ハチマンくんとアスナさん   作:大和昭

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2018/03/01 句読点や細かい部分を修正


第229話 長野の夜は終わらない

「どうだ明日奈、何が作れそうだ?」

「う~ん、この材料だと、カレー……?」

「いいんじゃないか?キャンプみたいで楽しそうだし」

「まあ、他の選択肢は、ほとんど無いんだけどね」

 

 どうやら今夜のメニューは、ストックしてある食材から考えると、カレーになるようだ。

そして八幡と和人は、明日奈の指示に従って食材のカットを始めた。

二人とも、案外慣れた手付きで上手に包丁を使っている。

この辺りは、二人がソロ志向な事も関係しているのかもしれない。

まあ要するに、家に一人でいる事が多いというだけの話である。

 

「さて、後は煮込むだけだね。とりあえずちょっと休憩しようか」

 

 その明日奈の言葉に、和人はこう言った。

 

「それじゃあここは俺が見てるから、八幡と明日奈は外でも散歩してきたらどうだ?」

「そうか?それじゃあ明日奈、ちょっと外に出てみるか?」

「そうだね、それじゃ和人君、少しの間、ここをお願いね」

 

 そして二人は和人の言葉に従い、外に出る事にした。

空には満天の星が広がっており、八幡と明日奈はその光景に感動した。

 

「綺麗……」

「まあ関東に住んでると、こんな星空は見えないよな」

「見える場所もあるんだろうけどね」

 

 そう言って明日奈はクスリと笑った後、くしゃみをした。

 

「ちょっと寒いか?昼は暖かいのに、夜は思ったより冷えるんだな」

「そういえば、以前軽井沢に行った時、真夏だったけど、夜はひんやりしてた気がする」

「標高が高いとこうなのかもな。ほら、明日奈」

 

 八幡はそう言うと、ジャケットを脱ぎ、明日奈を抱き寄せると、

二人の肩にジャケットがかかるようにした。

 

「少し短いけど多少違うだろ」

「大丈夫、八幡君が暖かいから平気」

 

 明日奈は少し紅潮した顔で、八幡にそう言った。

 

「アインクラッドだと星空は見えないんだよな。あれはあれで嫌いじゃないが、

やっぱりこうして星空を見ると、現実に帰ってきたって実感するよな」

「さっきあんな話をしちゃった後だと、余計にね」

「そうだな……」

 

 二人はそう言いながら、そのまま星空を眺め続けた。

と、その時、一筋の流れ星が見え、八幡と明日奈は咄嗟にこう言った。

 

「ずっと明日奈と一緒にいられますように」

「ずっと八幡君と一緒にいられますように」

 

 二人はそう言うと、顔を見合わせてくすりと笑った。

 

「三回言わないといけないんだっけ?」

「二人で二回は言った訳だし、もう一回くらいはおまけしてくれるだろ」

 

 二人は再びクスリと笑い、明日奈は幸せそうに八幡に寄り添った。

 

「そういえば、さっき軽井沢に行ったって言ったじゃない。

その時は、丁度流星群が来てたんだよね」

「おお、どうだった?綺麗だったか?」

「うん、後から後からこう、流星が流れてきてね、本当にすごかった」

 

 明日奈はそう言うと、楽しそうに手を振り、そのせいか、少しよろけた。

 

「きゃっ」

「おっと」

 

 そんな明日奈を八幡は咄嗟に支え、そのせいで二人の顔が急接近した。

そして明日奈はそっと目を瞑り、八幡は、そんな明日奈にそっとキスをした。

二人はしばらくそのままでいたが、やがてどちらからともなく離れると、

再び明日奈は八幡に寄り添った。

 

「八幡君、えっと……愛してるよ」

「ああ、俺も愛してるよ、明日奈」

 

 二人はそう言うと、もう一度軽いキスを交わした。

 

