「どうだ明日奈、何が作れそうだ?」
「う~ん、この材料だと、カレー……?」
「いいんじゃないか?キャンプみたいで楽しそうだし」
「まあ、他の選択肢は、ほとんど無いんだけどね」
どうやら今夜のメニューは、ストックしてある食材から考えると、カレーになるようだ。
そして八幡と和人は、明日奈の指示に従って食材のカットを始めた。
二人とも、案外慣れた手付きで上手に包丁を使っている。
この辺りは、二人がソロ志向な事も関係しているのかもしれない。
まあ要するに、家に一人でいる事が多いというだけの話である。
「さて、後は煮込むだけだね。とりあえずちょっと休憩しようか」
その明日奈の言葉に、和人はこう言った。
「それじゃあここは俺が見てるから、八幡と明日奈は外でも散歩してきたらどうだ?」
「そうか?それじゃあ明日奈、ちょっと外に出てみるか?」
「そうだね、それじゃ和人君、少しの間、ここをお願いね」
そして二人は和人の言葉に従い、外に出る事にした。
空には満天の星が広がっており、八幡と明日奈はその光景に感動した。
「綺麗……」
「まあ関東に住んでると、こんな星空は見えないよな」
「見える場所もあるんだろうけどね」
そう言って明日奈はクスリと笑った後、くしゃみをした。
「ちょっと寒いか?昼は暖かいのに、夜は思ったより冷えるんだな」
「そういえば、以前軽井沢に行った時、真夏だったけど、夜はひんやりしてた気がする」
「標高が高いとこうなのかもな。ほら、明日奈」
八幡はそう言うと、ジャケットを脱ぎ、明日奈を抱き寄せると、
二人の肩にジャケットがかかるようにした。
「少し短いけど多少違うだろ」
「大丈夫、八幡君が暖かいから平気」
明日奈は少し紅潮した顔で、八幡にそう言った。
「アインクラッドだと星空は見えないんだよな。あれはあれで嫌いじゃないが、
やっぱりこうして星空を見ると、現実に帰ってきたって実感するよな」
「さっきあんな話をしちゃった後だと、余計にね」
「そうだな……」
二人はそう言いながら、そのまま星空を眺め続けた。
と、その時、一筋の流れ星が見え、八幡と明日奈は咄嗟にこう言った。
「ずっと明日奈と一緒にいられますように」
「ずっと八幡君と一緒にいられますように」
二人はそう言うと、顔を見合わせてくすりと笑った。
「三回言わないといけないんだっけ?」
「二人で二回は言った訳だし、もう一回くらいはおまけしてくれるだろ」
二人は再びクスリと笑い、明日奈は幸せそうに八幡に寄り添った。
「そういえば、さっき軽井沢に行ったって言ったじゃない。
その時は、丁度流星群が来てたんだよね」
「おお、どうだった?綺麗だったか?」
「うん、後から後からこう、流星が流れてきてね、本当にすごかった」
明日奈はそう言うと、楽しそうに手を振り、そのせいか、少しよろけた。
「きゃっ」
「おっと」
そんな明日奈を八幡は咄嗟に支え、そのせいで二人の顔が急接近した。
そして明日奈はそっと目を瞑り、八幡は、そんな明日奈にそっとキスをした。
二人はしばらくそのままでいたが、やがてどちらからともなく離れると、
再び明日奈は八幡に寄り添った。
「八幡君、えっと……愛してるよ」
「ああ、俺も愛してるよ、明日奈」
二人はそう言うと、もう一度軽いキスを交わした。
「そろそろ戻ろっか、和人君も待ってるだろうしね」
「そうするか。そうだ明日奈、今度二人きりで、流星群がいつ来るか調べて、
どこかに見に行かないか?」
「いいの?やった!車もあるし、タイミングさえ合えばどこでも行けそうだね。
あ、ねぇ八幡君、私、ユイちゃんとキズメルにもこの星空を見せてあげたい」
その明日奈の言葉を聞いた八幡は、盲点を突かれたのか、こう言った。
「そういえばあの二人は、星空を見た事なんか無いのかもしれないな」
「だよね、アインクラッドからは星空は見えないしね」
「何かいい方法は無いか、和人に相談してみるか」
「うん!」
そして二人は、台所で待っている和人の所へと向かった。
和人は二人を見ると、からかうようにこう言った。
「おい八幡、唇に口紅が付いてるぞ」
それを聞いた明日奈はドキっとしたが、八幡はまったく動じず、平然と言った。
「残念だったな和人、明日奈は口紅なんか使わなくても美人だから、
普段は口紅は使ってないんだよ。まあリップクリームは付けてるけどな」
「くっ……」
「まだまだ甘いな、和人」
「くそー、せっかくさっきの仕返しが出来ると思ったのに」
和人は悔しそうにそう言った。そんな和人に、八幡は言った。
「なぁ和人、ちょっと相談があるんだが」
