 ちなみにこの後のジャンケンでは、見事に和人が勝利した。

こうして帰りも運転席に座る事となった和人は、すっかりキットと仲良しになった。

 

「和人もまだまだ子供だな」

「ほらほら八幡君、姉さんに負けたからって、すねないの」

「明日奈、俺は負けてない。ちょっと姉さんに華を持たせただけだ」

「はいはい」

 

 明日奈はそう言うと、そっと八幡の肩に頭を乗せた。

八幡はまだ悔しいのか、明日奈が頭を乗せやすいように、肩の高さを調節しつつも、

少しすねた顔で、じっと窓の外を見つめていた。そんな八幡に明日奈が囁いた。

 

「帰ったら、今度は京都だね」

 

 八幡はその言葉を受け、明日奈の方を見ながら言った。

 

「材料は一応確保出来たし、章三さん達の予定が空き次第、

結城本家にしがらみを絶ちにいくぞ、明日奈」

「うん、ありがとう、八幡君」

 

 こうして無事に、メディキュボイドを凛子とセットで入手した八幡は、

京都にある結城本家へと、いよいよ乗り込む事となった。

 

 

 

その帰り道の事である。トイレ休憩の為に寄った高速のインターで、

突然八幡の携帯が鳴った。ちなみに今車内にいるのは八幡だけであった。

そこに表示されている名前は、『拾った子犬』となっており、八幡は、何だろうと思いつつ、

スマホの通話ボタンを押した。

 

「どうした薔薇、何かあったのか?」

「一応連絡しておこうと思って。ゼクシードが、シャナの首に賞金を掛けたわ。

酒場で仲間を集めて、シャナ達を襲撃しようとしているの」




最後にしれっと。

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