「そろそろ戻ろっか、和人君も待ってるだろうしね」

「そうするか。そうだ明日奈、今度二人きりで、流星群がいつ来るか調べて、

どこかに見に行かないか?」

「いいの?やった!車もあるし、タイミングさえ合えばどこでも行けそうだね。

あ、ねぇ八幡君、私、ユイちゃんとキズメルにもこの星空を見せてあげたい」

 

 その明日奈の言葉を聞いた八幡は、盲点を突かれたのか、こう言った。

 

「そういえばあの二人は、星空を見た事なんか無いのかもしれないな」

「だよね、アインクラッドからは星空は見えないしね」

「何かいい方法は無いか、和人に相談してみるか」

「うん!」

 

 そして二人は、台所で待っている和人の所へと向かった。

和人は二人を見ると、からかうようにこう言った。

 

「おい八幡、唇に口紅が付いてるぞ」

 

 それを聞いた明日奈はドキっとしたが、八幡はまったく動じず、平然と言った。

 

「残念だったな和人、明日奈は口紅なんか使わなくても美人だから、

普段は口紅は使ってないんだよ。まあリップクリームは付けてるけどな」

「くっ……」

「まだまだ甘いな、和人」

「くそー、せっかくさっきの仕返しが出来ると思ったのに」

 

 和人は悔しそうにそう言った。そんな和人に、八幡は言った。

 

「なぁ和人、ちょっと相談があるんだが」

 

 そして八幡は、さっき明日奈と話した事を和人に相談した。

 

「実際に姿を映すとかじゃなければ、カメラとマイク、それにスピーカーさえあれば、

難しくはない気もするな。要はゲームの中と、直接会話出来る何かがあればいいんだよな」

「そういう事になるな」

「ちょっと考えてみるよ、アルゴとかにもアドバイスをしてもらえば、問題なさそうだし」

「すまんが宜しく頼む」

「任せとけって。しかしそれは盲点だったな、確かにユイちゃんやキズメルは、

星空ってものを、見た事が無いかもしれない」

 

 そう言って和人は、窓から星空を眺めた。

 

「この景色、あの二人に見せてあげたいよな」

「うん、きっと感動するんじゃないかなって思うの」

「二人は本当に優しいよな」

 

 和人はそう言って二人に微笑んだ。

そしてカレーもいい感じに完成し、明日奈に配膳を任せ、和人は菊岡を、

八幡は陽乃と凛子を呼びに向かった。その八幡の耳に、こんな言葉が飛び込んできた。

 

「ねぇ、それじゃあ陽乃、良かったら、私の友達になってくれない?」

 

 その後、出るに出られず、黙って二人の会話を聞いていた八幡は、

どうやら二人が友達になったのだと理解し、心の中で二人を祝福した。

 

(二人とも友達はいなさそうだし、まあ良かったんだろうな)

 

 そして八幡は、二人の会話が終わったタイミングを見計らい、

何気ない態度で二人を呼び、そして五人は、雑談をしながら楽しく食事をした。

 

「ふう~、食べた食べた、もうお腹いっぱい。

相変わらず明日奈ちゃんは、料理が上手よねぇ」

「ありがとう姉さん」

「ちなみにこれが、比企谷家の味なのかな?」

 

 八幡は陽乃にそう言われ、少し考えた後、こう言った。

 

「確かにそう言われるとそうかもしれませんね。いつもうちで食べてる味です」

 

 それを聞いた明日奈はガッツポーズをし、陽乃はそれを見てクスリと笑った。

 

「良かったわね明日奈ちゃん、八幡君のお墨付きが出たわよ」

「姉さん、私やったよ!」

「うんうん、えらいえらい」

 

 陽乃はそう言って、明日奈の頭を優しくなでた。

 

「さて、後はお風呂なんだけど、男女で分ける?それとも一緒に入る?