そして八幡は、さっき明日奈と話した事を和人に相談した。
「実際に姿を映すとかじゃなければ、カメラとマイク、それにスピーカーさえあれば、
難しくはない気もするな。要はゲームの中と、直接会話出来る何かがあればいいんだよな」
「そういう事になるな」
「ちょっと考えてみるよ、アルゴとかにもアドバイスをしてもらえば、問題なさそうだし」
「すまんが宜しく頼む」
「任せとけって。しかしそれは盲点だったな、確かにユイちゃんやキズメルは、
星空ってものを、見た事が無いかもしれない」
そう言って和人は、窓から星空を眺めた。
「この景色、あの二人に見せてあげたいよな」
「うん、きっと感動するんじゃないかなって思うの」
「二人は本当に優しいよな」
和人はそう言って二人に微笑んだ。
そしてカレーもいい感じに完成し、明日奈に配膳を任せ、和人は菊岡を、
八幡は陽乃と凛子を呼びに向かった。その八幡の耳に、こんな言葉が飛び込んできた。
「ねぇ、それじゃあ陽乃、良かったら、私の友達になってくれない?」
その後、出るに出られず、黙って二人の会話を聞いていた八幡は、
どうやら二人が友達になったのだと理解し、心の中で二人を祝福した。
(二人とも友達はいなさそうだし、まあ良かったんだろうな)
そして八幡は、二人の会話が終わったタイミングを見計らい、
何気ない態度で二人を呼び、そして五人は、雑談をしながら楽しく食事をした。
「ふう~、食べた食べた、もうお腹いっぱい。
相変わらず明日奈ちゃんは、料理が上手よねぇ」
「ありがとう姉さん」
「ちなみにこれが、比企谷家の味なのかな?」
八幡は陽乃にそう言われ、少し考えた後、こう言った。
「確かにそう言われるとそうかもしれませんね。いつもうちで食べてる味です」
それを聞いた明日奈はガッツポーズをし、陽乃はそれを見てクスリと笑った。
「良かったわね明日奈ちゃん、八幡君のお墨付きが出たわよ」
「姉さん、私やったよ!」
「うんうん、えらいえらい」
陽乃はそう言って、明日奈の頭を優しくなでた。
「さて、後はお風呂なんだけど、男女で分ける?それとも一緒に入る?
さっきも言ったけど、湯浴み着があるから、一緒でもまったく問題無いけど」
凛子のその言葉に、八幡は当然のように言った。
「別に俺達は後でいいよな?女性陣から先にどうぞ」
「そう?それじゃあ明日奈ちゃん、凛子、八子ちゃん、行こっか」
「は?」
そう言うと陽乃は、何故か八幡の手を引き、お風呂の方へと歩き出した。
明日奈も心得たもので、反対の手を握ると、同じように歩き出した。
「ちょ、ちょっと陽乃さん、離して下さいよ。明日奈も何やってんだよ」
「え?何?八子ちゃん、聞こえな~い」
「聞こえな~い」
「ちょ、待て、おい和人、見てないで何とかしろ、早く助けろ!」
そう八幡に言われた和人は、自分が巻き込まれないように、すました顔でこう言った。
「何言ってるんだよ八子ちゃん、女性陣が先だって言っただろ?さっさと行ってこいって」
「う……」
そして八幡はそのまま連行され、遠くから八幡の声だけが響いた。
「裏切り者~~~!」
そんな八幡の声を受け、和人と菊岡は、顔を見合わせて苦笑した。
「八幡君は、本当にモテるよねぇ」
「まあ、こっちが巻き込まれなければ問題ないです」
「湯浴み着もあるらしいし、変な事にはならないだろうから、
僕たちはおもちゃにされた彼を、後で慰めてあげる事にしようか」
「ですね……」
そして二人はそれぞれの部屋に入り、少し食休みをする事にした。
一方八幡は、脱衣所で追い詰められていた。
「ほら、八幡君が先に入るのよ。一分経ったら私達も中に入って脱ぎ始めるから、
急いだ方がいいと思うな」
「な、なんて卑怯な……凛子さん、黙って見てないで、この二人を止めて下さいよ」
「ん~?別に私は、君と一緒に入る事には別に抵抗は無いしねぇ」
「ぐっ……」
「はい、あと四十秒~」
「まさか四十秒で支度しなを、リアルでやる事になるとは……」
八幡はそう言うと、手早く服を脱ぎ、湯浴み着を着て、急いで中に入った。
八幡は、なるべく女性陣を避けるように、こそこそと奥へと陣取った。
そして八幡は、手早く体を洗ってしまおうと、入り口に背を向けて全力で頑張った。
だが当然間に合うはずもなく、八幡の背に、誰かの手が触れた。
「うおっ」
「八幡君、私が背中を流してあげるよ」
「おお、良かった、明日奈だったか……」
八幡は少しホッとしながらそう言った。
チラっと見ると、陽乃と凛子は、少し離れた所で自分の体を洗っていた。