さっきも言ったけど、湯浴み着があるから、一緒でもまったく問題無いけど」

 

 凛子のその言葉に、八幡は当然のように言った。

 

「別に俺達は後でいいよな?女性陣から先にどうぞ」

「そう?それじゃあ明日奈ちゃん、凛子、八子ちゃん、行こっか」

「は?」

 

 そう言うと陽乃は、何故か八幡の手を引き、お風呂の方へと歩き出した。

明日奈も心得たもので、反対の手を握ると、同じように歩き出した。

 

「ちょ、ちょっと陽乃さん、離して下さいよ。明日奈も何やってんだよ」

「え?何?八子ちゃん、聞こえな~い」

「聞こえな~い」

「ちょ、待て、おい和人、見てないで何とかしろ、早く助けろ!」

 

 そう八幡に言われた和人は、自分が巻き込まれないように、すました顔でこう言った。

 

「何言ってるんだよ八子ちゃん、女性陣が先だって言っただろ?さっさと行ってこいって」

「う……」

 

 そして八幡はそのまま連行され、遠くから八幡の声だけが響いた。

 

「裏切り者~~~!」

 

 そんな八幡の声を受け、和人と菊岡は、顔を見合わせて苦笑した。

 

「八幡君は、本当にモテるよねぇ」

「まあ、こっちが巻き込まれなければ問題ないです」

「湯浴み着もあるらしいし、変な事にはならないだろうから、

僕たちはおもちゃにされた彼を、後で慰めてあげる事にしようか」

「ですね……」

 

 そして二人はそれぞれの部屋に入り、少し食休みをする事にした。

一方八幡は、脱衣所で追い詰められていた。

 

「ほら、八幡君が先に入るのよ。一分経ったら私達も中に入って脱ぎ始めるから、

急いだ方がいいと思うな」

「な、なんて卑怯な……凛子さん、黙って見てないで、この二人を止めて下さいよ」

「ん~?別に私は、君と一緒に入る事には別に抵抗は無いしねぇ」

「ぐっ……」

「はい、あと四十秒~」

「まさか四十秒で支度しなを、リアルでやる事になるとは……」

 

 八幡はそう言うと、手早く服を脱ぎ、湯浴み着を着て、急いで中に入った。

八幡は、なるべく女性陣を避けるように、こそこそと奥へと陣取った。

そして八幡は、手早く体を洗ってしまおうと、入り口に背を向けて全力で頑張った。

だが当然間に合うはずもなく、八幡の背に、誰かの手が触れた。

 

「うおっ」

「八幡君、私が背中を流してあげるよ」

「おお、良かった、明日奈だったか……」

 

 八幡は少しホッとしながらそう言った。

チラっと見ると、陽乃と凛子は、少し離れた所で自分の体を洗っていた。

湯浴み着は……着ていなかった。八幡は慌てて目を逸らし、明日奈の方を見た。

明日奈は湯浴み着を……ちゃんと着ていた為、八幡は心からホッとした。

 

「おい明日奈、何であの二人、裸なんだよ!」

「体を洗ってるからじゃないかな。大丈夫、お湯につかる時は、ちゃんとつけるから」

「頼むぞまじで……」

「それじゃ、背中を流してあげるね」

「おう、それじゃあお願いするわ」

 

 八幡は、陽乃と凛子が近付いてこない事に安心し、明日奈にそう頼んだ。

 

「うんしょ、うんしょっと、八幡君って、意外と背中が広いよね。

それに、思ったより筋肉がついてるんだね」

「そうか?まあさすがに明日奈と比べるとな。一応リハビリの後も、筋トレは続けてるしな」

「あ、そうなんだ、ちょっと意外」

「前の自分がどうだったか、あまり覚えてないんだよな……

だから不安で、ついついやっちまうんだよ」

 

 八幡のその言葉に不安を覚えたのか、明日奈は八幡にこう言った。

 

「私もちょっと、やってみようかな……八幡君の家に行った時にでも」

「あ~、まあ少しはやっておいた方がいいかもな。今度俺が見てやるよ」

「うん、お願い」

 

 そして明日奈が八幡の背中を流し終わった後、唐突に、陽乃と凛子が言った。

 

「それじゃ八幡君、次は私の背中を流してね」

「その次は私の背中な」

「いっ……」

 

 困惑する八幡に、明日奈がこう言った。

 

「その間に、私も前の方を洗っちゃうから、その次は私の背中もお願いね、八幡君」

「えっと、ちなみに拒否権は……」

「「「あるわけないでしょ」」」

「はい……」

 

 八幡は、諦めの気持ちで、陽乃と凛子の背中を順に流していった。

ちなみに視線は、焦点を合わせずぼんやりとさせておいた。

うっかり目の焦点を合わせると、凛子はともかく、陽乃の時はとてもまずい事になる。

八幡はとにかくそれだけは困ると思い、神経をすり減らしながら、

ついにそのミッションを完遂した。

そして二人は先に湯に漬かり、最後の明日奈の背中を流す番が訪れた。

 

「ふう……直視しないように、かなり神経を使ったわ……」

「ごめんね、私もちょっと調子に乗っちゃってたかも」

「いや、まあ、姉さんに逆らえる訳がないから、問題ない」

「私の背中を流す時は、神経を使わなくていいからね」

「ああ、そうさせてもらうわ……」

 

 その二人の熟年夫婦のような会話に、陽乃と凛子はこう言った。

 

「ねぇ二人とも、いつ結婚するの?もうすっかり夫婦みたいなんですけど」

「おうおう、妬けるねぇ」

「まあ、学生の間はさすがにちょっと、ね、八幡君」

「ちゃんと結婚式には呼びますから、心配しないで待ってて下さい」

「かーっ、だってよ、陽乃」

「若いっていいわよねぇ……」

 

 その二人の言葉に違和感を覚えた二人は、慌ててそちらを見た。

二人の目の前には酒瓶が置いてあり、二人は既に出来上がっているように見えた。

 

「げっ……」

「ど、どうしよう、八幡君」

「とりあえずさっさと温まって、あの二人を外に出そう」

「う、うん」

 

 八幡は、SAOの中で慣れていたのだろうか、慣れた手付きで明日奈の背中を流し、

二人で湯に漬かると、二人が飲みすぎないように、なんとか酒瓶を取り上げる事に成功した。

 

「もう、まだ飲み足りないのに」

「八幡君、横暴!」

「湯当たりしたらどうするんですか、ほら、もう十分温まったでしょう、早く出ますよ」

「まあいいわ、八幡君と、露天風呂じゃないけど、こうして一緒にお風呂に入れた訳だし」

 

 その言葉にピンときた八幡は、明日奈にこう尋ねた。

 

「なぁ明日奈、昔SAOの中で一緒に露天風呂に入った事、姉さんに話したか?」

「あ、うん、話したかも」

「そういう事か」

「そうそう、その話を聞いた時から、ちょっと憧れてたんだよね」

「姉さん……」

 

 明日奈はそう言うと、じっと八幡の顔を見た。

八幡は、ため息をつきながら、陽乃に言った。

 

「はぁ……もう少しだけですからね。あと、湯浴み着は絶対に脱がないで下さいよ」

「え~?それってフリよね?仕方ないなあ……」

「おい馬鹿やめろ、明日奈、姉さんを押さえろ!」

「う、うん、姉さん、正気に戻って!」

 

 それを見た凛子は、突然笑い出した。

 

「あはははは、三人とも、本当に仲がいいんだねぇ」

「何よ凛子、羨ましいの?」

「羨ましいに決まってるでしょ!まあ別にいいわよ、

絶対に私も、いつかその仲間に入れてもらうんだから!」

 

 こうして女性三人に囲まれながら、八幡の長野の夜は更けていったのだった。

ちなみにこの後八幡は、二人を運び出し、部屋まで送り届ける為にとても汗をかき、

再び風呂に入り直す事になったのは言うまでもない。


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