湯浴み着は……着ていなかった。八幡は慌てて目を逸らし、明日奈の方を見た。
明日奈は湯浴み着を……ちゃんと着ていた為、八幡は心からホッとした。
「おい明日奈、何であの二人、裸なんだよ!」
「体を洗ってるからじゃないかな。大丈夫、お湯につかる時は、ちゃんとつけるから」
「頼むぞまじで……」
「それじゃ、背中を流してあげるね」
「おう、それじゃあお願いするわ」
八幡は、陽乃と凛子が近付いてこない事に安心し、明日奈にそう頼んだ。
「うんしょ、うんしょっと、八幡君って、意外と背中が広いよね。
それに、思ったより筋肉がついてるんだね」
「そうか?まあさすがに明日奈と比べるとな。一応リハビリの後も、筋トレは続けてるしな」
「あ、そうなんだ、ちょっと意外」
「前の自分がどうだったか、あまり覚えてないんだよな……
だから不安で、ついついやっちまうんだよ」
八幡のその言葉に不安を覚えたのか、明日奈は八幡にこう言った。
「私もちょっと、やってみようかな……八幡君の家に行った時にでも」
「あ~、まあ少しはやっておいた方がいいかもな。今度俺が見てやるよ」
「うん、お願い」
そして明日奈が八幡の背中を流し終わった後、唐突に、陽乃と凛子が言った。
「それじゃ八幡君、次は私の背中を流してね」
「その次は私の背中な」
「いっ……」
困惑する八幡に、明日奈がこう言った。
「その間に、私も前の方を洗っちゃうから、その次は私の背中もお願いね、八幡君」
「えっと、ちなみに拒否権は……」
「「「あるわけないでしょ」」」
「はい……」
八幡は、諦めの気持ちで、陽乃と凛子の背中を順に流していった。
ちなみに視線は、焦点を合わせずぼんやりとさせておいた。
うっかり目の焦点を合わせると、凛子はともかく、陽乃の時はとてもまずい事になる。
八幡はとにかくそれだけは困ると思い、神経をすり減らしながら、
ついにそのミッションを完遂した。
そして二人は先に湯に漬かり、最後の明日奈の背中を流す番が訪れた。
「ふう……直視しないように、かなり神経を使ったわ……」
「ごめんね、私もちょっと調子に乗っちゃってたかも」
「いや、まあ、姉さんに逆らえる訳がないから、問題ない」
「私の背中を流す時は、神経を使わなくていいからね」
「ああ、そうさせてもらうわ……」
その二人の熟年夫婦のような会話に、陽乃と凛子はこう言った。
「ねぇ二人とも、いつ結婚するの?もうすっかり夫婦みたいなんですけど」
「おうおう、妬けるねぇ」
「まあ、学生の間はさすがにちょっと、ね、八幡君」
「ちゃんと結婚式には呼びますから、心配しないで待ってて下さい」
「かーっ、だってよ、陽乃」
「若いっていいわよねぇ……」
その二人の言葉に違和感を覚えた二人は、慌ててそちらを見た。
二人の目の前には酒瓶が置いてあり、二人は既に出来上がっているように見えた。
「げっ……」
「ど、どうしよう、八幡君」
「とりあえずさっさと温まって、あの二人を外に出そう」
「う、うん」
八幡は、SAOの中で慣れていたのだろうか、慣れた手付きで明日奈の背中を流し、
二人で湯に漬かると、二人が飲みすぎないように、なんとか酒瓶を取り上げる事に成功した。
「もう、まだ飲み足りないのに」
「八幡君、横暴!」
「湯当たりしたらどうするんですか、ほら、もう十分温まったでしょう、早く出ますよ」
「まあいいわ、八幡君と、露天風呂じゃないけど、こうして一緒にお風呂に入れた訳だし」
その言葉にピンときた八幡は、明日奈にこう尋ねた。
「なぁ明日奈、昔SAOの中で一緒に露天風呂に入った事、姉さんに話したか?」
「あ、うん、話したかも」
「そういう事か」
「そうそう、その話を聞いた時から、ちょっと憧れてたんだよね」
「姉さん……」
明日奈はそう言うと、じっと八幡の顔を見た。
八幡は、ため息をつきながら、陽乃に言った。
「はぁ……もう少しだけですからね。あと、湯浴み着は絶対に脱がないで下さいよ」
「え~?それってフリよね?仕方ないなあ……」
「おい馬鹿やめろ、明日奈、姉さんを押さえろ!」
「う、うん、姉さん、正気に戻って!」
それを見た凛子は、突然笑い出した。
「あはははは、三人とも、本当に仲がいいんだねぇ」
「何よ凛子、羨ましいの?」
「羨ましいに決まってるでしょ!まあ別にいいわよ、
絶対に私も、いつかその仲間に入れてもらうんだから!」
こうして女性三人に囲まれながら、八幡の長野の夜は更けていったのだった。
ちなみにこの後八幡は、二人を運び出し、部屋まで送り届ける為にとても汗をかき、
再び風呂に入り直す事になったのは言うまでもない。